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隣村……イヤ、無駄足か?

マイナーな妖怪でも、ネタが思いつけば使う。それが私クオリティ。

後、正しくは『はじめチョロチョロ、中パッパ、ブツブツいうころ火を引いて、ひとにぎりのワラ燃やし、赤子泣いてもふたとるな』です。

「さて……やるか」


 寝起きの痛む頭に顔を(しか)めながら、彼女は気を取り直す。

 舞台は土間。目の前にはデカイ器に入った米。白衣の袖を邪魔にならぬ様に(たすき)で止めた彼女は、肘から先の素肌を晒した姿で軽く気合を入れる。

 水瓶から水を手桶で汲んで器に入れると、力を入れて米を研ぎ始める。ある程度研いだら水を捨て、また新たに水を入れて研ぐ。そんな作業を数回繰り返すと、研いだ米を(かまど)に設置してある羽釜に入れる。更に量を気にしながら水を入れ終えるとデカイ木の蓋をする。そして、トドメの一言――


「『急々如律令』――【火気・焼】」


――告げた瞬間、(かまど)の薪に火が灯る。それを見届けた後、彼女は水を汲んだ手桶を片手に一旦土間を後にする。

 やって来たのは隣接した台所。手桶を置くと、以前戦闘に使ったのとは違う包丁を腰帯に括りつけられた『那由多の袋』から取り出す。更に色々な食材を取り出すと彼女は調理し始める。

 水洗いした様々な野菜の皮を手馴れた動作で剥いて色々な形に切り、予め出汁と味噌で味を整えていた鍋の中にブチ込む。

 全ての食材をブチ込むと、鍋を持って再び土間に戻りもう一つの(かまど)に掛けると再び一言――


「『急々如律令』――【火気・焼】」


――告げた瞬間、先程と同じ様に(かまど)の薪に火が灯る。炊き上がる羽釜と煮えていく鍋の両方を視ながら彼女は欠伸を噛み殺す。


(【料理】スキル上げといて良かったな……お陰であれこれ料理出来る上に(かまど)の扱いがわかるし)


 もしそうでなかったら、かなりメンドイ事になっていただろうと彼女は推察する。彼女の『那由多の袋』の中身は、ぶっちゃけ七割が食材アイテムで占められている……その内の六割は団子・饅頭等の菓子系だが。ゲーム内で、あれもこれもと何でも入れていた事がこんな所で役に立つとは、人生わからないものである。ちなみに、『那由多の袋』の中に入れた物は腐ったりしないようなので、冷蔵庫なんて無い現状、本当に有難い事である。

 とにかく、食材である以上は調理しなければならない。ゲーム内ならアイテム選択・アイコンタッチの簡単操作で済んだが、現実ではそうはいかない。そんな訳で、この世界に来た時に与えられた知識・経験は重宝している。




――――Now(隠し味)・Cooking(は教えないぜ!)――――


「…………こんなモンか。火加減難っ……何だっけな? 飯炊きのコツ…………始めボコボコ、中バキバキ、ブツブツいうヤツは焼き入れて、一握りの希望も燃やし、赤子の様に泣いても情け掛けるな……だっけか?」


 暫くの後。原型が完全にどっか逝ってしまった言葉を呟きながら、無事に炊き上がったご飯をおひつに移すと(かまど)の火を消し、程良く煮えた鍋と共に持って囲炉裏の在る板張りの部屋までやって来て鍋を天井から吊るされた自在鉤に引っ掛ける。そして囲炉裏の前でドッカリ胡座をかくと『那由多の袋』から取り出した茶碗にご飯と味噌汁をよそい食べ始める。

 そのまま静かに食事をしていると――


「――お〜〜〜〜い!」

「…………」


――元気な声が聞こえるも、彼女は何の反応も見せずに黙々と食事を続けている。大根をちょっと厚く切りすぎたかな? 何て考えながら。

 そんな事を考えている間にも足音はどんどん近づいて来る。そして足音の主は縁側で草履を脱ぎ捨てると一切の遠慮無く囲炉裏の傍までやって来る。


「おっ?! 俺にもくれよ!」


 そう言って乱入者――草太は鍋の中身に手をつけようと……


「…………」

「…………え〜〜と……」


……した瞬間に動きを止めた。イヤ、止めざるを得なかった……鼻先を掠めた(はし)の所為で。

 何処ぞの忍者も吃驚(ビックリ)の速業で右手に持っていた箸を【投擲】した彼女は、新たに取り出した箸で何事も無かったかの様に食事を続ける……【投擲】された箸はと言えば、その先の土壁に見事にブッスリ刺さっていた。


