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第十三話 子機

 直前まで、透明化した輿水の背中があった場所。そこを青白い閃光は的確に切り裂いたが、何も、起きなかった。血が吹き出ることも、輿水の悲鳴が上がることもなく、久我は当惑し、すぐに電磁波レーダーを入れる。


 何事もなかったかのように、輿水は拳を二度、三度とマックスに叩きつけていた。うめき声を上げる彼女を投げ捨て、次いでこちらに顔を向ける。


「久我、オメェも相変わらずの馬鹿だな、こんな夜盗に乗せられてよ」


 透明化装置を侮っていた。電磁波レーダーで影が見え、かつ透明化状態でも相手に攻撃を出来るのだ。つまり透明化といっても光学的に見えなくなっているだけで、実体はそこに存在するのだと思い込んでいた。


 だが、こちらの攻撃は当たらない。


 脂汗を浮かべ、必死に起死回生の策を考えていた久我の前に、薄い影は立った。


「まったく」呆れたように輿水は云い、ポンと久我の肩を叩いた。「柚木さんみてぇな好きにさせてくれる上司、他にいねぇぞ? その下でもまともに働けないってんなら。もうオメェは死ぬしかねぇよな。違うか?」


「うるせぇ」云って、久我は無意識に見えない手を払いのけた。「オマエみたいな、ヒトをヒトとも思わないようなヤツになるくらいなら。死んだ方がマシだ」


「じゃあ死んどくか?」


 顔に振り下ろされる拳をかわし、久我は条件反射で右拳を輿水の腹にめり込ませる。


 うっ、と声を上げ、透明だった身体が一瞬だけ露わになった。


 当たった?

 久我は当惑し、すぐに理由に思い当たった。


 逆だ。攻撃が当たらないんじゃない、プラズマだけが効果がないのだ。きっとステルスの延長だろう、レーダー対策で電離体や電磁波の類はスルーするよう作られているが、より密度の高いモノには効果がない。


「そうとわかれば」


 つぶやき、ボクシングスタイルを取る久我。だが輿水はすぐに身を離し、深いため息を吐いた。


「そうとわかれば? オメェ、オレに勝てると思ってんのか?」


 素早く繰り出される拳。右、左とかわす。だが相手が速度を上げれば上げるほど、レーダーで捉えられる影も薄くなっていく。まるで残像と戦っているようなものだ。久我の繰り出すパンチは掠りもせず、一方で輿水の堅い拳は顔面に叩きつけられ、内臓を抉り、すぐに距離を離す。


「退役生活が長すぎたみてぇだな? オレみたいな爺さんに、まるで手も足も出ねぇなんてよ! それでもヒーローのつもりか? あぁ?」


 楽しげに叫ばれ、久我は唾とともに血を吐き出し、そういえば、と思い立った。


「そうだ、アンタのおかげで、オレも多少賢くなってた」


「何?」


「酷いもんだったぜ。閑職ってのは、暇なだけじゃない。裏でチマチマと悪口は云われるわ、中学生のイジメみたいな事はされるわ。家に帰れば涼夏はため息ばかりだし。アレに比べたら、アンタんとこでの訓練の方が、何百倍も楽だった。で、わかったんだよ。何事も、正面からぶちのめすのが一番効果高いと思ってたが。実際はヒネた方法の方が、かなりダメージがでかいってな!」


 久我は瞬時にプラズマを発生させ、それで天井を粉々に切り裂いた。ガラガラと音を立てて崩れてくるコンクリート。輿水の悲鳴は届いたが、久我は彼の成り行きを見守っている余裕はなかった。すぐに顔中を赤黒くして横たわっているマックスの側に飛び込み、プラズマ・シールドを展開させる。コンクリートの固まりは辛うじてシールドを貫通する前に焼灼され、久我の周囲二メートル程は安全が保たれる。だがそれ以外の場所は、まるで空爆でも受けたかのような有様になっていた。


 床は瓦礫に埋まり、粉塵が舞い、辛うじて幾つかの電子機器が発する灯りが残る。強烈な崩落が収まり、久我は耳を澄ましたが、パラパラとコンクリート片が砕ける音以外、なにも聞こえない。


