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村人……イヤ、メンドイだけだぜ

基本的に主人公はどこまで行ってもマイペースです。

なぜなら――――ソッチの方が書きやすいから。

「………………」


 小鳥の(さえず)りとザッザッという音以外、何も無い静かな神社の境内で黙々……イヤ、ダラダラと彼女は箒を掃いていた。社務所の掃除を終えた後、一眠りして昼頃に目覚めた彼女は適当に食事を済ませた後、他にする事も無いので取り敢えず境内の掃き掃除などしていた。

 神社・巫女さん・掃き掃除と言うテンプレ的構図であるのだが、彼女の相も変わらずなダルそうな目付きと、先刻まで寝ていた所為で付いた寝癖が色々ブチ壊しにしている。ちなみに今は、肩甲骨ぐらいまで伸びた髪を首の後ろで紐で括っていないのは……単にメンドくさいからであった。


「……これから、どうすっかな〜…………ん?」


 取り敢えず寝床の確保が出来た彼女が当面の事を考え始めたその時。【気配感知】に掛かる気配と音……と言うか声。どうやらその声は、この神社へと続く長い階段の方から聞こえてくる様である。軽く頭を掻きながらそちらを見ていれば、徐々に声が近づいて来る。

 十秒と経たずに現れたのは――


「――おっしゃ! いちば〜ん!」

「ああ! ちくしょ〜……」

「ゼ〜ハ〜……ゼ〜ハ〜……くそ〜〜」

「またかよ〜〜……」

「…………みんな、速過ぎ、だよ〜〜……」


――子供達であった。

 短く刈り込んだ髪。日に焼けた肌。土に汚れた手足。着ているのは少し汚れの染み付いた粗末な着物に草鞋(わらじ)。まんま農村の子供と言った子達が五人、鳥居の所で荒くなった息を整えている。


(やっぱここは現実だな。NPCなら、あんな汚れ(・・)シミ(・・)なんて無ぇもんな……)


 掃除の手を止めて子供達を只なんとな〜く見つめる彼女。やや小柄の所を見れば、小学校中学年といったぐらいであろうか?


(…………イヤ、そうとも限らないか。昔の人間は平均身長が低かったって聞くしな。有名な戦国武将も、160センチ超えてるのは少なかったらしいし……ホント、食生活って重要だな)


 今現在の元の世界と変わらず160ちょっとな、昔の時代ならば大柄に入る自分の身長を省みる彼女。もしかしてオレ大女になるのか? などと考えていると――


「――ん? あっ……」

「えっ?」

「あれっ?」

「ん?」

「あれ〜?」


――子供の一人が彼女の存在に気がつく。釣られる様に他の子達も。


「…………」

「「「「「…………」」」」」


 交錯する視線。静かな境内に訪れる若干の緊張。そこだけが切り取られたかの様に時間が止まった空間。しかし――


「…………」


――彼女の方がアッサリと視線を外し、掃き掃除を再開する。完全に背を向けたその態度からは興味を失ったと言うよりも、心底どうでも良いと言った感情が丸わかりであった。

 背に感じる視線で子供達が自分に注目しているのはわかるが、彼女は気にも止めない。お前らよりも地面に散乱しているこの葉っぱ共の方が重要だとばかりに、黙々と箒を動かす。

 そうして数分後。子供達の視線が感じなくなり、気配が遠ざかって行――


「――わああああぁーーーー!!!!」

「…………」


――ったと思ったら、何か悲鳴が聞こえた。しかし彼女は動かない。気にしない。知ったこっちゃない。むしろ、集めた葉っぱをここで燃やしても消防来ねーよなー、なんてどうでも良い事を気にする始末。

 そんな彼女に再び近づいて来る気配。先程の子供の一人が石段を登り彼女の元へとやって来ると、荒い息も整えずに話し掛けてくる。


「あっ! あのっ?! 手を貸して下さい!」

「…………」


 子供が訴えるも、彼女は答えない。イヤ、それどころか今自分に訴えている子供の事自体、認識していない。自分には関係無いとばかりに。


「足、折れちゃったみたいで! 僕達だけじゃ動かせないんです!」

(……だったらオレじゃなくて、村の方から人を呼んで……………………待てよ?)


