決着……イヤ、頑張ったし
今年最後の投稿になるでしょう。
皆さんも良い年末を。
……ちなみに私は、今年も川崎大師で人並みに呑まれる予定です。
清流と言う言葉がまさに似合う綺麗な小川。そこに住む小魚達を肉眼でもはっきりとわかれる程に澄んだ川にしゃがみ込んで、一心不乱に作業するモノが居た。
「――小豆洗おか♪ 人取って喰おか♪」
法被と半股引に似た服を着たパッと見オッチャン、その実は妖怪な『小豆洗い』が、腰を屈めて呑気に歌いながらザルの中の小豆を小川の水でシャカシャカ洗っていた。
長閑に見える光景。爽やかな日常な風景。平和な一コマであったが……
「……ん? んん? 何や? 感じるで?! ワイの第六感にビンビン来てるで!!」
突然顔を上げて辺りを見回しつつ『小豆洗い』が叫ぶ。先程までの長閑な雰囲気は欠片も残らぬ緊張感。『小豆洗い』は手に持ったザルを大事に抱え込むと、その場から逃げる様に走り出す。
「良くわからんが、ここに居たらアカン! すぐに逃げ「しかし回り込まれてしまった」だああああぁっ?!!!!」
……出鼻をくじくタイミングで突然現れたのは、巫女装束な彼女。一切の気配を感じさせずに無音な登場をした彼女に驚き、『小豆洗い』は脚を滑らせ小川の中にひっくり返り、後を追うように投げ出された小豆がポチャンと落ちる。
ガボガボと水中で泡を吐きつつ藻掻く『小豆洗い』。それを呆れた眼で見つめる彼女。数秒後、漸く立ち直った『小豆洗い』は盛大な水飛沫を上げながら小川の中に仁王立ちして怒鳴る。
「何やねん、またお前かっ?!! 相変わらず突然現れんなやっ!! と言うか、以前と住処変えたんに何でここがわかった?!! どうやって知ったんやっ?!!」
「カン」
「そんなんでわかってたまるかーーーーっ!!!!」
魂の雄叫びをあげる『小豆洗い』。何でコイツこんなに怒ってんだ? と首を捻る彼女。とことん噛み合わない両者であるが、出会ったしまったからにはイヤでも噛み合わねば話しは進まない……被害は『小豆洗い』の方に一方的であるが。
正直、話しなど聞きたくない。聞きたくないが……その場合、以前のようにボコられると予感した『小豆洗い』は、不意打ちは効かないと身構えながら彼女に尋ねる。
「で? 今度は何の用や?……と言うか、ワイを訪ねる理由なんて想像つくんやが……」
「当たりだ。また一つ洗ってもらおうと思ってな」
「はんっ! やっぱりか! だからと言ってそう簡単に受けると「丹波原産。最高級『大納言小豆』」……う、受けると、思ったら、大間違い「二袋ならどうだ」喜んで受けさせて頂きます!!」
「……まあ、わかりやすいから良いけどな」
前回と同様……いやそれ以上に即効で土下座する『小豆洗い』と、予想していたとは言え、予想通り過ぎる態度に呆れる彼女。
取り敢えず渡した二袋を、大事に大事に懐へとしまう『小豆洗い』がホクホク笑顔で彼女に問いかけ――
「で? ブツは何や?」
「これだ」
「……………………」
……出されたブツを見て一瞬で笑顔が凍りついた。
『那由多の袋』から出したのは先日の戦利品である鎧武者の黒刀。手に入れたのは良いが、な〜んか危険な香り以外しない為に、わざわざ『小豆洗い』を探してまで浄化を頼みに来た一品。
「…………いや、これ、無理やわ」
なんか遠い目をして彼女に言う『小豆洗い』。驚きが一周を通り越して二週目に入ってしまったみたいな様子に陥り、懐の小豆入り袋が滑り落ちて地面に音を立てる。されど、それを気にする余裕もなく『小豆洗い』は放心している。
「無理? 出来無いのか?」
「いや、そういう意味とちゃう。コレから『穢れ』取ったら……多分、何も残らへんで?」
「何も? どういう意味だ?」
彼女の問いに『小豆洗い』は、あ〜う〜唸って考える……と言うよりも言葉を選んでからその問いに答える。
「コレ、『穢れ』の集合体みたいになっとる。元々、刀を核にしとったようやけど……積もり積もった『穢れ』の量が多過ぎて、その核となった刀自体が削られていったみたいやな。本体つーか原型つーか、元の刀の部分は無うなっとるで」
「ん? つまりコレ、刀に見えるけど刀じゃ無いのか?」
「……刀の形をした、実体化するほどに凝縮された『穢れ』の塊や。せやから洗ったら……元の刀の残骸どころか鉄粉しか残ってないんとちゃうか? それでも良いなら、洗ったるけどな」
「…………そうか」
それを聞いて、彼女は黒刀を『那由多の袋』にしまい込む。どうやら黒刀を失う事は、彼女の中では却下のようである。
さっさと踵を返す彼女の背に、『小豆洗い』は慌てて声を掛ける。
「おい、コレは返さんで良いんか? 何もしてないのに貰うんは……」
「ん? 良いさ。迷惑料だ」
小豆袋を手に言う『小豆洗い』に、素っ気なく返す彼女。別にどうでもいいと思ってる彼女に対して、『小豆洗い』の方は返さなくて良かった事に心底安堵していた。
そして去っていく彼女に、『小豆洗い』はずっと気になっていた事を聞いてみる。
「そんな危ないモン、持ってて大丈夫なんか?」
「ああ、別に持ってても、無性にナニかを斬りたくなるだけだし」
「帰れーーっ!! さっさと帰ってまえーーっ!! ってか捨てろーーーーっ!!!!」
――――Time・Going――――
「…………」
