第十一話 裏切り者
焼灼した扉の奥は、武器の実験室のようだった。二階分ある高い天井。広いスペースにマネキンや金属板が並べられ、頑丈そうなコンクリートで覆われている。
いつ撃たれるかわからないとなると、電磁波レーダーで周囲を探ることも出来ない。久我は物陰に隠れながら慎重に進み、背後をついてくるマックスに尋ねた。
「マックス、一つ聞いておきたい事があるんだが。オマエのその目、ビームとか出せないのか?」
彼女は苦笑いで応じる。
「残念ながら、そういった機能は一切ないんだ」
「じゃあ何が出来る。〈転移〉だけ?」
「〈転移〉。そして、〈この世ならざる物〉を見ることが出来る」
奇妙な言葉に、久我は軽く振り向いて彼女を眺めた。
「何だ? その、この世のなんとかって」
「さぁね。私にもよくわからない。ただキミにあげる約束をした資料に、断片的だがそれを示唆する記述があった。〈インターセクション〉」
「オレも聞いたことがある。何なんだ、それは」
「〈それ〉なのか〈そこ〉なのか。とにかく私には常に、この世とはまた違う、別の世界が見えている。暗やみに包まれ、新月の夜より、なお暗い。時に閃光が走る。光源はただ、それだけだ」彼女は不意に笑みを浮かべた。「ときに久我さん、貴方は〈エグゾア〉って何だと思う?」
「さぁな。だが色々な説があるってのは知ってる。一番有力な説は、マイクロブラックホールによる〈圧縮〉だ。その空間に存在する全ての物が、一瞬で圧縮される。それによって残骸、スラグが出来る」
「あぁ。だがそれでは未知の力を持つ異物が現れる理由を説明出来ない」
「そりゃ、一般には異物が存在すること自体、隠されてるからな。だから学者さんたちも、異物の存在を無視して説を立ててる」何事もなく、柚木の云う〈レベル5〉へ至るゲートにたどり着き、久我はその構造を改めつつ続けた。「だがオレにはそんなこと、どうだっていい。重要なのは医療型だ。オマエんとこに、医療型はないのか?」
「あればそれをネタに久我さんを引き抜いてるよ。そうは思わないか?」
「じゃあ、見つけたらいつでも勧誘してくれ。喜んで寝返る」
「覚えておくよ。それより私が云いたいのは、〈今、この世界では何かが起きようとしているんじゃないのか?〉ということさ」
「何か? 何かって何だ」
「さぁね。だがほんの一年前までは、異物はこれほど注目を集めていなかった。我々が異物を手に入れるのも容易だったし、じっくりと調べる暇もあった。だが今はどうだ! 予防局は貴方のような用心棒を雇い、取り締まりを厳しくしている。一方で情報はダダ漏れだ。最上や他のマフィアも異物に手を出し、レッドのような得体の知れない物まで出てくる始末」そして彼女は、その視線定かならぬ瞳で、久我を見つめた。「何かが起きているよ、久我さん。貴方が医療型を探すのはいい。だが事はそれだけでは済まない。確実にね」
「何が云いたい」
扉から振り返り、苛立って尋ねた久我。彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「警告だよ。では、何が起きているのか、その一端を覗いてみようか」
まったく、気に入らない。柚木、八木、それにマックス。異物に関わる連中は、どうしてこう面倒な事ばかり云うのか。
しかし久我も、マックスと同じような感覚を抱いていたのは確かだ。久我は柚木に誘われ予防局に入ってから、もう五年になる。だがその殆ど、四年間は、エグゾアの被害に遭った区画を片付けるだけの地味な仕事ばかりだった。
それが今になって、この騒ぎだ。しかもそれは柚木が特務班を作ったからではない。特務班が出来ていなかったとしても、異物に関わるかなりの騒ぎが起きていたのは確かだ。
果たして一体、何が起きようとしているのか。
「関わりたくないが、仕方がねぇ」
云って、久我は目の前のゲートにプラズマを浴びせかけた。
扉はかなり厚く、全力でようやく人が通れる程度の穴が空く。未だに高熱を発する縁に気をつけながら奥を覗き込むと、そこには数台の端末、数本のラックに積まれた膨大なコンピュータ群、そして何かの分析設備らしい、得体の知れない装置が並んでいた。
柚木、と声を発しかけた久我を遮り、マックスは室内に足を踏み入れていった。彼女は真っ直ぐに端末に向かうと、中腰でキーを叩き始める。
途端に久我は、違和感を覚えていた。すぐに彼女に続き、その肩を掴む。
「おい待て、何をやってる」
「何って。何かないか探ってるのさ」
「どうも妙だな。おい、すぐに止めろ。こっちを向け」
マックスがため息を吐きながら振り向いた時、不意に二人の間で何かが弾けた。咄嗟に身を縮め、しゃがみ、機械類の影に身を隠す久我とマックス。
「来やがったか!」
分厚い扉に穿たれた丸い穴からは、絶え間なく銃弾が飛び込んできた。久我はその射線に見当を付けながら移動し、狙撃手を視界に捉えようとする。一方でマックスはデスクからディスプレイとキーボードを引っ張り下ろし、物陰に隠れながらキーを叩いていた。
「おい、止めろって云ったろ! 何やってんだ!」
木霊する銃声の中で叫ぶ久我に、彼女は焦った風に叫び返してきた。
「だから云っただろう、久我さん! 今探らないと、彼らにシステムを落とされてしまう!」
「オマエ最初から、オレにこの分厚い扉を破らせるのが目的だったんだろう! 赤星の旧式多目的型じゃあ無理だった。違うか!」
「だからどうした! 私は何一つウソは吐いていないぞ!」
チッ、と舌打ちし、久我は一瞬垣間見えた戦闘服の男にプラズマを投げ飛ばす。相手は機敏に転がって見えなくなったが、久我の目的は敵の焼灼ではなかった。青白い光球は久我が焼灼して穴をあけた扉に当たると、鋼鉄がドロリと溶ける。そして穴が塞がるまでプラズマを保った結果、増援は防がれ、敵はレベル4に残る数人だけとなった。
「いいぞ久我さん、ついでにここの扉も塞いでくれないか」
「馬鹿云うな、ここには炭酸ガス消火装置が付いてる! 下手に塞いでそれを発動されたら、窒息して終わりだ!」
マックスは辺りを見渡し、苦笑いしながら軽く久我に視線を向けた。
「さすが元特殊部隊だ、我々みたいな一般人とは、観察力が違う」
未だに果敢に放たれ続ける銃弾を避け、久我は彼女の脇に転がり込んだ。
「それより充電はまだ終わらないのか! さっさと撤収するのが一番だ!」
「まだ、五分ほど必要だ。それよりやはり、ここには面白いものがあったよ」
云って、クルリ、とディスプレイを久我に向ける。苛立ちつつも目を落とした久我は、二人の人物の間で交わされた、不思議なメッセージを捉えていた。
「これは。輿水と、その依頼主との会話か?」
呟いた久我に、マックスはニヤリと笑みを浮かべた。
「あぁ。そして彼女こそが、輿水に予防局の情報を渡した、裏切り者だ」




