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領域……イヤ、居ねーし

相変わらず花粉がキツイ……

そろそろ、ゴールが見えてきてる……

「――ここか?」


 『船幽霊』からの情報提供から数日後。『船幽霊』が教えてくれた場所――とある山へとたどり着いた彼女は麓から山頂を見上げていた。

 『船幽霊』の言う通りならば、この山には強い『妖怪』が住んでいるとの事。ただ、どんな『妖怪』までは知らなかったので、実際の所は行ってみないとわからないのでのが実状。


「まあ、言ってみればわかるか――期待を裏切らないでくれよ?」


 そう言って一歩を踏み出した彼女の顔は、実にイイ笑顔をしていた。




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「……行けども行けども妖気の残滓すら感じ取れねーって、どういう事だよ」


 山を登る……と言うか【縮地】で駆け登るのとインターバルを交互に繰り返して既に小一時間。彼女は何の変化も起こらない事に不満を感じていた。


「取り敢えず、飯でも食うか」


 まあ焦っても仕方がないのと、良い具合に腹も空いてきた頃合なので、彼女は手頃な石に腰掛けると腰帯に括り付けられている『那由多の袋』から握り飯を取り出して食べ始める。


「……おにぎりの具は、かつお節に一票」


 誰もいないのに、人によってはどうでも良い事を呟きつつ食べ続ける彼女。竹の水筒で喉を潤しつつ呑気に食べる彼女であるが――


「――いや、(それがし)は、梅干に一票」


――突然、何処からともなく声が聞こえた。

 彼女は表面上は普通におにぎりを食べ続けているが、その裏では声の主を探している。しかし声の主は姿が視えないどころか気配・妖気も全く感じず、声ですらその場所の特定に意味を成していない。

 それがわかった彼女は探す事を早々に諦め相手の出方を待つ事にした……内心、強そうな相手にニヤリと笑って。


「ほう……見知らぬモノが近くに居るとわかっても変わらぬその態度……中々に大したものであるな」


 木の枝を蹴る音に続いて、声と同時に聞こえる()()()()音。ソレは彼女の頭上から軽やかに地に降り立ち、その姿を初めて現した。


「……『天狗』か」


 人に比べて明らかに巨躯な身体を山伏の服装で包んだ 背に羽を持ち赤い顔に長い鼻が特徴的。手に持つのも、やはり特徴的な葉団扇。

 日本『妖怪』で、『鬼』に並んで名を知られている有名な『妖怪』――『天狗』。

 彼女の中にある『九十九妖異譚』のゲーム知識においても、多彩な妖術・羽による飛行・高い知能・更に仲間との集団戦までこなす厄介極まりない『妖怪』である。


「…………」


……最も、彼女からしてみれば絶好の相手とも言えるのだが。

 おにぎりを食べ終わり腰掛けていた石から立ち上がる彼女。指に付いた米粒を舐め取る行為が、むしろ獲物を前に舌なめずりしている様に見える。そう見える程に、彼女の鋭い眼光は『天狗』を捉えて離さない。

 そしてその眼光を受ける『天狗』もまた、愉快そうに笑みを浮かべる。


「某を前にしても、逃げようとせぬ。いや、むしろ挑まんとするその度胸……気に入った! 某のモノにならん――うむ。わかったからその包丁をしまってくれぬか? 今すぐにだ」

「下らねー事、言うんじゃねーよ。思わず解体(バラ)すとこだぜ?」


 何時の間にやら、使い込まれた出刃包丁を無言で構える彼女を見て、言葉の途中で即座に謝罪する『天狗』。恐らく謝罪するのが後一瞬遅かったら、容赦ない連撃が振るわれていたであろう。


「……で? お主、何用でこの山に来たのだ? ここが我等『天狗』の領域とは知らぬのか?」

「知らん。強い『妖怪』がここに居るって聞いたから、ソレとヤり合う為に来ただけだ」


 包丁を仕舞った彼女に対して胸を撫で下ろした『天狗』は、改めて彼女がこの山を訪れた理由を尋ね、それに対して極めて単純かつアッサリ答える彼女。そこに嘘偽りは見られない。本気で言っている。

