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帰還……イヤ、待ってないし

……五月病。

……執筆意欲が沸かない。仕事でも最近勤務時間が一定していない事が相まって、寝不足……ヤバいわ……

「私は帰って来たーーーーっ!!!!」


……真っ昼間っから他の人間の事など(かえり)みない大声を上げて、勢い良く(ふすま)を開け放つ一人のバカ……もとい陰陽師の孝明である。

 つい昨日、定期的に行われている地方への視察を終えて『京』へと帰還した孝明は、すぐに意中の彼女の元へとはせ参じようとしたのだが……報告云々(うんぬん)などが有った為、他の者達による強制連行によって叶わなかった……その後、時間帯が時間帯だったのにも拘らず、夜這いに近い特攻をかけようとした孝明を陰陽寮の皆が物理的なオハナシで止めていたりする……

 兎にも角にも、会えなかった日々の不足分を埋める為、孝明はこの屋敷の人間達に無断で彼女の離れに不法侵入猪突猛進行をかけていた。


「…………」

「……あれ?」


 しかし孝明を出迎えたのは、静寂であった。人が居ない訳ではない。ちゃんと居る……ただ、その人物が布団の中で寝息を立てているだけであった。


「え〜〜と?」


 流石に予想していなかった状況に、孝明がフリーズする。ここに来れば大抵、最初に彼女の呆れた眼差しと声が出迎えていたので、この状況は想定外過ぎた。


「……スゥ……スゥ」

「お〜い」

「…………」

「もしも〜し」

「……うぅん……」

「…………」


 四つん這いになって静かに彼女の元に近寄り、静かに声をかける孝明。しかし彼女は答えずに夢の世界に旅立っている様子。

 それを見て、孝明の中で悪魔孝明が今がチャンスだと(そそのか)す。今しかない、と。一瞬その言葉に頷きそうになった孝明であったが、天使孝明の言葉で思いとどまる……後々、去勢されるよ? 彼女ならヤるよ? の言葉に……その言葉に悪魔孝明が静かにフェードアウトしていき消える。天使孝明も続いて。

 そして、孝明も彼女が起きる前……と言うか、屋敷の人間に見つかる前に外へ出ようとして――


「――うぅ……くっ……」

「――?」


――異変に気づく。

 確かに聞こえた苦悶の声。発生源を特定するのは容易い。この部屋に居るのが二人だけで、自分で無いのであれば一人しかいない。

 眠っている彼女へと孝明が視線を向ければ、顔は影になって見えぬが苦しんでいる様な何かに耐える様な彼女の様子が眼に入る。


「……で!……だっ!……ちゃ……!」


 続いて聞こえるのは必死に訴える様な声。か細すぎて何を言ってるのか途切れ途切れにしか聞こえないが、その切実さは伝わってくる。

 思わず再び彼女の元に近寄った孝明は、彼女の寝顔がとても苦しんでいるのを確認して、反射的に彼女の肩を掴んで起こそうとする。


「お、おいっ! 大丈夫か! 起きろ! 起きろよっ!」

「……や!……ゃん!……」

「起きろ! 起きろっ! 起きろーーっ!!」

「…………」


 激しい揺さぶりと掛け声に、苦しんでいた彼女が遂にその眼を開く。そして――


「――ぶほぅっ?!!」


――頬への衝撃と共に、孝明は綺麗に背中から引っ繰り返った。。




――――Time(ちょっと時)Going(間が飛ぶぜ!)――――


「――して? 斯様(かよう)狼藉(ろうぜき)を払った事について如何様(いかよう)に謝罪をし如何程(いかほど)の迷惑料と慰謝料を払うお積りであろうか?」

「開口一番それかよっ?!! むしろ……って言うか間違い無く俺の台詞だよなっ?! って言うか、無理やり古語な上に棒読みで言うなっ!!」

「いえ、巫女さまが正しいです!」


 数分後。離れで顔を突き合わせる三人。

 何時もの巫女装束では無く夜着のままで、何時もの如くダルそうな雰囲気で小指で耳をほじりつつ喋る彼女。左頬を腫らして、顎の具合を確かめつつ盛大に喚く孝明。そして騒ぎを聞きつけてやって来た、孝明に対して敵愾心剥き出しの菊王丸。


