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第十四話 調性

 数日後。久我がリビングに電子基板を広げ渋い顔をしていると、風呂上がりの京香が奇妙な表情を浮かべながら近づいてきた。


「どうしたの、それ」


「あ? あぁ。ちょっと仕事で、ネットワーク絡みが上手く繋がらなくて苦労したんでな。少しは勉強しないとと思ってな」だが、そう簡単じゃあない。「はやくも挫けそうだ。急に調子が悪くなって、うんともすんとも言わなくなった。オレは建設系なんだ。情報系はさっぱりで」


「ふぅん」呟きつつ、京香はその猫目でパソコン筐体の中を覗き込んだ。「そこ、互い違いだけど。それでいいの?」


 云われ、久我はマニュアルを取り出し、該当箇所を調べる。


「ホントだ。どうしてわかった」


「別に。何か変だったから。じゃあ、寝るね」


 おやすみなさい、と言い残して去っていく京香。久我はそれを見送ってから、パソコンを設置し、電源を入れた。


 そして、例の赤星の所から手に入れた資料を展開させる。


 予防局内部、あるいは関連部署に、マックスのスパイがいる。柚木はそう睨んで徹底的な内部調査をしているらしかったが、そう簡単に連中も馬脚を表さないだろう。何処にでも金に目がくらんだ腐った連中はいる。その実体は久我も十分知っていたし、自らもその一人だった事を思い出すと、あまり積極的に協力する気分にもなれない。


 それよりも重要なのは、この資料だ。


 マックスが得た、久我も知りえない予防局内部の情報。


 それは大部分が破損してしまっていて、読み取れるのは一部しかない。しかしそれでも、きな臭い断片が幾つかあった。


「織原美鈴」一番気になっていた、赤いドレスの女。「コイツと柚木は、どういう関係だ? どうして予防局の極秘資料に出てる?」


 次いで携帯を取り出し、着信履歴を辿った。


 赤星に囚われ、携帯も取り上げられていたはずの柚木は、どうにかして久我の携帯に連絡してきた。その時の、着信番号。当然非通知だ。


 しかし予防局の調査部ならば、それが何処から発せられたか、調べられる。


「古海。オレだ。遅くに悪いな」


『別に。まだ残業中。何?』


 相変わらずつっけんどんに応じる調査部の古海に苦笑いしつつ、久我は云った。


「今から云う時間に、オレに非通知通話をかけてきた相手が誰か知りたい。出来るか?」


『出来るけど、それは監査部を通さないと駄目』


「何だよ古海、ケチケチすんな。急いでるんだよ」それでも渋い声を上げる古海に、久我は付け加えた。「わかった! 今度R1に乗せてやるからよ。どうだ?」


『二ケツは、やーよ? 一週間』


「一週間?」買ったばかりのバイクだ、法外な要求と云っていい。「クソッ、仕方がないな。壊すなよ?」


『やった! 言ってみるもんね、彼氏とモテギ行こ!』


「待て待て、サーキット走るのか? こかすに決まってるだろそんなの!」嫌な予感しかしない。「オーケー、まぁいい。いいが、この件は柚木に秘密だ。わかったな?」


『云うワケないじゃん、こんな規則違反』そして間もなく、彼女は当惑した声を上げた。『あれぇ、変だなぁ。そんな着信記録、キャリアにも存在しないんだけど』クソッ、先手を打たれたか。そう舌打ちした久我に、古海は続けた。『待って。記録が壊れてんのかな。発信側があった。ってこれ』


 口籠った古海。久我は待ちきれず、尋ねた。


「どうした。何処から発信されてる」


『いや。ウチからだよ。このビルの地下四階。でもここ、地下三階までしかないじゃん? キャリアのデータベースが変なのかな。ちょっと待って、調べてみる』


「いや、いい。十分だ。助かったよ」


 怪しまれる前に通話を切り、久我は考え込んだ。


「地下四階か。そこは柚木の秘密基地か何かか?」


 果たしてそこに、どうやって向かえばいいのか。


 ふと一瞬、マックスの転移能力が頭に浮かんだ。


「いやいや、それは無茶過ぎる」


 久我は苦笑いしつつその考えを振り払おうとした。だいたい今は、そんな危険を犯す前に、調べなければならないことが山ほどある。


「先ずは、織原。コイツだ」


 呟き、久我はポチポチと、パソコンのキーを叩き始めた。




◇ ◇ ◇




「いやぁ、こんな凄いご飯を食べたの、初めて! フルコースっていうの? 凄い!」


 柚木の脇を歩きつつ、大きく背伸びをする織原美鈴。夜道は静かで、カツカツと二人の不規則な足音だけが響いていた。


 そう、不規則。だがその奥底には、二つの規則性を持った足音が存在している。


「お上手だな。世界的なジャズ・ミュージシャンである貴方には、あの程度は飽き飽きでしょう」


 微笑みつつ云った柚木に、彼女は真に迫った様子で身を寄せてきた。


「みんなそう云うんです。でもね、云うほど華やかな世界じゃないんですよ! スタジオ代は高いし、歩合制だからお客さん入らないと家賃も払えないし、かといって服やお化粧の手を抜けないし。もう大変!」


