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問答……イヤ、知ってるし

暑い……それしか言えない。

「……ここか?」


 気怠い身体に鞭打って、地肌が剥き出しな坂を上って漸くたどり着いた場所を見て、彼女は一息吐いた。

 眼前にそびえ立つのは大きな門。閉めて(かんぬき)を掛ければ、生半可な事では開けられそうにない造りではあるが……今は開いている。既に時刻は真夜中を通り越して日を跨いでいる刻限だと言うのに余りにも堂々と開いていて、却って入るのを拒んでしまう程の不気味さを見せている。


「空城の計でもする気か? ま、オレは気にしねーけど。邪魔するぞ」


 開いている門をこれまた堂々とくぐって中に立ち入る彼女。明かり一つ無い暗闇の中を【暗視】を頼りに見渡し、取り敢えず一番眼に付いた本殿らしき大きな建物に向けて歩き出す。

 暫し、石畳の道を蹴る音だけが響く静寂な闇の中を進んでいた彼女であったが、進路先に現れた気配に気づいて立ち止まる。


「…………」

「おやおや……こんな夜更けに変わったお客様ですな」


 現れたのはお坊さん。まあ、寺である以上、現れるのは当たり前ではある。

 見た感じ、40代後半と言った所の穏やかな顔つきの男性。手に蝋燭を乗せた小さな皿を明かり代わりに持ち、こんな夜更けの突然な来訪者である彼女に対しても、警戒心は有れど不快な様子は見せずに彼女と相対している。


「当寺に何用ですかな?」

「あ〜、物置でも構わねーから一晩泊めてくれねーか? もちろん金なら払うし」


 ボサボサの頭を掻きながら、何時の間にやら指に挟んだ銭を見せながら彼女がお坊さんに言う。

 対したお坊さんの方はと言えば、軽く手を横に振りながら言う。


「いえいえ、銭など要求致しませんし、一晩の宿を御所望ならお断りしませんよ…………ただ」

「ただ……何だ?」


 小指で耳をほじりながら尋ねる彼女に、お坊さんは大した事では無いと前置きしてから続きを言う。


「拙僧の問答に答えられたら……ですな」

「問答?」

「はい。問答です」

「ふ〜〜ん……別に構わねーけど」


 深〜く考える事も無くアッサリ了承する彼女。

 その答えを聞いて、満足そうに頷くお坊さん……その口の端が彼女に気づかれない様に歪んだのは一瞬。すぐに元通りになる。

 お坊さんは彼女に、静かに良く聞こえる様に問答を告げる。


「二頭の牛がいて、大きさ・姿形は全く同じ。但し片方は親でもう片方は子。見分けるにはどうすれば良い?」


 問答を告げた後、お坊さんは彼女の様子を伺う。如何に悩み、唸り、思案するかと見やれば――


「暫く餌を与えないでおいてから、二頭の前に一頭分の餌を置け。親は必ず子に先に食べさせるらしいぞ」

「…………」


――小指の先に付いた耳糞をフッと吹きながら、事も無げに彼女は答えを告げた。

 余りにもアッサリ答えを言われた事に、お坊さんの時が止まる。しかし、すぐに再起動を果たしたお坊さんは、次の問答を続けて告げる。


「灰で縄をなうにはどうすればいい?」

「縄を塩水につけて乾かしてから燃せば良いんじゃね?」

「…………」


 またもアッサリ答えを言われ、時が凍るお坊さん。しかし、すぐに解凍されて、次の問答を告げる。


「……上から下まで太さが均一な綺麗な円筒形の丸太がある。どっちが根っこの方か見極めるには?」

「水に浮かべろ。根っこの方が身が詰まってて沈むそうだ」

「…………二頭の馬に一つの(くら)を付けるにはどうすれば良い?!」

「妊娠中の牝馬に蔵を付けろ。腹の中と合わせて二頭だ」

「大ざる! 子ざる! 喧嘩させたら勝つのはどちら?!!」

()()は喧嘩しなくねーか?」

「性格が悪く、器量も悪く、頭も悪い、なんの取り柄も無い女性がいた!! しかし、この女性に「お願いだから結婚してくれ」と迫る人が二人もいた!! それはどんな人か?!!!」

