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第七話 符合

 坂本涼夏は車を適当な駐車場に停め、通りを行くタクシーを捕まえて乗り込んだ。


「横浜へ。クォンタムのテクノロジーセンター、わかります?」頷く運転手。「じゃあ、そこまで」


 そして動き出した車内で、携帯を取り出す。

 調べる時間、考える時間が必要だった。


 第一の疑問。あの小型格納庫に入れられている男は、何者なのか? 死んでいるのか? 生きているのか?


 撮影した動画を、くまなく確かめる。少し頬が張っていて、髪は刈上げ。眼孔や鼻筋の凹凸が鋭く、長い睫毛が影を作っている。左腕には何本かのチューブが沈み込んでいたが、その先は格納庫の壁の中に潜り込んでいる。点滴か何かだろうか、内部の液体が流れているから、この男は完全に死んではいない、ということだろう。


 加えて左手首にはスマートウォッチのような物が巻かれていた。液晶デジタルのハート型がチカチカと瞬き、数値が浮かんでいる。心拍数だろう。それは五、六、という値をフラフラとしている。


 次いで、右腕の金属。


 これはなんだろう、と、画面を拡大させる。歪み、焼け焦げた風な金属。その表面には傷とも模様ともつかない幾重もの線が走り、中央には、青白いガラス質な物体が付いている。


 よくよく見ると、ガラスを縁取る部分の金属が、まるで時計板のようにチクチクと動いていた。右に、左に、小刻みに動く金属板。


 そしてそれが不意にグルリと回転したかと思うと、男の全身に例の現象が現れ始めた。薄く、透明になっていき、最後には完全に消え去る男。彼に潜り込んでいたチューブも十センチほど消え去り、宙でぼんやりと途切れている。


 そして間もなく、再び姿を現す男。


 涼夏は何度もその部分を繰り返し眺めたが、それ以上は何もわからず、次いで下半身に目を落とす。


 動転してて気づかなかったのだろう、ボクサーパンツ風な下着には、見覚えのある物体がクリップで留められていた。


 クォンタムの、社員証。それに何かのタグだ。

 そうすると、この男はクォンタムの社員なのか。

 社員が、どうしてこんなところに閉じ込められ、人体実験のような真似をされている?


 辛うじて社員番号が読み取れる。涼夏は鞄からデジタル・パッドを取り出し、クォンタム社内ネットワークに接続し、社員一覧からその番号を検索した。


 該当、なし。


「いや、削除されてるんだ」


 そう推理し、人事システムに接続し、離職した社員も含めたデータベースを検索する。


 結果、該当一件。


 ファイルを開くと、確かに格納庫に閉じ込められていたのと同じらしい男が現れる。だがそのスーツ姿がどうにも野暮ったく、不思議に思った時だ。彼が離職したとされる年度に気づき、納得が行く。


 彼は五年も前に、離職したことになっているのだ。

 つまりこのスーツも、五年前の流行りのデザイン。


 ということは、彼は五年間も、こうして閉じ込められているというのか? 半死半生で?


 涼夏には次第に、クォンタムという会社がわからなくなってくる。戦時中でもあるまいし、こんな人権を無視した行為をやるなんて。


 次いで、社員証と一緒に括りつけられたタグを拡大する。こちらは何かの送り状のような体裁で、部署名らしきものと担当者らしい名前が殴り書きされている。


 それを見た途端、涼夏は眉をひそめていた。

 部署名は、技術開発本部、先端技術研究部、特機開発三課。

 担当者は、八重樫とあった。

 八重樫。久我が尋ねた、元クォンタムの研究者だという人物だ。


 何かこれは、関連があるのだろうか。


 何れにせよ涼夏は、直感で向かっていた行き先が間違っていない事は確信した。先端技術研究部は、横浜のテクノロジーセンターにあるのだ。


 とにかく乗り込むなら、今しかない。上司の中多の様子からすると、彼らは今後徹底した証拠の隠滅と隠蔽を図るに違いなく、だとすると、時間が経てば経つほど調べるのが難しくなる。仮にクォンタムが人外のテクノロジーを多数確保していて、その中に京香を助ける物があるとするならば。今でなければ、見つけられないのだ。