「つーか、オマエ帰って来んの速くねーか? けっこう遠くの方に行ってた筈なのに、どうやった?」

「『転移符』を使った!」

「……馬鹿だ。馬鹿がここに居る……レアアイテムをそんな事に使うか? 普通」

「それだけの理由が有る!」

「……価値観の違い、か……」


 孝明の言葉に自然と遠い眼になる彼女。行って帰って来るのに、合わせて二枚もレアアイテムを躊躇い無く使ったその所業に、呆れを通り越して尊敬すら通り越して一周してやっぱり呆れるしかなかった。

 彼女の呆れた視線と、菊王丸の敵意有る視線に若干押される孝明。このままでは形勢不利と、やや強引に話題の転換を(はか)る。


「そ、それよりも! さっきのは何なんだよ?!」

「……さっきの? 目覚めていきなり見たくもない顔が眼の前にあれば、殴っても当然だろ?」

「違う! それも言いたい事は有るが! そっちじゃなくてアンタ、滅茶苦茶(うな)されてたじゃんかよ?!」

「……別に? ()()()()()だし」

「何時もの事?! あれが?!」


 何て事のない様に言う彼女の言葉に、孝明が困惑した顔になる。あれだけ魘されていた事が日常茶飯事と言う事実に、二の句が継げない。


「……巫女さまの言う通りです」


 と、菊王丸も彼女の言葉に同意する。最も、その顔は苦虫噛み潰した様に歪んでいる。彼も彼女のあの魘され方に、どうにかしたいと思っているのであろう。


「別にどうでも「良し! 俺に任せておけ!」――はっ?」


 言うなり早々、部屋を飛び出していく孝明。後には唖然とした彼女と菊王丸が残される。


「……結局、アイツ何しに来たんだよ?」

「……どうでもいいです」


 呟いた彼女の声に、冷淡に答える菊王丸。そして数秒後には、両者揃って孝明の事を忘れたのであった。




――――Time(またちょっと)Going(時間が飛ぶぜ!)――――


「私は戻って来たーーーーっ!!!!」


……数日後。再び真っ昼間っから他の人間の事など考えない大声を上げて、勢い良く(ふすま)を開け放つ一人の大バカ……もとい陰陽師の孝明である。


「…………」

「……え?」


 しかし孝明を出迎えたのは、沈黙であった。人が居ない訳ではない。ちゃんと居る……ただ、その人物が今まさに上半身裸でサラシを巻いている最中であった。


「え〜〜と?」

「…………」


 流石に予想出来なかった状況に、孝明がフリーズする。思わぬラッキーな展開に、彼女の裸体と小振りでありながら形良い胸・その晒しの隙間から覗く頂点の桜色に、男の本能が忠実に作用して眼を逸らせない。

 そして孝明の中で悪魔孝明と天使孝明が揃って同じジェスチャーをする……親指で首を横に切る動作を……次いで悪魔孝明と天使孝明が揃って合掌して消える。

 孝明が、地獄に落ちる覚悟を静かに心の中でする。そして彼女は――


「――もっと静かに入って来れないのか、オマエは?」

「…………え?」


――平然としたまま孝明に呆れた声をかけた。それに対して、孝明の方が狼狽えてしまう。しかし彼女はそんな孝明を他所に別段焦る事も恥じらう事も無く、晒しを淡々と巻いていく。

