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幻影…………

先に言っておきます。

作中に出てくる例えは私の独断と偏見です。突っ込まないで下さい。

「……何か、久々の遠出だな」


 既に食い終わった団子の串を口に咥えつつダラダラと道を歩く彼女。もうじき日が落ちて、漆黒の闇が辺りを覆うであろう黄昏(たそがれ)時を目的地を目指して歩いていた。

 手に持った地図をヒラヒラと振りつつ横目に見やる彼女の表情は、何時もよりもダルさ四割増しである。


「残り物には福があるって言うけど、どうだか」


 忘れてしまいそうだが、そもそも彼女は陰陽寮が定期的に行っている地方への視察を肩代わりに行っているのが現状。そして『京』を出る時に貰った地図は、実は今回ので最後。これまでの経緯を見れば、期待する方が無理と言えてしまうのが彼女の本音であった。


「これが済んだらどうすっか……適当に各地をぶらつくかな…………ん?」


 ダラダラ歩いていた彼女であったが、ふと気がつけば当たりの様子がおかしい。具体的に言えば、視界が悪くなっている。


「何だ? 霧か?」


 彼女が不思議に思う間にも霧は辺りを覆い、しかも段々と濃度が濃くなってきている。既に道の先が見えなくなってきており、このままでは完全に視界を閉ざされる事は容易にわかる。

 だがそれ以上に気に掛かるのは――この霧からは微かにだが妖気を感じる点。

 しかし霧に包まれていく状況でも、彼女は慌てるどころか呑気に頭を描きながら記憶の底から引っ張り出そうと、あ〜う〜唸っていた。


「え〜と、何だっけな……霧……(かすみ)じゃなくて……あれだあれ……『(しん)』だったか?」


 どうにかこうにか思い出したゲーム内知識を口にした彼女は……更にダルさが増す。


「単に幻を見せるだけのバカデカい(はまぐり)じゃねーかよ……タネ割れてるから、意味無ーし……」


 そう言いながら歩いている間にも、彼女の周囲では次々と霧が集まり虚像を成して牙を剥く。

 『踊り首』と『野衾』が宙を飛び襲いかかってき、『樹木子(じゅぼっこ)』が前に立ち塞がり、『鎌鼬』が眼にも止まらぬ速度で周囲を疾り、『泥田坊』が地面から盛り上がり、『輪入道』と『朧車』が轢き殺そうと後方から迫って来るが――


「はいはい、ご苦労さん」


……彼女は意にも介さず歩みを止めない。どれだけリアルに見えようと、どれだけ迫力があろうと、どれだけ数をなそうと、所詮は幻と何処吹く風であった。

 通常これだけの精巧な幻ならば、わかっていても思わず身体が反応してしまう筈だと言うのに、彼女は変わらずに無視の一言に尽きる。


「……いい加減、しつこいな」


 続いて現れたのは『鬼』。その巨体に見合った太くたくましい腕を振り上げ、鋭い爪を彼女目掛けて振り下ろす。

 本物ならば人間などひとたまりもない一撃ではあるが、本物でないならば虚仮威しの域を出れない一撃。彼女は変わらずに歩みを進めようとしたが――


「――――」


――それは本当に些細な事。根拠も何も無いただの勘。ただ彼女は何となく歩みを止めて、()()()()()退()()()

 しかしその些細な勘が――


「――っ?!!」


――彼女の命運を分けた。

 彼女の眼前を通り過ぎた『鬼』の右腕、その鋭い爪が通り過ぎた後に彼女の前髪が数本宙に舞った。

 風に流されていく己の髪を見ながら、彼女の思考は疑問に埋め尽くされる。今の『鬼』は幻ではないのか? と思った時にはその『鬼』は霧散して消えていた。


「……やっぱり幻だよな。『蜃』が見せるのは幻だけの筈……()()()な危害を加える事は出来無い筈だぞ? どういうこった?」


 疑問に思っている間にも、次々と幻の『妖怪』が現れては何の害も与えずに消えていく。消えていくが――


「――っ?!」


――消えないモノも残していく。今度は右の二の腕の当たりを浅く斬られる。一度のみならず、二度も続けばもう疑いようはない。


「……つまり、この場に()()()()の『妖怪』が居るって事か」


 『蜃』に攻撃手段が無い以上、必然的にその答えに行き着くのは良いが、問題はそのもう一体の『妖怪』は何か? という点である。先程からその『妖怪』の姿を一度も見ていないのだから。


「透明な『妖怪』なんて居たっけか? そうじゃないとしたら……この霧に同化出来る様な『妖怪』か? そんなの…………霧……()?…………『煙々羅』か?」


 攻撃を受けない様に霧の中を動き回りながら考え続けていた彼女が、ふと一体の『妖怪』を思い出す――『煙々羅』。()の『妖怪』を。


「もしそうなら、中々にキツイな」


 霧を生み出す『妖怪』と煙の『妖怪』。考えてみれば相性良い事この上ないであろう、見事なハーモニー。松ちゃんに対する浜ちゃん・武論尊の原作に対する原哲夫の北斗の拳の様に。


