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仮宿……イヤ、拠点だな

序盤はどうしても、のんびりな話になるのでご容赦を。

「………………ん?……ううん……」


 意識が覚醒すると同時に、痛む頭を押さえつつ身を起こす彼女。一瞬、自分が何処に居るのかわからなかったが、すぐに思い出して軽く息を吐く。


「……ったく、目覚める世界が変わったのに、目覚めは変わらないな…………頭痛ぇ……」


軽く首をコキコキ鳴らしながら自分が寝ていた枝から飛び降りると思いっきり伸びをする彼女。辺りを見れば既に日は落ちかけ、山間に綺麗な夕日が見える。そしてそれを背景に飛ぶ無数の鳥達。


(からす)が鳴くから、か〜えろってか……オレには帰る所なんて無いけどな……」


 頭をポリポリと掻きながら呟く彼女。服に付いていた小虫や葉っぱ等を払いながら再び道をダラダラと歩き出す。


「さて、『逢魔が時』を超えてもうすぐ夜だ。さっきみたいな雑魚は勘弁してくれよ」




――――Now・(ダラダラ)Walking(行こうぜ!)――――


――そのまま歩き続ける事、約一時間。既に日も落ちきり街灯なんて存在せず、月明かりしか頼りに出来無い、だだっ広い平原を横切る暗〜い夜道を彼女はダラダラと『那由多の袋』から出した饅頭なんぞ食べながら歩き続けていた。


「…………何も出て来ねぇな……」


 感情の抜け切った声で呟く彼女。しかし、足取りはシッカリとしている。その手には現在進行形で食べている饅頭だけで何も明かりを持っておらず、周囲は真っ暗なのに。

 恐らく、ゲーム内で持っていた【暗視】スキルがこの世界でも適用されているお陰であろう。道の凸凹や足元に落ちている石ころですらハッキリと見える為、不用意に(つまず)く何て事も起こらない。


「つ〜か、そもそもアレか。この辺りは薄い(・・)し……しょうがねぇか……」


 と、辺りを感じながら饅頭を食べ終えた彼女は呟く。

 彼女の持つ【気配感知】の同種スキル――【妖気感知】によると、ここら周辺の『妖気』は薄い。妖気の濃度は現れる妖怪の強さ・格に比例する……となると、お目当てな強そうな妖怪は出て来ない。


「……やっぱオレ、リアルラック値低いな。ま、これを見れるだけでも、この世界に来れた価値は少しは有るか」


 見上げればそこには満天の星空。都会の汚れた空気では決して見る事の出来無い、何時まで見ていても飽きないであろう自然の美が存在していた。惜しむらくは、星座の知識が無いのでどれが何の星かわからない事であろうか。


「出来れば、あの人と見たかったな――――お?」


 ふと感じる気配――イヤ、妖気。

 自分の背後からゆっくりと近づいて来るその妖気に振り向くと、彼女は無手のままその場に佇んで待つ。数秒後、彼女の前に現れたのは宙に浮かぶ青白い火の玉と、同じく宙に浮かぶ半透明に透けて見える男だった。


(『鬼火』と『怨霊』か……見事なまでの雑魚の組み合わせだな)


 半ば予想通りの登場に、軽くない失望と僅かな苛立ちが彼女の胸に浮かぶ。自分のリアルラック値に対してもイラつくが、それ以上にイラつくのは目の前に居る『怨霊』――その人物に対してだった。

 『鬼火』に照らされる事で、この明かり一つ無い夜道でもクッキリと見えるその『怨霊』は――


「ヨォォォォクモォォォォ! 俺ヲォォォォ殺シィィィィヤガッタナァァァァ!」

(――さっきの、オッサンじゃんか……)


――昼間、彼女が何の躊躇いも無く首を斬って殺した山賊であった。『怨霊』になってまで付き纏ってくるとは、ある意味見上げたものである。

 最も――


「しつこい男は嫌いじゃないけどな……しつこい(クズ)は嫌いなんだよ」


――彼女に取っては迷惑以外の何物でもないが。

 こちらへと襲いかかろうとする『怨霊』。だがそれよりも速く、彼女は右手の人差し指と中指をピッと伸ばすと、空に向けてクンッと突き上げると同時に明確な言霊を告げる。


「『急々如律令』!――【陽気・浄】!」


 瞬間――彼女を中心に地面に放射状に光が広がる。『鬼火』よりも明るく、そして清浄な光が地面を走り抜けた後には――『怨霊』も『鬼火』消え去り、元の暗く静かな夜道へと戻っていた。

