想い……イヤ、当たり前だろ
…………モンハン、新作……もう少し……
「…………」
「…………」
日も暮れ始めた街道を、無言で歩く二人の人物が居た。
先を歩いているのは巫女装束な彼女。何時もの気怠さの中に多少の苛立ちを混ぜた表情で、時折に八つ当たり気味に石を蹴飛ばしながら歩いている。
その後を追うように歩いているのは陰陽師の孝明。赤く腫れ上がっている右頬を摩りながら歩いている……なお、術でさっさと治さないのは彼女からの一撃だからである。末期症状と言えよう。
「…………」
「…………」
ただただ歩き続ける二人。そこに一切の会話は無い。孝明は話す切っ掛けが造れず、彼女の方はそもそも孝明の事など意識の外に置いている。それ故か、彼女の背をジッと見続けていても、孝明に咎めの言葉は一向に訪れない。
(…………)
彼女の背を見つつ孝明は考える。『京』を出て行った彼女の事を追いかけて見つけたのは良いが、その後が何も変わらない。変わっていない。変えられない。彼女の事が好きでも何の進展も無い。
そんな現状を歯噛みする孝明であるが、こればかりは焦ってもどうにも出来無い。ここは一旦落ち着いて考え直す必要が有ると思い、帰路をゆったり歩く今は丁度良い時間でもあると考えて孝明は少し思考の海に没頭する。
(……結局、彼女は何がしたいんだろうか?)
相も変わらず謎だらけの彼女である。以前彼女が『京』で「強い『妖怪』が居たらそこに行く。それだけだ」と言っていたし、事実その通りに行動している事から彼女を戦闘狂だと思っていたのだが……何か、違和感を感じる様になった。
今も不機嫌な彼女の姿を見て、そもそも彼女が戦闘後に機嫌が良い所を見た事が無い事に思い至った。先の『鬼』の時も、『京』での『がしゃどくろ』の時も、戦闘狂ならば多少は満足してもおかしくない相手であろうに、何故か彼女は満足していない。
(ただ強いだけじゃ駄目なのか? それとも……)
そして孝明はふと思う。突然脳裏に閃いた、根拠も何も無い単なる思いつきであるが……
(……俺は何か根本的な所を勘違いしているんだろうか? そう言えば、前に俺が彼女の事を強いと言ったのに、そんな訳無いと大笑いされたな……それも何か関係あるのか?)
……しかし、その答えは見つからない。ヒントが少な過ぎる上に答えを知るであろう彼女は恐らく、イヤ確実に答えてはくれないだろうと予想するのは容易い。
そもそも、自分の思いつきが正しいのかも確証がないのだから、正直口にするのも憚られてしまう孝明であった。
(せめて『覚』に話が聞ければ何かわかるのにな。彼女が何時も魘されてる夢の事とか――あっ……)
そんな事を考えている内に、視界の先には見慣れた場所が見えてきた。このまま村の中を通り過ぎ、長い石段を登れば彼女が拠点にしている神社にたどり着く。
既に顔馴染みの村人達に適当な挨拶を交わす彼女の後ろを、腫れ上がっている頬を指さされて笑われている孝明が続く。
「……なあ?」
「……ん?」
長い石段を登る途中で、孝明は前を登る彼女に声を掛ける。彼女は振り向きもしないが、返事が返ってくる事すら最初から期待していなかった孝明は、構わずに言葉を続ける。
「好きだ」
「…………」
その言葉に彼女の足が止まる。一瞬、息を飲んだ音が聞こえ恐る恐ると言った風に振り返った彼女は、彼女を知る者からすればかなり珍しく心配そうな表情で一言。
「……強く殴りすぎたか?」
「正気だ。と言うか、俺の気持ちなんてとっくに知ってるだろ?」
本気で心配している彼女の態度に若干の嬉しさを感じつつも、孝明はこちらも本気の表情で返す。普段もこういう表情でいれば良い男と見えるのに、あの暴走ぶりが実に残念に思えてならないが、彼女は別にそんな事は指摘しない。興味無いから。
