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第六話 賞金

 久我は、昨晩赤星が何者かと待ち合わせていた喫茶店に向かい、町並みを眺める。飲み屋と一般商店が半々くらいの一角で、昼間でもかなりの人通りがある。


 あの、目の悪い女。記憶を辿ったが、彼女が履いていたサンダルに記されていた整体院の名前を思い出せない。


 そう、整体だったような気がする。それともカイロだったか? マッサージ?


 それも怪しくなってくる。しかしざっと地図を見た限り、この近辺には十軒ほどのマッサージ店や整体院がある。とにかく虱潰しに当たり始めた所で、早速古海から連絡が入った。携帯キャリア各社に当たったが、赤星名義で契約された回線は存在しないという。


『こうなるともう、私らじゃお手上げですよ。ちょっと携帯から交友関係追うのは無理そうだなぁ』


 確かに、それを何とか出来そうな柚木自身が、攫われてしまっている。


 とにかくマッサージ店の確認を続ける。三軒目までは空振りだったが、四軒目、〈三浦カイロプラクティック〉という看板を目にした時、何か久我の記憶と繋がる所があった。扉を押し開くと青い医療服的な物を着た中年女性がカウンターに立っていて、久我に笑みを向けてくる。


 そうだ。この服。見下ろすと、店名の記されたツッカケが数足置かれている。


「失礼、災害予防局の者だが」そう懐から取り出した手帳を示すと、彼女は僅かに身を引いた。「院長さんとか、責任者の方は?」


「私が、三浦ですが。何か?」


「そりゃ都合がいい。今、時間は?」


 不安げに頷く三浦。それに対し久我は、隠し撮りしていた赤星の写真を携帯に映し出し、彼女に突き出した。


「こちらの客で、見覚えは?」


 画面を覗き込み、彼女はすぐに頷いた。


「えぇ、赤星さん。腰痛持ちで、月に二回は来られてますが」


 当たりだ、と胸の内で呟きつつ、久我はカウンターに身を乗り出させた。


「ちょっとエグゾア絡みの事件で、彼を探してるんだが。彼の担当は?」


「妹尾さんですけど。エグゾア絡みって。あの人、泥棒か何かだったんですか?」


 一般に予防局が出てくるのは、エグゾアに伴う火事場泥棒だとか、そういう風に認識されている。


「いやいや、事件の関係者ってだけだ」と誤魔化し、「で、妹尾さんから。話を聞けないかな」


 聞くと彼女の出勤は午後からとのことだった。


 事は一刻を争うかもしれない。そこで久我は半ば強引に妹尾の住所を聞き出し、古海に調査部の人員を急行させるよう伝え、自分もバイクに飛び乗る。


 ひょっとしたら彼女は既に、赤星と共に消えているかもしれない。


 久我はそう危惧していたが、実際に目的の二階建て安アパートにたどり着くと調査部の車両が先着していて、窓から手が出て久我を差し招く。それとなく近づいて助手席に乗り込むと、運転席に座っているのは古海だった。彼女は一階の隅の部屋を顎で指し示してみせる。


「いるよ。さっき洗濯物干してた」


 次いで携帯で写真を表示してみせる。


「間違いない。昨日見た女だ」丸顔で色白な女。「てか、どうしてオマエが来る。重吉は?」


「じゃあ誰を寄越せばよかったの。何をするんだかわからないのに、適当なヤツをアサイン出来ないでしょ」


「相変わらず、自分の能力を正確に評価しているヤツだな」皮肉と捉えたらしい古海に、久我は付け加えた。「別に悪いって云ってるんじゃない。助かるよ」


 彼女は軽く口元を歪め、次いで意外な事を云った。


「ところで知ってた? 彼女、子持ちだよ」


「子持ち?」


「ほら、子供の服を干してる。多分保育園児くらいかな。女児ね」


 確かに、花柄の小さなスカートのようなものが、物干しに掲げられている。


「参ったな。赤星とどういう関係だ? ヤツの子か?」


「赤星って、前は金回りが良かったっぽいんでしょ? それが急に認知を迫られて、ちょっと前の久我さんみたいに、養育費で首が回らなくなった。どう?」


「嫌なこと、思い出させるな」しかし、その可能性に一番に頭が向かう。「だが、昨晩の様子じゃ。あんまりそんなギスギスした雰囲気じゃなかったがな」


「で? どうするの? 泳がす? 当たってみる?」


 そこが思案のしどころだ。


「あの女と赤星の関係によっちゃ、赤星が姿を現すのを待つって手もあるが。何しろ相手はテレポーターだ。不意に連れ去られないとも限らん」


「じゃ、当たりましょ」


 バクン、と扉を開いて外に出る古海。久我も後を続いてアパートの寂れた玄関に向かい、インターホンを鳴らす彼女を見守った。どうやら内部から応答出来るほどの設備は付いていない物件らしい。間もなくガチャガチャと鍵を弄る音がして、当の女性、妹尾が顔を見せた。


