12
全てを説明すると、エリザベスたちは他の仲間と協議すると外に出て行った。代わって現れたのはヴィソツキーで、彼は仏頂面のまま柚木の左腕を指した。
「お揃いだな」
「そのようだ」そこでエリザベスから聞いた話を思い出し、いたたまれない気持ちになる。「イワンも<先生>の実験台にされていたそうだな。気の毒に」
彼は数秒言葉を探し、結果として苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「俺たちが思っていた以上に、<先生>は化け物だったってことだ。そいつを潰そうってんだ、あんたにも手伝って貰わないとな」
そういうことか、と腑に落ちる。同じ情報戦型同士だ、使い方をレクチャーするために呼ばれたのだろう。
「しかし本当に同じタイプなのか。私のにはレンズが一つしかない。きみのは四つだ」
「元は一つで正解だ。三つはあとから付けた子機。話したろう、<マーブル>だ」
「それはどうやって手に入れる」
「ごく希に金属と一緒に降ってくるらしい。落ちてるのを拾うのさ。だが探して見つかるような代物じゃない。俺たち全体でも、十かそこらしか見つけてないからな」
「このデバイスの全機能は?」
「まずはコンシェルジュに聞けよ。その方が正確だ」
どうにも織原の姿をした人工知能と相対するのは落ち着かない。
「このコンシェルジュの姿は、変えられないのかな」
尋ねてみたが、ヴィソツキーは首を振って傍らのソファーに座り込んだ。
そこで仕方がなく、柚木は半透明の人工知能に目を向ける。色々なことを尋ねてみた。主にこの情報戦型と呼ばれるウェアラブル・デバイスの機能についてだったが、その答えはあまりに抽象的すぎ、かつ要点では聞き取れない言葉が飛び出し、理解が追いつかなかった。どうやらこれを作った壁の向こう側にいる連中は、相当に科学が進んでいるらしい。
しかし彼らは一体、何を考えてこんなことをしているのだろう。地球から部分的な地表を転送し、ウェアラブル・デバイスの雨を降らせる。事象だけ考えればウェアラブル・デバイスは彼らの手先で、装着した対象から何かを得ようとしているとしか思えない。しかしデバイスは装着者の忠実な僕となるだけで、壁の外側に何かを提供している様子もないし、そのような機能もないとスリーは言っている。
そう、柚木は織原の姿をしたコンシェルジュをスリーと名付けた。彼女の姿を対象とした存在と、こういう形で馴れ合うのは気が引ける。そこであえて無機質な名を付け、距離を置こうとしたのだ。
とにかく彼らの意図がわからず、かつこれがなければ生きていけない以上、ウェアラブル・デバイスは便利に使うより他にない。柚木は、十年、二十年後、栄養を十分に得て丸々と太ったデバイスに唐突に食われてしまうという未来しか思い描けなくなっていたが、そんな先のことを真剣に思い悩むような余裕は今はなかった。
「つまり情報戦型は、大きく分けて三つの機能がある。一つは子機を使った偵察探索。一つは身体の五感向上。一つが情報処理能力。他にもあるのかもしれないが、俺には理解不能」
最後にまとめてみせたヴィソツキーに、柚木は部屋中に書き散らされた数式を仰いで見せた。
「きみはこの解読は?」
「俺は高卒の斥候兵だ。デバイスを装着した人間が、その能力全てを使いこなせることの方が希なんだ。あんたには出来るんだろうが、俺には無理」
「子機を爆破するというのも、それに類するのか。コンシェルジュはそんなことが出来るとは一言も言わなかったが。きみには出来るが、私には無理?」
「あれはあんたを脅すためのハッタリだ。その手の機能は情報戦型にはない」
やられた、と渋面を浮かべる柚木を鼻で笑い、ヴィソツキーは扉の外に「終わったぞ」と声をかけた。少ししてエリザベスが現れ、眼帯で柚木を見下ろす。
「話を進める前に、一つ聞いておきたいことがあるの。あなたは核サイロから逃げ出す時、問題の加速器を破壊する事も出来た。どうしてそうしなかったの?」
「確かに」と、当惑しながら呟く。「それがベストだったんでしょうが、完璧に思慮の外でした」
「何故?」
「何故ってそれは――私はあまり、突発的な判断が得意じゃないんです。何かを破壊するというのも経験に乏しい」
エリザベスは腕組みして考え込み、眼下の金属との接合部分を人差し指で掻いた。
「信じましょう」そして柚木を部屋の外に促した。「急いで。行くわよ」
「行くって、何処へ?」
「ラトビアよ。当然でしょう。ただでさえ大変な状況なのに、それを余計ややこしくするような事は見過ごせない。多少の犠牲は覚悟で、核サイロを確保します」
