第十二話 人形遣い
「オマエなんかに〈裏切り者〉呼ばわりされるコイツも可愛そうだが」
呟き、絶え間なく飛んでくる銃弾に応戦しつつ、久我はディスプレイに浮かぶ文字列を流し見た。どうも何か暗黙の了解があるらしく、内容を完璧に理解は出来ない。だが何か、得体の知れない事を企んでいるのは確かだ。
「へぇ。オマエ、これヤバいんじゃないか? 連中はオマエに見切りを付けて、最上の肩を持とうとしてる」
云った久我に、彼女は真剣な表情でキーを叩きつつ応じた。
「そんなことは想定の範囲内だ。既に手は打ってる」
「手? 何だそれ」
「云うと思うかい?」
半ば上の空で云うマックス。どうにも久我は彼女の必死さが不思議でならず、一つ大型のプラズマを敵に投げつけ、その隙に彼女の側に飛び込んだ。
「何なんだ! さっきから何をやってる! 何が目的だ!」
「云ってるだろう、連中の情報を」
「ウソは吐かないはずだろう! オマエは明らかに、何かを探してる! それは何だ!」
胸ぐらを掴むと、ようやく彼女は久我に目を向け、ため息を吐いた。
「わかった久我さん。話すよ。話すから邪魔をしないでくれ」そして久我の手を振り払い、キーを叩きつつ、何か酷く苛立った調子で吐き捨てた。「〈試料〉だ」
「何?」
「そのメッセージのやり取りの中にもあったろう。彼らはドライバーを〈試料〉と称し、人体実験の材料にしている」
久我は口を開け放った。
「まだ、そんなことをやってる連中が?」
「まだ? まだとは何だ」口ごもる久我に、マックスは苦笑いした。「何だ久我さん、貴方も云うほど、正義の味方じゃあないな」
知らないとは思わなかった。考えていたほど、マックスは何もかも把握しているワケではなさそうだ。
「違う。前に取り締まった事があるだけだ」
「どうだか。とにかく我々は、以前からPSIのいいなりになっていたワケじゃない。彼らの背後を洗っていた。特に桜井」
「桜井?」
「あぁ。彼は常にPSI側の窓口だった。彼については徹底的に調べたよ。そこで久我さん、貴方の名前が出てきたのは興味深かった」舌打ちする久我に、苦笑いするマックス。「シリアで起きた少女の自爆テロ未遂。貴方はそれを防いだ英雄だというのに、軍で閑職に追いやられ、結局除隊した。不遇なことだ。当時私がその事件を知っていたなら、真っ先に声をかけていた」
「うるせぇ。それで桜井を洗っていて、何か出たのか」
「あぁ、色々とね。きっと久我さん、貴方も知らないことだ」
「あ? オレが何を知らないって」
「これを聞いたら、貴方はきっと、発狂するよ」
続く銃撃に応戦しつつ、久我は眉間に皺を寄せた。
「何だ? オレに関係する事なのか?」
「あぁ。見つけた」そしてマックスは、軽くディスプレイを久我に向けた。「貴方はこう、聞いていたはずだ。貴方が殺した少女は、エグゾアが発生した地域からテロリストに連れ去られたと。だが事実はそうじゃない」
「違う? 何が違う」そして画面に表示された地図に、久我は目を見開いた。「これは」
「桜井氏がシリアに赴任する時の、移動経路だ。見ての通り、ダマスカスに着任する前、エグゾアが発生した東部の都市、マヤーディーンに立ち寄っている」
「待て! どうやって! あそこは当時、まだISに支配されていたはずだ!」
「さぁね。輿水はその頃から、人脈作りに勤しんでいた。私は恐らく、輿水も当時、その街にいたと思うね。そうだ久我さん、輿水はドライバーだって、知っていたか?」
久我は戸惑い、口元を歪めて見せた。
「その可能性は考えていた」
「私もだ。そこで彼の能力は何なのか調べたんだけどね。なかなか面白い能力だったよ。柚木さんの情報戦型の亜種でね。正式には何と呼ばれているか知らないんだが、彼はヒトに子機を仕込むことで、相手を意のままに操ることが出来るんだ」
意のままに、操ることが出来る?