 そして巻き終えると具合を確認してから白衣を羽織り、何時もの巫女姿になる。改めて孝明に向き直れば、変わらずの間抜け面を晒して固まっているその姿。


「? どうかしたのか?」

「どうかしてるのはソッチだろ?! 裸を見られたんだから、恥ずかしがれよっ?!!」


 普通過ぎる彼女の態度に、思わず孝明が咆える。どう考えても両者の態度が逆な状況で、言われた本人はと言えば相も変わらず寝癖の付いた頭を掻きながら事も無げに言う。


「……別に? この姿はアバターのもので、本当のオレの肉体じゃ無ーし。そもそも、オマエに視られても何とも思わねーし」

「…………」

「? どうしたよ?」

「……………………」


 彼女の言葉に膝から崩れ落ちる孝明。その後の言葉も耳に入らない落ち込みっぷり。

 別に彼女に好かれているとは思っていない。しかし、そこそこに付き合いは有るし、自分から思いの丈をぶち撒けた事も有る……だと言うのに、異性として認識されていない事実に凹む孝明。始まっていると思いきやスタート地点にすら立っていなかった現実に打ちのめされた孝明に、エアゲリラ豪雨が容赦無く降り注ぐ。


「ところで……何しに来たんだよ?」

「……………………ああ!」


 先程のラッキースケベのお陰か、ライフポイントがゼロに至らずにいた孝明が何とか復活して彼女の質問に答える。


「そうだった! プレゼントが有るんだ」

「プレゼント?」

「そうだ! 気に入ってくれると思う!」


 先程までの(うつ)状態から一転して、良い笑顔になる孝明。孝明の言葉に(いぶか)しむ彼女の態度を他所に、自身の腰にある『那由多の袋』ならぬ『重袋シリーズ』の小袋から取り出したのは……一体の『妖怪』。

 念糸で簀巻きにされ身動きが取れないながらも必死に身をよじっている、身体は(くま)の様で鼻が象みたいに長くて足は四本とも虎みたいな、大型犬サイズな『妖怪』。


「……『(ばく)』?」


 元々のゲーム内では出逢った事が無いので、結構うろ覚えな記憶から引っ張り出して来た名前を口にする彼女。

 その言葉に孝明は大きく頷きドヤ顔になるが……彼女の方は訳がわからない顔になる。


「……で?」

「ん?」

「イヤ、だから何でその『妖怪』がプレゼント何だよ?」

「ああ、決まってるだろ。それは――」




   *   *   *


その日、何時もの様に彼女の元へと向かっていた菊王丸は――


「――アアァーーーーッ!!!!」

「…………」


――流れ星を見た。

 彼女の居る離れに向かう途中、視線の先で離れから空へと()()が飛んで行き、キランと光って空の彼方に消えるのを目撃した……その()()が孝明っぽい姿をしていて孝明っぽい声を発していたのはスルーして。

 そして菊王丸が開け放されていた襖から離れへと入れば、中では丁度大木槌っぽい物を仕舞っていた彼女の姿と、彼女に向けて頭を下げている一体の『妖怪』が居た。


「もう、捕まんじゃねーぞ」


 その言葉に頷いた『妖怪』――『(ばく)』は部屋の外に出て行き、そのまま塀を飛び越えて消える。

 それを見送った菊王丸は、自分には関係無いとばかりにあっさり忘れて彼女の元へと向かい……固まった。彼女の雰囲気が、以前にも見た事のあるものであったから――『がしゃどくろ』との戦いの後に見た、空虚な雰囲気。