 掃除の手を止めて、ふと考える彼女。コレ、もしかしてチャンスじゃねーか? と。

 (しば)しの逡巡の後に、箒を放り出して歩き出す。突然の行動に声を掛けてきた子供が困惑するが、歩き出した方向を見て、顔を(ほころ)ばせながら慌ててついて行く。そして、ウザいぐらいに長い石段の上から見下ろしてみれば、かなり下に見える地面に倒れて(うずくま)っている子一人と心配そうにしている子三人。


(面倒だから、一気に行くか)

「――ちょっ?! ええええぇ〜〜〜〜?!!」


 石段を一つ一つでは無く、十段ぐらいを一歩として駆け下りて……イヤ、飛び降りて行く彼女。後ろから聞こえる驚きの声は無視して軽やかにテンポ良く、そして、あっと言う間に一番下までたどり着く。


(【体術】スキル上げといて良かったぜ。お陰で身体のキレは良いし)


 唖然としている子供達を他所に軽く手足を確かめる彼女。だがそれもすぐに終え、倒れている子の方へと向かう。思わず道を開けるように離れる他の子供達には目もくれずに、倒れている子を見る、と言うか診る。


(…………骨折か。派手にイってるな)


 未だかつて有り得ない方向に曲がっている右足を見て、(しば)し思考する彼女。


(ん〜〜……アッチの方でも良いんだけどな。ここは折角のチャンスだ。コッチを試させて貰うか)


 右手の人差し指と中指を揃えてピッと伸ばし、素早く横・縦・横・縦・横・縦・横・縦・横の順に九回空を切る――『早九字護身法』。そして最後の動作と共に告げる。


「【陽気・癒】!」


 告げると同時に、子供の折れた足が青白い光に包まれる。周りの子供達が目を見開いて見つめるのを他所に光は徐々に強くなり、皆が直視出来ずに目を瞑ってしまう。

 数秒後、皆が恐る恐る目を開くと――


「「「「「――えっ……?」」」」」


――完治した右足があった。未だかつて有り得ない方向に曲がっていた右足は元通りに姿を取り戻していた。立ち上がってピョンピョンと飛び跳ねてみるも、痛みは無く普通に動かせる。足に付いた血液の残滓が無ければ先程まで骨折していたなど、とても信じられない光景であろう。


「治ってる?……治ってる!!」

「すげ〜! すげ〜!」

「ありがと…………あれっ?」


 瞬時に治った足に子供達は気を取られ、気がつけば治した本人の姿が無い。周囲を見回してみれば、めっさ長い石段の頂上に彼女の後ろ姿が見えたがすぐに視界から消える。


「…………どうしよっか?」

「「「「……………………」」」」


 後に残された子供達は、いきなり現れ唐突に治癒しあっさり消えた彼女に対してどうすれば良いのか途方に暮れていた。

 そして当の本人はと言えば……


(早九字護身法で、あの程度の骨折を完治出来る……か。ゲーム内じゃソロプレイだったから、自分で自分を治癒してる内に【治癒】スキルが上がってたからな〜……その所為か? 十全の威力でやったらどうなんだか……)


……やはり自分の事ばかりで、子供達の事など頭から消えていた。




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


――約一時間後。神社へと続く長〜い石段を登る集団が居た。やはり着ているのは汚れの染み付いた粗末な着物に草鞋(わらじ)。先程の子供達をまんま年を取らせた様な、The農民と言った十人程の一団であった。

 やって来た目的は勿論、例の彼女の事である――長年無人だった神社に突如現れ、子供の骨折を瞬時に治したかと思えば会話らしい会話もロクに出来ずに立ち去った、正体不明の巫女さん。

 最初その話しを聞いた大人達は揃って信じなかった。何せいきなりな話しの上に、子供の折れた足が綺麗に治り過ぎていた所為で治してもらった風に見えなかったからであった。それでも、子供達の懸命な説得によって(ようや)く大人達も信じたのであった。

 そして当然その後には村会議である。その巫女さんが何しに来たのか? どんな人物なのか? 何時まで居るのか? どう対応すれば良いのか? 等々あれこれ話し合ったが……結論は出なかった。そもそも、その巫女さんの事自体な〜んもわかってないのだから当然と言えば当然であった。

 と言う訳でこうして村長以下、腕っ節に自慢のある者達でやって来たのであった。尚、良い感じに歳を取っている村長は一番ガタイの良い男に背負われている為、長い石段を自分で登らずに楽をしている。


「ホレ、もう少しじゃ。しっかりせんか」

「……人の背中に乗っかってる癖に、何でそんなに偉そうなんだよ?」

「村長じゃからじゃ!」

(やかま)しいわ、クソジジイ!! とっととあの世に逝きやがれっ!!」

「ふん! 言われんでも、後二十年も生きたら「「「「「長ぇよ!!!!」」」」」……なら十年「「「「「それでも長ぇよ!!!!」」」」」……五年「「「「「しつこいわっ!!!!」」」」」……グスン「「「「「泣くなよ!! 気持ち悪いからっ!!!!」」」」」……わっはっはっは!「「「「「だからって笑うな!!!!」」」」」…………どうしろと言うんじゃ、お主ら」


