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書道……イヤ、いいじゃん

シルバーウィーク? 休む暇なんて無いじゃないか!! 執筆時間も無いじゃないか!!

……ちなみに私は、おでんはちくわぶ好きです。

「煮えてきたぞ」

「(ワクワク)」


 場所は『神社』の境内に在る社務所。その一室で、囲炉裏を囲んで彼女と『倉ぼっこ』は静かにその時を待っていた。

 天井から吊るされた自在鉤に引っ掛けられ、今なお囲炉裏の火にかけられている鍋の中には、肉団子・こんにゃく・ちくわ・大根等々と多くの具材が煮込まれていた。出汁(だし)と醤油が合わさった汁から食欲を刺激する美味い匂いが漂い、長い前髪で表情が見えない『倉ぼっこ』も、そわそわした態度で表情が丸わかりである。


「んじゃ、そろそろ食うか。おでん」

「(コクコク)」


 彼女からの許可が出るや、『倉ぼっこ』の手がお玉に伸びる。眼を付けていた具を素早い手つきで掬い、自分のお椀へとよそい、そしてお玉から箸へと持ち替えると食べ始める。


「熱いから火傷すんなよ」

「(ハグハグ)」


 遅れて具をよそう彼女の注意を聞きながらも『倉ぼっこ』の箸は止まらない。どうやら味の染み込んだ大根がご満悦の様で、背後に花が飛んでいる。そんな『倉ぼっこ』に苦笑いしながら、彼女もちくわに齧り付く。

 そうして両者、仲良く食事を続ける。色々な具材を一緒に煮込んだだけの、単純であるが故に奥深いおでんの味を堪能しつつまったりとした空気が流れる――


「――たのもぉーーーーっ!!!!」

「「…………」」


……のを全てブチ壊す声が境内に……『神社』中に響いた。その声に思わず手に力が入り、『倉ぼっこ』は箸で摘んでいた大根が真っ二つに裂け、彼女の手にあるお椀からピキッと音が鳴る。

 両者が微動だにせず、何かを耐える様な雰囲気を持っている間にも気配は近づいて来る。そして縁側で草履を脱ぎ捨てると一切の遠慮無く囲炉裏の傍までやって来る。


「おっ?! 美味そうじゃん!」


 そう言って乱入者――草太は鍋の中身を見て眼を輝かせ、鼻をひくつかせ、涎を垂らさんとばかりに興奮している。

……何故に草太が『神社』内に入れるかと言えば、これ以上無い位に草太が彼女に懇願し続けた結果、遂に彼女が根負けしたのであった。最も『狛犬』からの敵認定を外され草太が自由に境内に入れるようになって以来、彼女はその決断に幾度となく溜め息を吐いていた。


「俺にもくれよ!」


 許可を得ぬまま、おでんを食べようとお玉を手に取る草太に対し、彼女は以前と同じ様に手に持つ箸を【投擲】……


「オマエ「(スパン!)」…………はい?……」


……しようとした瞬間に動きを止めた。と言うか固まった……『倉ぼっこ』の行動の所為で。

 何時の間にやら手に持っていたハリセンで、何時の間にやら草太を張り倒し、何時の間にやら足蹴にしていた。余りの早業過ぎて、彼女ですら手を挟む余地がなく、箸を【投擲】一歩手前の体勢で固まっていた。


(……低級『妖怪』の動きじゃねーし……不覚にもハリセンが見えなかったぜ……)


 食い物の恨みは恐ろしい事を体現したかの様な『倉ぼっこ』の神業に、彼女は感嘆するしか出来無かった。




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「酷い眼にあった……」

「自業自得だ」

「(コクコク)」

「…………」


 十数分後。漸く気絶から復活した草太は痛む頬を抑えながら非難めいた眼を向け、両者にキッパリと両断されていた。

 気がつけば部屋の隅に放置され、鍋の中には汁すら残っておらず、満腹な二人と違い空腹を訴える腹をどうする事も出来ず、ジト目で睨む事しか草太は出来なかった……決して『倉ぼっこ』が未だに手に持っているハリセンが怖いのではない、と己に言い聞かせながら。


「……さてと」

「(トテトテ)」

「――?」


 鍋とお椀をその場に放置したまま彼女は社務所の外へと出て行く。『倉ぼっこ』もその後ろについて行くのを見た草太は、この場に留まっても意味が無いと思い何となくでついて行く。

