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第三話 逃亡

 何も、考えている余裕はなかった。久我はただ条件反射で右手甲を男に突きだし、プラズマを発する。


 一瞬の閃光。それで男の頭は、消失した。


 だが相手は一人ではなかった。見るからに暴力団風な風体の男が数人、久我を取り囲もうと向かってくる。しかし相手は久我の能力を十分承知しているようで、距離を離し、逃げ道を塞ぐような位置にしか立たない。


 不味い、これは強烈に、不味い。


 酷い寒気がするというのに、冷たい汗で身体中がべっとりとしている。

 相手は誰だ。


 頭のない男の懐を探り、財布を取る。立ち上がろうとしたが、両足の感覚がまるでない。無理に神経を集中させ、ブロック塀に寄りかかりながら立ち上がると、右手甲のレンズで男たちを威嚇しながら、唯一残された脇道へと逃げ込んでいった。


 何処をどう歩いたのか、まるで記憶が定かではなかった。ただただ人影から逃れて彷徨った結果、久我は半ば朽ち果てたアパートの一室に転がり込んでいた。


 もう、立ち上がる力も残っていない。久我は震える手で血塗れの腹を探り、右手甲を近づける。だが万能細胞ジェルが流れ出てくる前にイルカが現れ、酷く困惑した様子で久我を見下ろした。


『やるしかないのはわかってるけど、いい? 自分で自分を治すってのは、かなりヤバいよ? 意識を失っちゃうかも』


「それをなんとかするのが、オマエの役目だろう」


『そりゃあそうだけどさ、せめて水くらいはないと』


「とにかくこのままじゃ、治す前に失血でヤバい。やるぞ」


 レンズの縁を取り巻く金属が、カリカリと音を立てて左右に回転する。そして赤黒いジェルが流れ出てきた途端、久我は酷い寒気と脱力感で意識を失いそうになった。


『わ、わーっ! わーっ! しっかりしろ! 寝たら死ぬぞ!』


 イルカに叫ばれ、ビクリと身を震わせる。


「な、何なんだ。叫ぶよりも何か薬とか」


『この状態でアンタの組成物を使って薬を作ったら、更にヤバくなるもん。叫ぶくらいしか出来ないって! ほら、しっかりしろ!』


「うるせぇ。もういい」なんとか傷口は塞がった。だが身体中の感覚は麻痺していて、力を入れることが出来ない。「イルカ、不味いぞ。動けるようになるまで、どれくらいかかる」


『今、無理矢理脂肪とか使って何とかしようとしてるからさ。五分は動かないで。あとはとにかく何か、補給してもらわないと。その辺の、何か食べてよ』


「腐った畳でも食えってのか」呆れて云いつつ、久我は耳のインナーイヤホンを叩いた。「柚木、不味い。刺された。動けない」


 応答がなく、久我は懐から携帯を取り出した。特に壊れている様子はない。


「クソッ、こんな時に、何をやってる」


 呟いてから、気が付いた。


「まさか、アイツ」


 久我が反乱の気配を見せたので、切り捨てにかかった。


 それは最悪の想像だった。だとすれば今頃、京香はどうなってるか。


 だが焦りながら家政婦の番号を探していた時、不意に窓ガラスが砕けて何かが室内に転がり込んできた。


 手榴弾!


 咄嗟にプラズマで焼灼したが、完璧ではなかった。一部が、パン、と音を立てて破裂し、破片が飛び散る。予期していた久我はプラズマ・シールドでそれを防いでいたが、更に追加で手榴弾が転がり込んできた。これではエネルギーが持たない。久我は未だ力が入らない足腰に鞭打って、腐りかけている壁を焼灼し、隣の部屋に転がり込む。


 ドン、ドンと炸裂音が響き、床が揺れて天井が崩れかかる。久我は更に目の前の壁を焼灼し、這って移動する。


『だから動くなって云ってんじゃんもう!』


 イルカの叫びに、頭を抱えながら叫び返す。


「じゃあどうしろってんだ! 爆死されろってのか!」


 それも手榴弾の爆発音でかき消される。


 こんな腐れ木造アパートじゃあ、とても保たない。現に建屋全体からギシギシと音がし始め、久我は必死に考えた。


 外は無理だ。万全ならシールドを張って逃げられるだろうが、今は走ることも出来ない。


 だとすると。


「えぇい、地下だ!」


 レーダーで探ってる余裕もない。久我は意を決めると、右手を床に向けてプラズマを発する。途端に一メートルほどの穴が穿たれ、転がり込んだ時、続く爆発音の所為でアパートの天井が傾ぎ、メキメキとした音を立てながら崩れ始めた。


 叫び、とにかく斜め下方向に全力でプラズマを発し、久我は穿たれた底知れない穴に身を投げた。転がり落ちる久我の頭上では派手な倒壊音が響き、建屋の破片や粉塵が一緒に転がり落ちてくる。


 そして不意に、身体が摩擦を失った。宙に投げ出されたかと思うと、堅い何かに叩きつけられ、コンクリートの上に転がる。


『ちょ、動くなってのがわかんねーのか! これじゃあ一からやり直しじゃん!』


 イルカの叫びに、ようやく我に返った。身体中が痛んだが、それもイルカが投与した薬か何かで収まっていく。


 そして周囲を見渡した。


 ここは、何だ。

 思った瞬間、すぐに悟った。久我が手を乗せている、金属物。

 レールだ。


「地下鉄か」


 適当に穴を穿った結果、運良く地下鉄を掘り当ててしまったらしい。


「運良く? どうかな」苦々しく呟き、壁に手を突いて無理に立ち上がる。辛うじて歩くことは出来そうだ。「映画なんかじゃ、こういう時に都合良く電車が突っ込んでくるもんだが」


 しかし幸いにして、電車が突っ込んでくる前に工事用らしき通路を発見した。埃っぽいコンクリートに腰を降ろし、轟音を立てながら通過していく車両を眺める。ライムグリーンのライン。都営新宿線だ。


 このままどちらかに進めば、予防局の間際にある駅、曙橋にたどり着けるはずだが。とにかく、休まないと。


「イルカ、どうにかなるか」


 喘ぎながら尋ねると、彼女は姿も見せず声だけで応じた。


『どうにかなるかじゃないよ、もう。腸がグチャグチャだよ。三十分は動かないで』


 云われなくても、もう動けない。


 壁に身を保たせ、携帯を取り出す。辛うじて電波は入る。柚木の番号を叩いたが、相変わらず応答がない。次いで京香の番号を叩くと、こちらはすぐに呼び出し音が途切れた。


『はい?』


 何事もない声。久我は胸を撫で下ろしつつ、こちらも何事もない風を装いつつ尋ねた。


「あぁ。大丈夫か? ちゃんと帰れたか?」


『うん、別に大丈夫だけど』


「家政婦さんは?」


『え? 丁度今、帰った所だけど。追いかける?』


 帰った。


 彼女は柚木が見つけてきた元機動隊員で、いわば柚木の部下だ。もしこの襲撃が、彼の手による物だったなら、京香を放置しておくはずがない。


 つまりこれは、柚木の仕業では、ない?


 久我はそう思案しつつ、答えた。


「いや、いい。ちゃんと戸締まりして寝ろよ」


『うん』


 切れる回線。久我は懐を探り、襲ってきた男の財布を改めた。免許証、キャッシュカード、ポイントカードの類。どれも手がかりにならなかったが、小銭入れの中に入っていたバッジを見咎め、舌打ちした。


 マックスの仇敵、最上組の代紋だった。

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