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第四話 帰還

「しかし、どうして最上がオレを襲う?」


 そこではっとして、久我は顔を上げた。


 輿水。ヤツはマックスの代わりに、最上に肩入れしようとしていた。


 それが既に実現していたとして。そしてPSI社を襲撃して彼を連れ去ったのが久我と知れていたとして。輿水の部下か何かが、久我に復讐しようとしている?


 十分あり得る。

 だとして事の真相はマックスが知っているはずだが、彼女の連絡先なんて知りもしない。


「クソッ、厄介な事に巻き込みやがって」久我は次いで、予防局の番号を叩いた。「おう、古海。相変わらず残業か?」


 尋ねた久我に、予防局調査部の主任である彼女は、何か酷く押し殺した声を上げた。


『ちょ、久我さん、一体何したの!』


「何? 何って何だ」


 さっきの今で、久我が襲われた事を知っているはずがない。まるでわからず問い返した久我に、古海は誰かに聞かれるのを憚るようにしつつ叫んだ。


『こっちがそれを聞いてるんじゃない!』


「わからん。何の話だ。何がどうなってる」


『ホントに心当たりないの? もう、さすがの私もどうしていいもんだか、さっぱりわかんなくて!』


「落ち着け古海。何があった」


 彼女は大きくため息を吐き、囁く。


『久我さんのID、停止されちゃったよ? それで、居場所を知ってるヤツはいないかー、連絡あったら監査部に回せーって。まるで指名手配なノリよ。どうなってんの?』


 指名、手配?


「そりゃあ、こっちが聞きたい!」思わず叫んだ途端、激しく傷が痛んだ。すぐに現れて文句を云おうとするイルカを遮り、久我は続けた。「クソッ、ID抹消だと? じゃあ局舎に行っても入れないのか? それって誰の命令だ。柚木か?」


『違う。播戸さんよ』


「誰だ播戸って」


 再び、呆れたようにため息を吐く古海。


『頼むよホントに。新しい局長さんでしょ?』


 そういえば、柚木の後任がそんな名前だった。

 するとやはり、柚木が久我を見限り、襲わせたのか?


 どうにもわからず唸る久我に、古海は苛立った声をあげた。


『とにかく、何がなんだかわかんないけど。ヤバいって。柚木さんとも連絡取れないしさ、一体何が、どうなってんのよ』


「オレもワケがわからんが。状況は最悪だ」そして久我は、最上組の構成員に襲われた次第を説明する。「とにかく、オレも柚木と連絡を取りたい。どうなってるのか調べてくれ」


『ちょ、ちょっと待って? 刺されたって云った? 大丈夫なの?』


「大丈夫じゃないが、とりあえず死にはしない。あと蝋山は?」


『え? 隣にいるよ。どうするか相談してたとこ』


「そりゃあ丁度いい。保安部にオレの家を警護させてくれ。当然、その何とかって局長には黙ってだ。大至急頼む」


『えっ、ちょっと、ちょっと待って?』裏で蝋山と幾つか言葉を交わす。『手配したって。それで久我さんは? 大丈夫なの? そっちに救援は』


「頼みたいところだが、どう助けてもらったらいいかもわからん」


『都営新宿よね? すぐに電車止めさせて、蝋山さんの部隊を』


「止せ、止めろ! 話からすると、オマエらに派手に動かれた方が厄介だ。それより、そうだな、地下鉄の構造図を送ってくれ。それで何とか、逃げてみる」


『う、うん、わかった。あと、私もヤーさん連中に声かけて、止められないかやってみる』


「それも止めとけ。今はオマエらだけが頼りだ。下手したらオマエもやられるし、その何とかって局長にクビにされても困る」


『だから播戸だってば』


「何だっていい!」いや、よくなさそうだ。「待て待て。その播戸ってヤツ、何者だ」


『何者って。だから今の局長』


「そうじゃない。どっから出てきたんだソイツは。総務省からの天下りか?」


『え? よく知らない。どうして?』


「重要だ。探ってくれ」不意に酷い目眩がして、久我は無理に意識を集中させようとした。「いいか、オマエはオレに地下鉄の構造図を送って、それから柚木がどうなったか、播戸ってヤツが何者なのかを調べる。蝋山はダッシュでオレのマンションに行って、京香を警護する。わかったか?」


『う、うん。でも』


「でもはなしだ。電池がヤバい。また連絡する」


 了解、という声を聞き、通話を切断させる。携帯の充電は、残り二十パーセント。貴重な資源だ。そしてその資源を多少消費して一通のメールが届き、それには地下鉄の構造図が添付されていた。