 そしてそれを見届けると、彼女は構えていた手を降ろして一息吐いた。


「うん。コイツ等相手なら、コレで十分イケるな」


 手をグーパーグーパーしながら呟く彼女。この世界に来て初めての『霊力』の使用であったが、特に問題は無く扱えた。但しゲーム内と違い、使用後に僅かに身体の内から何かが抜けた感じがした。同時に僅かな倦怠感も。恐らく、実際に『霊力』が消費された事によるものであろう。

 やはりこの現実世界ではゲーム内みたいに、数値上の事では済まない様だ。


「でも結局これ以上は試せないし……ハァ〜」


 軽く溜め息を吐くと、彼女は振り返り再び夜道を歩き出す。


「じゃあな、オッサン。今度は迷わず成仏しろよ。迷ったってロクな事無いんだからな……オレみたいにな」




――――Now・(移動中)Going(なう。だぜ!)――――


「――お?」


 何も起こらぬ夜道を只々歩き続けた彼女は、やや小高い丘を超えた所で目の前に見えた光景に少しの驚きを持った。彼女が目にしたのは村である。やや大き目な川を挟む形で粗末な木造の家と畑が並ぶ、人口約二〜三百と言った小さな村。

 そしてその村に隣接する山に見える物。遠く暗いが【暗視】のお陰で朧気(おぼろげ)ながらにも見えるのは『鳥居』。


「神社か……一応、オレも巫女さんだし。一晩泊めて貰うか」


 話しのわかる神主だと良いな〜、と楽観的な願いを持ちながら、既に寝静まり暗い闇の(とばり)が落ち切った村の中を静かに通り過ぎ、山の中腹にある神社へと繋がる長い石段を登っていく。


「…………長ぇな」


 所々、石と石の隙間から雑草が生えている石段を登りながら呟く彼女。暇潰し的に頭の中で数えていた段数は既に七十を超えているが、位置的にはまだ半ばと言った所である。しかも勾配が結構キツイのも頂けない。年寄りには間違い無く厳しいであろう…………イヤ、年齢・性別関係無く厳しい。


「――到着。失礼す…………あ?」


 結局、百五十段以上あった石段を登りきった彼女は、神社の入口に当たる大きく聳え立つ朱塗りの『鳥居』を潜った所で――違和感に気づいた。

 ゲーム内知識とこの世界に来た時に与えられた経験的知識が合わさった事により気づいた違和感。それは――


「何で、この鳥居。機能(・・)してない(・・・・)んだ?」


――鳥居が、その役割を果たしていない事によるものであった。


「……もしかして」


 【気配感知】で神社内の気配を探ってみるも、引っ掛からない。単に夜で皆寝ているからと言う訳ではない。先程の村では通り過ぎた際に寝ている人の気配を感じ取れたのだから。

 彼女は鳥居から奥へと続く石畳の参道の脇、向かって左手側に在る『手水舎』に近づいてみる。四本の柱に支えられた屋根の下。完全に吹き抜けのそこには切り出された石で組まれた水盤が在り、その中には地下水であろうか渾渾と水が湧き出ている。溢れ出た水は脇に掘られた溝を通ってどこかに流れている。


「思った通りか……」


 手水舎に備え付けの柄杓を一本手に取って確かめる彼女。

 水盤自体は常に湧き出ている『霊水』のお陰か汚れは少ないが、脇に置かれている柄杓は……ボロボロであった。一体どれだけ野晒状態だったのか、砂や土がこびり付いているどころか柄の部分が腐っており持っただけでも折れそうな程である。


「……こっちも、か」


 手水舎から離れ、参道に沿って並んでいる石灯籠に近づいて見れば、こちらも見事に苔生(こけむ)している。風情が有ると言えなくもないが、今はそれは置いておいて、彼女は暗い神社の中を見渡して呟く。


「ここ、無人なのか? 『拠点』なのに勿体無ーな――じゃ、折角だし、オレが使っても良いよな?」


 と、参道から外れて、そのまま神社の周囲に存在する森――『鎮守の森』の中へと入って行く彼女。真夜中の為、鬱蒼としてる森の中は月明かりも入らず薄気味悪いにも程があるのだが、気にしないとばかりに彼女は普通に進んで行く。

