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第十二話 差異

 柚木は椅子に縛られたまま、じっと耳を澄ます。赤星は狭い部屋の扉の外に出て携帯を手にし、落ち着かない様子で何者かと話をしている。


 さすがにスリーに増幅された聴覚でも、全ては聞こえない。だが辛うじて、マックス、柚木、という名前だけは聞き取れた。時折彼は激昂し、何事かを叫び、最後には舌打ちしつつ通話を切る。


 そして赤星は、再び柚木の前に現れた。彼は血走った瞳で柚木を見下ろし、何事かを決意したように、云った。


「何か、策があるのか」


 柚木は僅かに思考を含み、答えた。


「まず、状況を確認する必要があります。妹尾さんが無事かどうか。私の同僚がどうなったのか」


「オマエなら探れるって?」


「私のスリーは、そういう機能です」


 混乱したように黙り込む赤星に、柚木は思い切って、付け加えた。


「そもそも、私を拉致したのも。全て彼女のためなのでしょう。違いますか。貴方が妹尾さんに恋愛感情を抱いているのか否か、私にはわからない。ですが貴方がこれから生きていくにあたって、重要な存在なのは確かだ。違いますか。


 ならば、どうか私を信じてもらいたい。


 貴方もあの資料を見たならば、知っているでしょう。私にも、そういう存在がいました。彼女の存在のためならば、私の存在など消えてしまっても構わないと思っていた。


 しかし私は、彼女を守れなかった。守れないどころか、彼女の存在が消え失せてしまう原因を作ってしまった。


 私は今でも、それを後悔しています。後悔どころか、それがために、私の存在を自ら消滅させた方が良いとまで考えた」


「あぁ。知ってる。あんなことやらかして。よく生きていられるな。どうして死ななかった?」


 皮肉に尋ねた赤星に、柚木は決然として答えた。


「私と彼女が襲われたような事態を防ぐのが、私の責任だと理解したからです。云ったように、何の因果か、私には十億。あるいはそれ以上の価値がある能力がある。持たされてしまっている。ならばこれは私の意思など関係ない。義務なのです。私には、これ以上、あんな悲劇を生じさせないために働く義務がある。だから予防局で働き、人類に制御不能な混乱をもたらす異物を封印し続けているんです」


 考え込むように俯いた赤星に、柚木は続けた。


「お願いです。正直な所、貴方は然るべき刑罰を受けるべき人間だと思いますが、妹尾さんは無関係だ。彼女は夫を事故で亡くし、障害を抱えながらも必死に娘を育てている。そんな善良な人を、今以上に不幸にする権利が。貴方にあるのですか! 貴方もそう思って、彼女にお金を渡し続けていたんでしょう? ならば簡単なお話です。このままでは、私を攫って得られるはずだった五億は、彼女に渡ることはない。何故ならその前に、彼女は亡くなってしまう可能性が高い。ならば」


「ったく、んなこと、云われなくてもわかってる!」


 全てを振り切るように、赤星は叫んだ。そして苛立った息を吐きながら柚木に歩み寄ると、ナイフでジップロックを切っていく。


 ようやく自由になり、痛む手首をさすっている柚木に、彼は焦ったように云った。


「で、どうする」


「インターネット端末はありますか。出来ればフルキー装備のパソコンがいい。それと眼鏡を返して戴けませんか」


 柚木は促され、隣室に入る。そこは荒れた休憩所のようになっていて、コンビニの袋や飲み物に加え、大型のノートパソコンが置かれていた。


 眼鏡で視界を得て、すぐに高速でキーを叩き始めた柚木に、赤星は不安そうな口調で云った。


「何をしてる」


「映像をあたっています。妹尾さんのアパート付近を。それで二人が何処に行ったかわかります」


「はぁ? 監視カメラか? そんなの無理だ! こんな田舎、ろくにカメラなんて」


「普通はそう考えます。しかし」と、柚木は新しく開いた画面を指し示した。「現代は様々なところにカメラが存在します。携帯、パソコン、ゲーム機。一人一つは持っている。そうしたものを、全てハッキング可能だとしたら?」


 捉えた。スリーのアタッチメントを使えないので少し時間がかかったが、該当時間帯に付近を通りかかった車をGPS情報から突き止めると、そのドライブ・レコーダーに二人の姿が記録されていた。


「この道を、こっちに」次いで行き先にあった商店の監視カメラ。「ここだ。ここを左折」


 地図アプリを辿っていく柚木。しかしその腕を赤星は捉え、立ち上がらせた。


「わかった。クソッ、これならアンタの手を借りるまでもなかった」


「なんですって?」


 有無を云わせず、腕を引っ張る赤星。そして彼が廃倉庫の扉を開くと、鬱蒼とした林の下に、数棟の中層マンションが林立していた。


「あそこが? まさか、こんな近くに」


 呟いた柚木。夕闇が迫り、静けさに包まれている一帯に、不意に爆竹が破裂したような乾いた音が響いた。それは断続的に続き、時折閃光がちらつく。


 呆然と眺めていた柚木の背を、赤星は押す。そして倉庫の前に駐車されているRV車に乗り込ませると、手首をドアの手すりに縛り付けた。


「どうするつもりです」


 困惑して尋ねた柚木に、赤星は乱暴に車を出しながら叫んだ。


「黙ってろ!」


 柚木が監禁されていた、里山の頂上付近にある倉庫。そこから道は緩やかなカーブを描きつつ下っていき、捨てられた団地の脇を掠める。赤星はタイヤを軋ませつつ全速で団地に向かっていき、まるで無防備にその構内へ飛び込んだ。彼は散発する銃撃音、マズルフラッシュが確認できる方向に車を突っ込ませると、不意に銃を片手に進路を塞ごうと飛び出してきた男を、躊躇なく跳ね飛ばしていた。