「この霧の中じゃ探すのは無理か……」


 【妖気感知】では『煙々羅』の居場所はわからない。辺りに漂う霧自体に妖気が含まれている所為で、そこら中が妖気だらけで判別のつきようがない。


「なら……殲滅するか。臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【火気・燎原】!」


 彼女の術で辺り一面が炎の海に飲まれる。炎の起こした上昇気流に巻かれて周囲の霧もある程度はなくなるが、焼け石に水と言った所であった。炎の範囲よりもそれ以上に広く霧が散布されている所為で、視界が開けたかと思った次の瞬間にはもう霧が侵食を始めている。

 そして相変わらず辺りを覆う妖気も健在であり、術による手応えも無かった。


「……チッ! やっぱ範囲攻撃じゃ仕留めきれねーか。直接に狙わねーとダメか」


 舌打ちするも彼女はそこまで気落ちしていない。もとより術よりも直接の殴り合いの方を好む彼女からすれば、むしろ今の術で倒される方が余計にイラついていただろう。


「……いっそ、焙烙玉で吹っ飛ばしてやろうかな。オレまで巻き添え食うけど」


 至極物騒な事を呟きつつも彼女は再び動き回る。既に霧は彼女の周りを再び取り囲んでいるどころか、それに乗じた『煙々羅』の奇襲も再開している。

 動き回りながらも、その身に増え続ける彼女の腕や脚への攻撃ではあるが……次第に極僅かな変化が見られる様になっていた。元々、付けられた傷自体が浅いモノが殆どであったのだが、傷そのものを負わない様になっていた。斬られるのは白衣や緋袴に留まり、言うなれば皮一枚の所で躱していた。


「……わかったぜ。『煙々羅』が実体化する瞬間、その箇所の妖気が少し濃くなる」


 油断無く周囲に神経を張り詰めている彼女が、その身で試したお陰で判明した事を呟く。

 しかしわかったのは良いが、何時・どの場所で実体化するかは、実体化するまでわからない、あくまで受身の対処方……なのだが。


「来いよ」


 彼女はその場で脚を止めて静かに拳を胸の前で構える。顔には不敵な笑み。明らかに誘っている。

――狙うは一瞬。『煙々羅』が攻撃の為に実体化するその瞬間に、カウンターで打ち込む。相打ちだろうと構わない、肉切ら骨断ちの精神で彼女は静かに待つ。


「……………………」


 沈黙と静寂が支配する空間。葉擦れや虫の息すら聞こえそうな無音の中、微動だにせずに構えたままの彼女はさながら彫像の様にたたずむ。常人ならば緊張感に耐え切れずに心臓が五月蝿く騒ぐか呼吸が荒くなる状況であるのに、彼女はただ静かに在る。

 そして――


「――――そこだっ!!「ぶねべあっ?!!」……あれっ?」


――己の感覚を信じて振るった彼女の拳には、確かに当たった感触があった……但し、変な悲鳴付きで。

 一泊遅れで地に倒れる音がする事から幻でも『煙々羅』でもなく、本物の人間だったと判明する。


「……何でオマエがここに居る……飯に一服盛って簀巻きに縛り上げて木に吊るしておいたのに……ハァ」


 近づいて確認するまでも無く、殴り飛ばしたのが孝明だとわかった彼女は深く重い溜め息を吐く。

 孝明の方はと言えば……顎にイイのを貰った所為で、完全にノビていた。だらしなく五体を地に晒して、口の端しから涎を垂らしている始末。


「人の戦場に勝手に入ってくるなよ……『急々如律令』――【陽気・快癒】」


 一応、自分の所為でこうなった事から治療をしてあげる彼女。ただそれ以上はしない。孝明をどっかに避難させる事などしない。この後に『煙々羅』が孝明を襲うが知ったこっちゃない。