「そいつの両親だろ」

「川があるのに水はなく、森はあるのに木はなく、街はあるのに建物はないのは何処?!!!!」

「地図の上」


 矢継ぎ早に出される問答に、これまたノータイムで答える彼女。そして次第にヒートアップしていくお坊さん。ツルリと光る頭に血管が浮き出てもおかしくない程の激高ぶりに、心配になった彼女はお坊さんを静かにさせた……()()()に。


「――ぶぅっ?!」

「――ふぅ」


 軽く一息吐きながら足元に倒れたお坊さんを見下ろす彼女。右のショートアッパーで顎を打ち抜かれたお坊さんは、そのままダウンから起き上がれず……以前に意識が飛んでいる。

 そして彼女は、そんなお坊さんに優しく手を差し伸べ……ずに、腹を脚で踏みつけた。


「ぶもぉっ?!!」


 一瞬、身体がくの字に折れ曲がり、そして元通りに戻るお坊さん。慌てて起き上がろうとするのだが、腹の上に乗せられた脚の所為で身を起こせずにジタバタと藻掻く事しか出来無い。


「何をするのですかぁっ?!!」


 下から見上げながら彼女に詰問するお坊さん。対する彼女は脚の力を弱めずに、ダルそうな眼で見下ろしながら言う。


「イヤ、いい加減にしてくんねーか?――『蟹坊主』」

「?!!」


 彼女がその名を告げた瞬間。お坊さんの身体が霞み、次の瞬間には全く別の存在にすり替わっていた。

――四対八足の脚に細長い眼、赤く鈍く光る身体を覆う殻、一対の大きく強靭な鋏。どっからどうみても等身大な蟹が、彼女の足の下に本性を表した。


「……何故わかった? 妖気は完全に隠していたのに……?」

「オマエの様な坊主が居るか」

「…………何故、私の問答を全て答えられた?」

「あ〜〜〜、言っても理解出来ねーだろうし……それよりも――」


 頭をガシガシ掻いていた彼女が一転。ふと何かを思いついたのか、ニヤッと笑ってから言う。


「今度はオレから問題だ。オマエをどうぶっ飛ばすか当ててみな」


 彼女は足の下で藻掻く『蟹坊主』に、軽く両手をニギニギしてから言う。言われた『蟹坊主』は、彼女の両手に視線をキョロキョロさまよわせてから言う。


「ひ……ひと思いに右で……やってくれ」

「外れだ」

「ひ……左?」

「それも外れだ」

「りょうほーですかぁぁぁ〜?」

「外れ」


 そう言った彼女は、何時の間にか両手で()()()を肩に担いでいる。()()を見た『蟹坊主』は、口から泡を吹きながら心の底から叫ぶ。


「もしかして大木槌ですかーーっ?!!」

「大当たりだ」


 実にイイ笑顔を浮かべ、大きく振りかぶった大木槌をゴルフスイングで『蟹坊主』へとブチ込む彼女。甲羅が軋み、ひび割れ、欠ける音が響き――『蟹坊主』は綺麗な放物線を描き、夜空の星となって消えた。


「ちなみに、オマエの質問の答えなんだけどよ――」


 大木槌を仕舞った彼女は、もはや聴く者の居ない石畳の道の上で淡々と告げる。


「――攻略掲示板に全部載ってるんだよな、オマエが出す問答の答え」

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『蟹坊主』――――


中級『妖怪』。

寺を訪れると現れる『妖怪』。人に化けていて問答を投げかけてくる。問答に答えられないと中級『妖怪』の、問答に答えられると低級『妖怪』の強さで襲ってくる。

ゲーム内では攻略掲示板において全ての問答及び答えが提示されている為、プレイヤー達からは然程驚異と思われていない『妖怪』。

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