そして何て事の無いただの道を、神社を目指してダラダラと家路に着いている彼女が、適当に何か食物を『那由多の袋』から出そうとした、その瞬間。
「「「「……ふふふふふ」」」」
「?」
突如響く笑い声。何だ? と辺りを見回そうとした彼女よりも早く、その声の主達が姿を現す。
「大変、長らくのご無沙汰だった」
「しかし、無駄な時間を過ごしていた訳では、断じて無りません!」
「数多の艱難辛苦を味わってきたのも、全てはこの時の為や!」
「勝利、掴む、私達」
「えっと……我等、大いなる絆で結ばれし、朋友達」
「「「「満を持して、今ここに参・上!!」」」」
「参……上……」
長々としたセリフをテンポ良く喋り、かつ一々無駄にカッコつけた仕草を見せ、最後にどっかの戦隊よろしく揃って決めポーズを取った五人組の登場を前に――
「……………………」
――彼女は無意識に乾いた拍手を送っていた。
現れたのは、そう言えばこのところ姿を見ていなかったな〜、などと今更ながらに思えてしまう『妖怪』達。
この中では一番付き合いの長い『後追い小僧』。丁寧な口調で参謀役とも言える『袖引小僧』。関西弁だが意外にも常識派な『提灯小僧』。初めて見るが、手に持った瓢箪がトレードマークなので、恐らく『瓢箪小僧』――
「……なあ――」
――そして一人だけ他の皆とは違いオドオドとした雰囲気でいる……
「――明らかにオマエは違うよな? 『豆腐小僧』? 何でコイツ等と?」
……豆腐の乗った皿を持った『豆腐小僧』。
どう考えてもここに居る理由が彼女にはわからず、その様子からも自分が場違いだとわかっているらしく本気で困っている『豆腐小僧』に訪ねる。
「えっと……いやだと言ったんだけど……」
「ああ、言わなくてもわかった。大方、単に名前が小僧繋がりってだけで、無理矢理に連れて来られたんだろ?」
「……はい」
「なら、もう行って良いぞ。十分義理は果たしただろ?」
「はい、失礼します」
そう言って、駆けていく『豆腐小僧』。それを見送った彼女は――
「「「「こっちを無視して話しを進めるな! 後、勝手に――ぐはぁ?!!」」」」
――意識の外に追いやっていた連中からの声に対して、取り出した小豆をそれぞれの額に【指弾】で撃ち込む事で応えたのであった。
「……つーか、オマエ達、出待ちしてんじゃねーし」
「そんな事はどうでも良い!!」
一早く立ち直った『後追い小僧』が彼女へと咆える。背に炎を灯して。
「今度こそ、本当の本当に、最後の決着を付けに来た!! 俺達の挑戦を受けてくれ!!」
「めんどい」
「……今度こそ、本当の本当に、最後の決着を付けに来た!! 俺達の挑戦を受けてくれ!!」
「イヤ、だから「今度こそ、本当の本当に、最後の決着を付けに来た!! 俺達の挑戦を受けてくれ!!」……オレは「今度こそ、本当の本当に、最後の決着を付けに来ました!! 私達の挑戦を受けて欲しいです!!」……おーい「今度こそ、本当の本当に、最後の決着を付けに来たんや!! 俺達の挑戦を受けて下さいや!!」……「今度こそ、本当、本当に、最後、決着、付けに、来た!! 私達、挑戦、受けて!!」…………わかった」
『後追い小僧』に続く、『袖引小僧』・『提灯小僧』・『瓢箪小僧』からの懇願に彼女が白旗を揚げる。ぶっちゃけ、何時もの彼女ならば問答無用で手が出るのだが、何かを諦めたような感じで深い溜め息を吐く。
頭痛でもしてきそうな彼女に対して、『後追い小僧』達はガッツポーズ。テンションが全くの正反対な双方である。
「で? ルール……勝敗の決め方は?」
「それは単純です。貴女「貴女、逃げる。私達、追う。追い越す、勝利。出来無い、敗北」……」
彼女の問いに答えるのは『袖引小僧』……の言葉をぶった斬った『瓢箪小僧』。『袖引小僧』はせっかくの説明役を取られてフリーズし、『瓢箪小僧』は『提灯小僧』に後頭部を叩かれる。
「……「漫才じゃ無いから! 違うからっ!」……先読みすんな」
必死に弁解する『後追い小僧』に、彼女は本気で頭痛がしてきそうになってきたので、さっさと終わらせる事を決めた。
草履の履き心地を確かめ、軽く足首を回し、手をポンと叩いて注目を集める。
「逃げるオレをオマエ達が追い越せるかどうか、で良いんだろ?」
「そうだ」
「ならさっさとやるぞ。無駄に時間を潰す気は無ぇ」
「「「「…………」」」」
彼女の言葉に『後追い小僧』達の表情が変わる。覚悟を決めた漢の顔。その表情に、彼女も少しばかり感嘆の声が漏れる。
「(中々、良い顔だな)良いか?」
「何時でも」
「なら、始めようか? 最初で最後の本気の勝負だ――」
最後の確認を終えた彼女は――
「――憑いて来いよ?」
――宣言通りに、全力で【縮地】による疾走を開始した。
言った通りに本気な全力疾走。大人気ないとかそう言う言葉は彼女の耳に念仏。明日には全身筋肉痛でも構わないフルアヘッド。
【妖気感知】で、あっという間に開いていく距離がわかる。このまま何も起こらず、彼女の完全勝利は疑いのないものになるかと思ったその時――
「――?」
――【妖気感知】で感じる妖気が近づいて来ている。つまり、差が縮まってきている。
彼女が疑問に思うのは無理もない。今回初めて出会った『瓢箪小僧』はともかく、それ以外の三人はこれまでのアレコレで実力の程を既に知っている。故に、この速度に付いて来れる以前に、追い付けるのは考えられない。
(いったいどんな手品使ってんだ?)
