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第七話 解読

 とにかく、赤星との唯一の接点である妹尾から目を離すワケにはいかない。久我と古海はその場に留まり、蝋山にキャブコンを運ばせ、狭い車内で顔を突き合わせる。そして最初に久我が口にしたのは、どうしても納得がいかない点だった。


「どうしてオレが二億で、柚木が五億なんだ。ヤツの方がオレの倍以上の価値があるってのか?」


「そりゃ、あるでしょ」呆れた風に云った調査部の古海。「それよりも気になるのは、赤星は最初から、久我さんたちを攫おうとしてたんじゃないか、ってこと。考えてもみてよ、どうしてヤツは、そうポコポコと目に付くように市内に〈転移〉の痕跡を残してたのか?」


「オレたちを呼び寄せるためだった?」


 渋く云った久我に、彼女は指を立てた。


「最初は単に、慣れてないから練習してたとか、単に馬鹿だからとか考えてたけど。そう考えると、かなり計画的な犯行だったってことになるよね」


「考えすぎじゃないか? なら、どうしてオークション会場でオレを攫わなかった。ヤツはオレの顔を知ってた。あの時、とっくにオレの存在はバレてたはず。違うか?」


「二億よりも五億でしょ。加えて赤星は、久我さんは暴力担当って知ってた。私ならゴリラは泳がせといて、安全そうなウサギを釣る」


 久我は思わず舌打ちした。


「色々と突っ込みたい所が多いが、オマエの推理は正しそうだ」次いで、蝋山に顔を向ける。「で? オレたちに賞金をかけてるヤツは。何者だ。何が目的だ」


 蝋山は申し訳なさそうに、両腕を開いてみせた。


「復元できたデータは断片的なもので。確かではないんですが」


「八木か?」


 一番に考えついた相手。それを口にすると、蝋山は難しそうに頭を振った。


「いえ、それはヤツなら、それくらいの金は持ってるでしょうが。しかし、こういうやりかた。ヤツらしくないと思い」


「確かにアイツなら、もっとトリッキーな手段を使いそうだ。じゃあ、誰だ」


「久我さんは、〈マックス〉ってヤツ、知ってますか」


 慎重に云った蝋山。久我はすぐに思い当たり、身を反らした。


 異物捜査に関わる数多くの名前の一つに過ぎなかったが、久我も記憶している。どうも最近、国内に勢力を伸ばしてる国際マフィアらしい。


「気に入らないヤツですよ」と、蝋山。「銃を持って出てくる連中は、まだ可愛い。ヤツらは権利書を手に現れる。いわゆる、インテリヤクザというヤツでして」


「マックスねぇ。私も何度か、名前を聞いた」不意に考え込みつつ云った古海。「最近、予防局はチェックされてるんだよね。その筋の連中からさ。私も最近、顔が通っちゃって大変よ。で、その中でも特にマックスは、従来の連中から警戒されてる。覚えてる? こないだの遠距離型ドライバーの件。どうもあのドライバーは最上組の敵に利用された感じだったから、ヤーさんたちに最上の一番の敵はどこか、って聞き回ったら。みんなマックスの名前を出してきた」


 ふむ、と久我は唸った。


「で? どうしてマックスはオレたちに賞金をかける」


 古海は苛立ったように口を尖らせた。


「今更何云ってんの。認識甘いなぁ。久我さんたちの特務班が出来てから、色々と派手じゃない? 捜査がさ」


「派手ってなんだ、派手って。柚木が云うには、その辺は上手く誤魔化してると」


「いやいや、でも襲われる方は、最近なんだか予防局がアクティブだって。わかるじゃん。遠距離型の件にしても、マックスが最上の資金源を絶とうとしたのに、それを特務班が邪魔しちゃった。重吉だってそうよ。異物の取引なんて、バックにはヤクザが付いてるに決まってるでしょ。とにかくエグゾア絡みで儲けてた連中にしてみれば、特務班は邪魔なワケ」


「つまり、こういうことか」久我は僅かに思案を含め、話を整理した。「赤星は異物オークションで儲けてた。バックにはマックスがいた。マックスは何れ、オレと柚木が国内の異物ルートも潰すと睨んで、先手を打つことにした。内々で賞金をかけ、真っ先に赤星がオレたちをおびき寄せ、柚木を捕まえた」


 暴力団対策法で締め上げられている一般のヤクザには、そこまでする気合はないだろう。やるとすれば、対策法に指定されていない新興団体。確かにマックスの名前が、一番に浮かんでくる。


