病床……イヤ、キツい
最近、仕事の関係で執筆時間が削られる一方……
頑張ってるけど、ペースを保てるかヤバくなってきてます。
「あ゛あ゛あ゛ぁ〜〜〜〜……気分悪ぃ〜〜〜〜」
お天道様も高く登った真昼間から、布団の中で死んだ虫の様な声を彼女は上げていた。
二日酔いと乗り物酔いを足して二で割って、熱と悪寒をブレンドして、意識朦朧と発汗を隠し味な状態であった。件の快楽殺人鬼と戦って既に二日経っているのだが、服用した薬の副作用で彼女は未だに起き上がるのも辛かった。
「――巫女さま。失礼します」
声と共に部屋に入ってくる菊王丸。その表情はとても心配そうで、彼女を本当に想っている事が良くわかる。
「大丈夫ですか? まだ具合良くならないですか?」
「……見ての通りだ……マジキツ」
菊王丸の言葉に、息も絶え絶えな声で返す彼女。何時もと違い過ぎる弱々しい様子に、菊王丸の心配も止む事がない。
取り敢えず枕元に置いてある水の入った桶に、すぐ傍にある手拭いを浸して絞り、額の汗を拭く。
「…………」
彼女の方は、されるがままに汗を拭かれている。通常ならば余計な事をするなとでも悪態吐くであろうが、何も言わない。言うだけの気力も体力も無いのか、そんな事に使う余裕が無いのかは定かではない。
……ちなみに、この屋敷には多くの家人・使用人が居るのに何故に菊王丸がこんな事をしているかと言えば、本人の強い要望である。
「……スゥ……スゥ……」
「……お休みなさいです」
程なくして、彼女が静かな寝息を立てた所で、菊王丸も起こさない様に静かに退室する。
――――Now・Sleeping――――
「…………ぅあ〜……っつ〜……」
小一時間後。頭を片手で抑えつつ目覚めた彼女が上半身を起こす。体調は大分回復したが、未だ少しの眩暈が残り、ダルさも少々。そして何時も通りに頭痛がする。
汗で張り付く前髪と、同じく汗に濡れた夜着が気持ち悪く、口の中は乾いて舌の上に嫌な味の唾を感じる。彼女は適当に放っておいた『那由多の袋』から林檎を取り出し齧り付く。腹も空いていた彼女は、歯ごたえ良い果肉と甘酸っぱい果汁を一気に貪り尽くす。五分とかからずに芯だけになった林檎を、少しの逡巡の後に『那由多の袋』に捨てる。
「ん〜〜〜……っと……あ゛〜〜」
軽く背を伸ばし起き上がろうとして……止める。どうやら立っても、まだマトモに歩くのは難しそうだと、腰を上げかけてまた下ろす。
「……ハァ〜〜……」
吐き出す溜め息は彼女の心情を物語るかの様に重い。漸く頭痛が収まってきた代わりに、思考が複雑になっていく。
(……人間相手じゃダメなのか?……オレの望みは叶えてくれないのか?……アイツも良い所までいったのに、つまんねー考えを持った所為で、ダメだったし……やっぱ『妖怪』じゃなきゃダメか? 余計な事を考えずに事を為そうとする、アイツ等じゃないと……)
思考に没頭していた彼女は、この部屋にやって来る気配を完全に意識の外に追いやっていたので、襖を開けた所で固まった菊王丸にも気がついていない。
「――巫女さまっ!!」
「……デカい声出すな……頭に響く」
凄まじい速さで彼女の傍まで来た菊王丸に対して、素っ気無い態度で返す彼女。未だ本調子じゃない事もある為、素っ気無さも何割か増している。
しかし菊王丸は気にしない。彼女がまだ具合悪そうな事の方が気になって仕方が無い
「大丈夫何ですか? 巫女さま?」
「……そう視えるか?」
「いえ。全然見えません」
「……なら、察しろ」
「どうですか? まだ熱ありますか? 頭、痛いですか? 食欲ありますか? 気分悪いですか? 寝覚め悪かったですか? 怖い夢でも見たん「――」……ですか?」
矢継ぎ早に訪ねた菊王丸であったが、途中で思わず言葉に詰まった。理由は彼女がコチラに振り向いたから。何時振り向いたのかわからない程の速さな上に、その表情――曰く形容し難い複雑な表情。
「…………チッ」
「巫女さま? どうしたんですか?」
「何でもねぇ。今は一人にさせろ」
「…………わかりました。失礼します」
正直、もっと傍に居たい菊王丸であったが、彼女から発する拒絶のオーラに負けて渋々退室する。
気配が遠ざかり完全に一人になった所で、彼女は再び身を横たえる。視界に映るのは、もう見慣れてしまった天井。しかし彼女の眼には映っていない。見えているが視えていない、虚ろな眼で何処か遠くを視ていた。
(思い出しちまったじゃなーかよ……ったく)
一瞬脳裏によぎった面影に、気分が途轍もなく降下していく。体調不良も相まって、思考がネガティブ方向になるのを止められない。
(あ〜〜〜〜……何時まで続くんだ? この無為な日常は……)
深い深い溜め息と共に己の中に沈殿しているモノも一緒に吐き出せれば、と彼女は切に願いながら思考を止めない。
(望みを叶えたい……ただそれだけなのに、達成出来ずに時間だけが過ぎる……イヤ、叶えるのに一番簡単な方法も有るには有るけど…………それだと、あの人との約束を間接的に破る事になる……願いを叶えたい。けど、約束は破れない……願いと約束の板挟みか……だからその隙間を上手く突くしかない……いっそ、約束なんて破っちゃえば……………………ダメだ出来無い出来る訳がない! どれだけ罪を重ねても、どれだけ愚かになろうとも! あの人との約束だけは! あの誓いだけは! あの人に嫌われるのだけは! それだけは、絶対にイヤだ!!)
「会い――。――にー――ん」
……両手で顔を覆った彼女の、その指の隙間から漏れ出た声は、普段の彼女からは想像出来ない弱々しいものであり、隠そうにも隠しきれない想いが込められていた。
「――『京』よ! 私は帰って来たーーーーっ!!!!」
……その同時刻。羅城門でバカ声を上げる、一人のバカが居た。
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