「……懲りないな、オマエも……しっかり振った筈だろ? オレは」
「再挑戦だ。挑むのは死なない限り何度でも出来るからな」
「……確かに」
「と言う訳で、どんな条件でも飲むから、俺に再びチャンスをくれっ!」
「……じゃあ、蓬莱の木を一面に生やし、竜の珠でネックレスを造り、火鼠の毛皮でコート・手袋・マフラーを仕立て、貝合わせ出来るだけの燕の子安貝を揃え、仏の御鉢を一ダースセットで」
「無茶振りにも程がある! かぐや姫が優しく見えるわっ!!」
「どんな条件でも飲むって言ったくせに……なら、そういう事で」
そう言って再び背を向けて石段を登り始める彼女。夕日に照らされ赤く染まった白衣の背中に向けて、孝明は追い縋る様に呟く。
「……そもそも、振られた理由が定かじゃない。何で俺は振られたんだ?」
「ん? そんなの――」
背を向けたまま彼女は――
「――同時に二人の人を好きになれるほど器用じゃ無ーし、オレ」
――何て事のない、当たり前の様に、さも当然な事みたいに、平然と爆弾発言を言ってのけた。
「……………………」
しかし孝明の動揺は小さい。その答えは半ば予想していたものであったから。以前彼女から聞いた『あの人』と言う存在――それが最大の難関だと推測していたから。
「何つーか、恋をすると人は変わるって言うだろ? 変わると言う事は今を失うと言う事。オレは今の自分を失いたくない。だから、もう誰かを好きにはならねーよ、あの人以外は」
「……………………俺でもか?」
「ホント馬鹿だなオマエ。十年以上も想い続けた人より、出会って一年満たない男を選ぶなんて、有る訳無ーだろうが」
「っ?! でも! ならっ! 何で?! 帰ろうとしない!!」
「あ?」
「その人に会う為に、何故元の世界に帰ろうとしないんだ?! 矛盾してるぞっ!!」
その言葉にクルリと振り返ると、彼女は小首を傾げて訳がわからないとばかりに言う。
「イヤ、別に関係無ーし?」
「……はあ?」
「だから……オレがあの人の事を想う。それだけで良い。世界が変われど、それが変わらないなら、それで良い」
「…………会えないのが、良いのか?」
「……あ〜〜、流石にこの歳で頭撫でられるのはな〜、恥ずかしいし」
「……………………」
孝明は何か言おうとして……結局、口をつぐんだ。彼女に何も言えなかったから――その夕日に照らされた、恥ずかしそうに笑う笑顔が、今まで見た事のない余りにも眩しいものだったから。
「…………」
翌日。境内の一角で、眼に見えない局地的豪雨が起きていた。被災者は一人。木の陰で蹲って両足抱え込んで座る孝明のみ。
この世全ての不幸を身に背負ったかの様な絶望と悲愴が入り混じった気配を漂わせ、何者をも近寄らせない空間を形成していた。
「……どうしたんだよ? アレ」
「あ? 見りゃわかんだろ? 凹んでんだよ」
何時もの様に神社に来てみれば、何時もと違い過ぎる光景に固まっていた草太が、何時もと変わらぬ気怠そうな彼女に尋ねると彼女は端的に答えてきた。
その言葉に草太は一瞬考え込むが、すぐに一転して気を良くした様に高笑いして孝明を見下す。
「……はっ! 何でそうなったのかは知らないけど、どうせ大した事じゃないんだろ? そんな事で凹むなんてか弱い奴だな!!」
「ああ。単に、オレに十年来の想い人がいるって言っただけだけどな」
「…………」
「凹むんなら他所でやってくれねーか……見ていてウザい」
二人目の被災者を生み出した元凶は、心底ウザそうに二人を見つめ――
「……会いたくないとは一言も、一度も言ってないんだけどな、オレ。まあ、凹んでてくれる方が有難い。オレの願いの邪魔をしないでくれるから、な」
――そう呟くのであった
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