 そして、数分も経たずに一本の樹に彼女はたどり着いた。他の樹と違い、その樹は明らかに異彩を放っていた。他の樹よりも二回りは大きい幹には太く大きい注連縄が巻かれている。


「…………」


 彼女はその注連縄に触れると、霊力を流し込む。やり方は既にわかっている。この世界に来た時に与えられた知識で。

 時間にすれば一〜二分程すると、触れていた注連縄がぼんやりと光り始める。それを見届けると、彼女は再び森の中を歩き出し同じ様に注連縄が巻かれた樹、三本にも霊力を流し込み終えると鳥居の所に戻って来ると手を触れる。


「『結界』――起動」


 告げると同時に鳥居全体が淡く光ると――鳥居から光の線が凄まじい速さで伸びていき注連縄が巻かれていた樹の一本へと到達する。そして、その樹から新たな光の線が別の樹へと伸びるのを繰り返す。

 最後に、光が鳥居まで戻って来て空から見れば大きな五芒星が描かれた瞬間――全ての光が消える。淡く光っていた鳥居も元通りになり、神社全体に宵闇の暗さと静けさが戻ってきた。一見、何も変わっていない様に見えるが、彼女の【妖気感知】には明らかに違いが感じ取れる。もしゲーム内と同様にパーセンテージで表示されていたら、それはマイナスになっていただろう――つまり、今この場所は妖気が無いどころか清められているのだと。


「よし。これで妖怪共は入って来れない。仮に入れても能力値大幅減少だしな――これでやっと、コッチに手をつけられるな」


 軽くコンコンと鳥居を叩いた後、彼女は御目当ての建物――『社務所』へと歩みを進める。そもそも彼女がここを訪れたのは、泊まる場所の確保の為。無人、と言う予想外の事は有ったが、漸く本来の目的を達成出来そうである。

 但し――


「――そうは問屋が卸してくれないか……」


――社務所に入れればの話しであった。小ぢんまりとした一軒家な社務所は、玄関や縁側等全てが雨戸によってしっかりと塞がれていた。一瞬、力尽くでこじ開けようかとも思ったが、暫くはここに居る事を考えて断念する。

 建物に沿って裏口の方に周ってみて彼女は……軽く頭を抱えた。裏口もしっかりと戸で塞がれていた上に、その戸が曲者であった。引き戸の壁面には白黒の正方形によるチェック模様――和名で言うところの市松模様が全体に描かれていた。


「…………」


 試しに彼女がその黒いマスの一つに触れてみると……微かにだが上下左右に動く。昔、一度これと同じ物を見た事の有る彼女はわかる。わかってしまう。これは……


「…………箱根細工かよ」


 『箱根細工』――決められた手順で動かさないと開けられない和製パズル。物によっては開けるのに百を超える手順が必要な物も有る。

 結構本気で力尽くでこじ開けようかとも思ったが、暫くはここに居る事を考えて堪える。


「……これ造った奴、ボコボコにしてぇ……」


 半ばヤケになって、戸の取っ手に手を掛けて思いっきり引く。当然、戸は――








「――あれ?」


――開いた。拍子抜けする程にアッサリと。思わず何度も開けたり閉めたりを繰り返してしまう彼女。鍵は掛かっていなかった様だ。


「…………いきなり無人の拠点がアッサリと手に入る……か。な〜んか作為的なモノを感じるんだよな。オレのリアルラック値じゃ、有り得ないし……」


 ダルそうな目付きが少〜しだけ据わる。しかしそれもすぐに元通りになって、どうでも良いとばかりに中へと立ち入る。


「ま、良いか。貰える物は貰っとこ……………………先ずは掃除か」




――――Now・(お掃除)Cleani(中だぜ!)ng――――


「――こんなモンか。取り敢えずは、マシになったな……」


 東の空が明るみ始めた頃、雑巾片手に自分が掃除した屋内を見て彼女は額の汗を拭う。玄関と縁側の雨戸と全ての窓を開け放ち、玄関・縁側・囲炉裏の在る板張りの部屋・炊事場・風呂場と至る所をはたきがけし、箒で掃き、雑巾掛けし終えたばかりである。予想よりも埃や汚れが少なかったお陰で、思っていたよりも速く終える事が出来たのは素直に喜べる事であった。予想外と言えば、風呂場が立派な檜風呂だった事もであるが。

