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第五話 地下四階

「ひょっとして、アレか? オマエ等のエネルギー源は〈情報〉だろう? だとするとレッドは、資源収集装置だったりもするのか?」


『さぁね。マーブルがどれだけのエネルギーを保持してるのか知らないし』


 ふむ、と久我は考え込む。


「しかしそれがホントだとすると、色々と妙な事があるぜ?」


『何が?』


「オレはエグゾアってのは、自然現象か、そうでなくても事故的な現象なんだと思い込んでいた。しかしレッドがホントに偵察装置なんだとしたら、エグゾアは誰かが意図的に発生させて、レッドを〈こちら側〉に送り込んでるってことになる。そんなの、あり得るか?」


『何で?』


「だって、エグゾアだぞ? あんなもの凄い現象を、誰かが意図的に起こしてるだなんて」


『でも、私らの存在自体、アンタらからしたら異常なんでしょ?』


 確かに、これほどの能力を持つ〈異物〉を作れる連中なら、エグゾア程度、お手の物かもしれないが。


「しかも嫌なのは、輿水がソイツ等を敵対視してたってことだ。桜井が帰還しなくて、良かったと。つまり〈エグゾアの向こう側〉の連中は、〈こちら側〉を侵略しようとしてるのか?」


『さぁねぇ。だとするとウェアラブル・デバイスをも送り込んでくるのは馬鹿だと思うけど』それも正しい。『まぁでも、輿水が何か重要な事に関わってたのは確かでしょ。なのにアンタは何の考えもなく、マフィアの親分と一緒にやっつけちゃった。狙われて当然よね』


「何の考えもなかったワケじゃない」久我は舌打ちした。「しかし、なんだかわからんがそれだけの事態を輿水が仕切ってたとは思えない。すると黒幕は、PSIを雇っていたヤツだが」


『それはもう、天羽って人だとしか思えないよね。彼女はPSIを雇い、更に予防局の内部情報をネタにマックスと手を組んでいた。目的は? 予防局が出来ない非合法な手段が必要な何事かを、行うため。違う?』


 やはり、そうなるか。


「だとして播戸って局長は、天羽に指示を受けたのか」


『だろうね。だとして天羽ってヤツをどうにかしないと、アンタは一巻の終わり』


 しかし天羽に白羽の矢を立てたのは、つい数時間前のことだ。天羽を止めようにも、そいつが何者で、何処にいて、どうやって播戸、PSI、最上を動かしているのさえわからない。


「もっかい、PSIに行って。ヤツらを締め上げるか?」呟いた時、携帯が震えた。古海だ。「何か出たか」


 云った久我に、彼女はキーをガシャガシャといわせつつ答えた。


『ヤバいとしか云いようがないね。柚木さんとは連絡が取れない。西日本支部も把握してないって。キャブコンのGPSデータも掴めないようになってる』


 相変わらず、柚木をどう捉えていいのかわからない。

 彼は敵になったのか? それとも味方なのか?


「まぁいい。続けてくれ。それで播戸ってヤツは?」


『あぁ、元ケックの研究者だった』


「ケック? 何だそれ」


『まったく、相変わらず久我さんは。いい? KEK。高エネルギー加速器研究所。日本の物理学のてっぺんだよ。予防局の研究部門は、元々KEKの研究所の一つだったんじゃなかったっけ? この建屋もそうだったはず』


