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第十一話 疑念

 コンクリートの廊下にはポッカリと直径一メートルほどの穴があき、チラリと覗き込んだ久我に対し、数発の銃弾が放たれる。舌打ちしながら身を隠し、久我は妹尾を起き上がらせた。


「何ですか、爆弾?」


 混乱したように云う妹尾の手を引き、久我は駆けた。


 この世界に流れ着く異物の種類に、ある程度の偏りがあるらしいことは、久我も気づいていた。多いのは、海坊主ことジョン・ヤマシタが使っていた近接戦型、それに近接戦型と機能は同じでも多少射程が広い中距離型と呼ばれる物、二種類だ。だからこれらに対する対抗手段は幾つか編み出していたが、同じ多目的型を持つドライバーと出会ったのは初めてだ。


「イルカ」囁くと、ぱっと立体映像が視界に現れる。「今のは多目的型だな?」


『そうね』


「だがオレのより威力が弱いように思える。セーブしてるのか? それとも古いバージョンか?」


『多分四型以前のタイプだと思う。痕跡からしてプラズマはドライバーから放たれてるようだったから、照射点は一つしかない』


 プラズマは、照射点から発せられる電磁波によって生成される。照射点が二点あれば、電磁波の交点、つまり遠隔点にポンとプラズマ球を発生させる事ができるが、一点だと銃弾よろしくドライバー自身の手元に生成し、それを飛ばす事しか出来ない。


 その機能差は戦術的に大いに有利だったが、相手はこちらと同じくレーダー持ちだ。あまり感度は良くないとはいえ、数十メートル圏内ならば見つかる可能性が高い。


 と、不意に廊下の角で、拳銃を手にした黒服の男と鉢合わせした。敵ドライバーの誘導は受けていたのだろうが、電磁波レーダーはそれほど精度が高くない。相手も予想外の出会いだったらしく、一瞬硬直し、まじまじと久我の瞳を見つめる。


 一方の久我は躊躇しなかった。素早く拳を繰り出し、顔面を殴りつける。叫びを上げる間もなく、どうと倒れる男。久我は素早く相手の銃と携帯を奪い取り、妹尾を階上に誘導した。


「クソッ、敵に回すと、やたら厄介だな!」再び背後から飛んできた銃弾に身を縮ませつつ、階段を駆け上がる。そこで久我は、つい先日の話を思い出していた。「そうだ、こっちも電磁波を出して、周囲にばら撒く。それで敵のレーダーを狂わせられるな?」


『いいけど、それやってる間はこっちのプラズマ出せなくなるよ?』


 云われ、それはそうだと納得する。


 クソッ、逃げ回るだけじゃなく、やっつけるか?


 考えて振り向いた瞬間、背後の妹尾が載せていた階段が、パンという音、そして僅かな熱と発光を発し、不意に消え失せた。


 あっ、と思い、咄嗟に右手を伸ばして妹尾の腕を掴む。一度に彼女の体重が腕にかかり、久我も一緒にポッカリと開いた穴に落ちそうになる。すぐに空いた左手で腐りかけた手すりを掴み、何とか腕一本で彼女を引っ張り上げようとした。呻き、喘ぎながら、足をばたつかせている彼女を引き上げようとしていた所で、矢継ぎ早に数発の銃弾が飛んでくる。右手を塞がれていては、防御も攻撃も出来ない。とにかく力任せに引っ張ると、妹尾は何とか手がかりを掴み、自ら身を引き上げ、崩れかけた階段の上に身を転がせた。


「クソッ!」


 罵りながらも妹尾を引っ張り起こし、すぐに上へ、上へと走る。しかしこれでは、自ら袋小路に逃げ込んでいるようなものだ。


「えぇい、逆転の発想だ! イルカ!」


 久我は叫びつつ振り返り、駆け上がってきた階段に向かって右手甲を向ける。バッ、と発せられる青白いプラズマ。それは数階の下までの階段を焼灼しつくし、飛び交っていた銃弾も一斉に収まる。


 とにかくこれで、連中は追ってこれない。


「こっちも逃げようがないのは同じだが」


 あとはイルカに命じて、周囲の電磁波を撹乱させる。これで敵の多目的型で狙い撃ちすることも出来ないはずだ。


 久我は妹尾の手を引き、空いた一室に転がり込む。そして一息吐いた時に気がついた。妹尾の顔色は真っ青になり、額に脂汗を浮かべている。そして彼女の肩口からは、血が滴っていた。


「クソッ、撃たれたか!」


 すぐにイルカで状態を確かめる。銃弾は貫通している。これならば万能細胞ジェルでの応急手当が可能だし、細胞が劣化してしまう一年後、ちゃんとした手術を受ければ問題ないはずだ。


 イルカから流れ出る赤黒いジェル。それが自らの肩口に流れ込んでいくのを、怯えた表情で眺める妹尾。


「一体、何なんです」


 喘ぎながら云った彼女に、久我は無理に笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫。だが見なかった事にしてくれると、ありがたい」


 傷口は塞がったが、組織が再生するには少し時間がかかる。無理に動かすと危険だ。


「さて、どうする」


 久我は立ち上がり、部屋中を見渡した。電磁波照射機能を電磁波撹乱に使っている以上、プラズマは出せないし、レーダーも使えない。攻撃、防御、偵察の全ての手段が失われてしまった。加えてこの状態の妹尾を連れて、無茶をすることも出来ない。