「……お〜〜い」

「何だ?」

「客に対してこれは無いだろ?」

「招かれざる客は客じゃ無ぇよ。ましてや勝手に手を付けようとするなら、それはもうコソ泥だろ? 対処して何が悪い?」


 ズズ〜、と味噌汁を飲み干しながら淡々と告げる彼女。その当たり前的な態度を見て、草太はここに来るまで走った為の汗とは違う汗が流れるのを自覚したので、本来の目的を告げる事にした。


「……北にある村で何か化け物が「わかったぜ」…………」


 言葉の途中で即返事を返すや否や、鍋とおひつに蓋をして茶碗と箸を片付ける。そして縁側で草履を履くと境内に出て軽く身体を動かす。

 最も、軽くと言ってもあくまで本人の感覚によるモノなので、傍から見る分には結構凄かったりする。現に草太は縁側に腰掛けたまま、馬鹿みたいに口を大きく開けて魅入っている。


「……なあ」

「何だ?」


 ヒュンヒュンと拳から風を切る音を、足元からは大地を蹴る音を立たせる彼女に、草太が恐る恐る尋ねる。


「……何で、名前を教えてくれないんだよ?」


 彼女がこの神社に住んで五日。何時まで経っても名乗らないし、一向に教えてくれない事に草太が初めて率直に尋ねる。

 それに対して彼女は、身体を動かすのを止めて草太の方に向き直るとアッサリ告げる。


「そりゃ、決まってんだろうが――――名前で呼(・・・・)ばれたく(・・・・)ない(・・)からだよ」


 事も無げに告げられた言葉に、草太は思わず声を荒らげて返す。


「何だよそれはっ?!」

「……はっ?」

「アンタがどう思ってるが知らないが、俺はアンタの事を、もうこの村の一員だと思ってたんだぞ!!」

「いや……」

「そんなに俺達が信用出来無いのかよっ!! 確かに夜這い掛ける馬鹿もいたけど、それが全部って訳じゃ無いだろっ!!」

「だから……」

「もういいっ!! アンタを信じた俺が馬鹿だった!! アンタ何か嫌いだ〜〜〜〜っ!!」

「……お〜い」


 一人で勝手にヒートアップして勝手に神社を出て行こうと走り出す草太。彼女はそんな遠ざかって行く背中を呆気に取られながら見送っていたが、何かに気づいて慌てて声を掛ける。


「おいっ! ちょっと待「へぶっ?!!」……遅かったか」


 綺麗に地面とのディープキスをかます草太。勢い良く走っていたが為に地面とのディープキスも勢い良く行われた。

 地面でピクピク倒れている草太を他所に、彼女は事を起こした元凶。バスケットボール程の大きさの茶色い毛玉――『すねこすり』に目を向ける。


「……結界の中なのに何で現れられるんだ? とかは置いといて……ホント、良い仕事するよな。オマエ」


 何処へともなく転がり去って行く『すねこすり』に、彼女は心の中で親指をグッと立てて見送った。そして、倒れている草太を一瞥すると、彼女は歩き始めた。戸締りとかはしない。そもそも、盗られて困る物なんて無い。そういった物は全て腰帯の『那由多の袋』に仕舞ってあるから。


「ああそうだ。一言、言っとくけどよ――」


 鳥居の所まで来ると彼女は肩ごしに振り返り――


「――別に、そういう(・・・・)意味(・・)で言ったんじゃ無ーぞ?」


――聞いているかどうかもわからないが、取り敢えず言いたい事を言って神社を後にした。




――――Now・(目的地に)Going(向かってるぜ!)――――


「……ここか」


 ダラダラと道を歩く事、約二時間ちょい。彼女は漸く目的地である村へとたどり着いた。見た感じ、自分が居る神社の麓の村と大して変わりのない農村が広がっている……まあ、一つ隣に行っただけで物凄く様変わりしていたら、そっちの方が怖いが。