 横浜に着く頃、辺りは完全に闇に包まれていた。テクノロジーセンターは広大な敷地を持っていて、まるで地方の大学のような様子だ。棟が十程もあり、未だに半数ほどの明かりが灯っている。


 正面ゲートは、社員証で問題なく通過できた。


 問題は、ここからだ。情報システム部の男が言っていたように、部長職以上は基本的に全てのゲートが通過可能になっている。だがそれも極秘の研究開発を行うエリアに関しては、どうなっているか正確に把握していない。


 とにかく、特機開発三課がある場所はわかる。六階建てのビル、その四階だ。街灯が薄く灯る構内では、研究者らしき社員たちがパラパラと歩いている。そこを涼夏が足早に過ぎていた時、不意に携帯が震えた。


 久我の番号だ。


「はい?」


 すぐ、久我は大声を上げてきた。


『おい! 今すぐ、そこから離れろ!』


「そこ?」監視されているのだろうか、と辺りを見渡す。「なに。どうしたの」


『とにかくオマエは、自分のやってることのヤバさが理解できてない!』


「瀬戸際にあるのは確かね」でも、と涼夏は続ける。「そんな騒ぐほどじゃない」


『馬鹿! オマエ、アレを見て、まだそんなこと云ってるのか!』


「アレ?」


『オマエが厚木で見つけたドライバー。異物を付けた男の事だ!』


「え? ちょっと待って。どうしてそれを知ってるの?」


『んなことはどうでもいい! とにかく、クォンタムは平気でヒトを人体実験するような会社だってことだ! オマエにそれが知られたとわかったら、口封じされるに決まってる!』


「そんな馬鹿な」涼夏も可能性を考えていたが、強いて深く考えないようにしていたこと。それを指摘され、涼夏は無理に楽天的に捉えようとした。「私は幹部側よ? そんな簡単に切り捨てられるはず」


『とにかく、オマエは、今すぐ、そこから、離れろ!』


「何命令してるの」更に騒ごうとする久我に、涼夏は云った。「じゃあ、予防局が私の代わりに、ここを調べてくれるの?」


『あぁ!』


「どうやって?」


 口籠る久我。


『すぐには無理だが、しっかりと監視して、尻尾を掴む』


 涼夏は呆れ、立ち止まりつつため息を付いた。


「話にならない。時間をかけたら、かけただけ、証拠隠滅の時間を与えるだけでしょ! どうしてそれがわからないの!」


『フザけんな! オマエが無闇矢鱈に突っ込んだせいで、あの倉庫は爆発しちまったんだぞ!』


 戸惑い、困惑し、涼夏は笑い声を上げていた。


「爆発? なにそれ」


『証拠を確保しようとオレたちが行ってみた時には、倉庫は炎上して手が付けられない状態だった。きっとあのドライバーも運び出された後だろう。わかるか? おかげでオレたちは、そこを強制捜査するネタを失ったんだよ!』


 涼夏は久我の云っている意味を素早く考え、足を踏み出させた。


「なら、尚更、今やらないと駄目でしょ」


『あ? オマエなぁ』


 鬱陶しい。

 涼夏は終話ボタンを叩くと、着信拒否にしてビルに入る。


 閑散としたロビーには、社員証によるゲートがあるだけだ。


 涼夏は僅かに躊躇い、それでも意を決して、リーダーにカードをかざす。すぐにポンと音がして、ゲートは左右に開いた。


 足を踏み出す。この棟は殆ど使われていないのだろうか、四基あるエレベータは全て停止していて、人気も全くない。空気も心なしか埃っぽく、涼夏は軽く咳をしながらエレベータに乗り込む。


 四階へ。


 左右に開いた扉の奥は、暗闇に包まれていた。しかし涼夏が足を踏み入れた途端、チカチカと照明が瞬き、明るくなる。エレベータロビーから、奥へ。やはりこのフロアは使われていないようで、雑然と並んでいる机の殆どは空だ。床には電源やネットワークのケーブルが整理されず這っていて、何度か躓きそうになる。


