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 編成はアルファが八人、ベータが八人、カッパが四人という具合だった。エリザベスとヴィソツキーはプラズマ放射型のデバイス持ちが多いアルファに加わり、全体の指揮を行う。カッパには透視や透明化といった探査型のデバイス持ちが主となり、核サイロ内に仕掛けられているだろう罠の突破を目指す。


 そういう詳細を聞きはしたが、柚木にはどうもこれから戦闘が行われるという実感が持てなかった。しかしアルゼンチンを経由してラトビアへの境界に向かい、エリザベスの<眼>で確認しながら針葉樹の森へと足を踏み入れると、次第に心拍数が上がって息苦しくなってきた。


『ノルアドレナリン値が上昇。対処しますか?』


 唐突に現れたスリーに問われ、値は更に上がったろう。大きく深呼吸してから応じる。


「とりあえず、今はいい」


「やっといた方がいいぜ。別に害はない」


 隣を歩いていた丸々と太った男が言う。目も顔もまん丸で、頬髭の口元は濡れて光っている。彼は道中ずっと、携えていた酒を口にしていた。


 答えに迷っていると、彼は無骨な笑い声を上げて柚木の肩を叩いた。


「そう緊張しなさんな。何かあっても俺が治してやる。おっと、頭は潰されるなよ? さすがにそうなったら俺にもどうにも出来ん。なにしろそんなのを治しちまったら、頭のない胴体がうろつき回ることになっちまうからな」


 見覚えがあると思った。彼はヴィソツキーを治した医療型というタイプの金属を持つ医者なのだろう。しかし、どうにも彼のような人種は慣れない。


「本当ですか。脳がなくても持続活動可能な人体の治療とは――」


 途端に男は大きな声で笑い、何度も柚木の肩を叩いた。


「冗談だよ冗談! そんなの無理に決まってるだろう! あんた面白い奴だな! そういや、その右足はどうしたんだ」


「いや、以前、脊椎を損傷してしまって」


「脊椎か。そりゃ厄介だ」そこで彼は身を寄せ、酒臭い息を吹きかけてきた。「その様子じゃ、きっとあっちの機能も参っちまってるだろ。どうだ? あんた、酒は持ってないか? 煙草でもいい。それで治してやるぞ?」


「先生、その辺にしとけ。医療費なんて取ったら、前みたいにエリザベスに酒を全部隠されるぞ」


 見かねたヴィソツキーが割って入り、医者を後列に下げた。礼を述べる柚木に対し、今度は他のメンバーに絡み始めた医者を気の毒そうに眺める。


「元はあぁじゃなかったんだが。医療型ってのは、どうもかなり精神に負担がかかるらしい」


「具体的には?」


「さぁ。本人が言おうとしない。休ませてやりたいが、他に代わりもいないからな」


 そこで身をかがめながら最前線を進んでいたエリザベスが片手を上げた。一斉に身を潜める一同に対し、小声で言う。


「<先生>は核サイロの中にいるわ。地下六十メートル。きっとヴォイドの前ね。では予定の位置について」


 ベータ部隊は左手奥にある鉄塔付近、柚木を含めたカッパ部隊は右手の森の中で待機する作戦だった。これまでに集められた情報から、<先生>の探知能力は概ね二百メートルといった所らしい。全部隊が核サイロから五百メートルの位置につくと、アルファが活動を始めた。


 その様子は木陰に隠れている柚木からも、はっきりと見えた。二人が青白い何らかのエネルギーシールドを前方に展開させる。更に二人が盾の隙間から、やはり青白いプラズマの玉を核サイロに向けて飛ばし始めた。


 玉はコンクリートの壁に当たると、閃光を放って弾ける。しかしヴィソツキーの言った通り、並の施設や生物相手ならば一瞬で蒸発させるほどのエネルギーを持った光球でも、分厚いコンクリート相手ではボーリングの玉程度の窪みを作るのが精々だった。加えて出入り口付近には複数のトーチカが置かれていて、直撃させられるのは半数程度しかない。


