表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/114

第九話 協力

「騙され続ける、だと?」久我は舌打ちしつつ、頭を掻いた。「ハッ、最近酷く聞き飽きた台詞だな。異物で何かを企んでる連中は、みんな口をそろえてそんなことを云う。だが具体的な点となっちゃ、謎めかして誤魔化すだけ。オマエもその類か?」


 呆れたように、マックスは宙を仰ぎ見た。


「あぁ久我さん、私を失望させないでくれ。貴方だって知ってるはずだ、災害予防局は、欺瞞に満ちた組織だと」


「具体的には?」


「いいだろう。具体的な話をしようか。だが何から話そう。そうだな、こうしよう。久我さん、貴方が疑問に思っている事、何でも聞いてくれ。私の知っている範囲でなら、説明しよう」


「上手いな! 折れたフリをして、オレが何を何処まで知っているか、探り出そうとしてる」


「そんなことはない。私は単に、効率を重んじているだけだよ。じゃあ貴方は何でも知っているから、特に私に聞きたいことはないというのか?」


 久我は僅かに考え込み、やはりいつも通り、優先順位を定めた。


「桜井は、オレと柚木の行動記録を手にしていた。それは誰から渡った?」


「予防局内部からだよ。当然だろう?」


「誰だ。具体的に」


「それがわかれば、私もわざわざ輿水なんかの手は借りずに直接取引をするよ」尤もだ。「だがそれが誰なのか、キミのパートナーである柚木さんが知らないとは思えない。彼は局長から退いたとはいえ、未だに予防局の全権を握っている。その彼が。スリーのような素晴らしい異物を持っている彼が、ただのスパイ一人も見つけられない? あり得ないだろう」


 それも従来の久我の推理と一致する。


「じゃあオマエは、柚木は誰が犯人か知りつつ、それを見逃してるってのか。なんでだ」


「さぁね。私もそれはわからない。だから予防局は欺瞞に満ちているって云っているんだ」


「そのアヤフヤな推理が、予防局の欺瞞の証拠だって? どうだかな。だいたいオマエは、オレと柚木の情報を掴んで。一体何をしたいんだ」


 あぁ、とマックスは再び宙を見上げた。


「止してくれ久我さん。貴方はそんな愚か者だったのか? 私が、こうして、ここで姿を見せたのも。全くの無駄だったのか?」


「何の話だ」


「いいかい久我さん。私の目的は、最上組を潰す事だ。そんなことは、とうに承知しているはずだ。だが彼らは、人員面でも組織面でも、我々を遙かに上回っている」


「それをひっくり返すため、オマエはより強力な異物を探している」そこでようやく、久我は彼女が云わんとしていることに気がついた。「なるほど。強力な異物を手に入れるには、予防局の動きを見張るのが一番だってことか」


 パチン、とマックスは指を弾いた。


「そうだ! それで?」


「それで? オマエは何故だか、広島にいる」再び久我は、か細い糸を捉えた。「あぁ、エグゾアか。オマエは昼間に起きたばかりのエグゾアを追って。そこで異物を漁るために、やってきた」


「それで? どうして桜井も広島に?」マックスはそう自分で問い、大きく腕を広げた。「久我さん、貴方が一番に尋ねなきゃいけないのは、そこだよ。私は彼に、予防局が〈レッド〉と呼ぶウェアラブル・デバイスを寄生させた。そして彼は、何者かの手引きにより逃げられてしまった。そして彼は広島に引き寄せられた。何故! どうして!」興奮したように叫び、彼女は人差し指を、久我に突きつけた。「いいかい久我さん。そもそも〈レッド〉はね、私が貴方たちの情報を得るための見返りに、渡すはずだった代物なんだよ」


 マックスが、久我と柚木の行動を得る見返りとして、渡すはずだった物?


