表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/61

疑問……イヤ、何があったらそうなる?

先に言っておきます。

どうしてあんな身体になったかと言えば、サイコロは気まぐれだと言う事です。

「(ハムハム)」


 麗らかな日差しが当たる『神社』内の社務所、その縁側で日光浴しつつ湯呑片手にきな粉餅をゆっくりと食べる子供……な『妖怪』、『倉ぼっこ』が居た。

 縁側に腰掛け、頬を膨らませてきな粉餅を食べる姿は外見的にも歳相応に見えて実に微笑ましい……と言い切れない所が実に惜しい。顔を隠す長い前髪が少しばかりの不気味さを漂わせてしまうので、可愛らしくあっても『妖怪』と言う事なのであろう。

 その足元に纏わり付いている毛玉……もとい『すねこすり』も加わって。


「たのもぉーーーーっ!!!!」

「(ズズズズ)」


 突如、『神社』全体に響く程の大声が鳥居の方から聞こえてくる……しかし、『倉ぼっこ』は全く気にする事なく、湯呑に注がれたお茶を堪能していた。


「おいっ! 聞いてるなら誰か反応しろよっ!!」

「(モフモフ)」


 草太の声など何処吹く風と、『すねこすり』を膝に乗せてその毛並みを堪能する『倉ぼっこ』。表情が見えぬが、ご満悦なのが雰囲気から丸わかりである。


「無視すんなっ! って言うか! いい加減、中に入れさせてくれよ!! 以前は入れてくれただろっ!!」


 大声を上げる草太であるが、鳥居を越えはしない。と言うか出来無い。『狛犬』の攻撃対象から未だに外されていないからである。

 ここの主である彼女からしてみれば、せっかく『京』で執着されていた者から開放されたのに、遠く離れた地で別の執着する者に出会ったのだからウザいの一言に尽きる。しかも再会した事によって以前よりもウザさが上回っているのだから、彼女がらすれば締め出しも当然である。


「聞けや、こらあっ!!」

「(スヤスヤ)」


……そして『倉ぼっこ』は草太の叫びを子守唄代わりに、『すねこすり』を抱き枕にして日差しに包まれアッサリ眠りにつくのであった。




   *   *   *


「……気持ち悪ぃ……気ぃ抜くとさっき食った物をリバースしそうだ……」


 朝日が昇る前に拠点の『神社』を抜け出し(草太から逃げたとも言う)、半日以上かけて夜になってから漸く件の地図の指し示す山にたどり着いた巫女装束な彼女は、山を登りつつ辟易しながら呟いた。

 足取りは軽いとは言えない。体調が悪いとか道が悪路とか言う訳ではない――()()が濃すぎる為であった。辺りを漂う妖気の濃度が尋常ではない。

 もはや【妖気感知】で感じるまでも無い程に高濃度の妖気が漂っていた。仮にゲーム内であったならば100%の表示ですら生温いと言える、息をするのも億劫になる程に物理的な圧力でもってその身を蝕もうとしていた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・浄】!」


 術を行使した彼女を中心に、地面に放射状に清浄な光が走り抜ける。それで周辺一帯の妖気が薄れるが……暫く歩けば再び濃度はまた濃くなっていく。


「気休めレベルにしかならねーのかよ……まだ途中なのに」


 彼女が登っている山はそこまで高くはないし、現在は約七合目といった所に居る。にも関わらず、今の地点でこれだけの濃度の妖気が漂っている事に彼女は首を捻らざるを得ない。


(これがもし()()の『妖怪』から発せられる妖気だとしたら……『がしゃどくろ』なんて問題にならない程のとんでもない『妖怪』が居る事になるぞ……つっても、そんな『妖怪』居たか?)


 彼女は『九十九妖異譚』のゲーム内知識を思い返すが正直な所、心当たりは無い。上級『妖怪』を何体か思い浮かべるが、今ここに在る妖気には合っていない気がする。


(……まあ、いいさ。重要なのは強大な妖気が在る事)


 そこまでの考えに至った所で彼女の足取りが変わる。より()()なる。


(つまり、オレの望みが叶う可能性が高い!)


