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第七話 手がかり

 マックスは確かに以前から、予防局の内情を掴んでいた。しかもそれは、久我も知り得ない超極秘な所までだ。だから柚木は必死に予防局内部のスパイを探してはいたが、まるで成果は上がっていなかった。


 それもそのはず、マックスへの機密漏洩は、外部の人間によって、行われていたのだ。


 いや、そんなことがあり得るか? 不可能としか思えない。半ば柚木のスリーによって守られている予防局のデータ・バンクに桜井が単独で侵入できるはずもなく、だとすると彼は予防局内部の人間から情報を受け取り、それをマックスに流していたとしか思えない。いわば彼は仲介役で、裏で糸を引く人間が必ずいる。


 果たしてそれは、誰なのか。久我でさえ触れられない情報をいとも容易く盗み出せるほどの権限があるにも関わらず、それを予防局の敵であるマックスに流す理由とは。


「どうした。随分静かだね」


 キャブコン内部で柚木に問われ、久我は慌てて顔を上げた。


「いや。輿水が絡んでるとなると、どうも落ち着かなくてな」


 その誤魔化しを、柚木は正当な物だと受け取ったらしい。スリーで高速にコンソールを操りつつ、僅かに憂鬱そうな声で云った。


「気持ちはわかる。だがこの捜査を進めていく上で、どうやら彼は避けて通れそうもない。見てくれ、桜井がPSI社から受け取っていたメッセージの内容がわかった」


 久我は腰を上げ、柚木が指し示す文面を眺めた。


「座標データ。それに時間か?」


「あぁ。一昨日の夜、新宿の裏路地だな。一体何の指示だろう。監視カメラを当たってみよう」


 それをされては、隠していても仕方がない。


「実はな柚木。桜井が泊まっていた部屋に、涼夏がいた」大きく目を見開く柚木に、付け加える。「どうやらアイツ、八木の所に潜入しているらしい」


「八木に? どうしてまた」


 久我は柚木から見て〈自分が知り得ないだろう〉情報のみは巧みに隠し、それ以外は正直に説明した。桜井はマックスと何かの取引をしようとしていたこと。レッドを桜井に取り付けたのはマックスだということ。涼夏は彼を逃がしたが、見失ってしまったということ。


 柚木は驚きに目を見開いたまま最後まで聞き、ぼそり、と呟いた。


「相変わらず、予想外の事をしでかす女性だ」


「アイツを女と思っちゃ駄目だ。事、行動力に関しては。下手な男の何倍もある」


「キミと良く似ている」冗談だろう、と突っ込みを入れかけた久我の言葉を無視し、彼は続けた。「しかし参ったな。これは予想外に大きな事件らしい。PSI社はマックスと、何の取引をしていたんだ?」


「それはわからん」と、久我はしらを切った。「だが取引がご破算になったのは確かだ。マックスはPSIを裏切り、桜井を捕らえようとした」


「確かなのは、マックスはレッドの用途を知っているということだな」


 当惑したように呟く柚木。

 コイツは本当に、レッドの事を何も知らないんだろうか?


 久我は慎重に、彼の表情を窺った。何かを隠しているようには見えないが、常にポーカーフェイスな彼の表情から何かを読むのは酷く困難なことで、結局久我は諦めて椅子の背もたれに倒れ込んだ。


「で? 問題はどうして、レッドを寄生させられた桜井が、エグゾアに突撃しよとしたかってことだ。何で? 何のために? それもPSIの指示か?」


「それはもう少し桜井氏の行動を追ってみなければわからないが、少なくとも、ダークネット経由でそうした指示が出ていた形跡はない」


「じゃあどうする。当たるのはどっちだ。PSI? マックス?」


「何れにせよ東京だが、我々はここを離れるワケにはいかない。まだエグゾアの痕跡から異物を発見出来ていないし、キミは京香さんへのサービスがある」


「そんな悠長な事を云ってる場合か?」僅かに首を傾げただけの柚木に、久我も気づいた。「まぁ、何か慌てて対処しなきゃならない風な感じでもないのは確かだが」


「その通り。PSI社については、予防局内部にもあまり情報がない。それは古海女史に当たって貰おう」予防局調査部の、ガサツだが腕のいい主任だ。「私はPSI社の輿水氏について探ってみる。わかったら知らせるから、キミは休みたまえ」


 柚木が立ち上がってバクンと後部ハッチを開くと、キャブコンはいかにもリゾートホテルといった風な豪勢なホテル前に停まっていた。


「なんだこりゃぁ。こんなの贅沢だ」


 渋い顔で云った久我の背を柚木は押し、にこやかな笑顔で送り出した。


「思い出はプライスレスだが、それを鮮やかな物にするには努力が必要だよ」


「うるせぇ」


「では、また明日」


 瞬く間にキャブコンは何処かへ走り去り、一人残された久我は仕方なくホテルに足を踏み入れる。柚木が予約していた部屋には例のツアーコンダクターの女性が待ちかまえていて、京香は露天風呂に行っていると伝えてきた。完全なVIP待遇で、久我は恐縮し通しだ。


 彼女もまた去り、久我は当惑しながら豪華すぎる部屋を見渡した。涼夏との新婚旅行の時だって、こんな馬鹿でかい部屋に泊まってない。一体一泊幾らするのだろうと無駄な心配をしつつ、久我はベッドに倒れ込み、デジタル・バッドを手に取った。