「何だって?」


「だから、PSIが、貴方と柚木さんの最新情報を渡す見返りとして要求してきたのが、あの異物なんだよ!」


「どうしてだ。PSIはアレを手に入れて、何しようとしてたんだ?」


「私も、それが知りたい。貴方も同じだろう?」


「待て待て」久我は僅かに思案し、混乱しかかった話を整理した。「よくわからないな。オマエはPSIを裏切っていないという。じゃあPSIが先に、オマエらを裏切ったのか。一体何をされたんだ」


「輿水が情報提供の見返りとして〈レッド〉を要求してきた時に、私は当然、その理由を尋ねた。何に使うのかと。彼は答えた。〈レッド〉は既にドライバーになった人物に装着させることにより、その能力を増加させることが出来るブースターなのだと」マックスは両手を投げ出した。「大嘘だ! 彼は知らなかったんだ。我々が既に一人、レッドのおかげで仲間を失っていたことをね」


「へぇ。そいつは面白い」久我は云って、髭を指先で鳴らした。「アンタは輿水に嘘を吐かれた。だからヤツとの取引を終いにした。裏切られたって、その程度の話か? マフィアにしちゃあ、気が短いな」


「かもしれない。だが云ったように、我々は信頼を第一とする。簡単に嘘を吐く信頼ならない相手とは取り引きできない。いいか久我さん。彼は、私に、嘘を吐いたんだ! 彼は私のことを、何も知らないババアだと見くびったんだ! だから我々は、相応の対応をすることにした。それだけだよ!」


 まるで我慢ならないといった風に叫んだマックスに、久我は苦笑いした。


「待てよ。オレもアンタに、嘘を吐かれたぜ? 独り身で娘を育てるか弱い女だって」


「それとこれとは話が別だ。お互いに何者かを知った上で、対等な取引を行おうって時にだよ? 嘘を吐かれちゃ、たまらない」


 はてさて、そんな話を信じていいものか。


 久我は思案しながらも、パチンと両手を打ち合わせた。


「オーケー、アンタのその滑稽な話を信じるとして。それでどうして桜井にレッドを付けることが、復讐になるんだ」


「我々もレッドが何なのか、よくわかっていない。以前は仲間の一人が寄生されたが、彼は異能を発揮することなく錯乱して行方不明になってしまった。だから桜井にそれを寄生させ、その後どうなるのか経過を観察するつもりだった。輿水は一体アレを手に入れて、何をするつもりだったのか? レッドは一体、何のための異物なのか? 行方不明になった仲間は、今、一体、何処にいるのか? 私は、それが知りたいんだ」


「アンタらの組織が、そんなに仲間思いだとは。思ってもみなかったな」


「皆、リスクは承知だ。しかし、そのリスクがどういった類の物なのか。彼らが負うべきリスクに対し、一体どれだけの対価を支払われるのか。私にはそれを説明し、納得して貰う必要がある。わかるかい久我さん。レッドは、私にとって、大きな負債になっているんだよ。異物に寄生されれば強大な力を手に入れられるが、運悪く〈ハズレ〉に当たったなら、錯乱してしまうかもしれない。そんな状態で、志願者が現れると思うか? ただでさえ異物に適合する人物は限られているというのに、試そうとする人物も少なくなってしまったら、私が大金を払って手に入れた異物は行き先を失ってしまう!」


「面白い。マフィアもすっかり、契約社会になっちまってるってことか」


「まぁね。仁義だ何だなんてのが絵空事だってのは、彼ら自身が証明してしまったからね。私たちは彼らのような古い考えは捨て、よりシステマティックな組織を作る事に腐心している。見て見ろ、彼らは何だ! 日本最大の組織、仁義だ孝養だと云ってはいるが、やっていることは腐れきった、ただの無法者の集まりだ! 我々は違うぞ? 我々はこの街に秩序を取り戻したい。中国、香港、ロシア、イラン。各地のマフィアが、この国を侵略しつつある。連中はクズだ! 子供相手にも平気でヤクを売り、金になれば何だってやる! だから我々は外国の侵略から真にこの国を守ろうと」


「はいはい、そこまでだ。アンタの理想は、オレにとっちゃどうでもいい」そう久我は遮り、頬を掻いた。「状況はわかったが、残念ながらオレもレッドが何なのかなんて知らない。柚木だって知らないようだった」


