懇願……イヤ、無謀過ぎ
春の陽気+疲労=キンクリなこの頃。
「…………」
神社の境内に響く箒の掃く音。その音を生み出しているのは巫女装束な彼女。
暇潰しとは言え、結構な頻度で見られるこの姿。彼女からして、何故この境内って秋でもないのに何時も落ち葉がこんなに有るんだ? と都市伝説レベルで首を捻る状況。
しかしそれでもやらねば溜まると、気怠げながらも箒を掃く彼女。そんな彼女にコッソリ忍び寄る者、有りけり。
「「「「――ちぇすとぉぉぉぉぉっ!!」」」」
「?!」
威勢良い掛け声と共に一列になって突っ込んでくる、『後追い小僧』・『袖引小僧』・『提灯小僧』・『瓢箪小僧』のストーカーカルテット。
前回の焼回しに近い似通った行動。しかし、今回はちゃんと対策を練ってきたのか、前回の様に石壁を造られても対処出来ると言った自信が見受けられる。
今度こそ一太刀報いたるわ、と駆ける『後追い小僧』達は――標的を見失った。
「ふんっ!」
「えっ?――ぶっふぅっ?!!」
「「「ぐおっふぅっ?!」」」
【縮地】で一瞬に間合いを詰めた彼女からの掌打。一切の容赦は無いが、多少の手加減は有る一撃が先頭の『後追い小僧』の腹部のど真ん中に突き刺さる。
カウンターで入った掌打に、『後追い小僧』の脚が地を離れ身体がくの字に折れ曲がる。そしてその後ろの者がそこに衝突し、更に後ろの者がと続き綺麗に四つのくの字が出来上がる。
そして一瞬の無重力から解かれて落ちる『後追い小僧』達。受け身を取る余裕もない自由落下。
「……オレが直接反撃してくる可能性は考えなかったのかよ、オマエ等」
「「「「ぐええええ……」」」」
……『後追い小僧』達は込み上げる吐き気と痛みにより、彼女の呆れ声に応える余裕は寸分も持ち合わせずに腹を押さえて虫の息。
そして彼女は地面で悶える『後追い小僧』達の様子に、どうしたもんかと溜め息を吐くのであった。
――――Time・Going――――
「――で? 何がしたかったんだよ、オマエ等は?」
「……謝罪の一つも有って良いと思うんだけど?」
「同感です」
「むしろ、慰謝料要求してもええんちゃう?」
「同意、同意」
十数分後。漸く痛みが治まり立ち直った『後追い小僧』達に対して、先の一撃を無かった事にして尋ねる彼女。それを聞いて『後追い小僧』達は彼女に白い眼を向ける。確かに先に手を出したのは自分達だが、それを踏まえてもやり過ぎ感が半端無い事に愚痴の一つも言いたくなる。
されど彼女は彼女である。小指で耳をほじりながら聞こえないとアピール。むしろ視線で無言の圧力をかけてくる始末。
「…………頼みたかったんだよ」
「? 何をだよ?」
それに負けて渋々と言った感じに口を開く『後追い小僧』。出て来た言葉に首を傾げて更に問う彼女に、『後追い小僧』達は続けて告白する。
「アンタ、良くわかんないけど……なんかヤバい奴と戦う気なんだろ?」
「良くわかったな」
「先日の貴女の行動を思い返して下さい」
「まあ……確かに」
「そんで、まあ何ちゅーか、うちらも考えたんや」
「何をだ?」
「単独、拒否。同行、願望」
「……何でそーなる」
『後追い小僧』達からの言葉に脱力しかける彼女。何がどうなったが故にそう至った結論なのか、経緯がわからな過ぎる。
頭を抱えた彼女に対して、『後追い小僧』達は至極真面目に言葉を続ける。
「何だかんだでアンタとも結構長い付き合いだし」
「はいそうですか、で終わらせるのも後味悪いですし」
「知らん所で死なれるのもなんかなって感じやし」
「同行、援助」
「却下だ、ボケ」
「「「「何でっ?!!」」」」
本気の疑問声に彼女の溜め息が更に深くなる。その心意気は買うが……無謀と言う言葉を知って欲しいと、彼女は切に願った。
「イヤ、足りないし……実力・知力・妖力・経験・応用力・運・耐久力。そしてなによりも覚悟が足りない」
「「「「…………」」」」