「ふぅん。まぁいい。古海、どうにかしてその播戸ってヤツを捕まえたい。GPS信号とか送れないか」


 僅かに息を詰め、彼女は更に声を落とした。


『どうしようっての? 殺す気?』


「ちがう。少し締め上げて、情報を得たいだけだ。どうだ? 可能か?」


『それは監査部のシステムに潜り込めれば可能だけど』


「楽勝ってことだな? じゃあ頼む」


『久我さん、私クビになったとして。ちゃんと後の面倒見てくれるんでしょうね?』


「知るか。そんなの彼氏さんに頼めよ」


『云ってなかったっけ? 別れた』


「何でまた」


『やっぱカワサキ派とヤマハ派の壁は厚かったわ』


 面倒な話になってきた。久我は思わず苦笑いする。


「じゃあ、一緒にアフリカ行って傭兵になるか? 幾つか外人部隊に伝手がある」


『死ね』そして彼女は、画面上の何かを追うような声を出した。『GPSは無理。通話記録が限度ね』


「いい。よこせ」送られてきた番号を眺める。数時間前から、一つの番号と頻繁に連絡を取り合っていた。「ちょっと待て、この番号は」


『これって』と、彼女も息を詰める。『前にも出た番号だよ。ほら、マックスの時』


「あぁ、柚木が浚われた時、携帯もないってのに、どうにかしてオレに電話してきた。その時の発信番号だ」そして記憶を辿る。「たしかこれ、予防局の地下四階に割り当てられた番号だって云ってたよな」


『うん。でも私もあれから調べてみたけど、やっぱこの局舎は地下三階までしかないよ。NTTの登録ミスじゃないかな』


「調べたって、何を調べた。図面だけだろ?」


『そりゃそうだけど』


「秘密施設を図面に乗せるはずがない」久我は僅かに考え、云った。「古海、どうにかして予防局に入りたい。地下四階を探す」


『そんなこと云われても。久我さんだって知ってるでしょ? 地下一階は駐車場、二階はなくて、三階は〈異物〉の研究保管施設。入り口は貨物エレベータ一つだけで、その先は保安部に厳重に監視されてる。入るには局長の許可がないと』


「わかってる。とにかく地下駐車場まで行ければ、あとは何とかする。そうだな、こんな手は?」


 思いつきを話すと、古海は渋々ながら乗ってきた。


『とりあえず何とかしたけど、刺された所を殴られたりしたら、もう終わりだからね? 気をつけてよ?』


 そうイルカからの答えも得て、久我は地下鉄の工事通路を慎重に進む。


 通路の先は、乗客用通路にある何気ない扉に続いていた。久我は向こう側の通行状況をレーダーで確認してから扉を開き、素早く人混みに紛れる。辺りに注意を払いつつ流れに乗ったが、今のところ最上組に見つかった気配はない。


 階段を苦労して上がり、地上に出る。間近には予防局の局舎があり、そして目の前の路上には、打ち合わせ通り保安部のワゴン車が止められていた。


 後部のスライドドアが薄く開き、蝋山が顔を出している。久我は軽く頷き、何とかガードレールを乗り越えて車内に転がり込んだ。


「京香はどうなってる」


 尋ねた久我に、蝋山は車を出すよう運転席に指示してから向かい合った。


「取り急ぎ、十名で久我さんのマンションは監視しています。今のところ異常はありません」


「そうか。で、頼んだ物は?」


「こちらに」そう、樹脂ボックスを引っ張り出す蝋山。「しかし、バナナなんて何に使うんです?」


「腹が減ったんだ!」


 まるで食欲はなかったが、これじゃあ走ることも出来ない。早速皮を剥いてむさぼり食いつつ、次の物に手を伸ばす。予防局局舎の図面だ。


「ここだ。ここに停めてくれ」


 地下駐車場の一点を指し示す久我。蝋山はそれを眺め、指先を下部に滑らせていく。


「確かにこの下は、研究設備の一般倉庫です。久我さんがプラズマで穴をあけても、誰かに知られる事はないでしょうが、そこから先は」


 言葉を濁す蝋山。久我は次の一本に手を伸ばし、むさぼり食いながら答えた。


「結局、地下四階なんて図面にはないんだろう? なら、何かの事情で完全封鎖されてるとしか思えない」


「存在しないだけかも」


「それも、行って確かめるしかない」


 ワゴン車は速度を落とし、守衛にカードを差し出す。久我は念のため後部座席で身を低くしていたが、そこまで警戒が厳しくなっている風はなかった。車は何事もなくゲートを通過し、久我が指定した地点に停まる。