「これで良いだろ。全く……何だ?」


 気を取り直して辺りを見た彼女の瞳に映ったのは、『倉ぼっこ』や『(さとり)』に『後追い小僧』と言った、彼女の馴染みの面々の幻であった。


「……イヤ、だからどうした? って感じだけどな」


 その幻を見ても、やはり彼女は意に介さない。無邪気にじゃれ合う様に彼女へと向かってくる『倉ぼっこ』達の幻を無視して、再び拳を構えようとして……固まった。


「…………………………………………え?」


 視線の先には霧の見せる幻が居る。幻など先程からイヤと言う程に見せられているというのに、彼女はその幻を見た瞬間に時が止まった様に感じた。

 力なく両腕が落ちる。気を抜けば膝から崩れ落ちそうになるのを何とか耐える。呼吸をするのもキツイ。心臓はいきなりローギアからトップギアに入る。

 そんな彼女を他所に、その幻は偽りの笑顔を浮かべ、偽りの言葉を投げかける。


「――どう――の? ―い夢―――たの?」


 その言葉を聞いた瞬間――


「――――」


――彼女の内でナニかが切れる音がした。











――『蜃』は、何時も通りに霧を吐き出し続けていた。

 本来『蜃』は保守的な性格である。何せ幻を見せる以外では殻にこもるしか出来ない以上、余計な戦闘は回避するのは当然の事である。

……しかし、この『蜃』は幸か不幸か『煙々羅』と出逢ってしまった。自分の能力と相手の能力が抜群に噛み合う事から、共生出来てしまう『妖怪』に。

 そうなれば後は単純。『煙々羅』はより容易く獲物を狩れる状況に満足。『蜃』はより自分の安全が保証される状況に満足。これ以上のない利害の一致である。

 そして今この時も、新たな犠牲者の存在を感じて何時も通りに霧を生み出す。後は何時も通りに『煙々羅』が片付けてくれる。何時も通りの結末が訪れるであろう上級に――


「――――?!!」


――突如響く爆音と吹き抜ける爆風。何が起きたのかわからない内に、辺りを覆っていた霧もその爆風に吹かれて散らされてしまい――そして『煙々羅』の妖気が消えた。

 爆音と爆風が過ぎ去った後に静寂が戻ってくる中、微かな異音が響く。それは少しずつだが、確かにこちらへと向けて近づいて来ている。


「…………そこに居たか」


 微かな呟きが静寂の中に響き、その姿を現す。声の主である彼女は――ボロボロに近い状態であった。着ている白衣の袖や緋袴が所々千切れており。そこから覗く手足からは血が流れている箇所も少なくない。顔にも頬に幾つかの裂傷が走っており、軽度の火傷痕もある。

……焙烙玉の余波の所為である事は明白であった。


「…………」


 しかし彼女は傷や服の事など意にも介さず、歩みも止めない。ただし、その歩みは順調とは言い難い。一歩進む毎に軽く左右に揺れて、歩みは明らかに遅い。

 ただ……それは先の爆発の余波の所為かと言うと、少し違う感じがした。脳震盪(のうしんとう)などでフラついていると言うよりも、夢遊病の患者の様な、何処か夢現な感じがした。


「…………」


 フラつきながらも着実に歩んでくる彼女の、その右手に握られているのは何時もの大木槌……ではなく大()槌。明らかに重量感と威力がひと目で丸わかりの得物を、地面をガリガリと削るように引き摺りながらこちらに向かってくる姿は怖いとしか言い様がない。恐怖を煽って仕方がない。


「……コレ、重すぎて普段は使えねーんだけど……動けないオマエなら何の問題も無いよな?」


 焦点が合っていないどころか、ちゃんと『蜃』を視ているのかすら定かでない虚ろな瞳で彼女は呟く。

……『蜃』にとって最大の不幸は、霧が見せる幻は相手の思考に反応して形作る()()()なモノである為に、自分でも見せる幻を制御していないと言う一点あろう。もし制御出来ていたのであれば、先の幻を眼の前の彼女に見せないと言う選択肢を選ぶ事も出来たのであろうから。


「あ〜〜〜……ダメだ。自分で言うのも何だけど、今のワタシ……じゃなくてオレ、不安定だわ……だから、抑えきれそうにねーわ」


 だがそれも、もしもの可能性の話し。既に賽は投げられている上に、目も出ている。

 故に――その結果は責任持って受け止めねばならない。己の身にて。


「……頼むから、オレの気が済む(解体しきる)まで原型を留めていろよ?」


……その後の事を語るには、言葉では少しばかり難しい。

 あえて言うならば、『蜃』は生まれて初めての恐怖を感じ、その場からは打撃音と破壊音が続き、暫くするとその音が肉を叩く音へと変わり、そしてその後に霧が晴れたと言う事だけである。

……そして、孝明は当然忘れられて置いてかれていった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『(しん)』――――


中級『妖怪』。

巨大な(はまぐり)。周囲に幻を見せる霧を散布する、ただそれだけの『妖怪』。

倒そうと思えば倒せる……が、霧の中こいつを見つけるのは大変な上に、とにかく硬いしそれに見合ったモノが手に入る訳でもない。逃げないけど経験値の低いメ○ルキング、みたいな『妖怪』の為に大抵のプレイヤーは出逢ってもスルーする。


――――『煙々羅』――――


中級『妖怪』。

確固たる姿を持たない煙の『妖怪』。攻撃の際にのみ実体化して襲うが、やはり形状はその都度に様々な姿を取る。

実体化した時にしか物理的な攻撃は通用しない上に、術に対する耐性も強いので倒すのは困難。

ぶっちゃけ準上級『妖怪』とも言える程に厄介……だが、移動速度が非常に遅いので走れば簡単に逃げられる上に、強い風に吹かれると飛ばされてしまうので炮烙玉などで吹き飛ばすと倒せたりする。

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