部屋の外の展望台には、二十人ほどの男女が揃っていた。見るからに戦闘向きな顔つきをしていて、銃器を携えている者もいる。ヴィソツキーもその列に加わり、正面に立ったエリザベスに背筋を伸ばしてみせた。
「作戦を再確認します。部隊を三つに分けます。アルファは正面から。どうにかして<先生>を核サイロからおびき出して。ベータはそれを確認後、側面攻撃。それで<先生>と核サイロを分断。そしてカッパは通用口から内部に侵入、最下層にある制御室から搬入エレベータ前の隔壁を解放。全員を収容します。あわよくば<先生>は始末したいけれど、最悪逃がしてもいい。こちらの被害は最小限を目指します。いい?」
一斉に頷く一同に、柚木は慌てて口を挟んだ。
「待ってください。説明したとおり、<先生>はまだ光速が変化するという事実を知りません。加速器を作動させることは不可能――いや、出来るとしても、相当に時間がかかるはずだ」
「それで? 待ってどうするの? <先生>が加速器を完成させるのを待つ?」
確かに、それもそうだ。しかし正面攻撃という作戦は、どうしても腰が引ける。
「ですが、そう急がなくても。もっと安全な作戦を――そう、例えばこれだけの人員がいるのであれば、遠くから核サイロを破壊してしまうほうが安全では? それも可能でしょう」
「無理だな」と、ヴィソツキー。「あれは核の直撃を受けても壊れない。中距離型の最も強力なプラズマ放射でも、たかだか二十億ジュール程度だ。破壊は不可能。だいたい搬入エレベータ前の隔壁だって、俺たちの力じゃ溶かすのに十分はかかる。だから内部に潜入して制御室から開放するって作戦になってるんだ」
「ならば、地下からでは? プラズマで穴を掘って、横から――」
「柚木さん」と、エリザベスが遮った。「考慮済みよ。彼には私ほどではないにせよ、間違いなく何かしらの透視能力がある。正面衝突を避けたい気持ちがあるんでしょうけれど、心を決めて。私たちもいい加減、彼の存在に怯えながら生きていくのも限界なのよ。<先生>だって身を守れる核サイロと全ての資材を失えば、下手なことは出来なくなる。その先のことは追々、状況を見て考えればいい。どう? まだ何か問題が?」
押し込まれるように言われ、柚木は躊躇いながらも同意するしかなかった。
「わかりました。それで、私は何を?」
「貴方はカッパーに加わって。嫌なのはわかるけど、責任がある者として役立ってもわらないといけない」
「役立つ? いや、とてもそんな戦闘作戦で、私なんかに出来ることがあるとは思えませんが」
「言ってないの?」エリザベスはヴィソツキーに注意する。忘れていた、というように頭を掻く彼にため息をついて、柚木に続けた。「情報戦型同士は遠隔量子通信が可能なの。彼が貴方を介してカッパーに指示を伝える。ただでさえプラズマが飛び交う戦場じゃ、無線機は役に立たない。重要な仕事よ」
そうとなれば、徒手空拳でもついていかざるをえない。カッパのリーダーは柚木に拳銃の使い方を教えようとしたが、元々運動神経は皆無だ、事故の恐れの方が高かったし、<先生>相手に役立つとも思えず断った。
出発前に天羽に会わせてくれと頼んだところ、二つ返事で許可された。彼女は四方をコンクリートで覆われた個室に隔離されていたが、今のところレッド特有の異常行動は見られないらしい。特に縛られたりはしておらず、柚木が扉を開けた時もベッドに横たわり、虚空を見つめているだけだった。
「状況は?」
身を起こして尋ねる瞳にも理性が感じられる。それでも柚木は用心しつつ、彼女に一通りの状況を説明した。
「ということで、<先生>を放置しておくことは出来ないということになったようです。これから核サイロを襲撃に行きます」
そう説明を締めくくった柚木に、天羽はベッドの上で壁を背にし、薄く笑った。
「言ったでしょう。あなたなら上手く出来ると」
「しかし、これで本当にいいのか、私にはわかりません。<先生>の頭脳がなければ、とてもここから元の世界に戻れるとは――」
「それなら心配しないで。宛てはある」
あまりに簡単に断言され、柚木は一瞬、聞き違いかと思った。しかし天羽はそのままベッドに寝そべり、宙を見上げつつ言った。
「大丈夫。今は<先生>を始末することだけ考えて。後のことは任せなさい」
やはり得体が知れない。もう彼女は元の天羽ではなくなってしまっている。
その思いが強くなってきて、柚木は言葉も発することが出来ず、そのまま部屋を後にした。