 周囲の眼など気にせずに彼女は堂々と村に立ち入ると、手近な人を捕まえて村長の家を聞いてそちらへ向かう。


「――良く来てくれたねぇ」


 その家で彼女を出迎えたのは、背中の曲がった白髪の老婆だった。胡座をかいてドッカリと座り込む彼女に対して、チョコンと正座しながらしわくちゃな顔を更にしわくちゃにして嬉しそうに彼女に微笑みかける。


「あ〜〜……」


……対して彼女はと言えば、居心地悪いと言うか何とも居た堪れない感じで頭をガシガシ掻いていた。正直な所、こういう対応は非常に困る。


(オレはオレの望みの為にやってるだけなんだよな……だから、感謝される筋合い何て無いんだよ……)


 突然現れた素性が不明の巫女に対しても裏の無い笑顔を見せるその態度に。何が起こっても笑って許しそうなその雰囲気に。何よりもその醸し出される母性愛に。どうしようもなく心が掻き乱される。


「……礼は終わってからにしてくれ。それで、この村に出る化け物ってのはどんなヤツなんだ?」


 自分の中の動揺を悟られない様に強引に話しを変える彼女。村長である老婆はそれを聞いて少し姿勢を正すと、やや神妙な顔で話し始める。


「化け物と言うか……死体(・・)なんだよ」

「はっ? 死体?」

「そうなんだよ。夜な夜な死体が村の中を歩き回ってねぇ。皆怖がってるんだよ。幸いな事に、襲われた者はいないんだけどねぇ」

(…………『屍人憑き』か?)


 聞いた内容から彼女の脳裏に心当たりの妖怪……と言えるかどうかの存在が思い浮かぶ。

 『屍人憑き』――『怨霊』等に取り憑かれた、動き回る死体。『九十九妖異譚』ゲーム内では雑魚キャラ扱いの存在を思い浮かべた彼女は、内心で失望の溜め息を吐いた。


(また雑魚かよ……本当にオレのリアルラック値は……)


 正直な所、今すぐ立ち去りたい。立ち去って帰りたい。帰って不貞寝したい。しかし……


「お願いしてもいいかい?」

「…………」


 こちらの様子を伺う村長を前にして、彼女はその気が失せる。ある意味、この村の村長がこの人だった時点で自分の負けが確定していた様なものであった。


(ま、しょうがねぇか。それに、幾ら雑魚でもこの村の連中からすりゃ違ーしな。序でに言えば、後々の事を考えたらキッチリ退治しといた方が良いかもな)


 如何に自分にとっては雑魚キャラでも、一般的な村人から見れば十分な脅威となる。喧嘩ならともかく除霊なんて知らない、した事無い村人達ではどうしたら良いのか、わからないのだから。

 だが何よりも問題なのは相手は歩く死体。その上に大抵『屍人憑き』は腐ってる身体な事が多い。動き回る腐乱死体――言うなれば病原菌が歩き回ってるのと同じである。医療技術なんぞ発達していない上に知識も一般に広まっていないこの時代。さっさと退治しないと、村一つ疫病で全滅してもおかしくない。

 諸々の事を考えて彼女は頷いた。


「いいぜ」

「そうかい! ありがたいねぇ…………なのに、こんな事を言うのは心苦しいんだけど、満足なお礼はしてあげられないんだよ……」

「あ? 別に構わないぜ? そんなモノ目当てで来たんじゃ無いし………………ああ、でも一つだけ欲しいモノが有るな」

「何だい?」


 彼女の言葉に、食料? 金銭? 何を要求するのかと心の中で身構える村長。そして彼女は一言告げる。


寝床(・・)

「…………何だって?」

「だから、寝床。その歩く死体が出るまで寝て待つから、寝る場所を貸してくれ」

「……………………ここで良ければ構わないけど……?」

「サンキュー」


 言ってすぐさま横になる彼女。『那由多の袋』から枕を取り出しアッサリ寝入ってしまう。


「…………三と九ってどういう意味だい?」


 その質問に答えるべき人間は既に眠ってしまい、村長は今更ながらに大丈夫かな? と首を捻っていた。




――――Now・(お昼寝)Sleep(中だぜ!)ing――――


「……本当に大丈夫かい?」

「あ〜〜、大丈夫だよ。オレにとっては何時もの事だし」


 すっかり日も落ちた刻限。この時間まで惰眠……仮眠を取っていた彼女を起こした村長は彼女に対して心配そうな顔を見せていた。首をゴキゴキ鳴らしながら彼女は何でも無さ気に言うが、村長の方はそれに素直に頷く事が出来無い。


(何時もの事って……あんなに魘されてた(・・・・・)事がかい?)