「…………」


 あの時とは違い床に臥せっている訳では無く、立って動いて言葉も話している……だと言うのに、その眼が同じ。何処を写しているのかわからない空虚な瞳。

 だが菊王丸を止めたのは、それだけではない。彼自身、言葉にし難いナニカを彼女から感じていた。言葉をかける事も近寄る事も躊躇う、ナニカを。


「ふうっ」


 しかし、それも束の間。一息吐いた彼女は、何時もの彼女の戻っていた。それを見て菊王丸は、先程までの彼女の事を意識の外に追いやって、彼女に近寄る。


「巫女さま。さっき変なのが飛んでいったですけど?」

「自業自得だ」

「そうですか」


 短い言葉で述べる彼女と、短い言葉で返す菊王丸。双方共に、飛んでいった者について無関心。そのまま何時ものごとく雑談でも始まろうとして――


「アイム・バ〜〜〜ック!!!!」

「「…………ハァ」」


……バカが戻って来た。ただし鼻が潰れている上に全身びしょ濡れな姿で。

 その登場に彼女と菊王丸が揃って深い溜め息を吐くも、取り敢えず彼女は一番聞きたい事を尋ねる。


「……どうやって戻って来た?」

「『転移符』を使った!」

「だから、レアアイテムをそんな事に使うんじゃねーっての……」

「大丈夫だ! 伊達に陰陽寮に所属してない!」

「……つまり、盗ったんだな」


 本当にコイツ陰陽寮に入れてて大丈夫か? 彼女がそんな事を考えている間に、孝明は離れに入ろうと――


「えいっ!」

「ごほぉ?!!」


――する前に、菊王丸のドロップキックを腹にもらって廊下から庭へと蹴り出された。


「――何しやがる?!!」

「そんな姿で入らないで下さい」


 未だ髪や顎や袖から水滴が(したた)り落ちている孝明の姿を指差して菊王丸が言う。彼女としても当然だとばかりに頷き、孝明は自分の姿に歯噛みする。


「……それよりも! 何で俺が吹っ飛ばされなきゃいけないんだっ!!」

「イヤ、だから濡れた「そっちじゃ無い! そっちじゃ!」……あ〜〜」


 孝明の言葉に、彼女が面倒くさ()に答える――その影で、菊王丸が一歩距離を取ったのは双方気づいていない。彼は感じ取っていた。彼女の声に僅かだがナニカが含まれていた事を。


「オマエが、余計な事をしようとしたからだろ?」

「何でだよ?! 悪夢を喰らって貰おうとしたのに、俺が何でぶっ飛ばされてんだよっ?!!」

「だから、それが余計な事だ、つってんだよ」

「はあっ?! 悪夢を無くす事が何で余計な事なんだよっ!!」

「確かにオマエに――イヤ、普通の人に取ってはそうなんだろうけどな〜……オレに取っては違うんだよ」

「はっ?! 何が違うって言うん「繋がりだ」……えっ?」


 ポツリと紡がれた言葉に孝明の勢いが止まる。小さな言葉ではあるが、そこには止めるだけのナニカが確実に含まれていた。


「オレに残された唯一と言っても良い()()()だ。悪夢だろうが何だろうが、コレしか残ってないんだ」

「…………」

「だから――オレから奪うのなら……あの人との唯一の繋がりを奪うのなら……オレから……私から……奪うのなら……なら……ああアアァァァッ!!!!」

「っ?!! がっ?!!」


 一瞬の出来事であった。言葉の途中から様子の変わった彼女が、突如叫びをあげて【縮地】で接近。全く反応できなかった孝明の首を右手で掴んで地面に押し付ける。


「――殺すよ?」

「…………いや、俺は――ぐえっ?!」


 馬乗りになったまま孝明に静かに告げる彼女。その空虚な瞳に呑まれた孝明が弁解を述べるよりも速く、首をゴキッとやられ白目剥いて泡吹いて気絶する。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・念糸】」


 次いで、術を行使して孝明の身体を念糸でグルグル巻きにすると、ハンマー投げの如くその場でグルグル回り始め――


「――投げっ放し超念糸ヨーヨーっ!!」


――本日二度目となる流れ星が誕生した。

 お空の彼方にキラリと消えるのを見送って、一息吐いた彼女は周囲を見渡して一言。


「掃除すっか」

「……そうですね」


 ずぶ濡れの孝明を振り回した所為で、辺りに飛び散った水滴で濡れた廊下を見やり、菊王丸も同意した……その胸中に沸いた疑問を押し隠して。


()()()って誰です? 巫女さま)

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『(ばく)』――――


中級『妖怪』且つ『中立妖怪』。

身体は(くま)の様で、鼻が象みたいに長くて、足は四本とも虎みたいな、大型犬サイズな『妖怪』。

ゲーム内では、とあるバッドステータスを治療してくれる『妖怪』。この世界では、悪夢も喰べる事が出来るが……見た目が見た目なので、『中立妖怪』なのに好まれていなかったりする。

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