 辺りの様子から、今いる所に当たりを付ける。やはりこの脇道は工事用の物らしく、辿っていけば曙橋の駅に行けるらしい。だがこの状況では、予防局すら敵になりかかってる。


「ったく、どうなってんだ。四面楚歌じゃねぇか」


 呟いた途端、あまりの気だるさに、意識が遠くなりかける。


『寝るなって云ってんだろーが!』


 現れたイルカに叫ばれ、ビクリと身を震わせる。


「何でだよ。ここは安全だろ? 少しくらい休んだって」


『アンタ、自分で思ってる以上にヤバい状態なんだってば! 意識なくされたら、かなり不味いって!』


「わかったわかった」呟き、無理に居心地の悪い姿勢を作る。「とはいえ、黙ってたら寝ちまいそうだ。何か話せ」


『何かって? 何を』


「何でもいい。ないのか? そういう、無駄話機能は」


『コンシェルジュ相手に無駄話しようっての? 馬鹿じゃない?』


「馬鹿? 何が馬鹿だってんだ」


『アンタは私に人格のような物があるように感じてるかもしれないけど、んなもんはないの。私には内面の思想とか好き嫌いとか、そんなのは全然ないの。よくできたSiriみたいなもんなの。Siri相手に無駄話する馬鹿がいる?』


「いいぞ、その調子だ」


 云った久我に、イルカは怪訝そうに首を突きだした。


『なにがよ』


「十分無駄話だ。ついでに云うと、Siri相手に無駄話をしようとするヤツは結構いる。京香もSiriとしりとりしてた」むっとした表情を浮かべるイルカ。「待てよ、今のはたまたまだ。オヤジギャグじゃねぇ」


『何でもいいけど、そういうワケで私はアンタの話し相手にはならないの。わかる?』


「そう試す前から諦めるなよ。そうだな、例えば」パチン、と久我は指を鳴らした。「オマエの推理を聞かせろ」


『推理? 何の?』


「だから、この状況だ。どうして急に、どいつもこいつもオレを狙い始めた」


『知らない。それだけの事、やったって事じゃないの?』


「それって何だ? マックスとPSIを襲った事か? それとも柚木に噛みついた事か?」


『知らない。私にゃ、そんな解析能力ないんだってば』


「それでいいのか? オレが死んだら、オマエだってただのガラクタになっちまうんだろ?」


『しゃーないよね、そういう作りなんだから』


 まるで話し相手にならない。


「ったく、冷たいコンシェルジュだな。オイ、今のエネルギー量は?」


『五十パーセント。でもアンタの身体を治すので、あと十パーセントは使っちゃうよ』


 四十パーセント。まだ余裕はある。

 余裕があるのならば、携帯よりもイルカを活用しなければ。


「よし、じゃあ、これは? 〈異物〉とか、シャード、レッド、それにマーブル。何なんだ。オマエも輿水と誰かが通信してた内容は知ってるだろ? あれって何の話だ。どうしてレッドにとりつかれたヤツは、エグゾアに向かうんだ」


『しつこいなぁ。だから私には、推理力とかないんだって』


「そう云うなよ。コンシェルジュだろ? 助けろよ」


 イルカはため息を吐き、軽く首を傾げた。


『ていうかさ、推理とかなんとか以前に、変でしょ。なんでエグゾアに〈向かう〉って話になってんの? 〈帰る〉んだよ』


 あっさりと云われ、久我は不意に目が覚めた気がした。


「待て。帰る? 何の話だ。オマエはレッドについて、何か知ってるのか?」


『知らないよ。っていうかそもそも、なんでエグゾアに〈向かう〉って考えになるのかわからない。あのメッセージには〈帰還〉って書いてあったでしょ? レッドに囚われたヒトは、エグゾアに向かうんじゃなく、〈帰る〉。そういう意味。違う?』


 久我は携帯を取り出し、記録していたメッセージを呼び出す。どうにも全体が謎めいていて、そこに注目できていなかった。だが確かに〈帰還〉という言葉に注目すると、レッドに囚われた桜井は、エグゾアに向かったのではなく、エグゾアに帰った、と読みとれる。


「だが、エグゾアに帰る? 何の話だ」


『知らない。でも語彙を整理していけば、たどり着く所は一つ』


「何だ」


『ホント、アンタはよくわかんないね。ちゃんと論理的な見方が出来るかと思えば、こんな当然の事もわかんないなんて。ムラがありすぎんじゃない?』そして不意に、パチンと指を鳴らして表情を開いた。『わかった! アンタ、ヤバくなんないと頭回らないんだ! ちょっと治療止めようか?』


「うるせぇ! いいから教えろ。エグゾアに帰る。それってどういうことだ」


『だからさ、レッドは当然、エグゾアの痕跡から見つかるワケでしょ? で、レッドに囚われたヒトは、エグゾアに〈帰る〉。つまりレッドってのは』


「偵察装置?」


 すらり、と人差し指を突きつけるイルカ。


『状況からしたら、それ以外に考えようがないじゃん』


 そうだ、確かにそうだ。


 レッドは〈エグゾアの向こう側〉から現れる。それに囚われた人物は精神をも支配され、エグゾアの発生地点に向かおうとする。


 それを〈帰還〉と称するなら、レッドの機能は、情報収集としか思えない。

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