 死んだか。


 そう事の結果だけを考えていた時、不意に瓦礫の一つが崩れ、ぬっと黒い影が立ち上がった。


 生きていた。彼は額から血を滴らせ、顔中を赤黒くし、まるで旧海軍の参謀のような詰め襟の制服は埃にまみれている。


 彼はすぐに久我を目に留め、怒りに満ちた表情で睨みつける。そしてこちらに向けて足を踏み出そうとした時、彼の右手首に巻き付いていた何かが小さな閃光を発して爆発した。


 クォンタムのカメレオン装置だ。僅かに驚き身を縮めていた輿水は、舌打ちしつつブレスレットを千切り、投げ捨てる。


「おっと。ついに男のロマン、透明化装置も壊れちまったか。いいねぇ。これで状況はオレの優位に変わった」


 立ち上がりつつ云った久我に、輿水は小さく鼻を鳴らした。


「優位? 何処が優位だってんだ」


 吐き捨て、輿水はおもむろに左腕を捲った。


 現れたのは、確かに柚木の情報戦型ウェアラブル・デバイスによく似た形状の金属片だった。だがスリーのレンズは五つであったのに対し、輿水のそれは十程のレンズが並んでいる。


「オメェなんかに使うのは、勿体ねぇが」


 云って、レンズの一つを取り外した。深い青に輝いていたレンズは光を失い、黒々とした物体に変わる。


 途端に久我は、当惑していた。


 恐らくあの黒い球体を相手に仕込む事により、自由意志を奪い、好きに操る事が出来るようになるのだろう。


 だが、その球体が、あのレッドを装着された人物が凝縮された結果の物体、〈マーブル〉とよく似ているのは。何故なんだ?


 アレは、コレなのか? それとも単に、外形が似ているだけなのか?


 久我が困惑している間に、輿水は素早いモーションで球体を投げつけていた。すぐに久我はプラズマ・バリアーで防ごうとしたが、球体は易々とそれを透過する。ヒッ、と息を詰めつつ身をよじり、辛うじて球体から身をかわしたが、それは不意に弧を描いて輿水の手元に戻っていった。


「まぁ一つは誰でも避けられる。じゃあ二つは?」更に一つレンズを取り外し、二つ同時に投げつける。「まぁ運動神経があれば、だいたい避けられる。じゃあ三つだと?」


 完全に追い込まれている。久我はプラズマを放って輿水を攻撃しようかとも考えたが、それをするとプラズマの光でマーブルを見失いかねない。


 果たして本体が死ねば、マーブルも力を失うのか?

 そんな危険な賭が出来るか?

 じゃあ、どうする?


「さぁ、次は四つだ。何かヒネた方法は思いついたか?」


 一つ目を投げつけられた瞬間、久我は大きく身を転がして中心点を動かす。だが二つ目、三つ目は新たな位置に投げつけられ、上体を反らし、身をよじる。


 久我は完全にバランスを失っていて、もはや転がるしかない体勢にある。しかしその先に四つ目が投げつけられ、久我はついに逃げ道を塞がれた。


「えぇい、クソッ!」


 叫びながらプラズマを発しようとした、その時だ。四つ目のマーブルの射線に、ぬっ、と小さな手が差し込まれる。黒々とした球体がパチンと手のひらに当たった瞬間、五本の指によって握りしめられ、内部で粉々に砕ける音がした。


 手の主は、マックスだった。彼女は腫れて半分塞がった目を輿水に向け、手のひらを開いて見せる。


 パラパラと落ちていく、マーブルの破片。苦々しい表情を浮かべた輿水に、マックスは枯れた声で云った。


「どうした? 次は五つだろう?」舌打ちし、一歩後ずさる輿水。それに対しマックスは、一歩足を進めた。「そう、私はずっと不思議だったんだ。貴方が持っている力。それを私に使わないのは、何故だろうとね。そうすれば我々の組織を簡単に手中に収める事が出来る。なのに貴方はそれをせず、我々を潰す選択をした。何故? つまり貴方の力は、私には。通用しないんじゃないか? ってね」


「かもな。だが、オマエを殴ることは出来るぞ」


 身構えた輿水。対するマックスは軽く久我を省みた。


「だそうだよ、久我さん。まずは一つから行こうか」


 久我はすぐに彼女の意図に気付き、ニヤリとした。


「任せろ」


 右手を突きだし、ポン、とプラズマ球を輿水の脇に浮かばせる。彼はそれを避けてマックスに殴りかかったが、彼女はそれを軽くかわす。久我は彼女を盾にするように移動しつつ、次のプラズマ球を発生させた。


