試し斬り……イヤ、まあまあか
何で新年度なのに新人が全然入ってこないんだよぉぉぉぉぉ!!
シフトが埋まらないからってコッチにシワ寄せぇぇぇぇぇ!!
…………ハァ。
「――まあ、そこそこだったな」
腰に括り付けられた『那由多の袋』をポンポンと叩きながら、日が西に沈みそうな刻限に街道を歩く彼女。
何をした帰りかと言えば、色々と作成するのに物が入り用になったので一番手近な町へと買い出しに出かけた帰り道である。彼女にして見れば予想外にあれこれ手に入れられたので、気がついたらこの時間であった。
「後は、アレを拵えておけば……あ〜、『後追い小僧』達の方もどうにかしねーとな。アイツ等、懲りないしめげないし諦めねーし。いっそ気絶させるか……一服盛るか……ふん縛っておくか」
頭の中で作成する物を思い浮かべつつ、煩いガキ共の対処をどうしようかと考えつつ街道を一人歩く……徐々に思考が野蛮な方向へと移行しているのを止める者は、残念ながらこの場に存在しない。そして彼女ならそれを本気で実行するであろうが、やっぱりそれを止められる者は拠点の神社には存在しない。
……危険な未来を回避出来るかは、『後追い小僧』達しだいであろうが、確率は現状ではかなり低い。
そうしてゆっくりのんびりダラダラと歩く彼女の後ろ。かなり離れた距離に一つ現れるモノがあった。それは静かに狙いを定め、無音で飛行し、彼女へと肉薄する。
そして――
「――ほいっ」
――背後から結構な速度で飛来したソレを、振り返り様にアッサリ掴み取る彼女。【気配感知】と【妖気感知】を兼ね備えている彼女にしてみれば、奇襲と言った事はするだけ無駄であり、この様に返り討ちが関の山である。
逃がさぬ様に、握り潰さぬ様に気を付けて手の中の存在を確認する彼女。掴み取ったソレは、ビー玉サイズの至って小さなモノであるが……ビー玉よりも遥かにグロテスクなモノであった。
「……道を歩いていると後ろから襲われるのが、オレにとってデフォになってきたな……」
ボヤく彼女の手の中にあるのは目である。どっからどう見ても人間の目である。多少血走った剥き出しの目である。
それが彼女の手の中で彼女に向けてメンチビームを発しながら、必死に逃れようと暴れている。
「『百目』か……」
手の中の目を見ながらポツリと呟く彼女。その間にも微妙に生暖かい感触が、なんとか指の隙間を抜けようとしている。
……通常、こんなグロテスクなモノを手に掴めば、気持ち悪いと放り出すのが一般的。だがしかし、彼女は彼女であった。
「ふんっ!」
何の躊躇もなく地面に叩きつけた上に、脚で踏みつける。そして一秒後には自分が踏み潰したモノの存在など頭から消えており、別のモノへと興味が移る。
「……本体の御登場か」
ゆっくりと近付いて来る妖気と気配。彼女の視線の先、十メートルと言った所に小学校の運動会で転がす大玉サイズの目玉が、『妖怪』相手に言っても仕方がないが物理法則を無視して宙に浮かんでいる。
そしてその巨大目玉は――おもむろに二つに分裂した。更に二つが四つに、四つが八つにと倍々に分裂していき、それに比例して大きさが縮んでいく。
気がつけば、辺りには無数の目が……そう、百の目が彼女を囲むように浮遊している。
「…………」
無数の目に囲まれても彼女は変わらない。と言うか、手を顎にやって何やら思案顔。『百目』達の事は完全に眼中にナッシング。
そんな彼女の事など『百目』達は気にしない。漂う様に、しかし確実に彼女を逃がさぬ様に包囲し――一斉に襲い掛かる。
「久々の【縮地】ジャンプ!」
しかし彼女はそんな『百目』達を嘲笑う様に高く跳び、アッサリ包囲の外へ逃げる。しかし『百目』は慌てる事なく向きを変え彼女へと殺到する。群れでありながら一つの『妖怪』である『百目』達の濁流を前に彼女は指をパチンと鳴らして一言。