 一足、遅かっただろうか。


 そう考えつつ奥へと進んでいくと、天井から〈先端技術研究部〉というプレートが垂れ下がっていた。あの厚木にいた男を、研究していた部署。ここも殆どの机が空だったが、一部には段ボールが積まれている。恐らく引っ越しの途中なのだろう、箱には送り状が貼り付けられていて、宛先は長野テクノロジーセンターになっていた。


 証拠隠滅の、真っ最中らしい。しかも極秘で。これだけの部署移動があれば、涼夏には必ず話が来る。だというのにまるで聞かされていなかったのだ、クォンタムは事を、完全に技術開発本部内で収めるつもりのようだ。


 涼夏は段ボールを、片っ端から改める。殆どが業務用の雑貨類が詰まっているだけで、何の情報もない。パソコンの類いは一つもなく、恐らく既に搬出されてしまっているのだろう。


 舌打ちしつつ、埃まみれの両手を叩く。

 それにしても、と思う。

 技術開発の事はさっぱり知らないが、調査とか研究とかに使いそうな装置類が、全く見当たらない。


 それはまた別のエリアなのだろうか、と辺りを見渡すと、オフィスエリアの奥の方が、また別の認証扉で隔てられているのに気がついた。


 歩み寄り、カードリーダーを探したが、そちらも改修工事中らしく、ケーブルが途中で千切れていた。


 試みに扉に両手を張り付け、スライドさせてみようとする。かなり重かったが、僅かに動く。渾身の力を込めると、辛うじて通れそうなくらいの幅が開いた。涼夏は上ずった息を飲み込み、隙間に身を入れていく。


 完全な闇、だった。携帯を取りだし、ライトを灯す。


 途端に息を飲む。様々な電子機械、化学装置らしいものが、未だ完全に梱包されていない状態で放置されていたのだ。


 加えて、幾つもの研究資料とおぼしき、ファイルの山。


 これだ。


 涼夏は果たしてどれから手を付けていいべきか迷ったが、一番に目に止まったのは、中央の机上に置かれたブレスレット状の装置だった。


 資料で見たことがある。

 〈カメレオン〉だ。


 手にとって眺めると、それはプラチナのような材質で、等間隔にあいたスリットには透明な液体が入っている。興味本位で左腕に巻き付けてみた。そう、デザイン的には悪くない。普通のファッションとしても使えそうな代物。


 だが、果たしてこれは、どうやって使うのだろう。

 スイッチの類いは全くない。捻ったり、擦ったりしてみたが、何の変化もない。


「モックアップ?」


 ただのデザインのための模型なのか。少し残念に思いつつ取り外そうとしていた時、ふと、何かの装置の側面が目に入った。


 ステンレスで、涼夏の携帯が放つ光を反射している。だがそこに、涼夏の姿が写し出されていなかった。


 まさか、と思って、慌ててブレスレットを取り外す。

 途端に涼夏の呆然とした表情が、ステンレスの上に現れた。


 ははぁ、これは、凄い。


 レーダーに対する目眩ましなんかじゃない、これは本物の、光学ステルス装置だ。しかもこんな、小型だなんて。別に戦場だけじゃない、世界が一変しかねない、大発明だ。


 涼夏はまるでハイテクや機械類に興味はなかったが、こればかりは興奮し、思わず笑みを浮かべる。


 だが、これはきっと、あの厚木で囚われていた男を研究し、開発したものなのだろう。涼夏はブレスレットをポケットに納め、次いで山と積まれた資料を片っ端から改めていった。クォンタムはステルス能力を持ったレリックを研究していたのだ、他にも何か。あるいはひょっとして、京香の問題を解決するレリックも、手にしているのでは。


 そう考えたが、資料の殆どは〈カメレオン〉に関する物のようで、次第に涼夏は失望してくる。


 それでも幾つか、収穫はあった。


 どうやら〈カメレオン〉の研究は、八年ほど前に始められたらしい。あの厚木に捕らえられていた男は磯上という人物で、たまたま異物にとりつかれ、それを隠して勤務していた所を、技術本部に知られて研究の対象となってしまったらしい。