 一思いに殺すのもいい。だがそれでは久我の気が収まらなかった。行動が制約される微妙な位置に現れ続けるプラズマに、輿水は次第に動きがままならなくなり、バランスを崩す。


 ついに倒れかけた輿水。そのときマックスは懐から何かを取り出し、彼めがけて投げつけていた。


 倒れ込みながらも、咄嗟にそれを払いのけようとする輿水。だがソレは振られた腕に吸い突くように貼り付くと、不意に中央にあったレンズから赤々とした光を発した。


「レッド!」


 叫び、倒れる輿水。彼は慌てて腕に貼り付いたレッドを引き剥がそうとしたが、すでにそれは活動を始めていた。周囲の金属質な物体が広がっていき、肉に食い込み、放電を発する。次いで赤いレンズの輝きは激しくなっていき、最後に強烈な光を放射し、久我の目を眩ませる。


 赤々とした閃光が収まったとき、輿水は全身を振るわせ、汗塗れになりつつ、腕に食い込んだレッドを凝視していた。


 それを見下ろす、久我とマックス。彼女は軽く久我に目を向け、尋ねた。


「殺すなら、どうぞ? それは貴方の権利だ」


 混乱していて、あまり冷静に考えられそうもない。

 久我はそう見切り、小さく息を吐いた。


「いい。何れ狂って潰されて死ぬ。だろう?」


「なら、彼は我々の〈試料〉になってもらうとしよう」


 彼女は袋から散らばっていたウェアラブル・デバイスを拾い集め、携え、久我と輿水の間に立ち。


 そして気が付くと三人は、湿った海風が凪いでいる、あの広島の公園に戻っていた。


 近くには赤星が控えていて、脇には黒塗りのワゴン車が乗り付けられている。まるで何も考えられずにいる久我に対し、マックスは異物と輿水をワゴン車に押し込み、晴れやかな笑みで振り返った。


「いやぁ、なかなかの大冒険だった。楽しかったよ久我さん。では、また会おう」


 助手席に乗り込もうとしたマックスを、久我は慌てて遮った。


「待て待て! 一体何が、どうなってる!」


「何が? 一体?」


 問い返され、久我は僅かに冷静になった。

 そして今し方起きた事を思い出し、整理していく。


「輿水の情報戦型は、柚木のスリーの亜種だと云った。だってのにレンズは五つじゃなく、十もあった。どうしてだ」


「その答えはもう、わかってるだろう。久我さんも」


 久我は僅かに口元を歪め、云った。


「情報戦型の子機は、〈マーブル〉なのか?」


「恐らくね」


「そして後から、追加出来る?」


「恐らく。だから輿水は、レッドを欲しがったのさ。適当な人物にレッドを寄生させ、マーブルに変える。そうすることにより彼は新たな子機を手に入れ、使える人形を増やせるという具合だ」


「レッドって。マーブルって、何なんだ? 単に情報戦型の子機を作るための異物なのか? じゃあどうして桜井は、エグゾアの発生地に向かった?」


「さぁね。それ以上は、私もこれから考えてみるけど。でも輿水がやり取りしていたメッセージに、面白い内容があったね。こんな具合だ。〈桜井の帰還を防げて、ラッキーだった〉とか。そんな感じの」


 久我も覚えている。予防局が桜井を抑えてくれて、良かったと。


「何なんだ? 帰還って、どういうことだ? どうしてエグゾアに向かうことが、帰還になる?」


「だから私も、それ以上はわからないと云ってるじゃないか」苦笑いしつつマックスは云って、車に乗り込んだ。「しかし輿水を観察すれば、何かわかるかもしれない。そうしたら貴方にも知らせるよ。そうだ、報酬がまだだった」


「報酬?」


 問い返した久我に、彼女は高らかに笑った。


「忘れているなら反古にしてもいいんだが、私は約束は破らない。これだ。私が輿水から受け取っていた、全情報」


 そういえば、そんな話しもしていた。


 久我は差し出された記憶スティックを眺め、どうするか迷ったが、結局奪い取るようにして手中に収める。マックスはそれを楽しそうに眺め、窓から身を乗り出させながら云った。


「正直、貴方にとって新たな発見はないと思うよ。でもね、〈ない〉モノが重要な場合もある。云っただろう? 目に見える事が、すべてではないと」


「何のことだ?」


「ヒントだよ、久我さん。じゃあ、また会おう」


 走り去っていくワゴン車。一人残された久我は、マックスから手に入れた記憶スティックを眺め、小さくため息を吐いていた。

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