 そして彼女の速度は徐々に速まり、歩くから走るに、そして【縮地】でのダッシュへと加速する。

 目指すは頂上。この妖気の最も濃い場所――そして、この元凶が居るであろう場所。




――――Now・(疾走)Running(中だぜ!)――――


「何も居ない……イヤ、()()と言うべきか?」


 数十分後。頂上付近にある林に囲まれたやや広い平原までたどり着いた彼女は、一段濃いそこの妖気も浄化した後に辺りを見渡して呟いた。

 視界に映るのは平原。雑草が伸び、石ころが転がり、何かしらの痕跡――何かが争った跡の残る場所。しかし、『妖怪』のよの字すら見当たらないその場所に不釣合いな物が転がっていた。

 茶釜に似通った、表面が鈍く黒光りする物体――香炉であった。脚で軽く蹴飛ばし、それの正体をゲーム内知識で知っている彼女は溜め息を吐いて呟く。


「『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』……誰だよ、こんな物使った奴。この山の妖気はその所為か……『妖怪』共が()()()()()()()()()()か」


 既に効果の薄れた香炉を一応回収した彼女は失望を隠せない。

 『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』の効力は実に単純。周囲の『妖怪』達を狂わせて、集める。ただそれだけの人為的モンスターハウス製造機……ただし、問題点が有るとすれば()()()()と言う一点。集まった『妖怪』同士で食い合いが発生してしまう――故に()()()し合う()りと書いて『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』。

 この道具、ゲーム内では使う者はあまり居なかった。経験値・熟練度上げの為に使っても、集まった『妖怪』が勝手に同士討ちを始めるので、集まった内の約七割は勝手に死ぬからである……最も、単純に数の暴力に屈する者も多いが。


「……で? 肝心のこれを使った奴はどこに居るんだ? 喰われたか? それとも…………っ?!!」


 思案に耽る彼女であったが、突如聞こえた空を切る飛来音に素早く地を蹴る。一拍遅れで彼女が居た所に落ちてきたのは丸太……と言うか倒木。物凄い力で薙ぎ倒されたそれが、一・二回弾んで転がってから止まる。


「……生き残りが居たのか。辺りの妖気が濃過ぎて気がつかなかったぜ。これは期待出来そうだな」


 そう言いつつ、何時の間にやら手甲(二代目)を装着し、右手に包丁(出刃)を持った彼女(嬉々)が向き直る。視線の先、それが居るであろう林からは、力強い足音と何かを引き摺る異音が交互に聞こえてきている。

 何が出てきても対処出来る様に両手を構え、脚は軽く膝を曲げつま先に重臣を掛ける。近づいて来る足音と異音のハーモニーが夜闇に響くのも束の間、遂にその正体が姿を現す。


「――――」


――それは異形だった。『妖怪』なんて異形なモノを相手にしてきた彼女から見ても異形としか言えなかった。思わず眼をパチパチッと瞬かせて凝視してしまう程に、彼女も一瞬だけ今の状況を忘れてしまった。


「……『鵺』かよ」


 『鵺』――伝承では頭・胴体・手足・尾がそれぞれ違う生物で構成された『妖怪』と言われているが、『九十九妖異譚』では違う()()で構成された『妖怪』である。

 それは『妖怪』。それぞれ違う『妖怪』で身体が構成された『妖怪』――謂わば、『妖怪』のキメラ(合成獣)とも言える『妖怪』こそが『鵺』であった。それ故に、『鵺』の強さは常に未知数。その身を構成する『妖怪』のパーツ次第で、強くも弱くも全てが変わる。

