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海……イヤ、ウップ……

花粉が……

「あ゛〜〜〜〜気持ち悪ぃ……」


 今にもリバースしそうな青ざめた表情で弱々しい言葉を吐くのは巫女装束な彼女である。

 既に体調は良好。何時もの彼女へと元通り……であるにも拘らず、こんな酷い有様なのには当然それなりの理由があった。最も、その理由は単純。今、彼女が居る()()()()()()にあった。

 仰ぎ見る夜空は雲一つない星天。下弦の月と輝く星々広がる自然のキャンバス。そして視線を前……イヤ、全方位に向ければ何処までも広がる()()。太陽輝く昼間ならば気分も晴々(はればれ)とするであろう大海も、漆黒の帳が降りた夜では不気味と恐怖が織り交ざる異界と成り果てている。そんな場所で、一人小舟に乗って波に揺られていた。

 辛うじて後方に微かに見える松明の明かりが、岸がそこにあると文字通りの灯火となって存在を主張していて、それがこの夜の海ではなんとも頼もしい。もしあれが消えたら、この夜の海の中で方向がわからずに海の藻屑となるであろう事は容易い。


「オレは航海士じゃねーから、星を視て方角なんてわからねーからな……ウップ……この依頼、ミスったか?……良く考えたら、オレ船に乗った事ねーわ」


 船酔いが思っていたよりも酷い彼女は船上でもたれつつ、断続的に込み上げてくる吐き気と戦いながら、少し前の事を思い出しながら今更ながらに愚痴っていた。




――――Now・re(回想)collecting(中だぜ!)――――


「生きてたのか?」

「出会っていきなりそれかよ?!! 確かに会うの久々だけどよ!!」


 日が昇って少しした頃に、長い石段を勢い良く上って神社に姿を現したのは本当に久々の登場である草太。あまりにも久々な登場故に、掃き掃除中の彼女ですら思わず生存を疑ってしまう発言に草太がキレる。しかし彼女には何の意味もなさない、その程度の事を彼女が気にする筈がない。


「で? 久々に現れたのは良いが、何の用だ? 飯をタカリに来たってんなら無理だぞ? 居候達の分で手一杯だ」

「……そっちは置いとくとして、今日は違う」

「なら何だ?」

「えっと……村長からの頼みなんだけど」

「……生きてたのか? あの爺さん」

「だから勝手に殺すなっての!!」


 草太の怒声も彼女は完全無視。むしろ、さっさと要件を言えと視線で語る。その視線に急かされた草太は、要件を簡潔に述べる。


「『妖怪』の被害を受けてる村があるらしくて「了承」――相変わらず速いなアンタ!! ちょっとは悩むか考えるかしろよ!!」

「何事も、速いに越した事はない」

「限度ってものがあるだろっ?!」


 即決で答えた彼女に即座にツッこむ草太。正しい事を言ってるのは草太の筈なのに、何故か堂々と言い切る彼女の方が正しい気がしてきてしまう不思議。

 そして彼女は手に持っていた竹箒を草太にパス。慌てた草太はそれでも反射的に受け取ってしまう。


「じゃ、あとよろ」

「えっ? おいっ!」


 そしてシュタッ、と手を挙げると同時。もうその場から彼女は走り去っていた。一泊遅れで草太が声を掛けるも、既に彼女は視界から消えていた。


「……行っちまった。全く「お〜い」……何だよ?」


 消えた彼女の後ろ姿を見送った草太が呆れて溜め息を吐くと、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。それに反応し振り向くと……


「……解いてくれないか?」

「……先ずはそこに至るまでの経緯を教えてくれよ」


……木に逆さまに簀巻きに縛り上げられている孝明を見て、ドン引きする草太であった。




――――Just(現在)・Now(だぜ!)――――


(――で、村長から件の村の場所聞いて、その村に着いて話し聞いて夜になるの待って即効で船出したのは良いが……船酔いってこんなキツイモノだったとは……)


 戦う前から既にグロッキーな状態の彼女は、気を紛らわす為に『那由多の袋』から取り出したお茶っ葉をそのまま口に含む。噛み締めた苦味が多少は酔いを引っ込めてくれた事に、彼女は惰性で口を動かし続ける。


