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第二話 夏休み

「はい?」


『あぁ、私だ。柚木だ』大きく息を吐いた久我に、彼は怪訝そうな声を発した。『どうした。何か酷く疲れてるようだが』


「いや、何でもない」云いつつ時計を眺めた。午前七時。「いや、何でもなくない。何なんだこんな時間に」


『あぁ、済まない、出勤の手間を省きたくてね。実は新たなエグゾア発生予測が出た。それも少し急でね。今日の十四時、場所は広島だ。なので今日は出勤せず、広島に直行してもらいたい』


「待てよ。広島? ならそれは西日本支部の担当だろう」


『通常はそうなんだが、今日のエグゾア予測は少し特異なんだ。これまで発生したエグゾアの中でも最大級、直径三キロほどの物だと予測されている』


「三キロ?」確かに、あまり聞いたことのない規模だ。「それ、待避は間に合うのか」


『それは心配ない。山岳地帯で、人家は数件。既に昨夜のうちに対処済みだ。加えて、今回は異物が発見される可能性が非常に高い。是非現地で調査する必要がある。そうだ、交通手段は飛行機でも新幹線でも構わないが、飛行機の場合は予防局の登録カードで決済しなければ出張費を受け取れないから気をつけて。合流方法は検討の上、メールする。ではよろしく』


 相変わらず一方的に指示をし、プツンと回線は途切れる。久我は暫く気分の悪さを拭いきれずベッドに腰掛けていたが、不意に扉の隙間から瞳が覗いているのに気づき、息が止まりそうになった。


 オレが射殺した少女。

 いや、違う。オレの娘、京香だ。


「どうした?」


 ひきつった息を飲み込んで尋ねると、彼女は少し怯えたように答えた。


「なんか、バタバタしてたから。大丈夫かな、って」


「あぁ、悪い。大丈夫だ」


 起きあがって、リビングに向かう。久我も京香も朝食は食べないライフスタイルだったが、ふと手持ちぶさたな様子でテレビを点ける京香に、久我は首を傾げた。


「どうした? 学校は?」


「え?」酷く困惑したように、京香は顔を向ける。「夏休み、だけど。先週から」


 しまった、と思っても後の祭りだ。確かにここのところ忙しくて、朝も晩も、全然顔を合わせられないでいた。


「すまん。本当に、すまん」久我はとにかく、平謝りした。「ここんとこ、酷く忙しくてな。いや、言い訳だ。せっかく一緒に暮らせるようになったってのに、全然オマエに付き合ってやれないでいる」


「別に。私も塾あるし」


 そうテレビニュースに顔を戻す京香。


 不味い。このままだと完全に、家庭崩壊してしまう。もう半年近く彼女と暮らしているというのに、二人の距離は狭まるどころか、開いていく一方だ。いくらそれが彼女の命を救うためだとしても、このままでは取り返しが付かなくなる。


「そうだ!」とにかく閃きに促され、久我は手を叩いた。「旅行に行こう。広島だ!」


「広島? 何で?」


「何でって云われても理由はないが、これから行かなきゃならなくてな。どうせたいした仕事じゃなさそうだし、何日か遊びに行こう!」


 京香はまるで理解できないといった風で、ただ困惑した顔を向けてくる。


「でも、塾あるし」


「いいだろ二、三日くらい休んだって。平気平気!」


「でも、その間に進んじゃったら困るし」


「大丈夫だって! オレだって小学生くらいの勉強なら教えられる。他に行けない理由は?」


 彼女は僅かに考え込み、首を傾げた。


「なさそう」


「よし! じゃあ準備しろ!」


 京香は微妙な笑みを浮かべ、うん、と頷いて自室に駆けて行った。きっとまだ、唐突に家族サービスを試みている久我を、信用出来ずにいるのだろう。


 広島は新幹線で四時間ほどかかる。とにかくあまり時間に余裕はない、持って行く物の支度に悩む京香を急かし、新幹線に飛び乗り、最近使い始めたデジタル・パッドを取り出す。正直広島と云われても、観光する場所なんてろくに知らない。それで隣に並んだ京香と共に行きたい場所の目星を付け始めたが、ここでも京香は久我の知らない一面を見せていた。やはり、悩むのだ。


「あっ、尾道って猫がたくさんいるんだ。いいな。あ、でも尾道って広島から遠いね? やっぱりお好み焼きは食べたいし、どうしよう。お父さんは?」


「オレか? 強いて云えば呉に行ってみたいくらいだが。別にいいよ、オマエに併せる」


 というかどれだけ自由時間が取れるかわからない。それでも京香は悩みまくり、結局広島に着くまで宿の予約も入れられなかった。


 はてさて、どうしたものか。そう考えつつ駅から出て見渡すと、予告通り柚木が移動指揮車であるキャブコンで到着していた。子連れの観光気分と知られると皮肉の一つも云われるかなと思ったが、彼はにこやかに京香を迎えた。


「すいません、柚木さん」


 クォンタム社を巡るゴタゴタの所為で、とっくに二人は顔見知りになっている。どう言い訳しようか考えてた久我に先んじて頭を下げた京香に、柚木は酷く楽しそうに答えた。


「いやいや、いいんだ。こちらこそ、常日頃お父さんを酷使してしまっていて申し訳ないと思っていた」そして脇に立っていたスーツ姿の女性を指し示す。「お父さんには少し仕事もあるから、時間が取れない時は彼女がキミのお世話をする。ツアーコンダクターだ。行きたいところを云ってくれれば、すぐに連れて行ってくれる。ちょっと相談してみてくれ。ただ私のオススメは、やはりエグゾアだ。見たことは? ない? じゃあとにかく、現場に行こう。久我くん」