 彼女は己の中の知識と合わせて『鵺』の構成パーツを確認する。


「……取り敢えず、ベースは『鬼』だろ……片足は『土蜘蛛』か?……頭はこの前に遭った『雷獣』……で、あの右腕は――」


 全高で言えば約三メートル程であろうか、基本となっているのは赤銅色な皮膚に覆われた分厚い胸板に六つに割れた腹部を持つ胴体に、人間の成人男性の胴と同じ太さを持つ左腕に右脚。左脚には大きく鋭い蜘蛛の脚が、どこぞの義足海賊の様に突き出ている。頭部には、胴体に比べて明らかに大きさが不釣り合いな片眼の潰れた狼の頭。そして右腕には――


「――『がしゃどくろ』だな……」


――長さ四メートルはあろう巨大な上腕骨()()があった。不釣り合いどころか、どうくっ付いているのかすらわからぬ巨大な()を引き摺っているのを見て、先程からの異音の正体を彼女は知った。


「いったい何がどうなったら、こんな『鵺』が出来上がんだよ……これ、どう攻めりゃ良いんだ?」


 今までの経験が役に立たないのを感じた彼女は、攻め手に迷っていた。そもそも『鵺』が、いったいどんな行動を取るのかが予想出来る様で出来無い。あの巨大な骨が重い所為で明らかに動きが(のろ)い上に、蜘蛛の脚がそれに拍車をかけている。一々びっこを引く様に歩かなければならないし、あの脚では強く踏み込むのも難しい様に感じる。


「まあいいか――Shall(踊ろ) We() Dance?(ぜ?)


 彼女は牽制……と言うよりも様子見で、取り出した竹串を【投擲】する。高速で飛んだ竹串はアッサリ『鵺』の胸板に命中する……しかし、皮膚を少しへこませただけで、アッサリとその場に落ちる。


「躱すまでもないってか……これならどうだ?」


 続いて【投擲】するのは鉄杭。竹串よりも重みも貫通力も増したそれは『鵺』の胸板にはっきりと突き刺さる……だがしかし、先端が僅かに刺さっただけの鉄杭は、自重で抜けて落ちる。後には血が一滴流れるだけで、傷は文字通り蚊に刺された程度。


「……わかってたけど、呆れる頑強さだな。なら……臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【火気・業】!」


 包丁を『那由多の袋』に仕舞った後に印を組んでから、ビッと指さした先で『鵺』が火柱に包まれる。離れている彼女の元まで肌に刺す熱気が押し寄せるのを気にせず、彼女は炎に包まれた『鵺』から視線を逸らさずにいる。


「……これもたいして効いてない、か」


 呟いた直後、火柱から『鵺』が出てくる。炎に巻かれていたにも拘らず、足取りは変わらずのゆっくりとしたもの。その身体もパッと見では火傷の一つも無く、表皮から湯気が立っている程度。痛がる素振りも苦しむ様子も全く無い。


「つまりアイツを殺すには、もっと直接的にやれって――か!」


 言うやいなや、【縮地】で瞬時に彼我の距離をゼロにし、そのままの速度で脇を通り過ぎる。十分に離れた所で脚を強く踏み込み急停止。ズザザッ、と砂埃を上げて滑り止まった彼女は、居合の如く取り出し様に抜き打ちしていた包丁を見て、呆れた顔を見せていた。


刃零(はこぼ)れしてるし……反則じゃね? その身体」


 振り返って見れば、『鵺』の脇腹には一本の赤い筋。それなりの一撃であったのに、皮一枚を斬るのが関の山だった事実に、彼女は溜め息を吐かずにはいられない――と言うか、そんな猶予は無い。

 『鵺』は『鬼』の方の右脚を深く曲げると、右脚一本だけで跳躍した。あの巨体を脚一本で跳ばした事に驚く間も無く、重力に引かれ落ちる勢いに乗せて振り上げた右腕代わりの巨骨が振り下ろされる。


