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第十話 スリー

 とにかくこの〈異物〉は、久我が考えていたようなガラクタなんかではないらしい。多目的型ウェアラブル・デバイス六型。その機能は、現代テクノロジーを十年。いや、五十年ほど上回っている。下手をすると百年は、この世界では実現不能かもしれない。


 それが久我の手に貼り付き、一蓮托生になっている。


 どうしてこれが久我のみに反応したのかはわからなかったが、同じように反応するヒトの元に〈異物〉が流れ着き、久我と似たような状況に陥ったケースは、他にもあるのだろう。


 だから柚木は、〈異物〉に執着している。


 そう、柚木は、〈異物〉に関して何かを知っているとしか思えない。それにクォンタムの〈異物〉を奪った、あの海坊主。あの男も、久我のプラズマとはまた違った、何かの力を使った。六型があるのだ、五も、四もあるだろうし、七や八もあるかもしれない。


 そうした複数の〈異物〉が、この世界に。この地球に、何故か、現れている。


 正直その事態について、久我はまるで興味がなかった。異常事態には違いないが、それに対して柚木や八重樫のような探究心を刺激されることはない。面倒ごとは涼夏だけで十分だ。今はただ、このクソみたいな世界で、自分が失ってしまった様々なものを、京香には失ってほしくない。


 その思いだけが、久我を辛うじて、生きながらえさせている。この世界に夢や希望があるとすれば、それは京香以外にない。


 だがそれすら、簡単に奪われようとする。


 そう、こんな事になったのも、全て涼夏の所為だ。アイツがクォンタムで妙な事をして、それに京香を関わらせた。


 やっぱり、京香は。無理にでもオレの手元に置くべきなんじゃ?


 六型の万能細胞ジェルという物がどういう性質の物かわからなかったが、やはり現代科学からすればオーバーテクノロジーに違いない。その所為もあってか、なかなか京香も医師も、治療室から出てくる気配がない。あれからもう、三時間近く経っている。久我が六型で感じ取った限りでは、京香の状態は問題なかったが、次第に本当に大丈夫なのか心配になりはじめた。


「クソッ」


 痺れを切らし、状況を尋ねるために誰かを捕まえようとした時。不意に奥の扉が開き、数人の医師が群がって現れた。


「あ、すいません、京香は。京香は大丈夫ですか」


 慌てて尋ねた久我に、医師の一人がマスクを外しつつ答えた。


「あぁ。まだ意識は戻りませんが、問題ありません。半月もすれば退院できるでしょう」それって、と尋ねかけた所で、彼はやんわりと遮った。「すいません、詳細は後で」


 何か微妙な空気を漂わせつつ、去る医師たち。


 やはり万能細胞ジェルによる回復が異常すぎて、彼らも困惑しているのだろうか。


 であるとするなら、あまり余計な事は云えない。そう久我も彼らを黙って見送ると、続いて柚木が扉から姿を表した。彼は局保安部の人員を伴っていて、そして彼らに埋もれるようにしているのは、涼夏だった。


「そりゃ、そうだ」


 苦笑いしつつ、呟く。涼夏は事件の重要参考人だ。柚木が彼女を逃すはずがない。


「おい、一体どうしたんだ?」そう、知らぬ顔で通り過ぎようとした彼らに声を上げた。「今度はクォンタムを見限って予防局に転職か? 止めておいた方がいい、給料安いぞ?」


 表情を固くし、完璧に無視して連行されていく涼夏。一緒だった柚木は足を止め、渋い顔を向ける久我の隣に座り込んだ。


 そして数秒、何もない壁に、真っ直ぐに顔を向ける。やがて申し訳なさそうな瞳を向けられ、久我は耐えられなくなった。


「止してください。悪いのは全部、涼夏だ」


 云った久我に、彼は僅かに、沈黙した。


「いや。私の責任だ。こんな事態は予想外だった。キミの娘さん。それに、元、奥さんに危険が及ぶような事になって。本当に申し訳ない」


 その謝罪を素直に受け入れるのは、抵抗がある。そこで久我は軽く口元を歪めただけで、話題を変えた。


「涼夏は。どうなるんです」


「今のところ、彼女が犯罪に関わっていた証拠はない。事情を聞くには聞くが、恐らく黙秘され、明日には開放せざるを得ないだろう」


「ま、そうでしょうね」しかし、彼女の窮地は変わらないだろう。クォンタム内でも、対予防局でも。「ハッ! 何だか知らないが、アイツのあんなしょげた顔、久々に見た。自業自得ってヤツだ。ザマァ見ろ」