それを聞いた途端、久我は頭から血の気がひいてきた。
ずっと、シリアでの出来事を疑ってはいなかった。少女がテロリストに洗脳され、自爆しようとした。久我がそれを止めた。その後の経緯は未だに納得出来ていないが、少女を殺したこと自体は、悔やんでいない。
だが。
「ちょっと待て。それってひょっとして、こういうことか?」喉がカラカラになり、唾を飲み込む。「あの娘は、輿水に操られていたってのか?」
「これがその、証拠だ」
画面には、まるで学校の卒業名簿のように、様々な人種、様々な年齢の顔写真が並んでいた。それぞれ名前、開始日、終了日らしい日付が付けられ、大半の人物にバツ印が付けられていて。
そしてその膨大な写真の一番最初に、忘れもしない、久我が射殺した少女の顔が残されていた。
彼女が輿水に囚われた日付は、シリアでエグゾアが発生した直後。そして解放された日付は、あの、久我が引き金を引いた日だった。
「つまり、こういうことだ」言葉を発せられずにいる久我に、マックスは云った。「輿水は自らの育てた特殊部隊を実戦投入させたくて、小康状態だったシリアに再び火の粉を撒こうとした。そのためISの支配地域に潜入して裏工作をしていたが、たまたまそこでエグゾアが発生。輿水はそこで異物を拾い、ドライバーになった」
「そしてあの娘を、ラジコンにしやがった」
「今風に云うなら、ドローンかな。ヒト型ドローン。人形遣いでもいい。そして彼女に爆弾を背負わせ、市街地で自爆させようとした。恐らく桜井は、それを見届ける役割だったんだろうな。だが、たまたま居合わせた貴方が予想外の行動に出た。結果的に事は輿水の思い通りになりはしたが、彼は苛立っただろうね。つまり久我さん、貴方が軍で干されたのには、そういう理由があったんだ」
オレが軍で干されたのには、そういう、理由があった。
今更そんなことを云われても、まるで何も考えられない。
確かにオレには、軍人としての従順さに欠けていた。だが、オレは英雄のはずだ。せいぜいプラスマイナスゼロくらいの評価で、しかるべきだったはず。
ずっとそう考え、苛立ちを抱え続けていた。
しかし、それは全て、勘違いだった。
「輿水! あの野郎!」
思わず叫ぶ。そこで予想外の出来事が起きた。不意に銃声が止み、耳鳴りだけが残る。そして当惑して顔を上げた時、酷く聞き覚えのある声が響いてきた。
「久我か。何をやってる」
激しく心臓が高鳴った。
輿水の声に、違いない。
まるで何を云うか考えられずにいる久我に、彼は例の、脅迫的な、冷笑的な声を投げかけてきた。
「聞いたぞ。何をやってる。予防局はいつから、そんな無法な組織になった」
久我は舌打ちし、答えた。
「無法なのは、そっちの方だ! まるで何の罪もない少女を、偽テロリストに仕立て上げてたとはな!」
僅かな沈黙に続けて、彼は云った。
「いいから出てこい。話し合おう」
「話す? 何を。オレもアンタのドローンにするつもりか?」
「まさか。私は予防局と事を構えるつもりはない。柚木さんだってそうだろう。違うか? これはオマエの独断だろう? これが予防局に知れたら、どうなる? 今度は異動だけじゃ済まんぞ?」
不味い方に話が進んでいる。
「マックス、充電はまだか」囁いた久我。彼女はまだ、何か作業を続けていた。パチンとキーを押し込むと、壁際の収納のロックが外れる音がする。「何なんだ! オイ、いい加減にしろ!」
小声で叫んだ久我に、マックスは収納の扉を開き、不意に満面の笑みを浮かべた。
「あぁ。いつでもいいよ。帰ろうか」
「これか、オマエの目的は」久我も収納の中を眺め、舌打ちした。「輿水が集めてた、異物」
ざっと見て数十の異物。それも明らかにレンズ状の物体が付いた、ウェアラブル・デバイスらしき物ばかりだ。彼女はそれを片っ端から袋に詰めつつ、久我に笑顔を向ける。
「お互い、いい収穫があった。だろう?」
「オマエはクズだ」
不意に背後で声がして、久我は無意識に身を跳ねさせた。直後、マックスは宙に投げ出され、かき集められていた異物がガラガラと音を立てて転がる。壁に叩きつけられたマックスは呻きながらも拳銃を構えたが、それは不思議な勢いで弾き飛ばされ、当惑する彼女の顔面が歪にゆがみ、ゴロゴロと地に転がる。
クォンタムの透明化装置。
悟った久我が透視機能を入れると、様々な金属装置に紛れ、うっすらとしたヒトの影がマックスの胸ぐらを掴むのが見えた。
「クズの盗賊め。オマエに秩序って物を教えてやる」
宙から発せられる言葉。薄い拳がマックスの腹にめり込んだ時、久我は電磁波レーダー機能を解除し、プラズマの刃を霞の背中に投げかけた。