「回避っ!!――っと?!」


 【縮地】で逃げるのは容易かったが、後が厳しい。打ち下ろされた巨骨を中心に地面が罅割れ、その振動に思わずたたらを踏む。

 動作が大きく避けるのは簡単だったが、当たった時の事を考えると洒落にならない一撃に、彼女は別に臆する事無く背後に回り込んで今度は包丁を突き刺す。 


「〜〜〜っ?!! やっぱ無理かっ!」


 肩甲骨の下辺りを狙った刺突は筋肉に阻まれてアッサリ止まり、彼女もそれを見てアッサリ諦めて後ろに下がる。仕留める程に突き刺しても三分の一も貫かない結果に、彼女の戦意はむしろ跳ね上がっていく。


「コッチの攻撃は通じないのに、向こうの攻撃は当たったら即死確実。無理ゲーか? これは……ったく、おもしれーじゃねーか――よっ!」


 再び地を蹴って【縮地】で『鵺』の懐へと飛び込み、包丁を仕舞う代わりに今度は『那由多の袋』から大木槌を取り出して鳩尾(みぞおち)の辺りを彼女は派手にブッ叩く。地響きを起こさんと力強く地を踏んだ脚を軸に、腰の捻りからの全体重を乗せた一撃に流石の『鬼』の身体でも耐え切れずに、後ろに一・二後退(あとずさ)り蹌踉めいた。

 

「斬撃よりも、打撃の方が()()は効くみたいだなっ!!」


 続けて大木槌を振るいながらも脚を進めるのを止めない。反撃などさせないとばかりに手数重視で攻め立てるのを、『鵺』は左腕を盾代わりに防ぐが全ては防ぎきれず胸や腹に何発も食らう……が、『鵺』は堪えていない。確かに命中しているが痛痒に介していない。


「この肉厚は反則だろっ!!」


 大木槌を振るい続けている彼女が一番にその理不尽さを理解していた。手応えが堅く、そして厚い事に。物凄く分厚いタイヤを叩いているかの様な、強靭と弾力を合わせ持った『鬼』の肉体に文句を付けずにはいられない。


「――っと?! そう来るかっ!!」


 大木槌を喰らいながら、『鵺』は右腕代わりの巨骨を持ち上げる。どうやら自分の攻撃ではその行動を止められないと悟った彼女は、大木槌の軌道を変えて下から上へのゴルフスイングで蜘蛛の左脚をブッ叩く。

 いかに蜘蛛の脚と言えど巨骨を満ち上げる為に踏ん張っていたお陰か、完全に脚を払われる事無く地面を削って後ろに少し滑るだけに留まった……しかし『鵺』にとってはその僅かなズレが致命的になった。

 持ち上げた巨骨を支えきれなくなり、自重によって身体が斜めに傾いていく。せめて道連れ、と左腕を彼女に伸ばすが、彼女は既に【縮地】で遠く離れた場所まで逃走済み。そして『鵺』は、先程以上の衝撃音と地響きを立てて派手に地に倒れる。


「音とかの割には大したダメージを与えていないこの状況に、文句言っても罰当たんねーよな」


 地に立てた大木槌の柄の上に組んだ手を置いて、染み染み呟く彼女。視界の先では、転倒の際に派手に舞い上がった砂埃の所為で『鵺』の姿が良く見えない。

 いくら視界が不良でも、あの図体(ずうたい)なら起き上がるのも簡単にはいかないだろうとリラックスして静観していた為――


「?――があっ?!!」


――高速で()()してきたソレに彼女は反応出来なかった。一瞬で砂埃の中から現れ、左肩の肉を持っていかれ、遅れて吹き出す鮮血と激痛を齎したソレに。


「……【陽気・快癒】」


 無事な右手で指を縦横に切った『早九字護身法』で術を行使し傷を癒す。引き裂かれた白衣から覗く左肩の、(えぐ)られた肉も修復され傷が癒える。

 染み込んだ血で肌にベタつく左袖を若干鬱陶しいと思いながら、彼女はソレを()()()()いた。


「……首は『ろくろ首』だったのか」


 膝をついて起き上がる『鵺』から上に伸びる長い首の先、『雷獣』の頭が地を滴らせた牙を見せて獰猛に(わら)う。そして掃除機のコードの様にシュルシュルと瞬時に縮んで元通りに収まった。