 先程の彼女の姿を見ればそう思わざるを得ない。正直、もっと突っ込んで聞きたい所ではあるが、彼女からの無言の拒絶の気配を感じ、村長は家の外に出る彼女を静かに見送る事しか出来なかった。


「さて、さっさと済ませるか……」


 当の彼女と言えば、そんな村長の視線をガン無視して村の入口辺りまでやって来ていた。やる気なんざ欠片も……イヤ、ちょっとだけ。ほんのちょ〜とだけ有るかもしれない態度で、くぁ〜と欠伸しながら(くだん)の相手を待つ。


「――――おっ? 来たか」


 待つ事十数分。風音と虫達の鳴き声を聞きながら待っていた彼女の【気配感知】に引っ掛かるモノが現れる。ゆっくりとゆっくりと、杖をついた老人の如き遅い速度で、彼女の真正面の道からこの村に近づいて来る。


「……やっぱ『屍人憑き』か」


 【暗視】のお陰で近づいて来たソレの全体像がハッキリと見えた所で、彼女が呟く。

 現れたのは――まんま予想通りの存在であった。頭皮はズル剥け、見開いた目は濁ってるどころか片方が無く、頬と唇の肉が腐れ落ち歯が露出している。着ている服もボロ布状態で、着ていると言うよりも身体に引っ掛かっていると言うべきか。左腕は何処かでちぎれ落ちたのか肘から先が無く、右腕も腐乱が酷くて肉どころか骨が所々見える。両足が比較的マシなのが救いか、ゆっくりとだが歩く事が出来ている。

 ソイツはフラつきながらも、一歩一歩着実にこちらに向かって歩いて来ている。そんな『屍人憑き』を前にして、彼女はゆっくりと右手を上げる。


「『急々如律――?」


 告げる途中で彼女の言霊が止まる。そのまま彼女は、何を思ったか眉根を寄せて『屍人憑き』を凝視する。


「…………」


 ゆっくりと歩く『屍人憑き』凝視しながら避ける為に一歩……では腐臭が酷いので五歩横に移動する彼女。そしてそんな彼女に目も呉れずに村の中へと入って行く『屍人憑き』。

 ここがゲーム内ならば有り得ない光景――目の前の獲物に襲いかからない何て。


(……………………コイツ……まさか、そういう事か(・・・・・・)? だから、この村で襲われた者がいないのか?)


 内心で考察する彼女。ここはゲームでは無い現実世界。現実だからこそ、何となく感じられるモノがある。直感とかそういう優れた能力では無い。単に彼女にとって感じ慣れた感覚……雰囲気だからわかる。そして、自分の感じたモノが正しければ色々と納得がいく事がある。

……もし、そうであるならば――


(――コイツ、退治する必要すら無いな)


 遠ざかって行く『屍人憑き』の背中を見ながら右手の指で縦横に空を切る事九回――『早九字護身法』をもって告げる。


「【陽気・念糸】」


 右手の手のひらの中央から出て来る小指程の太さの青白い糸。彼女は鞭を振るうかの如く右手をゆっくりと大きく振り上げて、勢い良く振り下ろす。その動きに合わせて大きく伸びた念糸が『屍人憑き』に襲い掛かり――


「――超念糸……簀巻きっ!!」


――二の腕の辺りから足首に至るまでグルグル巻きにした。ここまで雁字搦めにすれば本来ならば倒れてしまうのだが、念糸自体を上手く操り『屍人憑き』を直立不動に留めている。

 そして、そのままにしておきながら彼女は声を張り上げる。


「お〜〜い! ちょっと、出て来てくれ〜〜っ!」


 夜中だというのに何の遠慮も無い大声を村中に響かせる彼女。しかも一度で無く、幾度も張り上げる。


「――――何なんだい?」


 恐る恐る村長である老婆が家から出て来る。それを皮切りに他の村人も続いて。皆、最初は不審気に、次いで雁字搦めの『屍人憑き』を見て驚愕する。中には腰を抜かす者すら居るが、彼女は一向に気にしていない。


「……捕まえてくれたのには感謝するけどねぇ。何で退治しないんだい?」


 村長の言葉に最もだと頷く村人一同。彼女はそれを聞くと、頭をガシガシと掻きながら、やや困った表情を見せる。


「あ〜〜。言ってる事はわかってんだけどな……それだと、コイツの努力が報われなくてな」

「「「「「……努力?」」」」」


 彼女の言葉に揃って首を傾げる村人一同。正直、言ってる意味がわからない。化け物が努力? 報われない? 