「その件も含め、こんな事態に彼女たちを追い込んでしまったのは。私がキミに、あのような任務を依頼したからだ。本当に申し訳なく思っている」


 局長に深々と頭を下げられ、久我は遂に片手を振った。


「いいんです。アイツが妙な事に関わるから悪いんです」


「そうか。そう云ってもらえて助かる。ではこの話は終わり」


 あまりに簡単に片付けられ、久我が苦笑いしながら苦情を云おうとした所で、柚木は脇に置いていた書類鞄を探り、一枚の紙を取り出した。


「そして、次の話。キミにはやはり、この書類にサインしてもらう必要がある」


 ペーパーボードに載せられ、サインペンと共に突き出される書類。それを目にした途端、久我は困惑し、言葉を失った。


「オレを上級専門職に? 何でまた。断ったはずでしょう」


 辛うじて云った久我に、柚木はロボット的に頷いた。


「あぁ。確かに。しかしキミがこれにサインしなければ、キミを懲戒解雇にし、提訴しなければならなくなる」


 懲戒解雇、だって?

 不意に色々な心当たりに襲われる。だが久我は辛うじてそれを押し殺し、下手な苦笑いを浮かべた。


「待ってくれ。何だってまた。一体何の」


「下手な芝居はしなくていい。理由はこれ」


 柚木は脇に置いていたノートパソコンを膝に置き、幾つかキーを叩いた。

 クルリ、と向けられる画面。

 それを見た途端、久我は硬直していた。


 暗がりの路上。半壊したアルファ・ロメオ。その脇に立つ久我。右手からは青白い光が発し、歪んだ扉が消滅する。


 それが繰り返し、再生されていた。


 車載カメラか? クソッ、だからコンピュータってヤツは嫌いなんだ!

 そう胸の内で毒づいていた久我に、柚木は殊更に感情を感じさせない口調で云った。


「この数時間で確認した。キミは〈異物〉を横領し、八重樫という元クォンタム社の研究員の元に持ち込んでいた。彼は現在、行方不明」


 八重樫が、クォンタムの、研究員だった?

 何か引っかかる所を感じたが、今はそれどころではなかった。柚木の言葉、一つ一つに首を締められ、まともに息が出来なくなる。


「キミが八重樫の失踪と関わりがあるのか現時点では不明だが、その顔色では無関係ではないのだろう。更に細かく調査すれば、八重樫の住居からキミの指紋や毛髪が発見される確率は高そうだ」


 最悪だ。この年で懲役何十年、じゃなきゃ無期懲役なんて、絶対にあり得ない! それに京香だ。あの娘が、父親が殺人犯だなんて知ったら。それを彼女の周囲に知られたら。彼女の人生は、どうなる? オレの二の舞いだ!


 クソッ!


 心の中で叫び、久我は半ばヤケになり、右手を柚木の目前に突き出していた。


「イルカ! 二日分を奪え!」


 小さく叫ぶ。すぐにレンズは僅かな熱を発し、金属が右に、左に回転する。


 それが終わった瞬間、柚木は急に異世界に投げ出されたように、困惑して目をパチパチとさせていた。完璧ではないが、これで時間は稼げる。あとは彼が久我の不正に再度気づく前に、あらゆる証拠を消し去れば。何とか逃げ切れるかもしれない。


 柚木は不意な記憶喪失で混乱している。今ならば、久我はその最たる証拠が入ったノートパソコンも、奪うことが可能。


 そう、踏んでいた。しかし柚木は、自分のパソコンにかけられた手を、すぐに遮っていた。当惑して顔を上げる久我。柚木は真っ直ぐに、久我を見つめていた。


「先程は不意だったのですぐに対応できなかったが、今は対応策を施してある。私に記憶消去は効かない。いや、正確に云うならば、私は消去されてもすぐに復元できる」


 久我は何を云われているのか、まるで理解できなかった。ただ、気持ちの悪い汗が背を流れ、酷い悪寒を感じる。


「キミのは、マルチ・パーポゥズ・ウェアラブル・デバイス。違うか?」大きく目を見開かせる久我に、彼は左手首のカフスボタンを外し、捲りあげた。「私のは、ウェアラブル・デバイス・フォウ・インフォメーション・ウォーフェア、バージョン・スリー。私は単に、スリーと呼んでいる。主に高度な情報処理を行うことが可能だ」


 彼の腕に張り付いている物。それは久我の物とは少し形が違う、五つのレンズが並んでいる〈異物〉だった。

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