 地面の大木槌を拾おうとしゃがんだ彼女を好機と見たのか、『鵺』は再び一本足で跳躍を行い、一気に彼女へと肉薄する。

 己へと振り下ろされる超重量の巨骨を前に――


「――【土気・剛壁】!」


――彼女は左手で素早く指を縦横に切って『早九字護身法』を行う。

 次の瞬間、地中から幅も高さも四、五メートルは有り、厚さも十分な石壁がせり上がり彼女を守る様にそびえ立つ。天然の防壁を前に、『鵺』は引く事も躊躇う事も無く、跳躍の勢いと腰の(ひね)りを乗せたその右腕を――巨骨を石壁に叩き付ける。

 死人すら飛び起きそうな轟音が辺りに響き、石壁が巨骨を受け止めるが……一泊遅れで無数の亀裂が走り、石壁が粉々に砕け落ちる。

 砕け散った破片が硬質な音を立てて辺りに散らばる中、『鵺』は右腕を引き戻そうとして――出来なかった。


「捕まえたぜ。『急々如律令』――【土気・剛壁】!」


 砕け散った石壁の後ろから現れた彼女が、振り下ろした直後の動きを止めていた『鵺』の巨骨を抱きかかえる様に掴んでいた。

 飛び散った破片を歯牙にもかけず、続けて行使された術の影響で再び石壁が『鵺』の真下から持ち上げるように現れる。

 持ち上がる『鵺』の身体、その動きに合わせて彼女も動く。軸足とした右脚と円を描くように地を滑る左脚に合わせて身体を捻り、その螺旋運動のベクトルを乗せて掴んだ巨骨を捻り、肩に担ぐように体勢な移行して()()()


「なんちゃって一本背負い!!」


 あの巨体が弧を描いて宙を舞う信じられない光景を見せて、『鵺』が頭から地面に突き刺さる。先程にも負けない衝撃音と地響きを立てて、『鵺』が逆さに突き立ったままのも束の間、背中から倒れる。

 身体にダメージが無い代わりに、全てを肩代わりした頭部は見る影もない……文字通りに見れない。完全に潰れて、肩や胸板に付着している血液と獣毛しか残っていない。


「ふん。その重さも時には役に立ったな」


 離れた所で、彼女は荒がった息を整えていた。いくら策を弄したと言っても、女性の身体であの巨体・重量を投げ飛ばすにはかなりの無理を押した為、色々な筋肉が悲鳴を上げていた。

 流石に持つのも少しキツイ為に大木槌を杖代わりにしている彼女であったが、休む暇は無い。『鵺』が再び起き上がるの見て何時でも動ける体勢にするが、彼女の思考は一つに集約される。


(頭を失った状態で、どう戦うんだ? アイツ……)


 視覚・聴覚・嗅覚・序でに味覚と失った状態で、どうやって敵を認識するのか? と疑問に思わざるを得ない。そもそも頭部を失っているのに未だ存在出来ている事実が、いかに『妖怪』と言えど異常なのであるが、その点に関してはやっぱり『妖怪』だからで納得している彼女であった。

 そんな益体も無い事を考えていた彼女を他所に、『鵺』は立ち上がり――右腕代わりの巨骨をやたらめったら振り回し始めた。


「やっぱそうなるよな。相手の事が全くわからないなら――ってぇっ?!!」


 彼女にしては珍しい驚愕の声が漏れる。なんと『鵺』は巨骨を振り回す勢いで、その場で回転し始めたのであった。蜘蛛の鋭い左脚を軸に、独楽の様に回り始める『鵺』の巨体に彼女も思わずポカンと呆けてしまった。


「…………大男、総身に知恵が回らずって言葉が有ったな……」


 触れるどころか近寄っただけでミンチ確定な殺人独楽を前にして、彼女は事も無げに一言。


「……『急々如律令』――【土気・裂】」


 ポツリと呟いて行使された術によって、『鵺』の足元に小さな亀裂が走る。本来ならば何の支障もないであろう極小さな亀裂は、独楽の軸足である蜘蛛の脚を飲み込み……そして横転させた。