一切合切容赦ない彼女の言葉に撃沈する『後追い小僧』達。しかしその程度の言葉、予想済みと負けずに立ち直って更なる言葉を続ける――前に彼女から待ったがかかる。
「――ちょっと待て」
「なん……ん?」
突如感じた小さな妖気。最初はこの神社に居る居候仲間の『倉ぼっこ』か『覚』かと思ったが違う。感じたのは社務所の方角ではなく神社の裏手側。森の方からであった。
普段は誰も立ち入らない場所からの妖気である。いったい何が居るかと全員で身構えていると――
「――」
「……」
「「「「……」」」」
――木々の隙間を縫う様に移動する姿が眼に入った。
皆の視線の先に見えるのは、黒い蛇。イヤ、正確には毛の塊。細く長い毛が寄せ集まって一つの生き物を形成している。
「……『毛羽毛現』か」
――『毛羽毛現』。大量の毛によって構成される『妖怪』。別名『希有希見』とも言い、非常にお眼に掛かれない稀有な『妖怪』。
「…………」
「「「「…………」」」」
「――――」
何か知らんが固まってしまった皆の視線を感じたのか、『毛羽毛現』はピタリと動きを止めると――
「――――!!」
――素早い動きで逃げ出した。ゴキさん並みの俊敏さで地を這う様に森の奥へと、とんずらかます。
「……アレ、捕まえたら、さっきの件を考えてやっても良いぞ?」
「「「「――確保っ!!」」」」
逃げる『毛羽毛現』を眼で追いつつ、彼女が呟く。その言葉に『後追い小僧』達が応え、一斉に走り出す。
森の奥へと駆けていく皆を頑張れよ〜、と手をヒラヒラさせて見送る彼女……『後追い小僧』達は気づいていない。彼女はあくまでも考えるとしか言っていない事に。
砂煙を上げて走って行く『後追い小僧』達を見送った彼女は、どうやって言い包めようかと箒を動かしながら考えるのであった。
――――Now・chasing――――
「ぬおおおおおっ!!」
「はあああああっ!!」
「待てやああああっ!!」
「捕獲っ! 捕獲っ!」
「――――?!!」
轟く雄叫び。断続的に響く疾駆音。流れる汗。弾む呼吸。地を駆ける童達。今、森の中は戦場となりつつあった。
……そして一心に逃げる『毛羽毛現』。何も悪い事していないのにいきなり追い回される理不尽極まりない状況に、口の一つでも有れば愚痴・悪態が吐いて出たであろうが、生憎と『毛羽毛現』には口が無く心の中で絶叫するしかない。
四対一と言う数の暴力に任せた包囲網で、『後追い小僧』達は着実に『毛羽毛現』を追い詰めていた。しかし敵もさる者、そう簡単には捕まらない。
「ていやぁーーっ!」
「――――!」
『後追い小僧』がダイビングヘッドで捕まえに飛ぶ――しかし『毛羽毛現』は直前に方向転換して逃げる事に成功する。
「甘いです!」
「――――!」
『袖引小僧』が逃げた先に現れる。木の陰に隠れての待ち伏せアタック――しかし『毛羽毛現』は逃げずに、むしろ突っ込んで『袖引小僧』の股下を潜って逃げる。
「そうは問屋が卸さんでぇ!」
「――――!」
『提灯小僧』が地を這う低い姿勢からのタックル――しかし『毛羽毛現』はその身を縮めると、その反動を使い宙へと跳んで逃げる。
「予測的中!」
「――――!」
『瓢箪小僧』が行き先を塞ぐ様にムササビジャンプ――しかし『毛羽毛現』は宙で強引に己の身体を伸ばし、手近な木に巻き付けて無理矢理の軌道変更。何とか逃げる。
「たぁーーっ」
「――――!」
『後追い小僧』の……――しかし『毛羽毛現』に逃げられてしまった。
「そこですっ!」
「――――!」
『袖引小僧』の……――しかし『毛羽毛現』に逃げられてしまった。
「今度こそやっ!」
「――――!」
『提灯小僧』の……――しかし『毛羽毛現』に逃げられてしまった。
「掌握!」
「――――!」
『瓢箪小僧』の……――しかし『毛羽毛現』に逃げられてしまった。
「「「「……いい加減にしろーーーーっ!!!!」」」」
「――――!!」
