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第四話 マーブル

 エグゾアによって出来た巨大なクレーターは、久我が桜井を捕まえた所から、ほんの数メートル先にあった。直径三キロ、深さは千五百メートル。それは酷く恐ろしげな光景だった。すり鉢状に穿たれたクレーターは全体が暗褐色のスラグに覆われて、急激な空間変動のせいで発生した雷のおかげで残滓がくすぶっている所もある。そこに溢れ出た地下水が流れ込んでジュンジュンと音を発し、クレーターの縁からは土砂や木々が倒れ込み、まるで地獄絵図さながらだった。小規模なエグゾアでは、ここまでの惨状にはならない。


 周辺では山火事が発生しているらしく消防が忙しく散水していたが、一方で予防局の科学班は防護服を身にまとい、早くもクレーターの中に入り込んでいる。彼らは様々な科学機器で状況を確認し、上空では数機のドローンが空撮を行っていた。


 京香はそれを口を半ば開けはなって眺めていたが、久我はとても彼女に解説を加えている余裕はなかった。


 特務班での活動も長くなり、久我は既に並大抵の事では驚かなくなっているつもりだった。手からプラズマを放射させるのも異常だが、ヒトが透明になったり、分裂したり、もう何でもありだ。


 しかし今回の出来事は格段に異常で、完璧に常識を覆されていた。まるで久我は事態をどう捉えていいかわからず困惑していたが、やはり柚木は慣れたもので、手早くキャブコンで状況の整理を始めていた。


「キミから聞いた情報を調べた。桜井大尉。彼は軍の特殊作戦群の隊員だということだが、何分あの部隊は機密性が高く、まるで情報が得られない。辛うじてわかったことといえば、彼は一時期中佐だったということくらいだ。現在軍に籍があるかどうかも怪しい。照会はしているが、軍から正確な回答があるか微妙だな」


「優秀な奴だった。オレなんかより、何倍もな」久我は珈琲で両手を暖めつつ、息を吐いた。「それにいい奴だった。オレがシリアでやらかした時、どいつもこいつもオレを詰ったが。アイツだけは正当性を口にして。かばってくれた。しかしヤツには何が起きたんだ。ヤツは何をしようとしていた? どうして異物に飲み込まれた? あの現象は一体」


「その両者は相関関係にあるように思える。彼は何故か、エグゾア発生地点に行く必要があった。それが失敗したために、異物に飲み込まれた」


 久我は柚木が自分と同じ推理をしていると知って、僅かに口元を歪めた。


「オレがヤツを、あんな風にしたっていうのか。オレがヤツを止めたから、ヤツは異物に飲み込まれた?」


「あくまで推測だ。あの時点では、キミの行動は正しかった。仕方がなかったんだ」


 仕方がなかったんだ。

 何か、酷く最近聞いたことがあるような台詞だ。

 それは何だったろうか。そう記憶を探りつつも、久我は更に問いを発した。


「で? アンタはヤツが異物に飲み込まれるのを知っていたようだったな。何故だ」


 柚木は開示権限を探る時の癖で、僅かに口ごもる。結果、公開しても構わないという判断に至ったらしく、彼は自らの異物、スリーに、コンピュータと接続するためのアタッチメントを装着した。


「状況が、過去の事例と一致した。見たまえ」


 コンソールには新しい窓が開き、一つの情景が映し出された。薄暗い森の中。小さな穴の中に転がる桜井。それに腕を掴まれる、久我の背中。


「アンタも暇だな。あんな状況で写真撮ってるなんて」


「違う。これは私の視覚映像だ」


「視覚?」


「そう。知っての通り、スリーには私の記憶を一定時間保存する事が出来る。これはそれを外部出力した物だ」


 そんなことが出来るなんて、まるで知らなかった。


 口を開け放つ久我に構わず、彼は映像を動かし始めた。再び頭を抱え、穴の中にうずくまる桜井。それに近づいていく柚木の瞳。


 そしてそれが桜井の右手を捉えた所で、彼は映像を停止させた。


「ここだ。見たまえ、彼の異物を」


 久我も気づいた。装着パターンは久我のイルカと似たような感じだった。右手甲を覆うように張り付いた、歪な金属。その中心にはやはりイルカと同じく一つのレンズ状物体が埋め込まれていたが、その色は、赤、だった。