 まるで想定外の出来事に、柚木は物を考えることが出来なくなっていた。バンパーが砕け、跳ね飛ばされた男がフロントガラスを転がり、天井に叩きつけられ、背後に転がり落ちる。赤星はまるで速度を緩めようとせず、更に奥へ、奥へと車を向けた。次に目の前に現れたのは、黒い大柄なワゴン車だった。そこでは数人の柄の悪い男たちが固まり、一棟の朽ちかけたマンションを見上げつつ、何事か相談をしている。


 そして彼らの瞳が一斉に、突っ込んでくる赤星の車に向けられた。


 大きく見開かれる瞳。開け放たれる口。


 赤星は更にアクセルを踏み込んだ。柚木が思わず目を閉じたその瞬間、激しい衝撃が全身を襲った。身体にシートベルトが食い込み、ボルトが入っている脊椎がギシリと鳴る。


 混乱し、息が詰まり、どれくらい経ったろう。痛みと衝撃、そして焦げ臭い臭いに呻きながら瞳を開いた時、柚木は青白い閃光が飛び交うのを見た。


 赤星だ。彼は歪んだ運転席からアスファルトに降り立ち、銃弾を放ってくるヤクザらしき男たちに対し、プラズマ・シールドを展開する。弾丸は青白い膜に触れた途端に蒸発し、それが放たれた拳銃は、赤星の右手から放たれた閃光によって弾け飛ぶ。


「赤星は、テレポーターじゃ、ない? 久我くんと同じ多目的型?」


 辛うじて柚木は呟き、不意に我に返って車を出ようとする。だがそれは手首に巻き付いたジップロックに阻まれ、柚木は慌てて何か切れる物がないか、車内を探った。


「不味い、不味いぞ久我くん」思わず癖で、口に出していた。「我々は何か、重大な勘違いをしている。だが、それは一体、何なんだ?」


 ポケットの中にあった鍵を取り出し、そのギザギザを必死にプラスチック・ワイヤーに擦り付ける。その間にも赤星は次々と銃を手にした男たちを焼灼していた。久我はやむを得ず攻撃する場合でも、腕や足の皮一枚の攻撃に留めていた。だというのに赤星が青白い閃光を放つ時には、必ず相手は死んでいた。頭に、胴体に、あるいは全身に高熱を浴び、瞬時に主要機関を消し去られる。


 危険な相手。恐るべき相手。


 心臓が跳ね、息が詰まる。柚木はそれに促されるよう手を動かし、ようやくジップロックを破断させた。赤星はヤクザたちの攻撃をあしらいながら、古いデザインの団地ロビーに足を踏み入れていた。


「まったく、どうしたらいいんだ」


 こんな時、久我の神がかり的な瞬発力が羨ましくなる。柚木は赤星に集中しているヤクザたちから身を隠しつつ、辺りを見渡し、とにかく無理に頭を回転させようとした。


「赤星はやはり、敵か? それとも一時的には、味方になってくれたのか? 彼が久我くんと妹尾さんに合流したらどうなる? 彼は久我くんを傷つけないか?」


 わからない。


 わからないが、とにかく彼の元に、向かわなければ。


 しかし、この銃弾とプラズマの嵐の中を、どうやって?


 その時、柚木の目に恐るべき物体が目に入った。身体の殆どを焼灼され、腕だけとなってしまっている物体。だがその手には、しっかりと携帯が握られていたのだ。


 とてもこんな状況でなければ、触ることなど出来なかったろう。だが焦りに促された柚木は思い切ってその腕を掴み、硬直しつつある指を開き、携帯を手にする。


「この団地の構造図面をサーチ」タッチパネルの酷い操作性に苦労しつつも、なんとか探り当てる。「非常階段?」


 裏口のすぐ脇に、目立たない形で非常階段が設えられている。


 とっくにそんなもの、ヤクザが貼り付いているのでは?


 考えたが、今は僅かな期待に縋るしかない。


 柚木は傍らに転がっていた拳銃を拾い上げ、首筋に走る痛みを堪えながら、必死に裏口へと向かう。その時、マンションの内部で閃光が発し、様々な物が崩れ落ちる音がした。


 久我だろうか。あるいは赤星?


 仮に二人の間で戦いになったとして、私に何が出来る? コンソールが目の前になく、まるでろくに情報を手に入れられないこの状況で、一体何が?


 何もない。だが今は、行かないわけにはいかなかった。

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