 久我は蝋山を下がらせ、後部座席の中央にレンズを向ける。


 瞬時に底に穴があいたが、そこからコンクリートを焼灼し、地盤を溶かし、地下三階の天井を貫通させるまで、そこそこの時間とエネルギーを消費した。


 残り二十パーセント、というイルカの通知を受け、舌打ちする。

 心許ないが、今はこれで何とかするしかない。


 蝋山から受け取ったザイルを穴に垂らし、特殊部隊時代の要領でハーネスに結わえ付けていく。それを眺めつつ、蝋山は云っていた。


「顔色が悪い。やはり私が」


「下に何があるか、わからねーんだ。オレが行くしかない」


「しかし」


 久我は穴の中をのぞき込み、車に結わえ付けたザイルを再度確認してから、彼に答えた。


「三十分待って連絡がなかったら、京香をここに連れて行ってくれ」


 差し出された紙を眺め、蝋山は首を傾げた。


「マレーシア? 何です」


「元、嫁がいる。頼んだぞ」


 何かいいかける蝋山。しかし久我はそれを待たず、穿たれた穴に身を飛び込ませていた。


 狭い穴に身を擦らせつつ、地下三階、異物の保管と研究を行っている区画に辿り着く。更に床にレンズを向け、プラズマを放出。瞬く間にコンクリートの床に穴が穿たれていったが、なかなか貫通しない。


 これは、異常だ。


 思い始めた頃、ようやく空隙が現れる。コンクリートの厚さは二十メートルほど。古海の話によると予防局局舎は元は何かの研究所だったらしいが、一体何のためにこれほどの強度が必要だったのか。核シェルターでも、これほどの厚さはない。


 再度ザイルを使って降り立つと、途端に埃が舞い、カビの臭いが鼻につく。

 確かに、地下四階はあった。しかし誰もいる気配はない。


 どういうことだろうと思いつつ、懐中電灯を照らして足を進める。特にこれといって特異なところはない。ただのオフィスエリアのようで、並ぶ机に埃よけのビニールシートがかけられている。幾つか剥がして確認してみたが、机には古びたパンフレットや筆記用具がある程度で、どうして封鎖されているのかもまるでわからない。


 奥に進むと、開けたエリアが現れた。何かの実験室だったのだろう、更に下のフロアと吹き抜けになっていて、何かしらの装置があったように見える。だがそれも既に撤去されてしまっているらしく、壁際や床に取り付け金具が窺えるだけ。


「播戸ってヤツは、一体、誰と話してたんだ? ここに電話回線なんてあるのか」


 どうにもわからない。しかし久我が一つのフロアラックを見咎めて中を開くと、そこには電話回線のパッチ板があり、更に別の回線に中継されている気配があった。


 伸びる配線を、追っていく。すると久我が見逃していた隔壁があり、ケーブルはその薄く空いた隙間に潜り込んでいた。


 多少の力で、隔壁は左右に開く。そしてすぐ、薄い光が目に入った。

 突き当たりの扉。それが僅かに開き、細い光の筋が漏れてきていた。


 懐中電灯を消し、慎重に足を進めていく。そして隙間から中を覗き込むと、何かのコンソール的な物の前に座る男の肩が見えた。


 意を決し、勢いよく扉を蹴り開け、男にレンズを向けつつ、久我は叫んだ。


「動くな!」


 いや、叫ぼうとした。しかし目の前に広がった光景に、久我は完全に言葉を失っていた。


 酷く広大な空間だった。戦闘機の格納庫。いや、そんなものじゃない。爆撃機用の格納庫くらいの、巨大な空間。


 久我が足を踏み入れたのは、その制御室のような所だった。一面のガラスの先は薄暗く、何処まで続いているのかわからない。


 だが、その中に、何か異常な物があった。


 まるで今までに目にしたことのない物で、久我はただ、異常、と形容するしかなかった。


 黒々とした、宙に空いた穴。直径二十メートルはあろうかという、巨大な穴。


 そのようにも見える。だがその穴は刻々と姿を変え、歪み、悶え、まるで海のように波立っている。


 時折、その穴は触手を伸ばす。その様子はレッドがマーブルと化す動きに良く似ていた。しかし伸ばされた触手が硬質な壁に触れると、パチンと閃光が走った。同時に触手も何か衝撃でも受けたかのように震え、引っ込んでいく。


「こりゃあ、何だ」


 呟いた久我。


 そしてすっかり失念していた目の前の男が、くるり、と椅子を回し、久我にその顔を見せた。


「やぁ、久我さん。はじめまして」


 云ったのは、柚木だった。

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