ついに本気でキレた『後追い小僧』達が死に物狂いで追い掛け始める。既に何の為に捕まえるのかと言う理由が頭から消え、捕まえる為に捕まえるという本末転倒になってきている。しかし頭に血の上った四名は、もはやそんな事も忘れてただ意地になって追う。
……そんな鬼気迫る四名に追われる『毛羽毛現』は、生まれて初めて恐怖と言うものを実感した。実感したが故に、逃げる速度が七割り増しになっている。
「「「「捕った!!」」」」
「――――?!!」
そして遂に決定的な時が訪れる。前後左右、完全に包囲してのフォーメーション。腰を落として隙無く包囲を縮めていく。仮に宙に逃げても今度は対処してみせるように準備万端。
何処にも逃げ場の無い『毛羽毛現』は観念した様に動きを止める。それを見て勝利を確信した四名は、呼吸を合わせて一斉に飛び掛かる。
四名の手が、あともう少しで『毛羽毛現』を掴む、その寸前――『毛羽毛現』が解けた。
「「「「へっ?――ふぐっ?!!」」」」
己を構成する髪の毛。文字通り四散する様にその一本一本毎に四方八方へと散らばり『後追い小僧』達の包囲を抜ける。
まさかそんな逃げ方をするなど予想もつかなかった『後追い小僧』達は、勢い余って止まれずに綺麗に仲良くごっつんこ。頭をぶつけ合って轟沈。
「――――」
そして再び一か所に集まって元通りになった『毛羽毛現』は、そんな四名を尻目にさっさと逃走――後に残るは眼を回して地に倒れた無様な敗北者達。
――――Time・Going――――
「……遅いな、アイツ等」
「……(ハグハグ)」
「どうか、したん、でしょうか?」
時は流れて夕飯時。既に出来上がった夕飯が並ぶ卓袱台に腰を降ろした彼女は、一向に姿を現さぬ『後追い小僧』達に対して疑念を持っていた。
共に居る『倉ぼっこ』は気にせずにマイペースに箸を進め、『覚』はやや心配そうにしているもやっぱり食事の手を止めない。
「…………」
別に『毛羽毛現』が相手なら、そんなとんでもない状況にはならない筈だと思っている彼女は、それでも予想よりも遅すぎる『後追い小僧』達に一目見てくるべきかと思い始めたが……社務所に戻ってくる四つの妖気を感じ、軽く鼻を鳴らす。
その妖気はそのまま自分達の居る居間へと近づいて来る。そして居間に入って来たタイミングで彼女は声を掛け――
「遅かっ……」
「「……」」
……言葉を失う。
彼女にしては珍しい口を開けたままのフリーズ。『倉ぼっこ』と『覚』も箸で摘まんだおかずを口に入れる所で固まり止まる。
襖を開けて現れたのは当然『後追い小僧』達である。であるが……泣き腫らしたのか眼が赤い。額に大きなタンコブを腫らし意気消沈。なんか人生の落伍者的な雰囲気を漂わせていた。
「……食うか?」
「……うん」
「……お願いします」
「……ワイは大盛りで」
「……同様」
「はい、わかり、ました」
「…………(スッ)」
そしてそんな四名に彼女は静かに労わる様な声で食事を促し、『覚』がおひつからご飯をよそい、『倉ぼっこ』はさり気無く大皿によそわれているメインのおかずを四名の方へと差し出す。
そして始まる静かな夕食……その日の夕飯は塩っぽかったと、後に四名は語る。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『毛羽毛現』――――
中級『妖怪』。
大量の毛によって構成される『妖怪』。蛇のように細長い形状を取ったり、丸い固まり・平べったい形状を取ったりと決まった姿を持たない。
別名『希有希見』。出会う事自体がとてもレアな上に、逃げ足も速く捕まえるのはとても難しい……のだが、別に高経験値・レアアイテムドロップと言う要素は一つも無い、本当に出会う事自体だけがレアな『妖怪』。
ゲーム内ではツチノコみたいな扱いされていて、出会ったら今日はなんか良い事あるな~、程度の存在。マジで戦うプレイヤーは絶滅している。