「貴方はそれを、信じるのか?」


「信じちゃいないが、柚木より先に探るべき相手がいる」


「輿水か」口元を歪めて肯定する久我に、彼女は深いため息を吐いた。「確かに貴方から見たら、そうなんだろうな。私から見れば、柚木さんの方が探り甲斐があると思うんだが」


「これでもヤツから査定を受けてる身なんでね。給料は減らしたくない」


 渋々といった風に、マックスは頷いた。


「まぁ確かに、この協力関係を維持するためにも、貴方には優良な局員として働いてもらわなければならない」


「おい待てよ、別にオレは、オマエに協力するなんて云ってないぜ?」


「することになるよ」云って、マックスは立ち上がった。「見返りは、そうだな。こんなのはどうだ? 貴方が苦労して部分的に解読した、予防局の機密ファイルの一式。どうだ?」


 あれか、と久我は眉間に皺を寄せつつ考えた。


 目にした途端に柚木が酷く動揺し、隠そうとしたファイル。久我はその破損したファイルから織原美鈴の名を辛うじて拾い上げただけだったが、もしアレの完全版が手に入るなら、どれだけ助けになるかわからない。


 だが。


「前払いだな」


 云った久我に、マックスは苦笑いした。


「おい久我さん、それは無茶ってものだろう」


「悪いがオタクが何と云おうが、オレはアンタを信用していない。〈転移〉には充電がいる? ハッ、そんなホントかどうかわからんネタを明かされたくらいで、信用しろと云われてもね」


「じゃあ、こうしよう」と、彼女は僅かに久我に身を寄せ、その電子回路のような瞳を近づけた。「実地で証明してみせようじゃないか」


「実地?」


 問い返した途端、目の前が閃光に包まれた。

 何事かと身構えた直後、久我は自分がまるで違う場所にいることに気がついた。


 暗闇なのは変わりない。だが夜風が凪いでいた蒸し暑い空気は、一転して乾いた寒々としたものに変わっている。見渡せばそこは何か密閉された空間で、窓も何もなく、ただ白々とした壁が続いている通路のただ中だった。


「おい! 何処に飛ばした!」


 胸ぐらを掴んで叫ぶ久我に対し、マックスはニヤリとして首を傾げた。


「何処って。PSIの本拠地。お台場にあるビルの中さ」


「お台場? 東京?」当惑し、結局怒りをマックスに向けるしかなかった。「フザケるな! こんなとこ、見つかったらどうなる! さっさと広島に戻せ!」


「だから充電に時間がかかるって云ったじゃないか。そう、最低、あと三十分は必要だ」そうマックスは軽く身をかわし、通路の一方に足を進めた。「さぁ、せっかく問題のPSIに忍び込めたんだ。何処に何があるかわからないけど、探ろうじゃないか。おっと、傭兵には気をつけないと。きっと彼ら、私らを見つけたら。平気で撃ってくるよ?」


 洒落にならない。


「待てよ! どうして赤星を置いてきた!」


「それじゃあ私が本当に〈転移〉出来ないっていう証明にならないじゃないか。さぁ、久我さん。貴方には二つの選択肢がある。私が本当に〈転移〉出来ないのを確かめるため、私の身を守らず傭兵たちに殺させる。そしてもう一つは、私と協力してPSIが抱える謎を探し出す。さぁ、どちらにする?」


「それだけの覚悟があるから、信じろって?」舌打ちし、仕方なく足を進めた。「クソッ、そんなの選択にならねぇ。幾ら相手が得体の知れないマフィアの親玉だからって、そいつを平気で狼の群の中に置き去りに出来るとでも? オマエはマジで卑怯なヤツだ」


「そんなことないよ。貴方は少女テロリストを、躊躇なく撃ち殺した。違ったかな? それと同じだろう」


「違うね。オマエの何処が少女だってんだ」


 反抗心だけで言い放ち、久我は先に立って通路を進んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