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依頼……イヤ、構わねーよ

梅雨入り……蒸し暑いのと涼しい日が交互に来るのは、ちと辛い。

「――と言う訳で、是非ともお願いしたいのです」

「……もう一回言ってくんねーか?」


 昼下がり、彼女の元へとやって来て要件を手短に話しているのは、人知れず苦労する陰陽師、一彦である。やる気無い態度を隠そうともしない彼女を前に、彼は誠心誠意頭を下げて頼む。


「ですから、陰陽寮が定期的に行っている地方への視察を、貴女にも手伝って頂きたいのです」

「……何で、オレが手伝わなきゃいけねーんだよ? オマエ等でなんとかしろよ」

「人手不足です」

「本気で言ってんのか?」

「理由は有るのですよ。理由は」


 そこまで言うと一彦は、一度大きく息を吐いてから事情を説明する。


「何故そうなったかは未だわかりませんが、各地で『妖怪』による被害の報告が増加傾向にあるのです。これまでは陰陽寮の人員で事足りていたのに、今では貴女に手を借りねばならない程に……」

「だからって、オレ一応部外者だぜ?」

「当然、強そうな『妖怪』の報告があった場所へは貴女に優先的に行かせる様に致しますが?」

「良いぜ。了解だ」


 面倒くさそうにしていた彼女ではあるが、一彦の言葉にアッサリ手の平を返す。一彦としても彼女の扱いを十分承知していたので、この流れは想定内である。最も、それでも申し訳なさそうな表情になっているのは、彼が信用に値する人間である証拠であろう。


「ではこれで「ちょっと待った」……何でしょうか?」」


 腰を上げかけた一彦に彼女からの待ったがかかる。普段の彼女ならば一度了承すればその後は余計な話し等しないのに、珍しいなと一彦が首を傾げれば一方の彼女は先程の面倒くさそうな表情で一言。


「あのバカが絶対バカをやりそうな事に対して」

「対処致します」


 対する一彦も簡潔な一言で返すのであった。




――――Time・(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「行っちゃやです! 行かないで下さい!」

「…………こっちも対処して欲しかった……」


 旅支度をしていた所を目撃され、問い詰められ、自白させられた彼女に懇願するは、幼くとも一人の男である菊王丸である。

 彼女の身体にガッシリと両手両足で抱きつき、恥も外聞も気にせず胸元で泣きついている菊王丸を前に、彼女は疲れた表情でポツリと呟いた。しかしこのままでは埓があかないと、菊王丸に声を翔ける。


「いい加減、離せっての」

「嫌です!」

「離さないなら、実力行使になるぞ?」

「やれるものならやって「うらっ」――あうっ?!」


 情けも躊躇も容赦も無く振り下ろされた拳骨が菊王丸の頭に命中する。より一層、涙目になり頭を抑える菊王丸に対して、その隙に自由になった彼女は溜め息を吐いて言葉を紡ぐ。


