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第十二話 決断

 久我は起き上がり、未だに表情を固くしている柚木に向かい合った。


「本当か? 本当に医療型は、何処にも見つかってないのか? もしブラフでオレを上手く使おうってんなら、そんなのは絶対に」


「もし、医療型があったのなら。私もこの足を治している。そうは思わないか?」


 そう、自らの右足を叩いてみせる柚木。久我は口ごもり、次いで云った。


「予防局は、〈異物〉について。どこまで知ってるんだ? オレやアンタみたいな、〈異物〉に取り憑かれたヤツは。何人いるんだ?」


「私が知る限り、三人」


「全世界で? たったそれだけ? 何者だ」


「私。キミ。そして昨晩の〈海坊主〉」


「オレたち含めてかよ!」


「残念だが、その通り。稼働可能と思われる〈異物〉は幾つか発見されているが、それが能力を顕す相手は、ごく限られていると思われる」呆れた声を上げた久我に、彼は酷く疲れた風に云った。「だから〈異物〉に関する調査が、重要なのだ。これだけの能力を秘めた〈異物〉だというのに、それがエグゾアと共に現れる理由も、その正体も未だによくわかっていない。もし他の組織に先を越されたならば、世界的な安全保障が危機に瀕する恐れもある。現に今晩のことで、その恐れが現実化しつつあることがわかった。少なくとも、クォンタム、それに海坊主が所属するだろう組織は、〈異物〉の重要性を知っているとしか思えない」


 そんな世界の話なんて、知ったことじゃない。

 そう舌打ちした久我だったが、すぐ彼の云う別の意味に気がついた。


「クォンタムは、何を何処まで掴んでる」


「不明だ」


「あの〈海坊主〉は何者だ?」


「それも不明」


「ヤツは護衛を殺すのを躊躇しなかった。間違いなくプロだ。元軍人とか、格闘家、犯罪者」


「彼がクォンタムの動きを掴んでいた以上、何らかの組織の一員と見るのが妥当だろう」


「だろうな。その組織には、ひょっとして医療型を持つヤツがいるんじゃないのか?」


「それも不明。だがいとぐちではある」


「ヤツは何処に行った! 追ってないのか!」


「当然、対処済みだ」彼はクルリと椅子を回し、壁面のコンソールに向き合った。「〈海坊主〉が乗ってきたワゴン車だが。一時間ほど前、杉並区内で乗り捨てられているのが発見された。代わって付近から盗難車ナンバーの車が移動を開始し、厚木市内で停止。今はこのファミリーレストランの駐車場にある。乗ってきた人物サーロインステーキ・プレートとライスセットの大盛りを注文し、食事中」


 地図と何かのログを指し示す柚木。久我はワケがわからなくなり、叫んでいた。


「どうしてだ! どうしてそこまで掴んでおきながら、こんな所で油を売ってる! さっさとソイツを捕まえに」


「捕まえる? どうやって。局の保安部では、あの力に太刀打ち出来るとは思えない。警察でも不可能だろうな」はっ、と気づいた久我に、彼は静かに付け加えた。「それが可能と思えるのは、キミだけ。だからこうして、時間を取っている」


 差し出される書類。


 久我は僅かに戸惑ったが、すぐにそれにサインすると、柚木に投げ返した。彼はそれを几帳面にファイルに収め、運転手に指示してキャブコンを厚木に向かわせる。


「クソッ!」久我は思わず叫び、包帯の下の〈異物〉を左手で抑えつつ、柚木に云った。「んなこと云われてもな! オレは何も知らない! コイツの使い方も良く知らないし、あの海坊主が何をやったかも」


「それについては私がサポートする。まずは充電をしたまえ。正確に云えば、電気ではないが」そう柚木は脇の棚から一つの装置を取り出し、久我に渡した。「私が開発したアタッチメントだ。それでインターネット上のデータを、〈異物〉に食わせる事が出来る。ただし効率は酷く悪い。ヒトの記憶を利用すれば数秒で半分ほど充電出来るだろうが、この装置では一時間に五パーセントほどが限度だ。すぐに始めるといい」


 指示された通り、光ファイバーらしきケーブルが何本も刺さった結束バンドのようなものを、右手に巻きつける。途端にイルカが現れて、興味深そうに装置を眺めた。


『へぇ、アンタらの世界にも、いいのがあるじゃん。これでご飯には困らないや』


「それよりオマエも見てただろ、あの海坊主。アイツは何だ」


『あぁ、アレね。多分、近接戦型ウェアラブル・デヴァイス四型だね』


「近接戦型?」


 呟いた久我に、柚木がクルリと椅子を回し、顧みた。


「近接戦型と云ったか。海坊主の〈異物〉か?」


「え? あぁ。コイツが」そうイルカを指し示したが、彼には見えないのだと気づいた。「いや、イルカが。そう云ってる。近接戦型の四型だと」


「そうか、そうか」云いつつ、柚木はコンソールに身体を戻し、カチャカチャとキーを叩き始めた。「バージョン・フォーか。私のはバージョン・スリーだから、恐らくその情報がなかったのだろう。久我くん、イルカに、バージョン・スリーとフォーの差異を聞いてくれ」


『三型と四型は、そんな差はないかな。エネルギー変換効率が二パーセントくらい良くなっただけ』


 イルカの言葉をそのまま云った久我に、柚木は頷いた。


「そうか。ならばスリーの情報でカバーできる。近接戦型の持つ基本能力は、二つ。第一の能力は、エネルギー場によるバリアのような物だ。その原理について詳しくは理解出来ていないが、現象として彼は、鋼鉄の鎧を身に纏えると思ってもらっていい」