「赤?」咄嗟に、自らのレンズを確かめる。ほぼ満充電を示す深い青色。「コイツが赤くなると、何か暴走するのか?」


「トリガーはわからないんだ。ただ以前にも赤いレンズの異物に寄生されたドライバーが、似たような形で異物に飲み込まれた事がある。原因は不明」


「それは、どういうシチュエーションなんだ」


「それを説明すると長くなる。後でファイルを見せよう」


「待てよ! オレやアンタの異物が急に暴走して、オレらを飲み込む可能性があるってことだろ? どうして今まで黙ってたんだ! 洒落にならねぇぞ、それ!」


「落ち着きたまえ」彼は静かに云いつつ、椅子を回して久我と向き合った。「私の知る限り、これは我々の〈ブルー〉ではない。別の異物だ。ウェアラブル・デバイスではあるが、我々の物とは少し違うタイプではないかと考えている」


「その根拠は」


「〈レッド〉は最初から、レッドだった。ブルーからレッドに変わったケースは確認されていない」


「つまり、〈ハズレ〉の異物ってことか? ウェアラブル・デバイスのように見える異物の中にも、妙な動きをするのが混じってる?」


「アタリやハズレは別として、私はそう推理している。もっとも、単なる異常を抱えた異物なのか、それとも何か別の機能を持った、理由のある異物なのかは不明だ」


「前にも、コイツが?」


 久我が指し示したのは、大げさとも思える保護ケースに包まれた物体。桜井が凝縮された結果の、黒々とした〈何か〉。柚木もそちらにちらりと視線を向け、云った。


「あぁ。私は〈マーブル〉と呼んでいる。直径十五ミリの球体。質量は、おおよそ五グラム。その名の通り、見かけや重さはビー玉とよく似ている」


「可笑しいだろう! 桜井は百キロ近くあったのに、それが凝縮されて五グラムだなんて! 質量保存則に反してる!」


「凝縮の際、エネルギーとして放出されたのかもしれない」更に突っ込みを入れようとした久我を遮り、「私に云われても、不明な物は不明だよ。調べようにも、電子顕微鏡ですらその分子構造を探れなかった。下手に刺激を与えて爆発されても困る。手のだしようがない。異物とは、そういうものだ」


 確かに、久我も自らのイルカを何度となく試験装置にかけられ、自らも分析しようとしてみた事もあるが。何もかもわからずじまいだった。


「オーケー、何もかもワケがわからない。結局いつも通りだ。で、これからどうする?」


「とにかく、これはレッドやマーブルの正体を探る良い機会とも云える。果たして桜井氏には、何があったのか?」うなり声を発した久我に、彼は再びコンソールに向かってキーを叩いた。「おっ、桜井氏の行動の痕跡を追っていたが、ヒットがあった。彼は昨日から、呉市内の防犯カメラに捉えられている。どうやらこのホテルに泊まっていたらしい。早速行ってみよう」


「わかった」そして久我は思いだし、腰を上げてキャブコンから飛び降りた。「ちょっと待て。京香に話してくる」


「私も行こう」


 そう、久我を追ってこようとする柚木。久我はすぐ振り向き、ため息混じりに云った。


「何でだ。別にいいだろう」


「いや、この状況でキミが仕事に入ったら、京香さんの印象は最悪だろう。私が無理強いしたという形にした方がいい」


 確かにそうかもしれないが、この気の配りよう、逆に怖くなってくる。しかしいざ京香を探してみると、彼女はツアー・コンダクターだという女性と酷く意気投合している風で、楽しげな笑みを浮かべながら久我に目を向けた。


「ねぇお父さん、広島でちょうど音楽フェスやってるんだって。行っていい?」


 久我は柚木と顔を見合わせ、次いで渋面を京香に向けた。


「あぁ、それなんだが、オレはちょっとコイツの後かたづけがあって」


「大丈夫、お父さん、ツマンナイから。いい?」


 まるで押し切られるように頷くと、京香はさっさとツアー・コンダクターの袖を捕まえて、車に乗り込んでしまった。


 走り去っていく車を見送りつつ、柚木は云った。


「キミの事をツマラナイと云っていたワケではなく、キミは音楽に興味がないだろうという意味だと思うが」


「うるせぇ」


 吐き捨て、久我はキャブコンに飛び乗った。

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