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第八話 先生

 当然、柚木は核サイロなんて入ったことはない。だから周囲を見渡せば、その構造、強度、機能について色々と考えを巡らせてしまう。加えて天羽の云う『先生のやろうとしていること』。おかげで柚木は半ばオーバーヒート状態で、結局何も整理できないまま地下深くに至る。


 エレベータは停まり、天羽が先に立って進み始める。絡めている腕に力を入れ、織原が見上げてきた。ようやく柚木は我に返り、狭い通路に足を踏み出す。


「ずいぶん頑丈な作りなのね」


 不安げに呟いた織原に、柚木は自分の持っている知識を口にした。


「古い核サイロは、単に地面の穴にミサイルを入れただけの単純な物だった。しかしこれはソ連崩壊直前に作られたものだろう、敵側からの先制攻撃にも耐えられるよう、地下深くに設えられている」


 しかし破棄されてから数十年は経ている。設備は完全に機能を失っているようで、通路には有り合わせの電力線が這い、壁には工事用の照明が適当に括り付けられている。


 ようやく、通路が開けた。そこは差し渡し二十メートル程度のドーム空間で、中央には直径五メートルほどの穴が空いている。おそらくそこに核ミサイルが格納されていたのだろうが、今は周囲に複雑な足場が組まれ、ヘルメットをかぶった工事業者らしき人員が、轟音を立てて何かをしている。


 天羽に指し示され、上を見上げる。


 こちらも、穴がある。それは地表まで延々数十メートルは続いていて、辛うじて弱い陽の光が窺えた。


 クレーンジャッキが用いられ、地表と地下で様々な機材が行き交っている。今も厳重に梱包された何かが吊り下げられてきた所で、傍らではヘルメットを被った華奢な人物が指示をしていた。


 とても作業員とは思えない体つきだ。柚木も他人に誇れる体つきはしていないが、それよりも更に細い。


 柚木は僅かに意志を決めてから、彼に近づいていく。すぐにトレードマークである長い顎髭と、穏やかな瞳が見えてくる。彼は特徴的な甲高い声で何かを叫んでいた。そして近づいてくる柚木に気が付いているはずなのに、ろくに注意を向けようとしない。


 傍に立って、数秒。ようやく柚木は彼に、声をかけた。


「先生」


「少し待って」


 即座に云われ、柚木は口ごもった。振り返ると天羽は口の端を歪め、頭を振っている。


 相変わらずでしょう、と言外に云っていた。


 そう、先生は相変わらずだった。この人は、決して社交力を欠いているワケではない。パーティーの会場では普通に他の学者と雑談をするし、スピーチを頼まれれば当たり障りのない内容でそつなくこなす。


 しかし、事、研究の場においては、冗長を許さない何かがあった。


 別に怒鳴り声を上げたり、延々と不備をあげつらうようなことはない。だが彼が柚木の報告を聞いて発する言葉は、まるで不意に突き出される剣のような鋭さがあって、毎回気後れしてしまう。


「前提が間違ってる。やり直して」


 まるで、馬鹿で救いようもない小学生に云うような調子だ。


 何度か柚木は反論を試みたことがある。しかしその度に問題点を一言でポンと差し込まれ、馬鹿の相手はしていられない、というような冷笑を向けられ、すっかり萎縮してしまうばかりだった。


 そう、頭はいい。完璧だ。


 しかし教育者、ひいては人としては、重大な欠陥を抱えていた。


「先生には私たちは、十把一絡げな〈他人〉としてしか見えてないのよ。馬鹿で意味不明な、個人として扱う価値もないような猿か何かみたいにね」


 天羽はそう、評した事がある。的確としか思えない。


 この時も、遠く日本から訪れた弟子を一顧だにせず、周囲の作業員たちに指示を続けていた。


 放置されて、どれくらいだろう。いい加減に天羽に助け船を出してもらおうかと思ったところで、先生はくるりと振り向き、柚木に云った。


「いつまでいられるの?」


 子供のような調子で云われ、柚木は僅かに口ごもった。


 この調子だ。先生は相変わらず、柚木を都合よく使える手足くらいにしか考えていない。彼にとっては、柚木が何故来たのかなんてどうでもいい事で、いつまで滞在していて、何を手伝ってもらえるかさえ知れればいいのだ。