……もはや漫才にしか聞こえないやり取りをしながら一同が石段を(ようや)く登り終え、同時に村長も地面に降りる。そして問題の人物は何処だと皆で境内を見回す――


「…………」


――必要も無くあっさり見つかった。一同が今居る鳥居から真っ直ぐに奥の拝殿まで続く石畳の参道。その両脇に均等に配置されている石灯籠の一つを前に何やら考え込んでいる。


「…………何を悩んでおるんじゃ?」


 やや尻込みしている他の連中を代表して村長が尋ねる。そして彼女は事も無げに答える。


「イヤな……境内を掃除してたから、この石灯籠も掃除しようとしたんだけどな」

「うん?」

「これ、苔生(こけむ)してるだろ? なんつ〜か、このままの方が侘び寂びがあって良いんじゃねーかなー、と思ってな。アンタ、どっちが良いと思う?」

「…………そのままで良いとワシは思うが……」

「そっか。なら、このままで良いか。あんがとよ」

「うむ」


 言って、(きびす)を返し社務所へと向かう彼女。一同はそれを見送って――








「「「「「――って! ちょっと待ったぁ〜〜っ!!」」」」」


――なるものかと揃って声を張り上げた。


「……ンだよ?」


 舌打ちしながら気怠そうに振り向く彼女。表情からも心底ウザってーなー、と言いた気である。出だしから不機嫌な彼女の態度に、若干腰が引けながらも村長が話し掛ける。


「すまんが話しを聞いてもらえんかの? 儂は――」


 と、村長が話し始める……が。


(農民の割には普通の喋り方だよな――ゲーム内と一緒で)


 彼女は一切合切聞いておらず、別の事を考えていた。

 『九十九妖異譚』内でのNPCの農民の話し方が普通なのは、発売当初の時点では「〜だべ」と言った農民的喋り方にしていたのだが……あるスタッフがリアルを追求しすぎて地方の方言まで取り入れた事によって、プレイヤー達から「「「何、喋ってんのかわかんねえっ!!」」」と言うクレームが殺到したからである。そういう経緯を経て、喋り方が普通になったのであったが……この世界でもそうなっているのは、やはりこの世界が『九十九妖異譚』と酷似しているからであろうか?


「――と言う訳で…………話し、聞いておるか?」

「ん? ああ、アンタの葬式はここで行いたいって話しだろ? でもここは神社だから、そう言う話しは他所の寺で「誰もそんな話し、しとらんわっ!!」……」

 思わず曲がった背と腰がピンと伸びる勢いでツッこむ村長。一方、彼女の方はそれを見て、元気なじーさんだなー、と自分が話を聞いていなかった事を何とも思っていなかったりする。


「……じゃあ、何なんだよ?」

「じゃから! お主は何物で! 何時からここに居て! 何の目的でここに居るのかじゃ!」

「……巫女さんが神社に居ちゃ悪ぃのかよ?」


 最もな発言に何人かが納得しそうになるが、村長は続けて尋ねる。


「何年も無人だった神社にいきなり人が居れば、誰だって不審に思うじゃろ? 時折、旅の者がやって来てもこの神社に住もうとはしなかったんじゃ。現に数日前に村を訪れた巫女も、この神社に見向きもせんかったしの」

(ふ〜〜ん。勿体無ー事したな。ソイツ)


 と、どうでも良さ気に思った彼女であったが、続く男達の言葉に固まった。


「……と言うか、あの巫女さん、変だったよな?」

「ああ。何か鏡で自分の事ばっか見てたし……」

「『我が理想の肉体がここに〜〜!!』とか、『現実でこの姿を拝めようとは〜〜!!』とか、訳わからん事ばっか言ってたしな」

(…………それ、オレと同じ様にこの世界にやって来た奴じゃねーか? しかも、ネカマプレイヤーかよ……)


 思い掛け無い情報に軽く頭痛がしそうな気がしてくる彼女。自分と同じ様に、この世界に来ているプレイヤーが居る事がわかったのは一つの収穫ではあるが……その相手が変態共では素直に喜べない。イヤ、確かにあのゲームにはまともなプレイヤーも居るには居たが……圧倒的少数であった事を思うと……


(……出会いたく無ーな。マジで……ああ、でもオレのリアルラック値の低さを考えると……)