「……早く出て来やがれ……」


 別の意味での時間との戦いに陥った彼女は、弱々しく己の願望を口にする。

――それが聞こえたのか、彼女の【妖気感知】に反応があった。


「……来たか、良しっ!」


 自分の頬に張り手を一発かまし口の中のお茶っ葉を吐き捨て、ダルい身体に喝を入れて立ち上がる。揺れる船の上だと言うのに微塵も足場の悪さを感じさせない彼女の姿勢。その瞳は真っ直ぐに()()より迫り来るモノを見据えていた。


「…………」


 十数秒後。月明かりが照らす、穏やかな波の海面に起きる異常事態。次第に海面が大きく盛り上がり、それに伴った波と水飛沫を辺りに撒き散らして、その存在が威風堂々と今その姿を現す。


「……デカっ」


 現れたのは()……らしきモノ。人三人分はあろう高さを持つ巨大な塊。ざんばらとした長い髪……の様なモノで前から後ろまで完全に覆われており、その僅かな隙間から鈍く光る瞳……の様なモノがこちらを見据えている。


「……『海坊主』だっけか?「柄杓(ヒシャク)ヲ寄越セ!!」……ああ、『船幽霊』の方か」


 何の『妖怪』かと首を傾げた彼女の耳に響く甲高い声とその内容に、何の『妖怪』か思い至った彼女が呟く。

 『船幽霊』――海に現れ柄杓を要求し、渡せばそれで水を汲みいられて船を沈没させられるので、伝承では底の抜いた柄杓を遠くに投げて時間を稼いでる内に逃げるのが良くある方法なのだが……今『船幽霊』の眼の前にいる彼女が、そんな()()()()をする筈がない。


「――ブチのめしがいが有る相手だな」


 指をバキボキ鳴らして獰猛な笑みまで浮かべる彼女。本当に巫女さんどころか女性らしからぬ一挙一動に、気の所為か『船幽霊』が少し引いた感じすらする。


柄杓(ヒシャク)ヲ寄越セ!!」

「コレで良いなら……くれてやる!!」


 再三の『船幽霊』の言葉に、彼女は『那由多の袋』から取り出した鉄杭を振りかぶって【投擲】する。ヒュン、と言う風切り音が聞こえたもうその時には、鉄杭は『船幽霊』の(ひたい)辺りに深々と突き刺さっていた。


「…………」

「…………」


 両者揃って暫しの沈黙。切り取られた構図の様に固まったのも束の間――


「――ォォォォォッ!!」

「やっぱ効いてねーし。『急々如律令』!――【水気・流】!」


――雄叫びをあげて『船幽霊』の巨頭が迫ってくる。

 自分の乗っている小舟などあっさり転覆される突進を前に、彼女の行使した術で海に不自然な方向に流れが現れ、それに乗って船が勢い良く動き『船幽霊』の体当たりから逃れる。


「そ〜、りゃっ!!」


 突進を躱されて無防備になった巨頭の後頭部に、再び彼女からの鉄杭が突き刺さる。しかも今度は連撃。デカい的だと次々に投げ続ける。


「――ォォォォォッ!!」

「『急々如律令』――【水気・流】。ほっ、はっ。『急々如律令』――【水気・流】。ふんっ! うらっ!『急々如律令』――【水気・流】」


 そこからは一方的な展開が続く。突進してくる『船幽霊』を術で造った水流で避けては、無防備な後頭部に鉄杭を【投擲】し続ける。


「……キリがねーな、オイ」


 十数分後。いい加減、投げ飽きた彼女がボヤく。既に五十以上の鉄杭を『船幽霊』に投げ刺しているのだが、一向に変化が見られない。残りの鉄杭も心許なくなってきているので、そろそろ他の手も考えねばならなくなってきている。


(ってもオレ、海上で使える術なんて持ってねーし。『炮烙玉』とかも無駄になりそうだし)


 火系の術は海水だらけのこの場所では意味が無い。水系の術は攻撃的なものを持ってないし、土系の術はそもそも使える土が無い。

 『炮烙玉』は海に潜られれば、はいそれまで。決め手に欠ける。


「……もう、直接取り付いてブン殴ってやろうか」


 立体機動装置が欲しいと半ば本気で思った彼女が、次の『船幽霊』の突進に合わせて飛び移ろうと決めて、タイミングを計る為に相手の動きを注視した瞬間――


「――ん?」


――ふとした違和感に気づいた。

 気の所為かと思って良く良く調べてみても、違和感は消えない。むしろ鮮明になってくる。

 己の感覚を信じる彼女は、飛び移る算段を即座に破棄。代わりに両手で印を組む。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・念糸】」