 境内の途中まで来た彼女は腰の『那由多の袋』に手を突っ込むと、ある物を取り出した。


「先ずは……」


 桶である。銭湯などにある物とは違い、一抱えする程に大きめの桶を彼女は肩に担ぐ様に持って次に向かう。


「これを……」


 『手水舎』である。四本の柱に支えられた吹き抜けの屋根の下、切り出された石で組まれた水盤から渾々と湧き出る『霊水』を桶に汲むと、彼女は更に次々と物を取り出していく。


「こうして……」


 墨である。これ以上どうやったって無理な位に真っ黒な塊を、桶の中の『霊水』にブチ込んでいく。


「続いて……」


 『妖核』である。これまでに溜め込んでいた大小様々な『妖核』を、惜しげも無く墨と一緒に『霊水』にブチ込み、手で掻き混ぜる。


「後は……」


 紙である。絨毯の様に丸められたそれを地面へと広げると、横二メートル・縦五メートル程のかなりの大きさの長方形の紙であった。


「――って? ちょっと待てよ!! 何だその大きさは?!!」

「内職の成果だ」


 思わずツッこんだ草太の言葉に彼女は紙を指差して答える。良く見るとその紙は色々と継ぎ接ぎだらけで、多くの紙を(のり)でくっ付けて形成されている事がわかる。、


「そんな大きい紙に書く筆は、どんな筆だよ?!!」

「こんな筆だが?」


 草太の至極最もな指摘に答えて彼女が取り出したのは――筆である。但し、大きさは等身大。ぶっちゃけ槍と言っても差し支えない大きさである。


「…………それで何するんだよ……?」

「決まってんだろ? ()()んだよ」


 そう言って、両手で持った大筆の毛先を桶に入れてしっかりと馴染ませる。十分に墨を含ませると、軽く振って余分な墨を払い落としてから、草履を脱いで足袋になり紙上に乗ってから大筆を突き立てる。


「う〜〜らっと……ぬ〜〜ん……おらっ」

「(ジ〜〜〜)」

「…………」


 力を込めて次々に紙上に描かれる線……イヤ、図形と文字。墨の乗りが悪くなったら再び桶に大筆を入れて墨を補充し、自分の白衣と緋袴が墨に汚れるのも気にせずに彼女は大筆を動かし続ける。

 『倉ぼっこ』は相変わらずの長い前髪で表情がわからないが、少し離れた所でジッと彼女の挙動を見ており、草太はどちらかと言えば呆気に取られた表情で、口をポカンと開けたまま彼女を見ていた。


「最後に、これで……『呪符』。一丁上がりだ」


 最後に一つ点を打って彼女は大筆を止める。紙上から降りて草履を履き直してから改めて見やれば、見事な出来栄えの『呪符』がそこにあった。


「……なあ」

「何だ?」

「…………こんなの、どんな『妖怪』に使うんだよ?」

「さあな?」

「何の為に造ったんだよっ?!!」

「備えあれば憂いなし、だ」


 草太の呆然としつつの問いに、肩をすくめて答える彼女。後の質問に対しても、明確な答えが無いので適当にあしらって終わらせる。

 大筆を適当な所に置いたまま暫し待って、墨が乾いたら『呪符』を再び絨毯の様に丸めて『那由多の袋』に仕舞う。そして再び同じ大きさの紙を取り出して広げる。


「……まだ造るのかよ?」

「墨はまだ残ってるからな」


 紙の準備をしている彼女に、ジト目で尋ねる草太。もういい加減、腹の虫の訴えが酷くなってきたので、付き合ってられないと踵を返し――


「――?! と、とととととととっとぉーーーーっ?!!!!」


――何時の間にやら現れた安定の成功率を持つ『すねこすり』に躓いた草太が、両手をバタつかせ倒れるのを必死に堪えるも、重力に勝てず倒れ……丁度そこにあった桶の中に落ちて派手に引っくり返し、中身を浴びると同時に辺りにブチ撒けていた。


「(ギュッ、トテテテ)」

「…………」


 己の足元に避難してきた『すねこすり』を抱えて、『倉ぼっこ』も社務所内へ避難する。

 頭に被った桶の所為で視界が遮られていた草太が桶を持ち上げ顔に付いた墨汁を拭えば、眼の前には既に大筆を肩に担いで構えた彼女の姿。


「言い遺す事は?」

「…………俺の一生を貴女に捧げますから、貴女の一生を俺に下さい!!」

「言う言葉を間違えた――なっ!!」

「これは俺の所為じゃないだろーーーーっ!!!!――はべしっ?!!」


 魂の雄叫びは虚しく空に消え、草太は無常にも手加減無しで振り下ろされた大筆によって、潰れた蛙の様に地面に叩き伏せられた。

……それから眼を覚ますまでの四時間二十一分三五秒、草太は完全に放置され続けられるのであった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説はお休みです。

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