「いえ、先生、手伝いに来たわけではありません」


 云った柚木から、先生は笑みを浮かべたまま視線を逸らした。


「見学? そう」


 そして軍手を外しながら、何処かへ向かおうとする。柚木は慌てて、その後を追った。


「先生、待ってください。天羽さんから、何をしようとされてるかは聞きました。危険です。こんな無謀なこと、止めてください」


 笑みを浮かべたまま、完全に無視をする先生。


 これもいつもの事だ。馬鹿な小学生に、いちいち説明している暇はない、という調子だ。しかし柚木はめげずに、彼に食らいついた。


「お願いです先生、聞いてください。先生は、あの五つの〈異物〉を結合させることで、何が起きるかわかっているんですか? わからないんでしょう! だからこんな、核サイロなんかで試そうとしている! ですが何かが起きたとして、それにこの施設が耐えられる保証があるのですか? 止めてください、こんなのは科学じゃない! ただの錬金術だ!」


 叫びつつ前に立ちはだかった柚木。それを先生は笑みのまま見上げ、軽く首を傾げた。


「柚木クン、錬金術が科学に与えた影響を知らないの? 勉強し直しだね」


 そして立ち尽くす柚木の脇をすり抜け、通路から何処かへ去ってしまった。


 ため息を吐きつつ、脇による天羽。それに柚木は、呆然としつつ云った。


「ちょっと論点を誤りました」


 彼女は軽く口の端を歪めて見せる。


「他に考えていた手は?」


「ありません」しかしあの調子では、どう口説いたところで、先生を思いとどまらせる事は出来ない。「こうなってしまえば。根拠が必要です」


「根拠?」


「えぇ。問題の〈異物〉が五つ集積された場合に何が起きるのか、それを予測出来る何らかの根拠が。それを手に入れられれば、先生も耳を貸すかもしれない」


 天羽は難しそうに唸った。


「それはそうだけど。あんな異常な物、どうやって理論づけるというの」


「わかりません。ですが先生が暴走し始めたのは、私の責任です。私が何とか、しなければ」


 柚木は厚手のコートを、そしてジャケットを脱ぎ、鞄から袖止めを取り出し、装着した。


 改めて地上に戻り、問題の〈異物〉を眺める。しかし見てどうなるものでもない。まるで宙に空いた穴。異常な物体。そうとしか捉えられない。次いで天羽から、今までの調査結果を纏めた資料を受け取り、改めていく。結果とはいえ各種分析データが羅列されているだけで、考察も何も行われていない。


「考察のしようがないのよ」天羽はそう、弁解した。「光学系からして、見ての通り。これまでに発見、創造された、どんな物体よりも光の吸収率が高い。つまりそれだけで、私たちの知識の範囲外」


「他の四つの〈異物〉との差違はないのですか」


「ないわ。測定出来る範囲では、完全に同一」


「硬度は?」


「測定してみる?」皮肉に云いつつ、天羽は傍らの携帯型ビッカース硬度計を指し示した。「とても怖くて出来ないわ、ダイヤモンドの圧子を叩きつけて、その窪みの大きさを測るなんて」


「爆発するの?」


 目を見開いて尋ねる織原に、彼女は苦笑いした。


「さぁ。何が起きるかわからなくて」


「確かに怖い」云って、柚木は思考方向を変えた。「光学面からの分析が無理なら、発見された状況から検討できませんか。これは人工物なのか? それとも自然物なのか?」


 天羽が差し出した、発掘現場写真を眺める。五つの異物は全て、地下十メートルほどの位置に埋まっていた。周囲に関連するような物体は存在せず、人の手が加えられた形跡もない。


「地層の放射性炭素年代測定も試みてみたけど、五つの現場では一致しなかった」


「つまり誰かが、埋めた?」


「さぁ」困惑したよう、天羽は両手を投げ出す。「先生が雇った地学者曰く、地層の状態が良くないから。何とも云えないらしいわ。洪水とか、土砂崩れとか。そういうのの影響かもしれないって」


「駄目ですか」


 手がかりを失って呟いた柚木に、天羽は痩せた肩をすくめてみせた。


「私も現場から離れてるとはいえ、知恵は働かせたつもりよ。先生だってそう。それでも何も掴めなかった。だから混乱しているのよ、先生も」


「混乱? 楽しんでるようにしか見えない」


「かもね」そして、黒々とした穴をのぞき込む天羽。「この物質の中で、一体何が起きているの? ただの異質な個体だとは思えない。何らかの機構がこの中に存在しているとしか」


 そのとき、〈異物〉の間際にあったデジタル・パネル内の数値が、ピクリと震えた。質量だ。その値は徐々に増加していき、眺めていた間にも十グラム増加している。


「他の〈異物〉が近づいているわ」天羽はカーゴから足を踏み出し、曇り空に覆われた外を眺めた。「夕方には、一つ届く。明日には二つ。最後の一つは、明後日到着予定」


「五つそろったら、どうなるのか」


 呟く柚木。


 つまり残された猶予は、四十八時間ほどらしかった。

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