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第六話 ジェミニ

 保安部が来るまでこの男を確保しておくにしろ、こんな道端では人目に付きすぎる。それで久我は柚木の指示に従って男を促し、喫茶店の一つに入る。当初は半分ほど席が埋まっていたが、やはり以前のように柚木が付近の携帯という携帯をハッキングし、またたく間に客が減っていく。


 その様子に気づいてか、男は弛んだ頬を震わせつつ、ニヤリと笑った。


「凄いね。予防局って、エグゾアの跡地を片付ける、ただの土建屋かと思ってたけど。こんな力を持ってるんだ」


「それより」と久我は、どう見ても八重樫としか思えない男に身を乗り出させた。「オレの記憶を奪ったのは、オマエか?」


「そう。ごめん。悪かった。でも他に手がなくて」


「オマエは何者だ。八重樫とどういう関係だ」


「八重樫英弘は、私の兄だよ。双子の兄だ」


「やっぱりそうか」そしてどうにも馴れ馴れしい彼に、まさか、と思う。「オマエ、オレと会ったことがあるのか?」


「そう。あるある。半分は私だよ。小説によくある、入れ替わり」


「ホントかよ」


 苦笑いしつつ、呟く。

 どうも腑に落ちない。


 話が奇妙すぎた。それは異物に関わるようになってから奇妙な話には事欠かなかったが、これはとびきり異常だ。


 久我が殺してしまったはずの男。その双子の弟を名乗るヤツがポンと現れて、まるで数年来の親友のような態度を取ってくる。


 それは久我が八重樫と出会ったのは五年ほど前で、それから月一ほどで顔を合わせていた。〈異物〉の売買が殆どだったが、時には共通の趣味、レースゲームを楽しむこともあった。彼はその身体に似合わずモータースポーツが好きで、開幕戦やチャンピオン決定戦などがあったりすると、スポーツバーでレースを見ながら朝まで飲むこともあった。


 だが、彼に関して知っていることは、それくらいで。つい先日まで、クォンタムの元研究員だったことも、出身地も、家族のことも知らなかった。


「何? まだ警戒してるの?」


 届けられた山盛りのパフェにスプーンを突き刺しつつ、呆れた風に云う彼。久我は僅かに口の端を歪めて見せた。


「そりゃ、警戒もする。オマエはオレの記憶を消した」


「こっちは兄貴を殺された」さらりと云われ、頬をひくつかせる久我。しかし彼はすぐに笑みを浮かべ、口の端に付いたクリームを指先で拭いながら云った。「待ってよ! 何があったかは全部知ってるんだ。酷いよねアイツ! 久我ちゃんを実験台にしようとするなんて。あり得ないよ! 死んで当然!」


「ちょっと待て。オマエは、どの八重樫なんだ?」


 自分でも奇妙な質問だというのは、わかっていた。だが彼は問題なく理解して、両手でハンドルを握る仕草をしてみせる。


「一緒にロッシがマルケス蹴落としたとこ見たでしょ! 興奮したね! さすがにアレは予想外だった。でも兄貴は研究一筋。もう異物の事しか頭にないの。悲しい人生だよね。だから正直私は、アイツに何の感情も持ってない」更に問を重ねようとする久我を、彼は遮った。「待ってよ。あの部屋で会ったヤツは、八割方兄貴。外は全部私。私の事は、八木って呼んでよ。ちょっとした問題があって、養子に入ったんだ。格好だけね。これでいい?」


「あ、あぁ」


 違いはイマイチ良くわからなかったが、確かに外での彼は、フレンドリーで楽しいヤツだった。久我は単に研究で溜まったストレスが爆発しているだけだと思っていたが、元々違う人物だったということか。


「それで? オマエはアレを」久我は話が話しだけに、どう尋ねていいか悩んだ。「そう、オマエはアレを、アレしてるのか?」


「異物の事? あぁ」


 と、八木はネクタイを緩め、シャツのボタンを幾つか外し、首筋を開いてみせた。

 丁度、鎖骨の下あたりだろうか。弧を描く三日月状の金属が貼り付き、八つのレンズが並んでいた。


「私はジェミニって呼んでる」


 すぐに隠した彼に、久我は尋ねた。


「機能は?」


「予想だよ。わかるでしょ?」と、彼は懐からデジタル・パッドを取り出し、軽く操作を加えて何かのパンフレットを表示させた。「私を見つけたってことは、ウチの会社を調べたんでしょ? プロメテウス投資会社。いい投資信託が一杯あるよ? 良かったら投資しない?」


「待て待て。何で予想機能がある異物を持ってんのに、金集めしてんだ。異物の力がありゃあ、元手が百円だって、何億にも出来るだろ」


「ところが、そう簡単でもないんだなぁ」彼は酷く疲れたように、椅子に寄りかかった。「私のは、正確には〈戦術支援型〉って云ってさ。色々な状況分析を出来るんだけれども、それには膨大なデータがいるんだ。データが多ければ多いほど、正確な予想が出来る。でもさ、株や為替なんて、独裁者の気分一つで大きく動いちゃうもんだからさ。あんまり的中率が良くないのよ。だからジェミニの力を使っても、そうリターンは大きくないんだ。だからもっと、元手がいるってこと。わかる?」


 株や投資のことは、さっぱりだ。それで渋面を浮かべていた所で、柚木が声を上げる。


『確かに、彼の説明は尤もだ。いくら分析能力が優れた異物を手にしていても、完璧な予測は不可能』


 ふぅん、と唸り、久我は次の質問を発した。


「それで。オマエは稼いだ金を八重樫に渡して、異物の研究をさせていた。なんでだ?」


「なんでって。稼ぐためさ!」そう、八木は満面の笑みで両手を投げ出した。「私には異物がある。でも、何がなんだかわかんない。でも、これを使って、もっと稼ぐ方法あるんじゃないの? そう思ってさ、丁度兄貴が異物に熱心だったから。会社辞めさせて専念させたワケ。だいたい私が異物に取り憑かれたのだって、兄貴が集めてたヤツが急に反応したからなんだ」