『来たぞ』


 ヴィソツキーの声が脳内に響いた。その言葉が示すとおり、核サイロからも光球が飛ばされ始める。木々は蒸発し、燃え上がり、空気は次第に熱を帯びてくる。しばらく光球の応戦が続いたが、<先生>は探知能力範囲外からの攻撃に苛立ったらしい。いつしか反撃をやめると、トーチカや木々を隠れ蓑に接近をはじめる。


 接近戦に持ち込まれたら、こちらが圧倒的に不利だ。そうエリザベスも考え、次第に後退させる。そのまま核サイロから二百メートル以上離れさせることが目的だったが、やはり<先生>はその動きを不穏に思ったようだった。必要以上に核サイロから離れようとはせず、エリザベスは次の一手を投入するしかなくなった。合図に取り決めていた光球が真上に放たれると、ベータ部隊が側面からの攻撃を始めた。


 恐らく<先生>は、こうした初めての計画された攻撃を受け、柚木の裏切りを悟っていただろう。しかし退路を断たれ、もはや核サイロに戻ることも出来なくなっていた。


 戦況を変えるには、どちらか一方を叩く以外にない。


 <先生>も、それ以上の作戦を立てられなかったらしい。不意にベータに対して複数の光球が放たれたかと思うと、それを隠れ蓑にして宙を切り裂き突っ込んでいった。


『今だ! 行け!』


 ヴィソツキーの声を受けて、柚木はカッパ部隊のリーダーの肩を叩いた。彼は右目を金属で覆っていて、やはり二百メートル程度を透視出来る。その力を使って<先生>が探査範囲内にいないのを確かめると、アサルトライフルを構え先陣を切り核サイロに向けて駆けていった。


 柚木は二人の兵士に両脇を抱えられ、半ば引きずられるようにして進んでいく。至近距離をプラズマ球や火球、それに銃弾が掠めていき、方向がわからなくなる。だがリーダーはトーチカや付属施設を盾に、しっかり核サイロの通用口に近づいていた。そして最後の疾走を始めたが、柚木は足をもつれさせ泥の中に転がってしまった。二人の兵士が柚木を抱えて通用口前に投げ込んだが、片方はプラズマ球の直撃を受け、両足首から下を残して蒸発してしまった。


 柚木はパニック発作を起こしかけたが、その時唐突に頭痛がする。


『緊急対処を行いました』


 スリーの声が聞こえたかと思うと、驚くほど急に視界が広がり、荒かった息が収まり、頭が明白になった。戦場全体で光球がどう飛び交っているか、そこから<先生>を含めた全員がどう位置しているのかも、だいたい推測できるようになる。


 振り返ると、リーダーは今だ扉を開かず、鋼鉄の扉を凝視していた。上から下まで舐めるようにすると、舌打ちしながら言う。


「くそっ、やっぱり罠だ。ケヴィン」


 全員を下げさせ、ケヴィンと呼ばれた体格のいい兵士を扉に向かわせる。身体は何か、全体が薄靄のようなもので包まれている。その彼は無造作にドアノブを掴むと、一度に蝶番ごと扉を引き剥がす。


 同時に、足下を揺らすほどの爆発が起きた。ケヴィンは全身を炎に、そして黒々とした煙に包まれたが、煙が風に流されていくと全くの無傷で仁王立ちしていた。近距離型と呼ばれるタイプだろう。リーダーは彼の肩を叩き、下がらせ、今だ煙が淀んでいる核サイロの中を覗き込んだ。そして他の罠はないと見通すと、手招きをして全員を中に入らせる。


 そこは搬入エレベータと違って、曲がりくねった通路と階段を伝って行かなければならない。計画通り柚木はリーダーと肩を並べ、罠がないかを確認しながら進んでいく。驚くべき事に、そうしていながらも、地上から響いてくる爆発音や振動から、戦況がほぼ把握できた。<先生>はベータの四人を仕留めたが、そこにアルファの八人が迫ってきて膠着状態に陥っている。この調子でいけば<先生>に気づかれないまま加速器を確保し、搬入エレベータ前の扉を開き、全員を迎え入れる事が出来るかもしれない。