 術の行使後、彼女が天に翳した右手。その手のひらの中央から出て来た縄サイズの青白い糸が、物凄い勢いで空に向かって伸びる。

 そして十分に伸びたのを見計らってから、彼女はその右手を勢い良く振り下ろす。


「そ……こだーーーーっ!!」


 振り下ろされた右手に従い、念糸も振り下ろされる。それは鞭の様にしなり『船幽霊』……ではなく明後日の方向の海面目掛けて打ち下ろされて――


「――にょわぁぁぁぁぁーーーーっ?!!!!」

「――フィッーーーーシュッ!!」


――目標を簀巻きにして捕まえた。次いで一本釣りの要領で思いっ切り釣り上げる。捕まえられたソレは悲鳴を上げながら宙に放物線を描き、彼女の乗る小舟に落下して来て彼女の腕の中に収まる。


「…………自分でやっといて何だけど、どうすっかな、コレ?」

「きゅうぅぅぅぅぅ?」


 自分の腕の中で眼を回して絶賛気絶中の()()()を見て、彼女は首を傾げるのであった。




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「――はっ?! ここは誰?! 私はどこなのじゃ?!」

「……微妙に違ーぞ」

「?! 誰なのじゃ?!!――うにゃーーーーっ?!!」

「……なにやってんだよ」


 再び十数分後。漸く眼を覚ました女の子の第一声に彼女がツッこみ、その声に女の子は思わず距離を取ろうとして……船の縁から落ちた。

 呆れた彼女が縁に寄って、手を伸ばして海中から女の子を引き上げる。アッサリ引き上げられた女の子はジタバタと暴れるが、彼女は首根っこを掴んだままで話しをする事にした。


「は〜な〜す〜の〜じゃ〜っ!!」

「イヤ、別に取って喰おうとする訳じゃねーし。静かにしてくれよ」

「い〜や〜な〜の〜じゃ〜っ!」

「だから……」

「た〜す〜け〜て〜な〜の〜じゃ〜っ!」

「…………(グシャッ!!)」

「…………」

「初めまして、お話しても宜しいでしょうか?」

「宜しいのですじゃ!!」


 暴れ続けて聞く耳持たない女の子に業を煮やしたのか、空いている方の手で取り出したリンゴを思いっ切り握り潰す彼女。

 リンゴが木っ端微塵に吹き飛ぶのを間近で見た女の子は一瞬で大人しくなり、素直に彼女の言葉に応じる様になった。


「で? オマエが『船幽霊』の()()って事で良いのか?」

「そうな……そうですなのじゃ」

「口調は戻して良いぞ」

「わかったのじゃ」

「しっかし……イヤ、ずっと疑問に思ってたんだけどな? なんで態々(わざわざ)柄杓を要求するのか? って。あのデカい図体なら要らねーだろうに……でもこうして面と向かってわかったぜ――そりゃ、その小さいナリじゃ仕方ねーわ」


 そう言って、彼女の眼の前に居る女の子――『船幽霊(本体)』を改めて見やる。自分の元で居候している『倉ぼっこ』達と同じ位の幼さに。黒い着物を着て片目が長い黒髪で隠れている。