「バリアか。ますますSFだ。プラズマは? 通るか?」


「不明だ。私もそのバリアの性質を、完璧に理解できていない。そのため彼に確実にダメージを与えるためには、彼がバリアを解除した隙を狙うしかない。


 そして第二の機能。彼が放った衝撃波的な物だが、アレは恐らく物質の分子間結合力を反発させる力を持っているのだろうと思う。


 キミも見た通り、あの力は物質を分子に近いレベルにまで分解させる。しかし、そもそも、ヒトの身体、更には細胞や骨がどうして塊でいられるのだろう。そこには様々な力が働いているが、主なものが分子間力という物だ。分子間力というものも様々な種類があり、一括には出来ない。しかし何れにおいても重要な要素となっているのが、電荷だ」


「電荷。共有結合とか、イオン結合の事か?」


 うろ覚えの知識を引っ張り出した久我に、柚木は頷いた。


「それも一つだ。そこで、分子間力を反転させたらどうなるか? 恐らく、海坊主の使った力のようなものになる。ではどうやって、そのパワーを実現してるのか? これは不明と云わざるをえない」


「結局は、それか」


 呆れて云った久我に、柚木は軽く首を傾げた。


「当然だ。プラスはプラスと反発し、マイナスと引き合う。クーロンの法則だよ。これを覆す現象は、未だ知られていない」


「だが、それをやってるっぽいんだろう?」


「その通り。〈異物〉の現す力は、現代科学を遥かに超えており、我々の理解できない事象をも平気で実現させる。それは受け入れなければならない。それで受け入れた上での防ぎ方だが、一つヒントがあった。これは先ほどの現場で発見した物だが」


 そう、彼は傍らからビニール袋に入れられた黒い物体を取り出した。ペラリとした板状の足型。


「靴底か?」


「あぁ。ゴムだよ。他にも幾つかあったが、どうも彼の力はゴムに影響を及ぼせないらしい。つまりそこから推測出来ることは」


 久我は思わず、手を叩き合わせた。


「絶縁体だな! 電気を通さない物には効かない!」


 柚木は頷いた。


「可能性として。恐らく彼の力は電荷に影響を及ぼすが、それもファンデルワールス力に依存するところが大きく、共有結合やイオン結合に対する影響力は大きくないのだろう。だがそれでも絶縁体に近い服を分解していることから、全くゼロではない。しかし、ゴム。碍子がいし。そうした絶縁の高い物質を盾とすれば、彼の力は防ぎ得るかもしれない。加えて、キミのプラズマを盾として展開してもいいかもしれない。プラズマは、それ自体が電離している状態だ。彼の力ではどうにも出来ないはずだが、こちらに関しても絶縁体同様に確証はない」


 ふむ、と久我は考え込んだ。絶縁抵抗値の高い物質は、それなりに身近に存在している。それを上手く利用すれば、海坊主を無力化出来る可能性が高い。


「だが、何もないよりはマシだ」云ってから、久我は柚木を見つめた。「それで? オレは海坊主をどうすればいいんだ?」


「当然、彼を無力化し、〈異物〉を回収し、彼の背後関係を洗い出す」


「それはわかってる。だが、アイツの力的に、オレも、相手も、無事で済む可能性は低い。それで例えば、オレがヤツを殺してしまった場合。オレはどうなる?」


 彼は僅かに黙り込み、膝に瞳を落とす。

 そして何かを決意したように、顔を上げた。


「『〈異物〉によって引き起こされた何事にも、予防局は責任を負わない』。その条文を拡大解釈すれば、キミが仮に誰かを意図的に殺害したとしても、その責を負う必要はない。だが私は、それに躊躇いを感じる。我々は殺しのライセンスを与えられているのか? それは警察や、軍の仕事ではないのか?」


「誰もそんなこと、聞いちゃいない」


「わかってる。だが重要な点だ。そして私は、あえてその問に答えを出さないでおくことにする。全ては、キミの決断次第だ」


 久我もまた、黙り込んで。そして、ハッ、と苦笑いした。


「オレに任せるって? 〈異物〉の横領してたヤツを? アンタも随分、物好きだな」


「キミの事は、キミをスカウトする際に随分調べさせてもらった。シリアであった事も知っている」


 鋭く、久我は彼を遮った。


「あれは機密扱いなはずだ」柚木は丸い瞳をパチリとさせた。「アンタみたいな決まり事の大好きな官僚が、よくアレを知ってて雇う気になったな!」


「決まり事は重要だよ、久我くん。法律、職務規約、職場の様々な通知事項。そうしたものは、天才と凡才が混じり合った組織を、円滑に運営していくための手段なんだ。しかし時には、それを逸脱しなければならない場合がある。キミが行った事は、それに該当するのではないかな? 必要な時には、決まり事を無視してでも、必要な事を行う。〈異物〉を扱う上では、時にはそうした決断力が重要になると。私は考えていた。


 そして、キミがシリアで行った決断。そして娘さんを救おうとした時に見せた決断は、紛れもない本物のように私には思える。だから私は、それを信じる。どうか、その感情を。人類全体に抱いてもらいたい」


 人類全体を、京香のように愛せって?

 久我は思わず、鼻で笑った。


「それに涼夏が含まれてる限り。不可能だね。それで? オレが海坊主を殺す以上の最悪。オレが死んだ場合は? 京香はどうなる?」


「彼女の命が助かるよう、私が全力を尽くすと。約束しよう」


 久我は未だ、柚木の事を信用していいのかどうか、わからない。


「一筆書いて貰ったほうが、いいかもな」


 云った久我に、彼は例によって傍らから書類を取り出した。


「実は準備してある。これをキミの弁護士に渡してもらえれば、今の約束は正式に」


「止せよ冗談だ」


 苦笑いしつつ云うと、柚木は困惑したように、黙り込んだ。

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