 当初は磯上は研究員の一人として、任意で、それでも高額な報酬を受け取って研究に協力していた。


 だがその過程で何か、事故があったらしい。


 それが五年前。


 結果として例の八重樫という男が何かの障害を負い、休職、そして退職。磯上は危険な存在として拘束されることになった。彼は厚木に隠され、それまでの研究の殆どは隠蔽された。結果として〈カメレオン〉プロジェクトは、それまでに得た見識で細々と続けられることとなったが、それでもこうして五年後、偉大な成果をあげることが出来た。


 そういう、ことらしい。


 けど、それにしては。


 涼夏には未だに、疑問が残っていた。これだけの機材、これだけのスペースで稼働する人員。それだけの予算は、この部門には割り当てられていないのだ。


 だがそれも、一つの資料で解き明かされた。


「研究、助成金?」


 この先端技術研究部、特機開発三課は、五年ほど前まで政府から資金を受け取っていたのだ。それも涼夏が関わる正式なルートではなく、明らかに裏のルートを使って。


 政府側の担当部門は、災害予防局。天羽という女性局長の名がある。


「予防局が? ウチに助成金を?」


 まるでわからなくなる。涼夏の知る限り、というか久我の話を聞く限り、クォンタムと予防局が裏で繋がっている様子はない。逆に彼らは、クォンタムを躍起になって調べようとしている。


 予防局がクォンタムに依頼していたのは、あるレリックの分析と、そのコピーらしい。カメレオンの磯上と同様、ジョン・ヤマシタという日系二世の男を提供され、研究対象とされていた。その能力は、分子間結合をバラバラにしてしまうというもの。


「どうもこれは、かなりの裏がありそう。兵器に使おうとしてたのかしら」


 だがクォンタムは五年前の事故を期に、予防局との関係も見直し、協力関係を終わらせる。その後ジョン・ヤマシタがどうなったのかは、資料に記されていなかった。


 どうにも、クォンタムと予防局の関係は、よくわからない。


 不意に涼夏は疲れを感じて、机に腰掛けながら瞳を抑える。


 そう、結果、残念だがクォンタムは医療型のレリックを手にしていないらしい。だがそれも、ひょっとしたら単に忘れ去られているだけなのかもしれない。ここで得た情報を中多に突きつければ、きっと過去の再調査をしてくれるだろう。そうすれば久我を通じて予防局に情報を提供する必要性も一切ないし、クォンタムは何事もなく、涼夏にも何事もなく、万事が上手く収まる。


 そう頭の中で事態を整理していた時、ふと、何かが引っ掛かった。

 なんだろう、と頭のなかを探る。


 そうだ、ジョン・ヤマシタという、予防局が提供してきた異能の男。その男の〈分子をバラバラにする〉という能力。


 それって久我が云っていた、涼夏たちを襲った男の能力と、そっくりじゃないか?


 いや、この両者が同一人物だからといって、何がどうなる?


 結果たどり着いた推理に、涼夏は息を飲み、慌てて周囲を見渡していた。


 そうだ、仮に予防局との協力関係が終わった後も、ジョン・ヤマシタがクォンタムの支配下にあったとしたら、どうなる? 彼はどうして、レリックを運んでいた私たちの車を襲った? どうやってその位置を、動きを知れた?


「まさか、クォンタムは、あのレリックを、何者かに奪われた風にして。予防局から隠そうとしていたってこと?」


 そしてそれは、クォンタムは涼夏の命など。微塵も重きを置いていなかったということになり。


 更にそれは、今、涼夏のしていることに対するクォンタムの反応が、どんな物になるかという手がかりとなり。


 つまり涼夏は、普通に、殺される。


 ポン、と遠くで、エレベータの電子音が鳴った。次いで幾つもの足音が、こちらに近づいてくる。


 涼夏は完全に混乱し、無意識に口を開け放っていた。

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