 しかし『天狗』はそんな彼女の言葉を聞き、一つ大きく頷いてから鷹揚に言う。


「うぬ! 強きを求めて挑みに来るその胆力。やはり某の女に――うむ。謝るから、その明らかに禍々しい黒刀をしまってくれぬか。ゆっくりとだ」

「……懲りねーな、オマエ」


 何時の間にやら、明らかにヤバ過ぎる気配を撒き散らす黒刀を無言・ハイライトの消えた眼で構える彼女を見て、瞬時に腰を直角に曲げて謝罪する『天狗』。恐らく謝罪するのが後一瞬遅かったら、首を撥ねられていたであろう。


「……ん? あれ? 良く考えれば、別にしまう必要無くねーか?」

「何故だっ?!」

「イヤ、オレここに強い『妖怪』とヤり合いに来たんだから……そして眼の前に居るし」


 一度鞘に収めた黒刀を再びゆっくりと引き抜く彼女。眼が、気配が、全身の仕草一つ一つが戦いを望んでいるとわかるその姿に、『天狗』が気圧(けお)される様に一歩引きそうになるが、表面上は平静を装って言葉を返す。


「……それは出来ぬ」

「あ? 何でだよ? 怖気づいたのかよ?」

「お主に取っては残念であるが、今、(それがし)達は他の事に掛かりきりで忙しく、お主の相手をしている暇など無い」

「……もしかして、ここが『天狗』の領域なのに妖気が一切感じないのって?」

「うむ。皆、出払っている故だ」

「…………お留守番役?」

「言うな!!」


 彼女がポツリと呟いた一言に過剰に反応する『天狗』。痛い所を突かれたのか、ただでさえ赤い顔が、更に赤い。

 最も彼女の方は、『天狗』の言った内容に心底不満気な表情。持ってる黒刀の峰で肩をトントン叩きながら尋ねる。


「皆揃って出払うって……いったい何が起こってるんだよ?」

「…………」

「言えないってか? あ〜……邪魔しないと誓うから教えてくれよ」

「…………」

「話しの内容次第じゃ手伝うぞ? ああ、陰陽寮の知り合いも居るから、場合によってはそっちにも話しを通せる」

「(皆が()らぬ今、某が判断しても良いものか……しかし本当に陰陽寮と繋がりが有るのであれば……と言うか、その黒刀仕舞って欲しい)……わかった。事は某達だけでは済まぬであろうし、陰陽寮にも話しを通せるのであれば頼みたい」

「わかった」


 彼女が頷くのを確認した『天狗』は一つ息を吐くと気を引き締める。その様子の変化に、彼女もこれから語られる内容がかなりの重要なものだと判断し、身を引き締め……る訳もなく、何も変わらずに早く話せと視線で促す。

 そんな彼女の様子に一言言いたい『天狗』であるが、視線の圧力に負けて話し始める。


「最近、他の『妖怪』共が暴れている事は?」

「知ってる。陰陽寮の依頼で、実際何体かヤった」

「では何故、暴れているかは?」

「知らね。陰陽寮も知らないみたいだし、オレにしてみりゃどうでもいいし」

「……()()しているのだ。特に好戦的なモノや知能の低いモノからな」

「はっ? 呼応? ()にだよ?」


 そこで『天狗』はあえて一泊の間を置く。告げるモノをより強調する為に。


「――『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』だ」

「?……とっくの昔に須佐之男(スサノヲ)に退治された筈だろ? アレ」


 突然出てきた大物過ぎる名前に彼女の眉が上がる。

――『八岐大蛇』。日本神話なんて知らなくても、ちょっとしたファンタジー系の話しなら出てきてもおかしくない超有名な存在。

 八つの首に八つの尾を持つ巨大な大蛇。神話において、酒を呑んで酔って寝てしまいその隙に須佐之男に首を斬られて殺される、たわいないにも程がある所詮は獣かとツっ込まれる化物、ってか怪獣。

 そんな古代の存在の名前が今に出て来る事に、彼女としても胡乱(うろん)気になるのは仕方がない。、


「確かに『八岐大蛇』は退治された――しかし、()を残してな」

「ハァ? 卵?」


 神話にはそんな物の事など一言も出てきていないし、そもそも何百年前の代物だと彼女は言いたい。


「ンな物あったのかよ…………ん? って言うか、何で未だに存在してるんだよ? 知ってるんなら、ブッ壊しゃ良いだろ?」

「確かに、壊そうと思えば出来ぬ事ではない……しかし、卵の場所が問題なのだ。霊峰富士の()()()()なのだ」

「火口の中ぁ?!」

「そうだ。しかも『八岐大蛇』の卵だ。殻も強固で並の方法では破壊出来ぬ……しかも、『八岐大蛇』もそこがわかっていたのか、卵のある場所は地中に流れる溶岩脈の上だ。並ではない方法を行えば溶岩脈を刺激して富士の噴火を誘発しかねぬのだ。それ故、手出しが出来ぬままなのだ」