「ちょっとばかし地方に出かけて、ちょっとばかし『妖怪』と殺り合ってくるだけだろうが……別に問題無ーだろ?」

「大有りです! それの何処が問題無しなんですかっ?!」

「イヤ、だからさ――()()()()()問題無いだろ?」

「?!!」


 何気なく紡がれた言葉に、菊王丸が雷に打たれた様に硬直する。言葉もそうたが、彼女が()()で言っている事もそれに拍車をかけている。

 結構な長い時間を過ごしたと言うのに、無関係であると言い切ったその態度に。


「何で……何で態々(わざわざ)自分から危険な目に遭おうとするんですかっ?! ずっとここに居れば良いじゃないですか!!」

「何でって……望みを叶える為に決まってんだろ」

「だったら……だったら僕が叶えます!! 叶えてみせます!!」

「あ〜〜、そりゃ無理だ」

「何でですか?!! 子供だからですかっ! 巫女さまの為なら何だって出来ます!!」

「確かにオマエはオレの為に――イヤ、オマエとオレの二人の未来の為に、何でもしようとするだろうな……()()()()()無理なんだよ」

「?? どういう意味で「悪いな」――あうっ?!」


 困惑した菊王丸の隙を突き、手加減した手刀を首筋に落とし意識を刈り取る彼女。アッサリ崩れ落ちた菊王丸を抱き止め丁寧に床に寝かす。


「その意気は買うがな……子供は何も出来無ーよ。大人に守られる事しか出来無いんだよ。どんなに背伸びしたって、大人が傷つくのをただ見ている事しか出来無いんだよ」


 寝かせると彼女はそのまま離れを後にする。歩みには迷いも躊躇いも一切無い。


「それが嫌ならオマエも大人になれ――最も、そうなった時は大抵手遅れなんだけどな」


 振り返る事も立ち止まる事もなく、彼女は立ち去った。




――――Time(またちょ)Going(っと時間)Again(が飛ぶぜ!)――――


「お待ちしてました」

「よっ」


 世話になっていた屋敷の者達に事情を説明し、また何時でも戻って来ても良いと声を掛けられ屋敷を後にし、『京』の玄関口たるデカイ朱塗りの門――羅城門に来た彼女は一彦と落ち合っていた。


「取り敢えず、こちらを……」

「ああ」


 渡されたのは複数枚の地図。それぞれ簡易的な何処何処から何処何処までの街道とその行き筋が記されており、順番に見ていく事で目的地に辿り着ける様になっている。

 パッと見でそれを確認した彼女は腰の『那由多の袋』に仕舞い込む。そして用は済んだと足早に立ち去ろうとした彼女に、一彦が待ったをかける


「お待ちを」

「あん? 何だよ?」

「取り敢えず、あちらに……」

「あ?」


 指し示されたのは羅城門の大きな朱塗りの柱。手振りでその裏側に行ってくれと一彦が頼んでくる。訝しみながらも一彦の真面目な顔に押され、言われるがままに指し示された柱の影に身を隠す彼女。

 そしてキッカリ一分後。


「いぃぃぃぃぃぃちぃぃぃぃぃ――」

「…………」


 遠く彼方より響いてくる奇声と、ズダダダと言う地響き音。

 来る。近づいて来る。圧倒的な存在感とオーラとそれを上回る馬鹿さを内包した何かが、この場に目掛けて向かって来る。


「――ひぃぃぃぃぃこぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 そして砂埃を上げて、人間ドリフトで横滑りしながら急停止する一人の男――彼女に関した事柄限定で暴走する陰陽師、孝明である。

 そんな孝明は荒い息も滴る汗も気にせずに一彦に詰め寄ると、肩を掴み前後に揺さぶりつつ必死の形相で問い詰める。


「彼女は?!!」

「ご覧の通りですが?」


 首を物凄く揺さぶられながらも、両手を大きく広げて辺りを指し示す一彦。それに釣られて辺りを見回した後に、やっぱり肩を前後に揺さぶりつつ必死の形相で問い詰める孝明。


「何処へ向かった?!!」

「何処へと言われても……渡した地図に沿って、としか」


 そう言って一彦が胸元から数枚の地図を取り出すが、それを見るやすぐに掠め取って中身を確認する孝明。


「これかっ?!!」

「あっ、それは「うおぉぉぉぉぉっ!!!!」…………」


 そして一目散に走り出す孝明。後には砂煙と、静かに見送った一彦と、柱の影で一部始終を視ていた彼女が残った。


「――と言う訳です」

「……中々やるな、オマエ」


 若干、三半規管がまだ揺れている一彦が、彼女のニヤリとした笑みに同じ笑みで答える。


「嘘は言っておりません」

「確かに、アイツがちゃんと話を聞かなかった上に、勝手に誤解していっただけだしな――アイツが持っていった地図が、オレのと()()なんて言ってないしな」


 クックックッと笑う彼女が、そのまま一彦に背を向けて歩き出す。一彦はそんな彼女の背に向けて軽く声をかける。


「お気をつけて。また会える事を願っています」

「あ〜〜〜……この旅が、()()()に終わったらな」


 振り向く事無く、手をヒラヒラさせながら彼女は『京』を後にするのであった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説はお休みです。

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