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第二話 奇妙

 久我もこれまで、全く何もしていなかったワケではない。任務からの撤収時、密かに柚木を追跡し、その住処くらいは突き止めていた。しかしその後も何度か尾行してみたが、これといって特異な行動は見受けられない。ここのところ柚木は常に久我と行動を共にしているし、平日は予防局から家に真っ直ぐ帰るだけで、寄り道もしない。まるでプライベートや秘密が存在していないかのようだ。


 だが、そんなはずはない。


 彼は必ず、何かを隠している。


 そして久我が追えていない彼の行動が、一つだけあった。


 朝、出勤時間帯だ。


「京香、いいか?」


 ドアをノックして尋ねると、うん、と鈍い声が響く。押し開くと彼女は勉強机に向かっていて、姿を現した久我に振り向く。


 ようやく一緒に暮らし始めた娘。


 こうして気軽に声をかけられるようになっただけでも久我は満足だったが、一方で酷く不満な事も出始めていた。


「なぁ京香、悪いんだが」久我はついに、思い切って云った。「ここんとこ、ちょっと忙しくてな。朝なんだが」


 そこまで渋りつつ云った久我に、京香はくるりとした猫目を上げた。


「いいよ。学校くらい、一人で行ける」


 先の先を読み、彼女は簡単に答えた。


 まるで親らしいことを出来ていないというのに、早くも彼女は独り立ちしようとしている。その物分りの良さが、久我にとっては酷く苦痛だ。


「いや。ちょくちょく夜も遅いし、朝くらいしか一緒に過ごせないのはわかってるんだが。どうしても外せない用があってな」


 弁解がましく云ったが、彼女は無表情のまま椅子を回し、机に向き合った。


「大丈夫。お母さんもそうだったから」


 京香は明らかに、久我との同居生活に失望している。涼夏よりは楽しいに違いないと最初は思っていたようだが、次第に表情は固くなり、今ではまるで久我など存在しないかのような日々を送っている。家事自体は家政婦を雇っているので問題なかったが、これでは単に、本当に、同じ家に住んでいるだけ、という関係だ。


「すまん、本当に」久我はそう、云う以外になかった。「必ず埋め合わせはするから」


「うん」


 彼女は虚ろに答えて、ペンを走らせ始める。


 埋め合わせと云っても、今は彼女に、何をしてやれば喜ばれるのか。それすらもわからない。


 だが今は、とにかく、柚木の尻尾を掴まなければ。


 翌朝久我は普段より二時間早く起き、新しく手に入れたバイクを走らせ、柚木のマンション前に向かって張り込む。すると予想より早く、彼は玄関に姿を現した。


 七時だ。


 ここから予防局局舎まで、三十分とかからない。


 きっとこの時間帯に、何かをしているに違いない。


 柚木は足が悪い。それで普段は二人のオフィスとも云えるキャブコンで行き帰りをしていて、この日も玄関で待ち受けていた黒塗りの車に乗り込む。


 予防局で、他の幹部と朝ミーティングでもしているのだろうか。


 そう考えたが、キャブコンは予防局とはまるで違う方向に向かう。


「一体、何処に向かうつもりだ」久我はヘルメットの中で呟く。「おい、イルカ」


『はいよ』


 高速で移動するバイクの脇に、京香と全く同じ姿のイメージ映像であるイルカが現れた。


「柚木の持つ、情報戦型の異物だがな。アレは子機を対象に潜り込ませて監視することが出来るだろう? 他にどんなことが出来る」


『普通に五感が良くなるね。目も耳も、普通のヒトの十倍くらいにはなるんじゃない?』


「マジか。じゃあなんで眼鏡してるんだ」


『知らない。ファッションなんじゃない?』


 それは柚木はオシャレだが、伊達眼鏡までするようなタイプには見えない。


「妙だな。まぁいい。他には?」


『周囲の電磁波を乱して、通信障害を起こすことが出来る』


 はっとして、久我は口を挟んだ。


「待て待て、電磁波を乱せるってことは、オレのプラズマも効かないってことか?」


 久我が発するプラズマは、電磁波で大気を加熱させることによって発生させる。それで慌てて尋ねると、イルカは、なんてことはない、というように答えた。


『あり得るねぇ。電磁波を乱されちゃったら、プラズマ発生させられないかも。やってみないとワカンナイ』舌打ちする久我に、彼女は続けた。『あとは情報戦用同士での量子暗号通信とかも出来るけど、これは他に情報戦用を持ってるドライバーがいないっぽいから、あんま意味ないよね。他にはこれといって。情報処理能力が高いんだけど、その使い方は使う人次第だからね。超スゴいスマホ持ってるようなもんよ。性能が凄くても、その使い方は人それぞれじゃない?』


 どうもそれがネックだ。久我はコンピュータや情報処理といった類の話が、よくわからない。だから柚木がどういう能力を持っているのか、イマイチ理解できないのだ。


「そういやイルカ、オマエはオレに、ヤツの子機が入ったら。わかるのか?」


『わかるよ? 最新バージョン同士ならわからないけど、向こうはバージョン3で、私は6だもん。対策はされてる』


「バージョンが3つも上がってるのに、オマエにはアイツほどの処理能力? もないのか?」


『無茶云わないでよ。多目的型は、個々の能力よりも。いろんな能力を使えるようにしてあるんだもん。プラズマ攻撃、防御、透視にオクゥオ・イトュジュ、ワレ・イサコソにアルヲ・アラと』