「しかし、マックスってヤツが何者かとか。どういう組織になっているのか。まるでわかってないと聞いてるが?」


 尋ねた久我に、蝋山は渋い顔で答えた。


「申し訳ありません。何しろ表に出てくる弁護士やら司法書士やらを洗っても、ネットやら何やらで依頼を受けているだけのようで」


「となると、マックスの線を洗うのは。難しそうか」


「現時点では。ただ、もう一つ、気になる点があるんです。賞金はあくまで、生きたまま引き渡した場合と限定されているようなんです。これって、どういうことでしょう」


「邪魔ならただ、殺せばいい」


 云った古海に、久我は口元を歪めてみせた。


「ホント、オマエは最悪なヤツだな。まぁしかし、朗報っちゃあ朗報だ。柚木が無事でいる可能性が高くなった。だがそいつらの目的は何だ? 予防局の内情を知りたいのか? なら柚木が五億で、オレが二億なのもわかるが」


「しつこいね久我さんも」古海は哄笑し、徐ろに立ち上がった。「とにかく私は、調査部にあるマックスの情報を整理してみるよ。何か出るかも」


「私は引き続き、〈転移〉の痕跡を洗います」


 そう腰を上げかけた蝋山を、久我は呼び止めた。


「おいロウ、その復元出来たデータは?」


「あぁ、すいません、云われたとおり、持ってきました」


 差し出された記憶スティックを受け取る久我に、古海は皮肉な表情を浮かべて云った。


「久我さん、使い方わかる? 手伝おうか?」


「うるせぇ。オマエはどうした。柚木の嫁の件は?」


「え? アレ、マジだったの?」文句を言い掛けた久我に、彼女は哄笑した。「ウソウソ。頑張って思い出した。アレ、やっぱ検察の頃の話しだわ。柚木さんにリクルート受けてさ、一体何者なんだろうと思って調べたのね。それだった」


「で? 何か出たのか」


「これといって。ただ天羽さんの知り合いだってのが上司にいて」


「天羽? 誰だそれ」


 すぐに問いただした久我に、彼女は大口を開けて見せた。


「マジで久我さん最悪。柚木さんの前の局長でしょ」


 そんな昔のことなんか、知りもしない。


「へぇ。で? オマエの前の上司が、天羽ってヤツと知り合いだった。そいつが?」


「そいつが、天羽さんに誘われて出たパーティーで、柚木さんと一緒になったことがあるって。その時、柚木さんが連れてきてたのが」


「美人な嫁」


 すらり、と人差し指を向け、キャブコンから去っていく古海。


 蝋山も一礼して去り、一人残された久我は、記憶スティックを手に考え込む。


 マックス。正体不明の新興マフィアの親玉か何か。ソイツが赤星をそそのかし、柚木を攫ったとして。その目的は一体、何なのだろう。


 とにかく今は、蝋山が行っている転移痕跡の絞込、古海によるマックスの調査、そして妹尾という関係者の監視を続けるくらいしか、手が思い浮かばない。


「クソッ、こんな時に柚木がいれば」


 思わず呟く。そう、彼がいれば、もっと何か効果的な捜査を立案出来るはずだ。赤星の転移に何か科学的な痕跡を見つけ、その跡を追う方法とか。彼の情報を徹底的にネットで洗い、賞金を掛けたヤツの居場所を見つけるとか。そんな事が、彼ならば。出来るはずなのに。