 捕まえるまで海中に居た為に着物も髪も海水に濡れて貼り付いているが、本人はそんな事は気にせずに至って普通に彼女と話している。


「つーか、あのデカいのは何だったんだ?」


 先程まで『船幽霊』だと思っていた巨頭の事を差して彼女が訪ねる。現物は『船幽霊(本体)』を念糸で捕まえた後に、海に沈んでしまっているので今は影も形もない。


「あれは海に漂ってる木屑や海藻なんかの寄せ集めなのじゃ。張りぼてなのじゃ」

「……マジで?」

「マジなのじゃ。そんな物だから見た目に反して脆いのじゃ。下手にぶつけると壊れるのじゃ」

「だから柄杓で船を沈めるのか」

「しかも大きいから動かすのに妖力を結構使うのじゃ。そのうえ動かすのは難しいのじゃ」

「そうなのか?」

「そうなのじゃ。波の影響も受けやすいし、一度動かすと止めたり方向を変えるのが大変なのじゃ」

「慣性の法則か……でもアレ、造るの大変だったんじゃね?」

「そうなのじゃ……材料集めから組立まで一苦労どころじゃないのじゃ〜」


 その苦労を思い出したのか、『船幽霊(本体)』の眼が遠くなる。何となく彼女は饅頭を一つ取り出して、『船幽霊(本体)』に渡す。貰った方は、眼を輝かせて齧り付く。


「美味しいのじゃ〜♪」

「そんなにか?」

「海じゃ手に入らないのじゃ」

「納得」


 周囲にキラキラとした星が見える程の『船幽霊(本体)』の嬉しさ度合いに、彼女が思わず追加の饅頭を譲渡。それに合わせて『船幽霊(本体)』のキラキラ度合いも増量。

 ご満悦な『船幽霊(本体)』が一息吐いた所で、彼女は肝心な事を訪ねる。


「で? 根本的な話し……何で村の漁師達を襲い始めたんだよ」

「ん? それはそもそも、あの村の連中が悪いのじゃ! 以前に比べて魚を獲り過ぎなのじゃ!! 乱獲なのじゃ!! 海が怒ってるのじゃ!!」

「? それ本当か?」

「本当なのじゃ!! しかも大物ばかり狙ってるくせに、小さいのは海に返さずに浜に捨ててるのじゃ! 非道いのじゃ!」

「……それが本当なら、ちとオハナシが必要だな――良し。後はオレに任せろ」




――――Time・(またちょっと)Going(時間が飛ぶぜ!)――――


「――と言う訳で、無事に終わったぜ」

「…………容赦無さ過ぎなのじゃ〜……」


 彼女からの結果報告に、『船幽霊(本体)』は冷や汗を一つ垂らして答える。

 あの後に村へと戻った彼女は、村長以下村人全員に事の次第を説明した。話しの内容に皆が驚いた事から村の総意ではない事がわかり、すぐに村長達による犯人探しが始まりアッサリと数人の若者達が下手人と判明。

 容赦ない尋問により犯行を自白した後には、村長の説教(激! 過激談)と、彼女のオハナシ(会話一・物理九)と、村人達からのタコ殴り(オラオラ)を受ける事になった。

 そしてお礼にと多くの魚を貰い、それら全てを『那由多の袋』にぶち込んで村を発った彼女は、コッソリと別の浜で『船幽霊(本体)』と合って報告していた。


「悪党に人権と慈悲と生存権と未来はいらないとオレは思う」

「…………(命拾いしたのじゃ)」


 真顔で言い切った彼女を前に、真剣に彼女とやり合わずに済んだ事に内心でホッとする『船幽霊(本体)』。

 対する彼女は溜め息一つで気怠(けだる)顔。やる気も何も無い、何時もの感じに戻ってボヤく。


「しっかし今回もハズレか……どっかに強そうな『妖怪』は居ねーのか」

「ん? 居るのじゃ「何処だ?」――速っ! 速いのじゃ!」


 『船幽霊(本体)』の言葉に即座に反応かつ詰め寄る彼女。あまりの早業に『船幽霊』が一歩引くも彼女は引いた分さらに詰め寄ってくる。


「場所は? 強さは? 数は? 種類は? 情報量は?」

「頼むから落ち着いて欲しいのじゃ〜〜〜〜っ!!!!」


……『船幽霊(本体)』の訴えを聴く者は、残念ながらそこには皆無であった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『船幽霊』――――


中級『妖怪』。

海上のある一定領域を縄張りとし、そこで船に乗っていると現れる。長い髪に覆われた巨大な頭部だけが海面から現れて、柄杓(ひしゃく)を要求してくる。

要求を断る⇒即戦闘。柄杓を渡す⇒それで船を沈めようとするので戦闘。底の抜いた柄杓を渡す⇒怒って戦闘――つまりどうやっても戦闘になる。

海上かつ船上での戦闘となる為に、足場の不安定さ・向こうは海の中も移動できる三次元軌道等々で、どうしても難易度が上がる。下手すれば船がヤられて即終了なんて事もある為に、難易度的には上級『妖怪』。

実は巨大な頭部は海の藻屑を寄せ集めて造った人形で、本体は別の所から操っている。なので人形を倒しても本当に倒した事にはならないが、また人形を造る為に暫くは姿を現さなくなる。人形を操るのは結構な重労働なので、本体的には妖力カツカツだったりする。


――――【水気・流】――――


【陰陽術】の一つ。

水に流れを造ったり、水の流れを変える事が出来る……それだけ。

桶に水と洗剤と服を入れて、この術で水をぐるぐる回せば洗濯機になる。実は作中では描写が無いが、彼女はそうやって洗っているのである。

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