推察……イヤ、好きにすれば?
暖かくなったり寒くなったり、体調が……
「せえいっ!」
孝明の威勢の良い掛け声と共に放たれる、抜き打ちの横一文字。大気をも斬り裂かんとばかりの斬撃は、相手のバックステップで軽く避けられる。
しかし、その行動も予想済み。更に一歩踏み込み追撃の袈裟斬り――だがそれも身を捻って躱される。
「はあぁぁぁぁっ!!」
素早い切り返しからの斬り上げ・唐竹割り・足元を狙っての払い斬り・一際強い踏み込みからの突き。流れる様なコンビネーション。並みの者なら防ぎきれない連撃だが――
「――――」
――相手には通じない。最小限のステップ・体捌きで容易く躱されてしまう。
明らかに自分より勝る技量に孝明が歯噛みする。せめてもの一撃を与えようと、相手の動きを僅かでも見逃さない様に意識を一挙手・一挙動に集中させる。
(――そこだっ!)
幾度目かの斬撃の後に訪れたチャンス。後ろへ下がる為に相手が膝を曲げた瞬間を狙って、渾身の一撃を振るう。たとえ下がっても、このタイミングならば地を蹴った直後を捉え切れる。
勝利を思い浮かべ、思わず笑みが溢れた孝明の――
「――ぶむっ?!」
――顔に、カウンターで飛び膝蹴りが突き刺さった。
下がるのではなく自ら突っ込んできた相手に対処出来ず、孝明は綺麗に引っ繰り返ってブッ倒れた。
視界に星がチラつき、鼻血で呼吸が苦しくなり、痛みで頭が朦朧とする中、無情な声が響く。
「――終了! 巫女さまの勝ちです! 十連勝達成です!」
「……達成感、あんま無ーけどな」
汗を殆どかかず、息も乱れていない巫女装束な彼女が手をブラブラしながら、事も無げに言う。最も、菊王丸の方は眼をキラキラさせながら、流石です! と言いたげな表情である。
彼女が居候中の屋敷の中庭にて行われていた模擬戦は、そうして終わりを迎えた。
「……『急々如律令』――【陽気・快癒】」
自分で何とか術を行使して傷を癒した孝明が、起き上がってジト目で睨む。その視線の先には何時もの如く抱きついている菊王丸と、何だかんだで引き剥がさない彼女。少しはこっちの事も気にかけろ、と心の中で愚痴る。
……最も、その思いは二人には完全に届かずであったが。むしろ菊王丸の方は、良いだろ〜、とばかりなドヤ顔を孝明に見せている。
「……何だかなぁ」
「……何だよ?」
「つーか、ダメダメだな、オマエ。今まで良く生き残れたな」
「はうっ!」
彼女の容赦無い言葉が孝明の胸に突き刺さる。しかし、彼女のターンはまだ終わらない。終わっていない。
「確かに、ゲーム内ではそこそこの腕前で、良い感じにアバターも育ててたんだろうけど……ここはゲーム内じゃ無ーって事を、完全に実感としてないんだろ?」
「…………どういう意味だよ」
「綺麗過ぎんだよ、オマエの動きは。実戦じゃ無い、稽古事を抜けきれない御座敷剣法だ」
「うう……」
「ただ、どちらかと言えば起因はオマエの性格の方だな」
「…………」
「端的に言えば『格好つけたい』の一言に限るな」
「……そうしちゃ悪いのかよ」
「別に? オマエの好きにすりゃ良いだろ? するのはオマエの勝手だし……ただな、オマエの場合、『無様な勝利』よりも『格好良い敗北』の方を上にしてる」
「?!」
「オマエはもっと、生き汚く成るべきだ――勝てば官軍。歴史は勝者が創る。奪おうが盗もうが最後に手に入れた者が勝者……挙げりゃキリが無ーけど、共通して言えるのは、間違ってないって事だ」
「…………」
そこまで言うと彼女は視線を孝明から切って、相も変わらずに抱きついている菊王丸を引き剥がそうとする。そうして二人、何時もの攻防を繰り広げる。
(…………)
そんな二人……イヤ、彼女を見つめる孝明。その眼は、とても真剣なモノ。
自分が惚れた相手ではあるが、未だにその深い所は見通す事が出来ない。強い『妖怪』と戦う事しか興味を持たず、他の事はどうでもいい……にも拘らず、他人と関わりを完全に絶っている訳ではない。常にぶっきらぼうな態度……ではあるが、今の自分への忠言や菊王丸を完全に引き剥がそうとしないと、変な所で優しい。女性なのに身嗜みにも気を使っていない……けど、最低限の湯浴み等は行っているし、着ている巫女装束も何だかんだで綺麗だったりする。
何と言うか、一言では表せない様ではあるが――敢えて一言で評するならば『強い』と言う事であろう。陰陽寮の広間で一人、完全アウェーな状況でも何処吹く風と言った態度を貫き、『がしゃどくろ』との件でも臆する事無く一人で戦い始めたと聞く。