……ちなみに、掃除に使用したハタキ・箒・雑巾・手桶は全部彼女の持つ『那由多の袋』から出した物である。何でそんな物持っていたかと言うと、単にゲーム内でアイテム所持容量が無限化した所為で、何でもかんでも手に入れた物を入れておいたからであった。


「んじゃ――」


 掃除用具一式を適当な所に纏めた後、彼女は囲炉裏の部屋に戻ってくると再び『那由多の袋』に手を突っ込む。そして取り出したのは――布団・毛布・枕の睡眠用具一式。

 手際良く敷くと布団に潜り込み――


「――寝るか………………スゥ……」


――一分と経たずに寝息を立てていた。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――【妖気感知】――――


索敵系スキル。

周辺の妖気の濃度を感じ取る。熟練度によって範囲と精密さが決まる。習熟していれば妖気の残滓も感知・追跡する事も可能。

ゲーム内ではパーセンテージ表示であったが、実際に妖気濃度を感じ取れる様になっている。

間違っても髪がアンテナの様に立ったりしない。しないったらしない。


――――【暗視】――――


索敵系スキル。暗くても良く見える様になる。

ある意味、ゲーム『九十九妖異譚』では必須と言えるスキル。これが無いと、夜の戦いの時、松明や提灯を片手に戦わねばならないので、戦い辛い上に格好悪い。

もし夜中に、妖怪の出ない安全な場所をウロチョロしているプレイヤーを見かけたら、それはこのスキルの熟練度を上げている初心者プレイヤーである可能性は非常に高い。


――――『怨霊』――――


恨みを持ち彷徨う亡霊。

成仏できず、かと言って妖怪にも成れなかった半端な存在。ゲーム内では、ぶっちゃけスラ〇ム的雑魚キャラ扱い。


――――『鬼火』――――


直径10センチ程の青白い火の玉。

ゲーム内では大抵、怨霊か低級妖怪とセットで現れる。触れるとHPを吸い取られるが、自分から近づいて来る事は無く、ただ浮いているだけの存在。

実はゲーム序盤で【暗視】スキルを持っていないプレイヤーが、明かりを持ちながら戦うのが不便であろうと思ったスタッフによって造られた『照明役』。

異世界では触れると生気を吸い取られるが……『照明役』に変わりは無かったりする。


――――【陰陽術】――――


陰陽師が使う、陰陽五行を元にした術。

『九十九妖異譚』内では色々な種類の術が存在するが、汎用性が有る為この術が一番使われている。

『急々如律令』『早九字護身法』『切紙九字護身法』の何れかを機動キーとして発動出来る。


――――『急々如律令』――――


【陰陽術】を使う際の起動キーの一つ。

言葉にするだけで術の行使が出来るので咄嗟に使えるが、この場合本来の四割までしか出せない。

つまり本来なら100の威力の術でも40しか出せず、ステータスやスキル習熟度が上がって威力が200になっても80までしか出せない。


――――【陽気・浄】――――


【陰陽術】の一つ。

霊力によって周辺一帯を浄化する事によって、辺りの妖気濃度を減少させる。

ステータスとスキルの習熟度によっては低級妖怪を瞬殺する事も可能。


――――『神社』――――


数多く存在する拠点において、最高峰の場所。

『鳥居』と『鎮守の森』にある神木を起点にした『結界』により妖怪達を寄せ付けず、『霊水』を無限に補給出来る『手水舎』。霊力を込めるだけで明かりが点く『石灯籠』。侵入したモノを自動で襲う『狛犬』。そして寝床である『社務所』が存在する。


――――『霊水』――――


清められた水。周囲に振り撒く事で辺りの妖気濃度を若干薄める事が出来る。

飲んでも霊力は回復しない。あしからず。


――――『結界』――――


複数の媒体を用いて造られる妖怪が入れない空間。

使われる媒体の質によって、出来る結界の大きさと効果が左右される。小規模のものなら簡単に造れるが大規模のものは非常に難しい。

妖怪が無理やり中に入ると消滅かステータス減少する。

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