 とんでもない勢いがついていた殺人独楽がいきなり横転した所為で、大型交通事故並みの破壊音と共に地面が削られ、『鵺』の身体が七転八倒の末に仰向けに倒れる。そこまでやってもやはり傷一つ付かない『鬼』の身体に感嘆しつつ、彼女は勝負を決める為に動く。


「『急々如律令』――【土気・剛壁】」


 大木槌を『那由多の袋』に仕舞い、三度(みたび)地面よりせり上がってきた石壁を、今度は踏み台にして彼女は高く跳躍する。頂点まで飛び切った所で、取り出した鉄杭を『鵺』に【投擲】し――次いで取り出した大木槌を振り上げたまま、自由落下に任せ『鵺』目掛けて落ちる。


「いくら頑強でも――」


 倒れて無防備を曝け出したその左胸に【投擲】した鉄杭が突き刺さる。しかし強靭な筋肉の所為で半分も刺さらなかったが、彼女は構わずにそこ目掛けて落下し――


「――これなら刺さるだろっ?!!!」


――渾身の力を込めて大木槌を振り下ろした。高所からの落下の勢いを乗せた一撃は胸板を陥没させて、鉄杭を根元まで――心の臓まで完全に埋没させた。

 すぐに離れた彼女は思わずへたり込む。いい加減、筋肉への過負荷が限界に近いので、これ以上の力技はもう無理だと身体が訴えていた。


「……流石に効いたか」


 『鵺』が『鬼』の方の左腕で、己の胸に突き刺さっている鉄杭を抜こうと爪を立てて掻き毟るが、体内にある鉄杭を抜く事は出来ずいたずらに擦過痕を増やすだけ。

 だがそれも少しずつ指の動きが弱まっていき……数分後には指が震えるだけに留まって、力無く地に落ちる。続いて、『鵺』の全身が黒い霧となって霧散し、後には突き刺さっていた鉄杭と、大小あわせた複数の『妖核』が残った。


「次はもっとマシな身体で来やがれ」


 失望を乗せた言葉を呟いて、彼女がよっこらしょと立ち上がる。年寄り臭さは気にせずに、大木槌を仕舞い『妖核』も回収しようと歩みを進めて――


「……………………ちょっと待て?」


――ふと気づいた。気づいてしまった。とある矛盾点に。


「……何で()()んだ? 互いに殺し合って死んだ筈の『妖怪』の『妖核』が?」


 この山を登っている最中も、今いる平原にたどり着いても、『妖核』は一つも見ていない。

 『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』が使われ、あれだけの妖気が漂っていたと言うのに『妖核』を一つも見ていないのは有り得ない。ならば、考えられるのは唯一つ。


()()()()()()()って事だな……一番可能性が高いのは、『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』を使った本人か……『百鬼(ひゃっき)殺香(やこう)』を使ったのはそれが目的か? だが何の為に?」


 その彼女の疑問に答える者は、その場には居なかった、

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『百鬼殺香』――――


使用すると、周辺に存在する『妖怪』を無差別に引き寄せる。

しかも引き寄せられた『妖怪』はバーサク状態な為、眼に映ったモノを手当たり次第に攻撃するので、殺し合いへと至る。

経験値稼ぎよりも、後に残る『妖核』回収を目的に使う者が多い。ただし、使っても安全な場所へ逃げるまでに何体かの『妖怪』に鉢合わせし、それの相手をしている内に他の『妖怪』が……と言うケースが多く、使い方は非常に難しい。


――――『鵺』――――


珍しい『妖怪』。

複数の『妖怪』の身体で構成されているので、身体を構成する『妖怪』の種類と組み合わせ方で強さが低級~上級へと様変わりする。

倒せば身体を構成していた『妖怪』の数だけ『妖核』が手に入る。

時に強く、そして笑える『妖怪』。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