自分にそれが出来るのかと自問すれば、首を横に振らざるを得ない。しかも彼女は陰陽寮に所属している自分とは違い、これまで独りで『妖怪』を退治し続けてきたらしい。誰かに頼ると言った選択肢を選ばずに。そう言った所も、やはり彼女が強いと言う証明となろう。
現に今の十連戦では手も足も出せずに終わってしまっている上に、手がえげつない。髪の毛を掴まれて引き倒される・指関節を取られる・足を踏まれて身動き取れない所に肘打ち・等々、予想外過ぎる手でやられている。
「……さっきからずっとオレを見てるけど、何なんだ? キモいぞ」
「……何かアンタ、俺に対しては……イヤ、誰に対しても辛辣か……」
彼女の冷たい一言に、いい加減慣れてしまった孝明が呟く。言われ続けるのも癇に障ったのか、孝明が拗ねた様に言う。
「と言うか、アンタ子供には甘いんだな。やっぱり、母性とかそう言う女性らしい所を持ってるんだな」
孝明の言葉に、彼女はと言えば……何とも微妙〜な顔を見せる。苦虫噛み潰した様な、不機嫌そうな、そして何処か懐かしむ様な表情が入り混じった顔を。
「…………ンなもんじゃ無ーよ。何つーか、昔のツケを今払ってるみたいなものか……」
「……はっ?」
正直、理解不能な言葉に孝明が視線で更に深く聞こうとするが、彼女の方は、この話しはもう終わりだとばかりにそっぽを向く。
そんな彼女の態度に、これ以上は無理と判断した孝明はあっさりと手を引く。惚れた相手に嫌われては元も子もないと。現に先日の『針女』の件では、好感度を著しく減らしてしまっているのだから。
「……熱い視線送っても、オレには意味無ーぞ? そもそもオレの何処に惚れたんだ? 姿だっつーなら、この姿はアバターのものだから、実際の姿は醜いかもしれねーんだぜ?」
「……違う! 俺がアンタに惚れたのは、そんな外見じゃ無い!!」
「なら何処だよ?」
「その強さだっ! その強さに惹かれた!」
「……強さ?」
「ああ、そうだ!」
孝明の言葉に、珍しくキョトンとする彼女。しかし次の瞬間には――
「――強い? 強いだって?――ふ、くくく……あ〜〜はっはっはっ!!」
「「……?」」
――腹を抱えて盛大に笑いだした。告白した孝明も、彼女にしがみ付いたまま二人のやり取りを不機嫌そうに聞いていた菊王丸も、突然の彼女の様子に困惑気味になる。
そんな二人を他所に彼女の爆笑は止まらない。目尻に涙が浮かび笑い過ぎて過呼吸気味になっても、発作は鳴り止まない。
「――ひ〜、ひ〜、は〜、は〜。イヤ、笑わせてくれるぜ。こんなに腹の底から笑ったのは何年ぶりだか」
「……こっちとしては何故笑われたのか、わかんないんだが?」
「です」
孝明の言葉に、今回ばかりは菊王丸も同意する。そんな二人に、彼女は目尻の涙を拭ってから言う。
「そりゃ、強いなんて言葉を使ったからに決まってんだろ?」
「……それの何が? アンタが強いのは間違い無いだろ?」
「オレが強い訳無ーだろ? もしオレが本当に強ければ、とっくの昔に事を成し遂げてるさ。こんな回り道なんてせずにな」
「「……?」」
彼女の言葉に揃って首を傾げる二人。どういう意味かと問い掛けようとするが、彼女は一つ欠伸をして身を翻し、離れへと戻っていく。
「ふわぁ〜……終わったんで、オレは一眠りさせて貰うぞ」
「「…………」」
後ろ手に手を振りながら去っていく彼女を二人は止めない。彼女の姿が完全に消えた後、二人思わず顔を見合わせる。
「……なあ?」
「何ですか?」
「俺は彼女について、殆ど知らない。お前は?」
「……僕もです」
出会って間もない孝明はともかく、菊王丸は半月程は経っている――にも拘らず、彼女の事は何も知らない。名前ですら。
今まではただ無邪気に慕っていたが、ここに来て疑問と同時に不安もよぎる。彼女の事を知らないが故に、何か致命的な間違いを犯した場合、その時彼女はこの屋敷を出て行ってしまったら?……と。
「一時的に手を組まないか?」
「同意です」
互いに恋敵であれど、今は彼女の事をもっと良く知る為にと、両者不本意ながら手を組む。
目的はただ一つ――彼女と言う人物を理解する為に。
「と言う訳で、後は僕に任せてお客様はもうお帰り下さいです」
「……地の利がそっちに有るからって、ズルいぞお前」
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