 だがその当の柚木が、攫われてしまっている。


 しかし、そんな事を悔やんでいても仕方がない。久我は手にしていた記憶スティックをキャブコンのコンソールに差し込み、内部データを広げてみた。


 そしてすぐ、眉間に皺を寄せる。


「おいイルカ」


 すぐ、娘の京香の姿をした立体映像が現れる。


『何?』


「オマエ、そこそこの情報処理能力があるんだろ? なら、コイツを解読して欲しいんだが」


 画面上に並んだ、意味不明な文字列。それを指し示して見せると、彼女は画面に顔を近づけ、うぅむ、と唸った。


『圧縮データっぽいね。結構欠落してる』


 正直、まるで期待していなかった。久我は思わず背筋を伸ばし、椅子に座り直した。


「わかるのか! 偉いなオマエ!」


『なんか馬鹿にされてる気がする。そりゃ情報戦型ほどじゃないけど、こんくらいなら出来るよ』


「馬鹿にするもんか! 欠落してる? じゃあ直してくれ」


『えっとね、ばーっと上から行くと、0000EA9CはBAで、0000EA9DがCC、0000EA9Eが6Fで』


「待て待て! それってバイトコードじゃねぇか! 全部手で直せってか?」


 今度はイルカの方が、驚いた風に久我を見つめた。


『へぇ、バイトコードって概念、あるんだ。てっきり無駄だとばかり。無駄だろうけど云ってみただけなんだけど』


「これでも工学修士だぞ? 情報論の基礎くらい知ってる」


 しかしとても、これだけのデータ量を手動で直していくなんてことは出来ない。百科事典の誤字探しをするようなものだ。


 さて、どうしたものか。そう無為に辺りを見渡した久我は、柚木が使っているソケットを目に止めた。彼の左手の異物、スリーに巻きつけ、コンピュータとを接続するための装置だ。


「これ、オマエでも使えるか?」


『うぅん、どうだろ』


 とにかく右手甲のイルカの実体に巻きつけてみる。


 途端、膨大なバイトコードが、久我の脳の中に流れ込んできた。まるで何が何だか理解できない。ただ膨大な0と1、0からFという英数字が展開し、グルグルと値を変える。


「おわっ、なんじゃ、こりゃあ」


 思わず呟いた久我に、イルカは興味深そうに答えた。


『へぇ、面白いねこれ。ちょっとやってみようか?』


 頷く久我。途端に脳内の英数字、そしてコンソール画面に映し出されているバイトコードが、矢継ぎ早に書き換えられていく。壊れたデータが修正され、欠落したデータが補完され、間もなく、完全な圧縮データとして復元されていく。


 しかし久我の頭は、流れ込んでくる膨大なデータにパンクしそうになっていた。それぞれのビットコードの意味なんて、当然理解できない。だが総体として何を示しているのかは、不思議なことに朧気ながら理解できてしまう。その強烈に押し込まれるデータは、まるで極彩色の光の迷路が目の裏で絶え間なく展開しているかのようで、ぶっ続けで何十時間も映画を見させられたかのようで、次第に意識が朦朧としてきた。


「イルカ、まだか!」


 耐えきれなくなり、思わず叫ぶ。その時、ようやくデータの書き換わりは終わり、ふむ、とイルカは唸り声を上げていた。


『こんなもんかな』


 久我はすぐ、右手に巻いていた装置を取り外した。ようやく渦巻くデータの波は消え去り、久我はようやく肺の存在を思い出していた。詰めていた息を吐き出し、背もたれに倒れ込む。


 まったく、こんなものを使い続けてるなんて。


「アイツの頭ん中は、一体どうなってんだ」


 未だに頭がズキズキする。疲労困憊して云った久我に、さもありなん、といった風にイルカは応じた。


『ちょっとこれって、かなり無茶な装置だねぇ。とても普通のヒトの意識が追いつけるとは思えないよ』


「それだけ柚木は天才さんだってことだ」


 ようやく一息ついて、久我は背もたれから身を上げる。


 そしてコンソール画面上に完成した圧縮ファイルを解凍し、現れたファイル群を改めた。


 しかしどんなデータがあるのかは、久我は既に理解していた。


 とりたてて、興味を惹くデータはない。


 だが一つだけ、冷静になって確かめる必要のあるデータがあった。


 画像ファイル。


 開くとそこには、あの、柚木のスリーの化身である、赤いドレスの女が映し出されていた。


 付属したファイルには、こう記されている。


 織原美鈴、享年35、と。


 あの赤いドレスの、柔らかな髪、少し彫りの深いハーフっぽい容貌の女。


 彼女は既に、死んでいる。


 柚木は彼女の、何なのだろう。彼は失ってしまった愛しい女性のために、予防局で異物対策にあたっているのだろうか。


 だとすると、柚木の過去には。一体、何があった?


 とにかくその、織原美鈴という名を検索してみようと、コンソールを操作しかけた時だ。不意に久我の携帯が震え、無意識のうちに受話ボタンを押す。


「はい?」


『久我くん、私だ』


 その声に、久我は自分のしていた事も忘れ、思わず叫び声を上げていた。


「柚木? 無事なのか!」


 間もなく彼は応える。だがその声は、酷く弱々しく、困惑していた。


『なんとか無事だ。だが、今、自分が何処にいるのかもわからない。なんとか助けてくれると、ありがたい』


 助けてくれると、ありがたい?


 久我は安堵のあまり、思わず苦笑いを浮かべる。


 確かにそれは、柚木風な懇願といってよかった。

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