 本当に頭が痛くなりそうな彼女であった。


「――で? 儂の質問に答えとらんぞ」

「ってもな〜。当てもなく歩いてたらこの神社見っけて、一晩泊めて貰おうとしたら無人。なら、オレが住んでも良いかと思って昨夜から使ってんだけど?」

「……単なる風来坊と言う所か?」

「外れちゃいねーな」


 当たってもいねーけどな、などと心の中で思う彼女。異世界から来たなんて言った所で信じるどころか理解すら出来無いだろうから。


「――で?」

「うん?」

「他に何かあんのか?」


 無いならさっさと帰れよ、と言外に言いながら村長に尋ねる彼女。不機嫌メーター上昇中である。

 だが、そんな彼女の態度に臆する事無く(背中や脇の下にめっさ汗かいてるのを隠して)村長は毅然と(見える様に)彼女に(内心ビクビクしながら)告げる。


「この神社に住むと言う事は、つまり儂等の村に住むと言う事になる」

「…………」

「じゃから、村の為に働く義務が生ずるんじゃ」

「…………ふ〜〜ん」


 半ば予想通りの言葉に相槌を打つ彼女。要は――


(――住まわせてやるから家賃を払え(・・・・・)、って事だろ?)


 頭をポリポリ掻きながら少し思案する彼女。正直な所、メンドイの一言に尽きる。

 彼女からすれば、無人の拠点……と言うか寝床を折角手に入れたので少し惜しいとは思う。しかし問題は払うべき家賃であろう。本当に銭を払えば良いと言う訳では無い。こんな農村では物々交換が基本であろうから、銭なんてもっと大きな街にでも行かなければ使い道は無いのである。

 ならば何で払えば良いのか? と言えば、次には物と言う事になる……が、これも彼女的にはしたくない。彼女が持つ『那由多の袋』は、無限に収納出来ても中身は有限である。自分が使用するならともかくこんな事で減らしたくはない。

 となると、最後に残るのは彼女自身と言う事になる……が、まさか巫女さんに畑仕事手伝えなんて言う訳無いだろうし、さっき子供にした治癒や本業である妖怪退治もそう頻繁に有る訳でも無い。となると――


(――文字通り(・・・・)身体で払え(・・・・・)ってか……わかり易いよな。コイツ等)


 村長以外の男達が、最初から自分に色欲混じりの眼を向けている事には気づいていた。正直、物理的に排除したい所だが、それをしないのは村長の眼の所為である。


(…………わかってるな、この爺さん。オレがコイツ等どころか、村一つ(ちり)に出来るって事と。もしそうなったらオレが(・・・)何の躊躇(・・・・)も無くヤる(・・・・・)って事)


 恐らくだが、本当は関わりたくないのであろう。いくら他所者とは言え、自分達から関わるのは厄介事に関わるのと同意。放っておきたい。

……しかし、それも出来無い。村と言う閉鎖空間に他所者と言う異物が紛れ込むのを見過ごす事は、それの自由を認める事。引いては、それの起こした厄介事に巻き込まれる事を意味する。しかも相手は他所者。何時でもトンズラ出来る……となれば、イヤでも関わらざるを得ない――追い払うか受け入れる為に。それがどんなに危険でも。


(年の功ってヤツか……)


 わかる。人を視る事に長けている彼女にはわかる。目の前の爺さんが、自然体に見えながらその実、命懸けであると言う事に。


「……………………わかった」


 短い様でいて当事者達には長い間の後に、彼女は頷いた。そして村長以下男達全員から視線を外して歩き出す。


「――お、おい?」


 誰かの声にも答えずに歩き続ける彼女。そのまま例の長い石段を再び駆け下りると、極々自然に村へと歩いて行く。


「…………」


 村の中に入り、老若男女問わず村人達からの視線を受けても彼女は止まらずに歩き続ける。彼女が漸く歩みを止めたのは、村の畑の前だった。


「――いったい、どうしたんじゃ? こんな所に来て何をする気じゃ?」


 例によって他の男の背に乗って彼女に追いついた村長が尋ねるも、彼女は答えない……ここまで村長を乗せて走ってきた男がブッ倒れているのも、気にしない。

 彼女は腰帯に括り付けてある『那由多の袋』から一枚の白無地の衣装――『千早』を取り出すと白衣の上から着る。次いで取り出した緋色の扇と、持ち手の先に上・中・下と三段に分かれて、下に行くに連れて小さな鈴が多く付いたツリーの様な形をした器具――『神楽鈴』を手に持つと、目を閉じる。


「…………」

「「「「「…………」」」」」


 周囲で村人達が何をするのか、と見つめる中、彼女は只々静かに呼吸を整える。

――焦る事は無い。気負う事も無い。そもそも失敗する事等、彼女にとって有って(・・・)はならない(・・・・・)