「なあ」

「何だい?」

「誰か――コイツに見覚えのある奴居ないか?」

「「「「「……はぁっ?」」」」」


 続く彼女の爆弾発言に更に困惑を深める村人一同。『屍人憑き』自体は、青白く光っている念糸のお陰で夜中だってのに良く見えるが……化け物に見覚えなんて有る訳ないだろっ!! と、村人一同声を大にして言おうとした時――


「――――あれ?」


――そんな声を出した者が一人だけ居た。


「……………………?! あ……ああ……」


 長〜い事『屍人憑き』を凝視していたその中年の女性は、突然何かに気づいたかの様に表情を驚愕に変えて、周囲の皆が止めるのも聞かずに『屍人憑き』へゆっくりと近づいて行った。

 そんな女性に彼女が声を掛ける。


「アンタの知り合いか?」

「ああ。そうだよ――」


 彼女の問い掛けに、女性は目の前まで近づいた『屍人憑き』から目を離さずに答える。その瞳にうっすら涙を滲ませて。


「――二年前に村を出て行って以来、音沙汰無かった馬鹿息子だよ」

「「「「「……ええっ?!」」」」」


 告げられた言葉に(一人を除いて)皆が驚きの声を上げる。思わず両者の顔を何度も交互に見ながら。


「間違い無いのかい?」

「ああ。こんな姿になってしまってるけど……首筋の黒子は見間違えないよ……」


 村長の問いに、震える声なれどシッカリと答える女性。他の村人達は声も出せずに、じっと見守るばかり。

 そして、やや蚊帳の外に追いやられた彼女といえば……


「あぐっ…………はぐっ……」


……『屍人憑き』を捕らえている念糸はそのままに、柏餅何ぞ食っていた。空気を読んで会話に入ってないのは良いが……もう少し考えて欲しいものである。序でに言うと、腐乱死体を前にして良く食えるものである。


「……んぐっ…………そろそろ良いか?」


 食べ終えて指をペロッと舐めると同時に彼女が声を掛ける。それを聞いて、皆の視線が彼女に集中する。


「知ってたのかい?」

「イヤ、わかったのは、つい先刻だ」

「どうしてわかったんだい?」

「そもそも最初からおかしかったんだよ。この村に被害が出てないって事がな」


 ゲーム内ならともかくここは現実世界。貰った知識によれば、幾ら『屍人憑き』が雑魚とは言っても家の中に押し入るぐらいする筈なのに『村の中を歩き回る』だけで『襲われた者はいない』。


「『屍人憑き』は死体に『怨霊』等が取り憑いて動く――そう、『怨霊』等だ。時には強い想いを持った未成仏霊が取り憑く事もある」

「……じゃあ」

「ああ。大方、死ぬ時に故郷の事を強く想ったんだろ。それで、死んでも成仏出来ないどころか自分の死体に取り憑いてここまでやって来たんだろな」

「「「「「……………………」」」」」


 それを聞いて周囲に深い沈黙が落ちる。誰も声を出せない中、唯一響く声は母親である女性の静かな嗚咽のみ。


「――――アンタ」

「うん?」

「成仏させてやってくれないか?」


 涙を拭い彼女へと願う。

 確認など不要。その眼に込められた強い感情に、彼女は言葉と行動で答える。


「『急々如律令』!――【陽気・浄】!」


 彼女を中心に地面に放射状に広がる清浄な光。その光を浴びた『屍人憑き』は、一瞬痙攣したかの様に軽く震え――首がガクンと下に落ちた。同時に彼女が捕らえていた念糸を消せば、糸の切れた操り人形の様に力無く崩れ落ちた。