 呼び出したのは、桜井がマックスに流そうとしていた久我と柚木の行動記録だ。それは予防局異物捜査特務班としての報告書をベースにしているような内容で、いつ、どこで、どのようなドライバーと相対し、どのように対処したかが記されている。


 自分の記録はいい。少なくとも記憶にあるとおりの内容で、調べたところで意味がない。


 問題は、柚木の記録だ。


 柚木は久我の知らない所で、何か極秘の行動をしている。


 久我はそう睨んでいた。柚木はしらを切っていたが、予防局が違法かつ人道に外れた事をしていたことは間違いない。クォンタム社という軍需企業と組んでの人体実験。そして異物のコピー。それだけの事をしているのだ、予防局の目的が柚木の云う〈異物の暴走を防ぐため〉だけだとは到底思えず、久我は柚木の尾行などを続けていたが、まるで何も見つからない。


 だがこの行動記録が、久我と柚木の動きを余すことなく記録しているならば、柚木の裏の行動も記されているはず。


 そう勢い込んで記録を眺めていったが、まるで久我の期待に沿う物は出てこない。出てこないどころか、柚木は久我の知る柚木として存在するだけで、それ以外の不明な行動は一切なかった。柚木はまさに久我と一心同体で、〈異物狩り〉に勤しんでいる。


 そうとしか見えない記録だ。


 これは一体、どういうことだろう。


 久我が伸びかけの髭を指先で鳴らしながら考えていると、不意に扉が開いて浴衣姿の京香が入ってきた。


「あぁ、帰ってたんだ」


 それだけ云って、パタパタと片手で顔を仰ぎながら目の前を通り過ぎ、ベランダ側のソファーに向かう。久我は再びパッドに目を落とし、再度妙な記録がないか改める。だがないものはない。ため息を吐きながらパッドを投げ出し、両手を頭の後ろで組み、考え込む。


 実際のところ、久我が伺っているほど、柚木は何でも知っているワケではないのだろうか。


 ふと、そう思う。彼も自身で云っていたように、単に秘密主義と見られがちな外見、言動をしてしまうというだけで。彼は必要なことは全て、久我に話しているという可能性も。


 そこでふと、聞き覚えのある旋律が流れてきた。ソファーに座り込んだ京香の携帯から流れてくる音楽。久我は奇妙に思いながら、身を起こして彼女の脇に寄った。


「京香、その音楽。織原美鈴か?」


 柚木と近しい関係にあったらしい、ジャズピアニスト。京香は、ん、と呟きつつ、不思議そうな顔を向けてきた。


「そう。良く知ってるね? 音楽、全然聴かないんだと思ってた」


「いやぁ、その、ジャズくらいは、多少」


 多少どころか、一切聴かない。だが京香は久我を少し見直した様子で、笑みを浮かべながら傍らの鞄を漁った。


「そうなんだ。知らなかった。ゴメン、じゃあ音楽フェス、一緒に行けば良かったね」


「って云うと?」


「広島市内の繁華街で、いろんな音楽を路上演奏するイベントだったの。アカペラとか、ロックとかもあったけど、ジャズが一番多くて。ウィングバンドもあったし、凄い楽しかったよ? 学校の吹奏楽部も、あぁいう楽しい曲、やれたらいいのに。教科書に載ってるようなのばっかり」


「へぇ。で、その曲は? 織原美鈴は一通り聴いたが、そいつは聴いたことないバージョンだ」


「よくわかるね! これ、織原美鈴がアマチュア時代に良く出てたライブハウスでの録音なんだって。広島が誇る世界的ジャズピアニストって、結構プッシュしてたよいろんな所で」


「うっかりしてた。織原美鈴は広島出身だったな」データベースでそれくらいは調べていたが、すっかり忘れていた。「京香、その、織原美鈴が良く出てたライブハウスって、何処だ?」


「え? えっと」観光マップを取り出し、繁華街の一点を指し示す。「ここ。今夜は〈織原美鈴トリビュートライブ〉で、彼女の曲をいろんな人が演奏するらしくて。これからネット中継で聴こうかなって思ってたんだけど」


「何だ、近いな。行こう」


 すぐさま財布や携帯を手にとってポケットに突っ込み始める久我に、京香は慌てた様子で立ち上がった。


「えっ、今から?」


「あぁ。何かあるか?」


「えっ、別に、何もないけど、晩ご飯は?」


「んなもん、その店で食えばいい」


「でも、ライブハウス? ジャズバー? だよ? 私なんて、入れるの?」


「親が同伴してんだ。駄目ってことないだろ」それでも戸惑ったように立ちすくんでいる京香を、久我は急かした。「ほら、マジ物のジャズバーなんて、行ったことないだろ? いい機会だ。クラブの友だちに自慢できるぜ?」


「えっ、でも。どうしよう。どんな格好で行けばいいの?」


「どうせブルー・ノーツみたいな高級バーじゃないんだ。何だっていい! ほら、急げ急げ!」それでも何か困惑したように浴衣の襟を押さえている京香に、久我はようやく気づいた。「あぁ、悪い、先にロビーに行ってるから、ゆっくり着替えてくれ」


 慌てて部屋を出て、廊下を歩きながら考える。


 織原美鈴については何度か調べてみたが、わかったことは十年前にツアーで訪れた北欧で事故にあって亡くなったとうい事くらいで、柚木、あるいはその後設立される予防局との関連はまるで見えなかった。突っ込んで調べようにも音楽業界に伝手なんてないし、さてどうしようかと考えていた所だ。


 それも、ひょっとして、彼女が懇意にしていたという店ならば。もう少し何かわかるかもしれない。

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