疑問……イヤ、だから?
やっとこ、戻ってこれました。
待っていて下さった方達には申し訳ありませんでした。
詳しくは活動報告で。
「――――」
朧月の闇夜を疾駆する小さな影。『京』の小路から小路へ音も無く駆け抜ける。
闇から闇へ隠れる様に疾る事も然る事ながら、その小さな体躯も相まって捉える事が非常に難しい。唯一、その闇の中でも己の存在を際立たせる瞳の輝きを残像に残し、疾り続ける。
「――――」
と、僅かに聞こえる闇夜を切り裂く飛来音。次いで地面に突き刺さる鋭利な突起物。
しかし、その影には当たらない。根本的にその影が速過ぎるのか、明らかに狙うタイミングが遅れて突き刺さっている。
その影も、避ける必要も無いとわかっているのか、進路を変更する事無くただ疾る事だけで回避している。
「――――?」
更なる飛来音。先程と同じでありながら先程と違うのは、その影が今度は回避行動を取った事。先の【投擲】で狙いを修正したのか、今度は確実にその影を捉えた軌道を描いていた。
しかし、その影も負けてはいない。疾りながらも、ステップを踏むかの如く左右へ移動し避ける。そして全てを回避した後には、その今尚疾駆する影の背が、まだまだ甘いと物語っている。
「――――?!」
――それに触発されたのか、その影を襲う飛来物の精度が上がる。一つを避ければもう次のが間近に迫り、また避けても次弾が既にこちらへと迫っている。
もはや疾ると言うよりも、跳ねるに近いその影の挙動。ジグザグに、不規則に動く事で何とか避け続けている。このままいけば、影の体力が落ちて動きが鈍った所を撃たれるのが先か、それとも飛来物が打ち止めになるのが先か、と言った所で――
「――――?!!」
――更なる変化が起きる。飛来物の数が跳ね上がった。必然、避ける動作もより俊敏にこなす必要が出てくる。
しかし飛来物が、その影を小路の端に追い詰める様に飛んで来る。徐々に徐々に逃げ場を失っていく状況に、その影は――手近の塀を駆け上った。
「――――!」
二次元から三次元な軌道へ変わり、駆け上がった勢いのまま塀の上へと飛び上がる。
しかしその宙に浮いた、その一瞬を狙って飛来物が襲う。地から脚が離れた宙では避ける事は出来ず、今度こそその身を穿たれる事が間違い無しな状況で、その影は――宙で身体をクルリと翻し、その長い尾を鞭の様に振るい飛来物を払い落とした。
見事に着地も決めたその影は、自信に溢れた足取りで疾駆を再開し――
「――――??」
――力無く、その場にへたり込んだ。
突然、身を襲う脱力感。四肢に力が入らず、視界も揺れて思考も纏まらない。何が起きたのか、纏まらない思考でも何とか状況を把握しようとした所で聞こえる足音。
「――二十七。中々、良い動きだったぞオマエ。もうちょい少ない数で仕留められると思ってたからな」
次いで聞こえた声に、その影が何とか首を捻り視線を向ければ、そこには口に先程までの飛来物――竹串を指に挟んだ寝癖混じりな巫女装束の女性。
「『化け猫』にしちゃ、良い逃げ足だ」
「――――」
足元に倒れ伏す影――『化け猫』を見下ろし、彼女はやや感嘆の篭った声で呟く。
だがそれも、敗者からしてみれば何の慰めにもならない。上から目線の批評など誰が喜ぶか、と言いたげに『化け猫』が倒れ伏した状態からでも憎々しげに睨む。この身が自由に動いたならば、即刻に喉笛を噛み切ってやると思っても、体には力が入らない。
そんな『化け猫』の疑問に答える様に、彼女は持っている竹串をヒラヒラと見せつける。
「こいつには、マタタビの匂いが染み付いてんだよ。やっぱ猫にはマタタビだろ?」
「――――?!!」
その言葉で、自分が酩酊している事に漸く気づいた『化け猫』が眼を見開くが、全ては後の祭り――
「じゃあな」
「――――ッ!!」
――自分に振り下ろされる足の裏を見たのを最後に、『化け猫』はその存在を消された。
* * *
「……もっと強いのは居ないのか」
明けて翌日。何時もの居候中な離れで、何時もの如く豪快に昼まで寝ていて、何時もの如く痛む頭を抑えながら起きた彼女は、『那由多の袋』から出した食べ物を適当に摘み一息吐いた後に、湯呑片手に染み染みと呟いた。
「…………」
そしてそんな彼女に対して何も言えずに居る菊王丸。そっち方面な話題には、子供であり庇護される側の菊王丸では、口出し出来無い事を良くわかっているが故に、何も言えない。
「――って言うか離れろ」
「嫌です」
……最も、言えない代わりに行動で示している。危険な事は控えてくれ、心配だ、と言わんばかりに、足を崩して座る彼女の背中に抱きついている。
彼女の方も、不本意ではあるが慣れてしまった所為で、引き剥がす事無くされるがままであった。
見方によっては仲睦まじい二人。穏やかな午後な時間に――
「――私は戻っ「「五月蝿いっ!!」」――がっ?!!」