「いやいや、貴方はもっと評価されてしかるべきだと思います。貴方の音楽は、実に、そう」柚木は言葉を探し、云った。「優雅だ」


「優雅? そんな風に云われたのは初めて。たいていの人は、破壊的とか、アクティブとか」


「それは貴方の音楽をわかっていない人の言葉だ。貴方の一見して破壊的であり混沌そのものに思える曲の裏側には、信じられないほど巧みな規則性が隠れている。あれは考えてやっている。でしょう?」


 まじまじと、彼女は柚木を見つめた。


「今までに、それに気づいてくれた人、ほんの数人。貴方、本当に音楽、やってないの?」笑って誤魔化す柚木に、織原は続けた。「そう、規則性。音楽だと〈調性〉という言葉を使いますけど。それは私には、まるで露出狂か何かみたいに、思いや情景をありのままに出している下品な物に見えてならないんです。だから本当の思いは、混沌の中に、ひっそりと隠す」


「面白い」


「まるで貴方のように」笑顔で云った織原に、柚木は思わず立ち止まった。「違う? 貴方にはもの凄い仮面のような物があるけれど、決して自分を殺しているワケじゃあない。単にそれを、巧妙に、美しく隠しているだけ」


「そんな高尚な物じゃあありません。ただ」と、柚木は夜空を見上げながら、足を進めた。「近くはあるように思える。単純な問題、あるいは完全に無作為と思える現象。それに取り組む事の、何処が楽しいんでしょう。私が楽しいのは、一見して意味のない物と思える物の、正体を知ることです。規則性。貴方が忌み嫌う規則性です。結局の所、私はそれを突き止めるのが楽しく、安心するのです」柚木は思わず、笑っていた。「よかった、これは意味不明じゃない。理解出来る物なんだと知る。これほど安心出来る事はありません」


「あぁ、それも私、わかるような気がする。つまり、こういうことね? 私はよく出来たクイズ作者。貴方はそれを、喜んで解いている」


「あるかもしれない」柚木は笑って、彼女を促した。「来てください。貴方に見せたい物がある」


 柚木は足を、市ヶ谷にある研究所へ向けた。


 本来であれば部外者の立ち入りは禁止されていたが、この時間であれば見咎められる事もない。顔なじみの守衛を適当に誤魔化し、地下四階の研究室へと織原を導く。


「随分、極秘っぽいですけど。大丈夫なんですか?」


 不安げに尋ねる織原。柚木は頭を振った。


「極秘にする事なんて、ありません。ここでは基礎研究をやっているだけですから」


「基礎研究?」


「それだけでは、何の役にも立たない研究です。盗まれても別に害はない。単に地下の方が外界のノイズが少ないので、そうしてあるだけです」


 そして柚木は自分のブースに入り込み、ディスプレイの電源を入れる。映し出されたのは、例の北欧で観測された重力異常現象だった。


「これは?」織原は眉間に皺を寄せ、地図上に描かれている不可思議な重力分布を眺めた。「四つ。いえ、五つ?」


 何か感づくだろうとは思っていたが、そこまでとは思っていなかった。柚木は感動し、彼女に満面の笑みを向けた。


「素晴らしい。一月もコンピュータで解析し、やっと突き止めたばかりだというのに。そう、前にお話ししたように、この北欧で観測された重力異常現象。ぱっと見では完全に不規則な物としか思えなかったのですが、貴方の曲がヒントになった。実はこれは、五箇所で起きた謎の重力異常が絡み合い、このような形で見えていたのです。まだ、どの国の研究機関も気づいていない。不可思議な現象です」


「ここと、ここ。それにここも」


 織原は適切に、恐るべき精度で、地図上の地点を指し示す。


 そこまで行くと、柚木も恐ろしくなってきた。だが彼女はそれに気づいた様子もなく、ただ楽しげに柚木を見つめた。


「それで、ここには何があるの? 重力でしょう? まさか、ブラックホール?」


「まさか。そんな物があるはずがない」苦笑いし、柚木は画面を切り替えた。「ただ、謎の存在なのは確かです。これらの地点に存在する物は、ある程度の規則性を持って、重力異常を生み出している。何かの物体があるのか? あるいは地理的な関係、例えば断層か何かが存在しているのか? それも含め、いま、〈先生〉と天羽さんが現地で調査しているところです」


「宝探しね」楽しげに呟き、そこでふと、彼女は不思議そうに首をかしげた。「あら、でもこれ、貴方が見つけたんでしょう? どうして行かないの?」


「それは」


 柚木は僅かに思案し、織原の云う、多少下品な表現をしてみることにした。


「貴方がヨーロッパから帰ってこられると聞いて。この発見が出来たのは、貴方のおかげです。ですから一番に、貴方にお礼がしたかった。ありがとう」


 織原は少し、困惑したようだった。


「そう、ありがとう。でも私、こういうの苦手なの。云ったでしょう?」それでもすぐに笑みを浮かべ、云った。「でも、何かもの凄い物が見つかったら。私に一番に見せて? いい?」


 柚木は満面の笑みで、頷いた。


「もちろん、そのつもりです」

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