遂に後ろから足音が聞こえてきた段階で、彼女は疾りながら後ろを振り向いて――
「……はあっ?!」
……彼女にとっては実に珍しく、驚きの声をあげた。
全力疾走中で危険にも拘らず、視線を前に戻すのをやめない……と言うか、考えられない。不覚にも彼女はこの時、完全に呑まれてしまっていた。
「「「「はっ! はっ! はっ! はっ!」」」」
四人横一列に並んで、肩を組んで足並み揃えて走るその光景に。
運動会なんかで良くやるアレ、二人三脚……この場合は四人五脚というべきであろうフォーメーションで走る『後追い小僧』達。有り得ない方法で有り得ない速度を出す、異様を通り越して奇妙な現実に彼女も流石に眼を剥く。
(つーか、マジで速ぇっ!!)
全力疾走な自分が引き離せないどころか徐々に差を詰められている現状に彼女は驚き、対する『後追い小僧』達は今まで届かなかった彼女の背中が届くところまで来れた事に感激の渦。
「「「「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」
手が届く。掴める。あと一息。ならば出し惜しみは無し。
『後追い小僧』達は己を鼓舞し、限界を超えた力を脚に注ぎ込み、全員が一丸となって勝利の二文字をその手に掴む為に地を蹴って――
「「「「――しゃああああぁぁぁーーーーっ!!!!」」」」
――渾身の力を持って、彼女を追い越した。
凄まじい速さの為に止まるのにも数十メートルを要したが、そんな事は些細な事。『後追い小僧』達は夢見た念願の勝利に、勝鬨を上げる。
終わってみれば身体中が痛い。だがそれを気にしない程に歓喜が勝る。思わずこぼれ落ちる涙を拭う事もせずに、お互い肩を抱き合ったままに眼で語り合う。
「……イヤ、凄ーよオマエ等」
遅れて来た彼女が、素直に賞賛の声を賭ける。彼女自身も息が荒いままであるが、こちらを讃えてくれている事に、『後追い小僧』達は更に勝利の実感が強まる。
「……勝者には、賞品が贈呈されないとな」
((((えっ?))))
突然の彼女からの言葉。腰の袋に手を突っ込んだまま、彼女はこちらへと歩み寄ってくる。
(((…………)))
『瓢箪小僧』を抜きに、『後追い小僧』・『袖引小僧』・『提灯小僧』の胸には感慨深いモノが去来する。
思えば彼女との付き合いも長い。時には凹まされ、時には非道い目に遭わされ、時にはボコられた。しかしそんな相手が今、自分達を認めてくれたと言う現実に更に込み上げてくるものがある。
「さあ、受け取れ」
「ああ!」
彼女からの贈り物を、代表して『後追い小僧』が恭しく受け取る。
その手に渡されたのは――
「「「「――んん?」」」」
……大振りの黒い刀。持っている『後追い小僧』の胸中に切断衝動が沸き上がってくる、見た目からも雰囲気からも危ない事この上ない代物。
「なお返品は受け付けない――じゃあな」
そして、先程よりも明らかに速い速度でその場から走り去る彼女。後にはポカンとした四人と、賞品……と言う名の厄介物が残る。
数秒後、四人が現状に気づき……
「「「「……ちょっ?! 待てやコラァァァァァァーーーーッ!!!!」」」」
……かくして、第二ラウンドのゴングが鳴る。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『瓢箪小僧』――――
低級『妖怪』。
道行く人を、茂みの中などから突然現れて驚かすだけの『妖怪』。
【妖気感知】の所為で、プレイヤーに対する成功率は限りなく低い。