――乱入して来た孝明であったが、同時に放たれた空の湯呑とお盆が直撃し引っ繰り返った。
「――だが断る!」
……と思いきや、即座に起き上がる孝明。驚きの立ち直りの速さである。
「「…………」」
そして、ホントどうにかならないか? と言った眼で見る彼女と菊王丸。今この時だけ確かに両者の心が一致した瞬間であった。
「言葉の使い方間違ってるし……って言うか、あんだけ遠くに投げ飛ばしといたのに、何でもう帰って来てんだよ? また『転移符』「愛の力だっ!!」……オーケーわかった把握した、オマエには常識が通じないって事が……」
痛む頭を堪えるかの様に手を額に当てる彼女。実際に頭痛がしてきそうで思いやられる彼女であったが、お構い無しに孝明は部屋の中に入ってくると――キチッと正座して真剣な顔で彼女と相対する。
「「…………?」」
普段の態度とは違う以外な行動に彼女と、未だその背中に抱きついたままの菊王丸が揃って訝しんだ顔になる。
何時ぞやの一世一代の告白ばりの真剣な顔になった孝明は、ゴクリと唾を飲み込むと意を決して彼女へ問う。
「なあ」
「何だ?」
「あの人って誰だ?」
「…………それがどうしたよ?」
「誰だ?」
「誰です?」
「……何でオマエも加わってんだよ?」
「誰だ?」
「誰です?」
「…………」
両者からのズズイッとした詰め寄りが続く。何か知らないが妙に強い眼力・圧力・プレッシャーに、無意識に彼女も若干気圧され気味になる。だが孝明は止めない・引かないし、菊王丸も気になっていた事を聞ける最大の機会と便乗する。
無言の圧力を止めない両者に対して、彼女は心底悩んだ顔になって答える。
「誰って言ってもな……一言で言うのが、かなりムズいんだよ」
頭をガシガシ掻きながら彼女が言う。その後も、あ〜う〜唸りつつ言葉を模索しながらブツブツと呟く。
「親の様で……兄弟の様で……家族の様で……強くて……優しくて……」
「「…………」」
漏れ聞こえる呟きに孝明・菊王丸の顔が徐々にしかめっ面になっていく。しかしそれに気づかず彼女はウンウン悩んだ末に、一言ハッキリと告げる。
「――オレにとって最も大切な人だ」
「「…………」」
控えめながらも笑顔で言った彼女に、孝明・菊王丸は雷に撃たれる。想定外過ぎた言葉に両者のライフポイントは急降下。外見ではわからないが内面で酷く動揺している。
「……な、なあ?」
「あん?」
「幾つか質問して良いか?」
「別に構わねーけど……」
内心の動揺を押し隠し、孝明は彼女に問いかける。彼女の方はと言えば、少し面倒くさそうに見えるが普通に答えてくれそうなので、孝明は思い切って尋ねる。
「その人って男? 女?」
「一応、男だが」
「……その人とは、親しかったのか?」
「毎日、顔を合わせてたが……ああ、仕事が忙しい時は流石にそうじゃなかったけど」
「…………その人は、俺よりも優れてるか」
「取り敢えず顔「所詮は見た目かーーっ」……おい」
突然、突っ伏して漢泣きし始める孝明。最も、彼女にしてみれば一人で騒いで五月蝿い事この上ないのであるが……正直かける言葉が見当たらないし、探す積りも無い。
「――結局あれか?! その人に再会する為にっ! 元の――あっちに帰るのが目的かっ!!」
「イヤ?」
「……はい?」
菊王丸も居る為にぼかした言い方で孝明が言い募る。しかし、彼女の否定語に孝明の勢いが止まる。何言ってんの? とばかりの彼女の表情に、孝明も思わず何て言ったの? と言った表情になってしまう。
そんな孝明に、彼女はどうでも良さげに言う。
「オマエには前に言わなかったか? オレは強い『妖怪』とヤレりゃそれでいいって。あっちに帰る気なんて更々無ーよ?」
「「…………」」
言い方はどうでも良さげではあるが、彼女との短くも深い付き合いにより、彼女が嘘を言っていない事がわかった孝明・菊王丸の両名。
二人はアイコンタクトを交わすと、部屋の隅に移動しヒソヒソ話しで会話する。
「(どういう事ですか)」
「(大切な人だが、そこに帰る気は無い……つまり)」
「(何ですか?)」
「(彼女にとってその人は、もう過去の人物……と言う事では?)」
「(?! じゃあ!――)」
「(――うむ。俺達にも未だ芽は有りだ!)」
(……なに話してんだか)
良くわからないが額を突き合わせてガッツポーズ的な事をしている部屋の隅の二人の背を見つつ、彼女は微かな声で呟いた。
「無駄な事を……オレはオレの望みを叶えたいだけなのに、よ」
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『化け猫』――――
低級『妖怪』。
猫が『妖怪』化したモノ。俊敏な動きで狙いを付けにくいが反面、打たれ弱いし攻撃力も低い。
『猫又』とは違って尾は一つ。ゲーム内では良く間違えるプレイヤーが多発。