……後には、物言わぬ骸が一つ残された。


(……ま、ここまでやってやる義理は無いんだけどな。アンタのその執念に敬意を評して)


 両手を胸の前で組む彼女。そして――


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【火気・業】!」


 次々に組まれる九つの印――『切紙九字護身法』。そして最後の言葉を告げた瞬間――火柱が立った。


「「「「「――あちちちちっ!!」」」」」


 突然吹き出した火柱に驚き、次いでその熱気に慌てて離れる一同……やった彼女自身少し後ろに下がったのには、誰も気づかなかった様である。

 火柱自体は一分程で消失し、後には物言わぬ白骨だけが残された。


「――後はそっちでやってくれ」


 彼女の言葉に村人達が一瞬困惑するが、すぐに意味を理解し手分けして骨を拾い集める。集めた骨は誰かが持ってきた壺へと入れられる。

 それを見届けると、彼女は踵を返しさっさと村を出て行こうとする。


「んじゃ。終わったんでオレは帰るぜ」

「ちょっ?! ちょっと待ってくれないかい?!」


 ん? と肩越しに振り返る彼女。そんな彼女に村長は慌てて言葉を重ねる。


「お礼がまだだよ「いらね」……はっ?」


 彼女の即答に固まる村長。そんな態度を気にもせず彼女は続ける。


「オレは迷子を迷子だと教えてやって成仏させただけだ。退治してないんだぜ? だから、いらね」


 あっけらかんとした言葉に皆の固まり具合が更に深まる。そんな村人達を尻目に彼女は立ち去ろうとする――


「――あっ。そうだ」


――が、足を止めて振り返る。振り返って問う。


「他には居ねーのか?」

「……何がだい?」

「他に退治して欲しい化け物は居ねーのか?」


 彼女の問いに揃って顔を見合わせる一同。唯一違う反応を見せたのはやはり村長であった。


「居るには居るけど……」

「何処だ?」

「ここから南にある森に――?!」


 言葉の途中で思わず口を噤んでしまう村長。何かが起こった訳では無い。ただ彼女の顔を見てしまっただけ。月明かりに照らされたその顔は――ニヤリと笑っていた。肉食獣の如き獰猛さを含んで。

 彼女はそれを聞くや、すぐさま踵を返し――


「――ただ、距離が遠いので、今から行ったら朝日が出てるよ?」


――その場で止まった。再び踵を返して村長に一言。


「一晩、泊めさせてくれ」

「……良いけど」

「サンキュー」

「…………だから、三と九が何なんだい?」


 その言葉を完全スルーして村人達の間をすり抜ける様に立ち去る彼女。先程の獰猛な笑みは消え、何時もの気怠そうな表情に元通り。村人達は、そんな彼女をどうしたもんかと目で追うが……揃ってヤレヤレと首を振って見送った。そして、例の骨を収めた壺の埋葬について話し始める。




――だから誰も気づかなかった。離れた所で彼女が足を止め、振り返っていた事に。その瞳に、何時もと違う感情が込められていた事に。


「――死んでも、帰れる所が在るのか…………羨まし……」


――一言呟いて今度こそ立ち去る彼女。その言葉も、誰の耳にも入らず風に消えていった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――【火気・焼】――――


【陰陽術】の一つ。

指定した場所に軽い炎を発する。射程は約十メートル程。

攻撃だけでなく何かに火を灯したりと、応用が効く初歩的な術。


――――『屍人憑き』――――


低級『妖怪』。

死体に『怨霊』や浮遊霊等が取り憑いて動かしている存在。動きは遅く倒しやすい。

動きの遅さ故に、スキルや術の練習台にされる事が多い。ゲーム内での通称は『(サン)ドバッグ』


――――【火気・業】――――


【陰陽術】の一つ。【火気】系の中級術。

指定した場所に高温の火柱を立てる、敵単体を倒す事に焦点を置いた術。火柱自体は直径が狭いので、速い相手に狙って当てるのは難しい。


――――『切紙九字護身法』――――


陰陽術を使う際の起動キーの一つ。

両手で印を組む事で術の行使が出来る。両手が塞がる上に印の組み方を間違えると術が発動しないが、十割の威力が出せる。

如何に速く、正確に組めるかがキモなので、練習中に指が()る者は珍しくない。

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