「あぁ、わかったわかった! またワケわからん言葉が出てる!」


 イルカと久我との会話は、彼女が概念を直接久我の脳内に送り込む事で行われる。それで久我が理解できない概念、理論については、訳のわからない言葉としてしか聞こえないのだ。


 そう、柚木のスリーの能力に限らず、久我自身のイルカの能力に関しても、未だに全てわかっているワケではない。


 イルカには、五つの基本能力があるらしい。わかっているのは、電磁波によるプラズマ生成、あるいは透視。磁場の生成による、プラズマの制御。様々な分子や細胞を合成し、各種医療活動を行う機能。これらについては久我も大分慣れてきて、今では殆どイルカのサポートなしに活用できるまでになっている。大抵の連中はこの力で対応出来ていたが、しかしプラズマが柚木に効かないかもしれないとなると、話は根底から覆される。


 残る二つの機能も使いこなせるようになれば、あるいは柚木の真の目的を探ることも容易になるかもしれなかったが、しかし現状、どうすればいいのか。全くわからなかった。


 キャブコンは湾岸に出て、そのまま横浜方面へと向かう。更に通り過ぎ、桜木町、みなとみらいへ。災害予防局的に、あまり思い当たる所がない場所だ。エグゾアが発生したこともないし、出張所もない。


 赤レンガ倉庫近辺のオシャレスポットらしい所でキャブコンは停まり、柚木は右足を引き摺りながら、通勤で人通りの多い街中に降り立つ。彼は軽く左右を見渡すと、こちらもオシャレっぽいオープンスペースの喫茶店に足を踏み入れ、席に付いた。


 真っ直ぐに背筋を伸ばし、笑顔で何かを注文し、愛用のマックブックを取り出す。何をやっているのか見て取れないが、どうも朝の情報収集っぽい雰囲気だ。珈琲が運ばれ、彼は紳士風にそれを口にする。まるで何かを探ったり、監視したりしている風はない。


 だが、運ばれた珈琲は二つだった。きっと誰かが来るのだろう。


 久我は僅かに緊張しつつ様子を伺っていると、不意に柚木が懐に手を入れて、携帯を取り出した。


 相手は、誰だ。


 そう固唾を呑んで見守っていると、不意に久我の懐が震え始めた。


 こんな時に、一体誰だ。


 舌打ちしつつ携帯を取り出して受話ボタンを押すと、思いがけない声が響いてきた。


『おはよう、久我くん』


 オレだよ!


 心の中で叫びつつ、仕方がなく応じる。


「おう」


『そんなところにいないで、入ってきたらどうだ。ここの珈琲は、実に旨い』


 切れる通話。久我は舌打ちし、仕方がなくバイクから降り、渋い表情を浮かべながら喫茶店に入った。現れた久我に柚木は軽く顔を上げ、ニコリとする。仏頂面のまま対面に座った久我に対し、彼は遠方に停められたバイクを眺め、云った。


「随分ピカピカしたバイクだね。買ったのかい?」


「まぁな。前から欲しかったんだ!」久我はヤケクソで、無理に楽しげに振る舞った。「ヤマハのYZF-R1M。半レーサー仕様の最高のマシンだ。カミさんへの慰謝料がなくなったんで、ようやく夢が叶った」


「それは何よりだが、金もバイクも、利用は計画的にした方がいい。希少なバイクは人目に付きやすい。尾行には不向きと云わざるを得ないね」遂に舌打ちした久我に、彼はクルリとパソコンの画面を向けて見せた。「では、ブレイクファースト・ミーティングと行こう。今回の捜査対象は、そこにある重吉極東貿易株式会社」


「貿易会社?」


 指し示され、久我は通りの向こうにあるビルを眺めた。雑居ビル風な外観の中層に、当の会社の名前が貼り付けられている。


「その通り。重吉極東貿易は主に中古車の輸出に関わる業務を専門にしている。取引先はアジア、中東、ロシアなど幅広い。その彼らだが、どうも〈異物〉の密輸入に関わっている形跡がある。異物の取引に関しては、国内では禁止されている。輸出入も同様。これは重罪だ」


 ふむ、と久我は唸り、頭を掻いた。


「その情報は、どこから?」


「八木。八重樫だよ」と、彼は久我たちの宿敵といった風になってしまった名前を出した。「彼は世界各地から異物を買い漁っていた。そのルートを辿ったところ、ここに辿り着いた。どうも国内の〈異物〉市場は、彼らが仲介している物が中心になっているらしい」


「ふぅん。そこまでわかってるなら、さっさと保安部を突入させて。ふんじばればいいじゃねぇか。証拠は揃ってるんだろ?」


「久我くん、相変わらずキミの思考は、直線的で困る」渋い顔を浮かべ、柚木はパソコンの画面を指し示した。「実は調査の結果、この地域周辺で事件が相次いでいる事がわかった。それも警察の捜査班も手を余し、公開捜査にも出来ずにいる、奇妙な事件だ」


「奇妙?」


 パソコンの画面を覗き込む久我。


 そこには、『建造物等損壊罪?』と記されていた。

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