「……で、有効な手段が思いつかずに今に至るってか?」

「そうだ。運ぶにしても場所が場所と言うのもあるが、大き過ぎる上に重過ぎて無理であった」

「なるほどな。で? 呼応ってどういう事だ?」

「詳細は未だわからぬのだが……何処かの馬鹿がその卵に手を出したらしいのだ」

「はっ?」


 もう何回目になるかもわからぬ疑問詞の使用に、いい加減、彼女も頭が痛くなってきそうな気がしてくる。


「それで……卵が休眠活動を止めて、生まれそうになってしまってな。『妖怪』どもの中に本能で察するモノどもが現れているのだ」

「そう言う事か……それで、何時生まれるんだ?」

「そうならぬ様に、皆出払っているのだ! 卵を孵しはせぬ!」

「それフラグだよな」

「……海月(くらげ)がどうしたのだ?」


 そこまで話しを聞いた彼女は、持っていた黒刀を鞘に収め、そのまま『那由多の袋』に仕舞う。そして妙に良い笑顔で『天狗』に礼を言う。


「イヤ、実に面白(おもしれ)ー話しを聞かせて貰った。陰陽寮の奴には、話しをしておくぜ」

「……『八岐大蛇』を面白いの一言で済ますその豪胆さ。やはり某の妻に――わかった! 土下座でも何でも致すから、今すぐその『炮烙玉』の火を消してくれ! 可及的速やかに!!」

「…………次は無ーぞ」


 何時の間にやら、導火線に火の点いた『炮烙玉』を無言・ハイライトの消えた眼・殺気全開で持つ彼女を見て、即座に額を地にぶつける勢いで土下座する『天狗』。恐らく謝罪するのが後一瞬遅かったら、文字通り木っ端微塵になっていたであろう。

 導火線の火を消して仕舞うと、土下座してる『天狗』に背を向けて歩き出す――が、数歩行った所で何か思い出した様に立ち止まって、何かの包を取り出して『天狗』に投げ渡す。

 『天狗』も地に座ったままでそれを受け取ると、竹の皮に包まれたおにぎりとわかった。


「騒がせ賃だ。それやるよ」

「うむ? 別に構わぬのだが……くれると言うなら貰っておこう」


 そう言って『天狗』は、包から一つおにぎりを取り出すと流れる様に自然に口に運び――


「――辛ぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!!!!」


――大絶叫した。

 口からおにぎりを吐き出し、そのご自慢の鼻を押さえて地面を悶え転げ回る。

 そしてそんな『天狗』の様子をポカンと見ていた彼女は、あれっ? と首を傾げてから地面に吐き出されたおにぎりの残骸を見てから――その米粒に付着している緑色を見てポンと手を打つ。


「スマン。間違えた」

「〜〜〜〜っ?!! 何だ、これはっ?!!」

「イヤ、海苔巻きの種類にワサビ巻きって、ワサビ()()を巻いたのがあるんで、そこからヒントを貰ったワサビにぎりだけど?」

「そこで何故、実際に造るに至るのだ?!!」

「……非常()食?」

「識が余計だっ!!」

「…………じゃ」

「逃げるなぁっ!!」


 『天狗』の怒声から、文字通り逃げる様に彼女はその場から疾り去るのであった。 












「――もしかして……オレや他のプレイヤー達がこの世界に居る理由って、『八岐大蛇(ソイツ)』の為か?」

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『天狗』――――


上級『妖怪』。

巨躯な身体を山伏の服装で包み、背に羽を持ち赤い顔に長い鼻が特徴的な『妖怪』。

多彩な妖術に始まり、高い知能を持ち羽による空中戦。更に場合によっては仲間との集団戦にまで発展するので、ゲーム内においても熟練プレイヤーでもソロでは敗北率が高い厄介な『妖怪』。

手に持つ特徴的な葉団扇によって起こされる突風が最も危険。大抵の者が鳥の気分を味わえる。

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