 京香はツアーコンダクターの女性の車に乗り、久我はキャブコンに引っ張り込まれる。車はエグゾアの現場に向かいはじめたが、柚木が地図を出して説明し出そうとした所で、すぐに久我は口を挟んだ。


「またオレの取ったチケット情報か何かを盗み見たな? 止してくれ! そりゃあ急に娘を連れてきたのは悪かったが」


「京香さんが心配だったんだ。キミが急に出張となったら、どうなるかとね」


「どうもしない。家政婦がいる」


「それは彼女は信頼している。知ってるかね? 彼女は柔道三段、剣道二段。元機動隊なんだ。しかし、なにぶん心理面は別だからね。父親と疎遠というのは、よくない」


 チッ、と舌打ちする。特務班になってからというもの、久我の生活は何から何まで柚木にお見通しだ。


「まぁいい。で? 現場は?」


「ここだ」そう、キャブコン内にあるコンソールを操作し、地図上に円を置く。「呉市の北の山岳地帯。その狭間に幾つか農村集落があるんだが、その半分が丸ごと飲み込まれてしまう見込みだ。人的被害の恐れはないが、とにかく山が丸ごと消える。気候変動や土砂崩れなど、二次災害が心配だ」


「山が消える、ね」等高線を眺め、口元を歪める。さすが直径三キロだ、一個の山が丸々飲み込まれてしまっている。「しかしこんな広大じゃあ、封鎖も出来ないな。マスコミや野次馬の対策は?」


「一応県警と協力して幹線道路の封鎖は行っているが、間道や獣道の類はどうしようもない。その辺はもう自己責任だね。自ら熊の穴蔵に入り込むような輩は、相手にしていられない」


「同感だ。それより、このエグゾアで異物が発見される確率が高いと云ったな? クォンタムの時もそうだったが、どうしてわかるんだ。災害予防システムってのは、異物の有無も判別出来るのか?」


 柚木は僅かに口ごもったが、もはや種明かししても構わないと思ったのだろう。


「その通り」云って、幾つかのキーを叩く。現れたのは世界地図だ。「知っての通り、国際協力の結果、十年前に三十二の重力観測衛星による地球全土の重力変動を監視するシステムが完成された。これが〈災害予防システム〉の〈目〉」


「目? それが実体かと思い込んでたが」


「違う。エグゾアが発生する地点では、特有の重力変動が観測される。だがそれは非常に微細かつ複雑なもので、自然の変動、例えば地盤の変動や氷河の崩壊などと区別するのが難しい。そのため重力観測衛星から得られたデータを解析するコンピュータ・システムが必要となる。結果、得られたエグゾア発生予告は、該当国に通知される仕組みだ」


「だがそれは、エグゾアの発生だけじゃなく。異物の存在も予測できる?」


 再び、柚木は口ごもる。久我が苦情を挟もうとしたところで、ようやく彼は口を開いた。


「それは国際協力の範疇外だ」


「って、いうと?」


「日本独自の分析メソッドがある。重力変動と気象衛星によるスペクトル分析を組み合わせた結果、異物が存在する場合には特有の波長が高くなる傾向が発見された。そう精度は高くないが、おおよそ今までは八十五パーセント程度の確率で異物の存在を予言出来ている」


 柚木が明言しない点を、久我はわざと口にした。


「日本国、総務省災害予防局の独占技術ってワケだ」軽く頷く柚木。「何か焦臭いのを感じるのは、オレだけか?」


「云いたいことはよくわかる。だがこの技術のおかげで、我々災害予防局は、アメリカに次ぐ予算を確保出来ている」


「政府が独占を指示している? 何故だ」


「さぁね。深い考えはないように思える。あわよくば科学技術振興に異物のテクノロジーを活用出来れば、という所だと踏んでいるがね」


「そんな事が可能なのか? こんなオーバーテクノロジーの産物を、リバースエンジニアリング(完成品から動作原理を調査する手法)出来るとでも?」


「現にクォンタム社は成功した。かのカメレオン装置だ」


「ありゃぁリバースエンジニアリングじゃない! 人体実験の結果の、ただの錬金術だ! それはオマエも知ってるだろう!」


 柚木は黙り込み、久我から視線を外した。


「あれは私の預かり知らない事だ。災害予防局の任務は、エグゾアに対処し、闇に流れた異物を確保し、ドライバーを無力化すること。異物の力に魅了され、法を逸脱しようとする者は当然現れる。クォンタム、八木、それに最上組やマックス。その対処も、我々予防局の任務だ」


「つまり、予防局も政府も。クォンタムの真似事なんてしていないって云うんだな?」


「キミも知っての通り、通常の研究は行っているよ。しかし正直、ドライバーと一体化した状態でなければ、異物の真の力を知ることは出来ない。だから予防局の研究成果は乏しいが、我々はそれで由としなければならないと考えている」


 本当だろうか、と久我は考える。少なくとも久我は、クォンタムの人体実験に予防局が関わっていた証拠を掴んでいる。だがそれは八年も前の事で、既に柚木が対処済みとした事件なのかもしれない。


 果たして、柚木を信用していいのか。


 久我は未だに悩み続けている。時々久我が掴んでいる証拠を柚木に突きつけたい誘惑に駆られるが、しかしそれで自分や京香が危険に晒されては意味がない。やるときは、一度に、息の根を止めるくらいの証拠が必要だ。現状は知らないふりを通し、情報を集めていくしか仕様がなさそうだ。


 とにかく今は京香にとって、特別な夏の旅路だ。面倒な事は起きて欲しくないし、久我にしても、起こすつもりは更々なかった。

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