 しかし、と、久我は少し奇妙に思いながら、目を閉じている妹尾を見下ろす。


「寝るな。ショック症状になられたら困る」驚いたように身を震わせ、目を見開く妹尾。「ちょっと聞きたいことがある。アンタは連中が、最上組だと云ったな?」


「え。えぇ」


「確かに最上組っていやぁ、今でも国内最大の指定暴力団だが。何年か前に分裂騒動があったろう。何か、昔からの直系筋と、後から入って勢力を伸ばした若頭だか何だかの派閥に分かれたとか。あれからどうなったんだ?」


 彼女は僅かに朦朧としながらも、必死に頭を働かせようとした。


「今、最上組って云われてる人たちは。その分派側みたいです」


「直系は? 確か印南とかいう会長」


「暗殺されたそうです」そういえば、そんなニュースを見た記憶もある。「それで直系筋は霧散したようです。詳しいことは知りませんが。とにかくその騒ぎのせいで、最上組も随分弱体したとか。なにしろ暴力団って、組織全体が擬似家族みたいなものですから。内部抗争をすると、トップの求心力が落ちちゃうみたいで」


「そこにマックスが付け込んでると」


「えぇ。なので室井。今の会長ですけど。室井という人にしてみれば、正念場らしくて。マックスだけは、どうにかして排除しないと」


 ふむ、と唸った久我に、妹尾は瞳を上げた。


「一体、どうしてこんなことに? 私が何か、しました? 何か聞かれては不味い話でも、聞いてしまったとか?」


「いや、さっき云ったように、アンタは巻き込まれちまってるだけだ。アンタは何も悪くない」更に何か言い掛けた妹尾を、久我は遮った。「すまないが、これ以上詳しい話は出来ない。とにかくアンタの事は、オレが守る。安心してくれ。これも手に入ったから、すぐに仲間を呼べる」


 そう久我は敵から奪い取った携帯を取り出し、記憶にある番号を叩く。すぐに聞き覚えのある声が響き、久我は鋭く云った。


「古海、オレだ」


『久我さん! 今どこに!』


 応じた調査部の古海に、久我は妹尾から離れつつ説明した。


「妹尾のアパートから、山が見えるだろう。そっちの方にある破棄された団地に追い詰められてる」


『朝日団地?』


「朝日?」怪訝に思い、それでも続ける。「名前までは知らん。相手は二十人近い。最上組だ」


『最上? わかった、蝋山さんに云って、すぐに保安部を応援に。あと警察も』


「止せ。連中かなりマジだし、中にドライバーがいる。多目的型だ。危険過ぎる」


『え? いや、んなこと云われても』


「落ち着け。考えがある。オマエ、ヤーさん連中にパスがあるとか云ってたよな? 最上と繋ぎを取って、手を引かせられないか話してみてくれ」


『それは。やってはみるけど、そう簡単に手を引くかどうか』


「いや。オレの読みなら、行けるはずだ」


『どうして!』


「とにかくやってみろ。あと、妹尾の娘は?」そうだ。朝日という名。ふと見渡すと、窓から覗く別の棟に、朝日団地六号棟、というサインが見あたった。「朝日って名前の子だ。ちゃんと確保してるか?」


『あっ、それなんだけど』戸惑ったように、古海は続けた。『当然、ヤバいと思って保護しようと思ったんだけど。見あたらないのよ』


「どういう事だ。もう最上に浚われちまったのか?」


『いや、そうじゃなく。妹尾の娘らしい子が、付近の保育園や幼稚園に見あたらないのよ!』


「ふぅん」


 呟いた久我に、古海は叫んだ。


『ふぅん? 何それどういうこと?』


「詳しいことは後だ。蝋山は近くにいるか?」すぐに電話を代わった蝋山。「聞いてたな? 保安部はこの団地を遠巻きに封鎖しろ。民間人。それに敵の援軍を近づけさせるな」


『わかりましたが、それで久我さんは』


「いいから任せろ! それと柚木の件は、何か進展があったか?」


『あぁ、それなんですが。こんな状況でお話する事かわからないんですが』


「いいから話せ。何だ」


『妙なんです。久我さんが赤星を追って入り込んだ路地。覚えてますか? 久我さんが向かった時は、赤星が見えなくなっていた。そして歩道がコンクリートになっていた』


「あぁ。それがどうした」


『あの歩道ですが、久我さんから戴いたリストに入っていたんです。警察が以前から把握していた、異常路面リストです。つまり赤星は、あの時、あの場所では。テレポートしなかったということに』


 久我は少し、言葉を発せられなかった。


 次いで、先ほどから覚え続けている違和感が、更に深まる。


「わかった。とにかく、指示通りに。また連絡する」


 久我は通話を切り、考え込んだ。


 何がどうなっているのか、良くわからない。しかし久我と柚木が陥っているこの事態は、久我がこれまでに把握していた姿とは、まるで違いそうだということだけはわかる。


「ったく、どうすりゃいいんだ、柚木」


 声に出して呟いてみたが、彼からの応答はなかった。

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