「はい?」


 その彼女の視線は、古海も、久我も、真っ直ぐには捉えていなかった。


 赤星について話が聞きたいと切り出すと、彼女は僅かに驚いた風だったが、すぐにカーディガンを羽織って外に出てくる。そこから先は古海も心得ていて、近所の視線を避けて近くの公園へと場を移した。


 妹尾はしっかりとした受け答えをする賢そうな女性で、それもあってか同年代らしい古海は丁寧に対応する。赤星が直接何をしたとは云わず、ただ、彼について知っていることを教えて欲しいと尋ねた。


「それは、保険の関係で来られて」


「保険?」


 思わず問い返した久我に、古海は苛立たしそうな瞳を向け、すぐに言葉を被せた。


「そう、保険ね。念のため確認ですが、具体的には、赤星さんは何の保険と云ってました?」


「細かい所は聞いてませんけど、事故で死んだ夫に保険が掛けられていたから、色々確認したいと。そう仰って」


「それって、何時のことです?」


「そう、えっと」妹尾は記憶を辿るよう、宙を見上げた。「半年くらい前からだったと思います。それから月に一度、保険金をお持ちいただいて」そして不安げに、肩をすぼめた。「すいません、変だとは思ったんです。いつも現金でしたし。お返ししないと、駄目でしょうか」


「いえいえ。それは大丈夫」古海は笑みを浮かべ、頭を振った。「それで、その理由について。赤星さんは何か仰ってました?」


「どうも手続き的に微妙なので、正規な支払いではなく。何か誤魔化しているような事を仰っていました。詳しくはわかりませんでしたけど」と、妹尾は俯く。「私も、正直あまり実入りが良くないので。戴けるものならと。戴いてしまいました」


「どれくらいです?」


「月に、二十万ほど。当面はそれで、もうすぐ、満期? になるから、纏まった額を払えると仰っていました」


 ふむ、と久我は唸った。


「お子さんは? 保育園?」


「え? えぇ」


「旦那さんの事故について、教えてもらえませんか」


 僅かに躊躇った後、彼女は口を開いた。


「一年ほど前ですけど。貨物を扱う仕事をしていたんですけど。それで、荷崩れだと」


「念のため確認ですが、会社名を教えて戴けます?」


 鋭く口を挟んだ古海に、妹尾は例の視線定かならぬ瞳を上げ、云った。


「横浜の。重吉極東貿易という会社です。合ってます?」


 古海は笑みを浮かべつつ、肘で強く、久我の脇腹を突いた。


 妹尾をアパートに送り届けた後、古海はまるで猟犬のように車に駆け戻り、運転席に飛び乗った。


「キタキタ! これが面白いのよ!」叫び、パソコンを取り出してカチャカチャとキーを叩く。「妹尾の旦那は、重吉極東貿易で働いていた。そして事故で死んだ。赤星って、その原因を作っちゃったんじゃない?」


「あり得るな」考え込み、久我は云った。「けど、それは揉み消した」


「あの社長の事だし。会社の指示なんじゃない?」


「あり得るな。だが赤星は耐えきれず、贖罪のつもりで、妹尾の嫁さんに個人的に金を渡し始めた。しかし金遣いの荒かった男だ、すぐに蓄えは底をついた」


「気になるのは、〈纏まった金〉というヤツだね。赤星は異物の取引なんかじゃなく、別の、もっと稼げる何かを企んでた?」


「オレならテレポートして、銀行の金庫に入り込む」


 ニヤリとして云った久我に、古海は深くため息を吐いた。


「久我さんって、ホント、アナログよね。そんなん盗んだって、番号から追われるに決まってんじゃん。今の主流はデジタルよ。ネットを活用しなきゃ」


「ネットにテレポートじゃ稼げねぇだろ。とにかくオマエ、今の話の裏を取れ。妹尾の旦那に何があったのか。それに赤星は、どう関わってるのか」云った時、携帯が震えて手に取る。「久我だ」


『蝋山です。パソコンの内部データを、多少復元出来たんですが。大至急お知らせしなければならないことが』


 蝋山は慎重な男だ。その口から大至急という言葉を聞き、久我は思わず息を詰めた。


「なんだ。何が入っていた」


『それが』蝋山は沈黙し、意を決したかのように云った。『久我さん、それに柚木さんに、賞金がかかっているようです。詳細は不明ですが、かなりの高額で』


 話を聞いていた古海が、ピョコンと顔を上げる。


 混乱していた久我は無為に彼女を眺め、慎重に、尋ねた。


「なんだそりゃ。賞金?」


『何者かはわかりませんが、その身柄と引き換えに、支払うと』


「幾らだ」


『柚木さんに五億。久我さんに二億です』


 五億に、二億。


 思わず口を開け放つ。自分にそれだけの価値があるというのも理解出来なかったが、柚木の身柄に、五億とは。


 以前の久我ならば、簡単に乗っていただろう。

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