――動作は身体が覚えてる。音は心が覚えてる。在りたい様は、忘れる事すら有り得ない。ならば後は、ただ実行するだけ。


「――――」

「「「「「――――?!!」」」」」


 村人達は揃って息を呑む。目を閉じたままに『舞う』彼女の姿に目を釘付けにして。

 軽やかに地を踏むステップ。しなやかに舞う四肢。虚空に残影を残しながら軌跡を描く緋色の扇と清浄な音を響かせる神楽鈴。それら全てが融合し、見事な【神楽】を、今此処に魅せていた。


「「「「「――――!!」」」」」


 誰も言葉を発せ無いどころか、自然と身動きすら出来無くなる。自分の立てた無粋な音で、この見事な【神楽】を少しでも汚してはならないとばかりに。

 神楽鈴が響かす清廉な音が鳴り響く中、只々舞う彼女の姿を皆が夢見心地で見続ける。


「――――ふぅ」

「「「「「……………………」」」」」


――時間にすれば僅か三分程の短い時間。しかし、その時間を正しく実感した者は【神楽】を行った彼女しか居ない。【神楽】を見ていた村人達は、皆が皆揃って馬鹿みたいに惚けて余韻に浸っている。


「……終わったぜ。これで支払いは十分だろ?」

「…………「聞いてんのか?」……はっ?! なっ、何じゃ?!「だから、これで十分だろって言ってんだよ?」……これと言われても――うん?」


 惚けていた村長が、彼女の言葉で再起動する。彼女が畑の方を親指でクイッと指し示すのに釣られて畑を見ると――先程と違っていた。イヤ、見違えていた。


「こ……これは、どういう事じゃ?!」


 村長以下、集まっていた村人全員が驚愕の目で畑の作物を視る。毎日、手を掛けているからこそ一目でわかる。作物の具合が明らかに良くなっている事に。葉の色付き具合や作物の瑞々しさ、良く良く見てみれば畑の土壌そのものも肥えている様に見える。

 驚愕の表情を貼り付けたまま村長が彼女に尋ねるも、何時の間にか千早を脱ぎ去り、扇・神楽鈴と一緒に仕舞っていた彼女は事も無げに言う。


「こういう事も出来る、っつー事だよ。これで、オレがあの神社に住む事に文句は無ーだろ?」

「……そうじゃな」

「OK。交渉成立だな」

「……桶が何じゃって?」


 村長の言葉を軽やかにスルーして、彼女は歩き出す。自然と道を開ける村人達の間を抜けて立ち去る彼女――その背に声が掛かる。


「おっ、おい!」

「ん?」

「あっ……え、と……その……」


 肩越しに振り返れば、声を掛けてきたのは折れた足を治してやった子供であった。その子供は何と言うか……視線をアッチコッチに彷徨わせアタフタと狼狽(うろた)えると、(ようや)く一言だけ勢いのまま口にした。


「――綺麗だった!!」

「…………」


 最初に会った時と同じ様に両者の視線が交錯する。そして終わりも同じ。彼女の方からアッサリ視線を外し、歩みを再開して去っていった。


「――――あの人なら、もっと上手く舞える……」


――呟いた言葉は風に消え、誰の耳にも届かなかった。













「――所で村長よぉ。あの女の名前は何ていうんだ?」

「…………スマン。聞き忘れた」

「「「「「ボケとんのかっ?!!」」」」」

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『早九字護身法』――――


陰陽術を使う際の起動キーの一つ。

横縦横縦横縦横縦横と指で空を切る事で術の行使が出来る。片手を使わなければならないのでちょっと不便だが、本来の七割まで威力が出せる。

ちなみに、どっちの手でも大丈夫。ゲームを始めたばかりのプレイヤーが、利き手と逆の手で練習する光景は珍しくない。


――――【陽気・癒】――――


【陰陽術】の一つ。

霊力によって傷を治す事が出来る。それだけ。これ以上語る事は無い。無いったら無い。


――――【神楽】――――


他のゲームで言えば『吟遊詩人の歌』的なモノ。ある意味『九十九妖異譚』のシンボルとなっているスキル。

一定時間内に『決められた順序』で『決められたポーズ』を取る事で効果を発動する。取るポーズの形と順序の違いによって味方の強化・敵の弱体・周辺妖気の低下・地脈の強化等、色々な効果がある。

ポーズとポーズの間の猶予に自由に振り付けを入れられるので自分の好きに舞う事が出来る為、自分オリジナルの舞を考案出来る。

……某動画投稿サイトでは、巫女巫女ダンス(MMD)と言った専用タグが存在したりしていて静かな人気を持つ。

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