 道中にはやはり、いくつかの罠が仕掛けてあった。透視持ちのリーダーには全てお見通しで、ある物は解除し、ある物は強引に爆破していく。しかし<先生>は狡猾だった。階段を幾つかくだり水漏れしている通路を抜けると、モルタルが崩れて細かい粉塵が散らばっている一帯に行き当たった。当然リーダーは妙なワイヤは爆発物がないか透視したが、足を踏み入れた途端にブーツの底が爆発した。彼は一メートルほど投げ出され、血を噴き出させている右足を抱える。残る二人が慌てて駆け寄ろうとしたが、柚木はすぐにそれを押しとどめた。


「きっとナトリウムが蒔かれているんだ。靴底の水と反応したに違いない」


 全員靴底を拭き、念のため白い粉末らしき物がない部分を選んでジャンプしていく。リーダーは近距離型の大男が抱えてきた。皮膚が裂けて血が滴ってはいたが、それほど重傷ではなかった。彼は大男の肩を借り、顔を歪めながらも前進を指示する。


 最下層はすぐ先だった。金属扉の鍵をプラズマで焼灼し押し開くと、元は核ミサイルが鎮座していた空間が現れた。そこかしこに電子機械部品が散らばり、中央では相変わらずヴォイドが蠢いている。


 ここは<先生>の作業場でもある。さすがにもう罠はないだろう。更に奥には全隔壁を動作させられる制御室がある。リーダーは大男に制御室の確保を命じると、自分は痛みのあまり椅子に座り込んでしまった。残る一人が駆け寄ってきて、血だらけの右足に右手を向ける。彼も何か治療技術を持っているのだろう、青いレンズからは赤黒い液体が流れ出てきて、リーダーの足の傷を埋めていく。


 柚木はそれらを漠然と眺めながら、ヴォイド周辺の加速器に足を向けていた。


 見覚えのない紙片が何枚か散らばっている。それらには無数の数式が書き連ねられていて、<先生>の思考の痕跡が窺えた。


 しかしこの数式、何か見覚えがある。


 柚木は何か嫌な予感がして、スリーを呼び出した。


「この数式を全てキャプチャし、展開してくれ」


 すぐに先ほどと同じように、全ての式が宙に浮かび上がる。間違いない、精神異常をきたした男が残したという式と、相当部分で似通っている。


 これは一体何なんだ? <先生>は何を計算しようとしていた?


「何をしている柚木さん。どうも制御盤にパスワードがかけられてるらしい。あんたも制御室に行って手伝ってくれ」


 リーダーに声をかけられたが、それを片手で押しとどめる。何か嫌な予感しかしない。一刻も早く、この式の正体を知る必要がある。


 左右の共通項を打ち消し、変数を代入し結合させ、最終的に一つのシンプルな式が出来上がった。それは変数として複数のΔcとΔtを持ち、結果としてcを得る。


 Δcは光速の変位量、Δtは時間の変位量としか思えなかった。


「<先生>も、あの部屋の男も。光速が変動すると知っていた? そして変動する光速を予測するための公式を探していた?」


 そしてそれを、完成させていた。


 これがあれば、加速器の出力エネルギーを正確に制御することが可能になる。エリザベスの言った通りだった。あのまま様子を伺っていたら、一日後には<先生>は式を完成させ、加速器を稼働させていたに違いない。


 危なかった。間一髪だ。


 そう胸を撫で下ろした時、一発の銃声が背後から響いた。同時に呻き声が上がり、二発目の銃声が響く。


 振り向いたときには既に、リーダー、そして彼を治療していた男は、頭を撃ち抜かれ血だまりの中に倒れていた。


 辛うじてスリーのおかげで動転はしなかった。動転はしなかったが、状況を到底理解できず、柚木は硝煙を上げる拳銃を手にしている女を凝視していた。


「天羽さん」


 辛うじて言った柚木に、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。

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