「『急々如律令』――【土気・剛壁】」
地面から盛り上がった石壁が彼女を守るように登場。次いで、壁の向こうから聞こえてくる何かが潰れる音。
彼女はそれを聞き流し後ろに跳躍。次の瞬間には、壁を回り込んできた『百目』達が彼女の居た所を通過する。
「ま、こんなのは気休めにしかならねーか」
再び分裂して元の数に戻る『百目』達を苦笑いしつつ見ていた彼女は、牽制に飛んできた幾つかの目を、腰の『那由多の袋』から取り出し様に引き抜いた物で斬り払う。
「そういや、結局まだコレ使ってねーし――試し斬りといくか」
妖しく光る黒刀を右手に構えつつ、左手は軽く握り何時でも殴れる様に。
そして顔には何時もの危ない笑み――殺ス笑み。
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
向かってくる『百目』達を右手に握った黒刀で切って斬ってkill。包囲されない様に立ち回る脚捌きと相まって流れを止めない動作は、良く出来た舞にも見える。
しかしそれでも多勢に無勢。剣舞を掻い潜る目も現れる。剣の間合いの内側に入った目が彼女の身体に接触する――
「はっ!」
――前に左手で殴り飛ばされ消える。出だしの速いジャブで、軽く打ち払われる……はっきり言って型破りである。良く言えば天衣無縫。悪く言えば無茶苦茶。決まった型など持たぬ、元ゲーム内での戦闘で築き上げた彼女にとっての戦闘方法。自由に思うがままにやりたいがままである。
――されど、強い。これまでに数多の『妖怪』を倒してきたのは偶然ではない事を証明するかの様に、斬り殴り続ける。
「どーしたどーした! ちっとも届いてねーぞ!」
その後も右手の黒刀で斬り、左手では殴り時に掴んで握り、一人無双な状況だが『百目』は気にしていない。幾ら斬ろうが殴ろうが潰され様が、どうせ元通りになるのだから……
(…………?)
……そう思っていた『百目』が違和感を覚える。しかし慰問はすぐに氷解。数が減っている。
『百目』はすぐに分裂して数を戻そうとするが、出来ない。何故か一定数以上に分裂が出来ないどころか、むしろその数も減りつつある。
初めて体験する異常事態に『百目』が危機感を覚え、この場から逃げようとする。だが、それよりも一手速く彼女の左手の指が縦横に九回空を切る。
「【火気・燎原】」
現れる炎。彼女の周囲に広がる炎の海が、逃げようとした『百目』達を飲み込む。
しかし彼女の意識は既に右手に握る黒刀へと移っており、裏表翻しながら刀身を見やる。
「……やっぱコレ、斬った傷が癒えないって性能が残ってんな。『百目』の数が減りっぱなしだったし」
寸前までの戦闘を思い返して呟く彼女。そして黒刀をさっさとしまって、こめかみの辺りを手でコンコン叩いてボヤく。
「ただ、一緒に付いてくる何かを斬りたくなる衝動が困りものだな……」
頭を軽く振って意識を整える。そして既に消えた炎の跡に残った『百目』の妖核を回収すると、再び家路につく。
「帰ったら、食材にでもぶつけるか」
……この後、夕食が何故か少し豪勢になった理由を知るのは、彼女一人であった。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『百目』――――
下級『妖怪』。
巨大な目の『妖怪』。ただし百の数に分裂し、同時に全てが本体であるので一つ一つ倒しても再生して元の数に戻る。
分裂したのはひ弱だが、触れると力を吸い取られるので素手では殴らない様に……範囲の広い攻撃方法が有れば、それで一発とは言ってはならない。
なお、その見た目のグロさから、ゲーム内においては不人気妖怪ランキングの上位に位置している。