「待て。それを、八重樫は知らなかったのか?」


「あぁ。隠してた」


「どうして」


「だって、久我ちゃんも体験したでしょ?」と、唇を尖らせる。「アイツ、イカれてるんだもん。科学のためなら平気で私の事だって解剖するよ。言えると思う?」


「そりゃ、そうだが」


 またたく間にパフェを完食する八木。彼は紙ナプキンで口を拭ってから、不意にしおらしく背を曲げて見せた。


「とにかく、久我ちゃん、見逃してよ! 私、何にも悪いことしてないじゃない?」


 確かに彼は、犯罪と呼べる犯罪は犯していないが。


「だが、何も悪いことしてなかったら。襲われるなんてこともないだろう。誰なんだ、あの連中は」


「知らないよ! でも想像は付く。株とか投資ってのはさ、色々と恨みを買うこともあって。きっと私の所為で大損したヤツが差し向けたんでしょ?」


「ホントかよ。じゃあ何でオレから逃げた」


「だって! 面倒じゃない! 兄貴は異物絡みで死んだし、私は確かに関係者だし。それにコレでしょ?」と、服に隠れたジェミニを指し示す。「私だって、予防局に何されるか、わかんないじゃない!」


 云われ、久我もふと、疑問に思った。

 近接戦型異物のドライバー、海坊主ことジョン・ヤマシタ。彼はあれから、どうなったのだろう。


「まさか兄貴みたいに、私のこと、実験台にしたりしないよね? 嫌だよそんなの! ね、頼むよ久我ちゃん。お礼は幾らか出来るからさ!」


 以前の久我であれば、速攻でその取引に乗っていただろう。だが今は金よりも。いや、金も大事だが、それ以上に医療型異物の捜索が大切だ。


「悪いが、しばらく予防局に泊まってもらう」


 久我は云って、腰を上げる。無人となっていた喫茶店に、予防局保安部の人員が現れたからだ。普段の彼らの任務はエグゾア発生地帯の警備だったが、窃盗団やヤクザ絡みの地権者と争うこともあったため、全員が機動隊や軍の経験者で固められている。


「おい、コイツの力は未知数だ。十分に用心しろ」


 指示する久我に頷き、十人近い彼らは八木に拘束具を嵌めていく。


「ちょっと止めてよ久我ちゃん! 私は無害だって!」


 騒ぐ八木を無視し、久我は喫茶店から路上に出た。

 そして無為に辺りを見渡しつつ、イヤホンを叩く。


「柚木、ヤツをどうするんだ?」


『とにかく尋問してみなければ始まらない。身辺調査も不完全だ。結果、非常に危険な人物とわかった場合、無期限で拘束することになる』


「無害だとわかったら?」


『それでもドライバーは危険である事には変わらない。状況次第ではキミのように我々の側に立ってもらうことになるかもしれないし、それが無理なら解放する事もあり得るが。必要十分な監視を行う』ふむ、と唸った久我に、柚木は僅かに戸惑った風な声を上げた。『キミは彼に、哀れみを覚えているのか?』


「いや。そうじゃない」それは否応なく異物に取り憑かれる事になった結果、無期限で監視されることになるのは可哀想だが。その必要性も十分理解できる。「そうじゃなく。どうもアイツ、嘘を吐いてるように思えてならない」


『どういう意味だ?』


「だって、タイミングが良すぎるだろう! オレらがヤツを見つけて、尾行し始めた途端に、第三者に襲われるなんて。妙だと思わないか?」


『それは確かに。では、どんな関連性があると思うんだ?』


「わからん。とにかくこれから、八木を局舎に護送する。保安部だけじゃ心配だ」

『いや。それは保安部に任せてくれ。キミには別件がある』


 久我は硬直し、顔をしかめた。


「また別件か! 今日は随分忙しいな!」


『申し訳ないが、急な展開でね。キミの奥さん。元、奥さんだが、我々の予想以上の働きをしている。だがその危険性についての認識が、彼女には薄いようだ』


「何? 一体どういう意味だ」


『彼女はどうやら、クォンタムが異物を研究している施設を突き止めたらしい。そこで我々に報告してくれれば良かったんだが、どうもこれから一人で乗り込むつもりらしい』


「へぇ」それの何処が危険なのか、久我には良くわからない。「別にいいじゃねぇか。クォンタムの中の問題だろ? アイツはお偉いさんだし、適当な言い訳を考えてるに違いない。アイツ、そういうのは得意だ」


『だが、その施設というのが妙なんだ。ただの倉庫で、場所が厚木』


 厚木、と云われ、久我は何だか、酷く身近な気がした。

 つい最近も、厚木という場所に関わった。

 そう、それは。


「待て。それって海坊主がいた」


『あぁ。奇妙な一致だ』


 彼が云った途端、久我の脇に見慣れたキャブコンが滑り込んできた。すぐに後部ハッチが開かれ、柚木が顔を出す。


「そんな訳で、我々も彼女の後を追う必要がありそうだ。乗ってくれ」


 久我は僅かに当惑した後、忌々しく吐き捨てながらキャブコンに乗り込んだ。


「クソッ、あの馬鹿! 何でもかんでも勝手にやりやがって!」


 そう、それが昔からの、涼夏の特徴だった。

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