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執着……イヤ、まあ良いんじゃね?

皆、知っているか?

インフルは、かなりキツい。

「――――」


 駆ける。翔ける。浸走(ひたはし)る。日が落ち更待月(ふけまちづき)が夜空に浮かび、普段ならば森林浴として最適であろうが、今は暗く薄気味悪さしか感じられない林の中を、巫女装束の女性が疾走していた。

 【暗視】によって、林の中にある天然の障害物にぶつかる事も転ぶ事も無く走り続けた彼女は、適当な所で足を止めて手近な木にもたれて座る。


「――ふぅ」


 腰の『那由多の袋』から竹筒を取り出し、中身を一気に(あお)る。火照った身体に冷たい水が、実に気持ち良く染み渡る。

 そうして一息吐いていると――


「――っ! ぜ〜は〜ぜ〜は〜……」


……すぐ隣の木の影に陰陽師――孝明が遅れて現れる。息も絶え絶え、流れる汗を拭う余裕も無く、荒くなった息と煩く主張する心臓を落ち着かせようとしている。


「…………」


 そんな孝明を横目に見ながらも、彼女は別に何かを言うつもりはない。ある意味、()()()()()とすら思っていた。


「ぜ〜は〜ぜ〜は〜……なあ、アンタ」

「何だ?」

「……ゲーム内で、()()に出逢った事、有るか?」

「有るけど……」

「…………」

「…………」


 そこまで言って同時に口篭(くちごも)る二人。そして次の台詞も同時に言う。


「「あんなんじゃ無かった」」


 そう言って彼女の方は、頭をボリボリ掻いて何とも言えない表情になり……何故か、孝明の方は身体が震え出す。

 そうして二人、どうしたものかと考えていると――


「――ふふふふ♪」

((?! 来た!))


――静寂な夜の林に響く、この場に不釣り合いな声。とても楽しそうな女性の声が聞こえた途端、孝明の身体の震えが更に酷くなる。


「ねえア・ナ・タ♪ 何処に居るの?」

「……ご指名されてるぞ?」

「〜〜〜〜っ!!」


 彼女の言葉に、首をこれでもかとブンブン振って否定する孝明。否定すると言うよりも、否定したいと言う方が適切な態度。

 そんな孝明を他所に、彼女は顔を少しだけ木の陰から出して声の主へと視線を投げる。


「何処〜♪ 何処なの〜♪」


 視線の先、林の木々の中をまるでスキップしそうな程に軽やかに歩く女性が居る。極々一般的な着物を着た、極々一般的な女性。背後に花が咲き、愛くるしい笑顔を振りまき歩く姿だけ見れば、極々一般的な光景と言えよう。

……ただし、髪が異常に長く、異常に()()()()に光り、先端が()()に曲がっており、鞭の様に振り回していなければ……


(……間違い無く『針女』だよな?)


 その姿を再度確認した彼女が内心で呟く。ゲーム内でも幾度か戦った事が有るので、間違い無いとは思う。思うのだが……どうしても、そう思えない。


「ふふ♪ 恥ずかしがり屋さんね♪ 隠れちゃうなんて――でも大丈夫! 必ず! 何処に居ても! どんな障害があろうとも! 見つけてあげるから! 邪魔する者は皆、殺してあげる!……ああ、そうね。そうした方が良いわよね。そうすれば、貴方を誰にも盗られる事も無くなるし、私達の愛を邪魔される事も無くなるんだから。人間全て、皆殺しにすれば良いのよ……そう、そうよ。皆殺しよ。ミナゴロシよ。ふふ、ふふふふ。あははははっ!!」

「……愛されてるな」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 聞こえてくる狂気を含んだ声も彼女の呟きも、何も聞きたくないとばかりに耳を抑えて先程以上にブンブン首を振って現実逃避する孝明。

 そんな孝明に溜め息一つ吐くと、彼女は腰を上げて――


「――じゃ、あとよろ「待てっ! 待って下さい! 俺を一人にしないで下さい! お願いします!!」…………」


――シュタッと手を上げて去ろうとしたが、彼女の脚にしがみつき『針女』に聞こえない様に小さな声で必死に懇願すると言う器用な事をやってのける孝明に脚を止めざるをなかった。


「強い『妖怪』と戦いたいアンタの為に、態々(わざわざ)情報を持ってきてやったんだから! 責任持って倒せよ! アレ!」

「……情報だけ渡せば良いのに、その後に無理やりくっついて来たオマエの所為で、こうなってんだが? 責任取ってどうにかしろよ?」

「嫌だっ!! と言うか何でアンタ、そんなやる気無いんだよっ?!」

「イヤ、な〜んかオレ、今回は完全にアウェーな気がして……邪魔者は消えた方が良いだろ?」

「俺から見れば邪魔者は『針女』の方だっ!!」

「そうは言っても――っ?!」


 咄嗟の判断。胸中に湧き上がった悪寒に従って、その場から離れる彼女。一泊遅れで孝明も後に続く。

 そして二人が居た場所に叩き付けられる鈍色の鞭。(しな)やかながらも重量感溢れる一撃を耳に聞きつつ、距離を取って対峙する。


「見〜つけた♪」

「…………」

「ぁぁ……ぁぁぁ……」


 笑っているのに笑顔がドス黒い『針女』が、孝明を見て心底嬉しそうに言う。言われた孝明の方はと言えば、完全に腰が引けている。ちなみに、彼女は完全に蚊帳の外に置かれている。


「…………」


 そんな状況の中、これ幸いと静かにフェードアウトしていく彼女。しかし、そうは問屋が卸さない。卸してくれない。


「――っ?! だからっ! 待ってくれって!! 置いてかないでくれっ!!」

「?!……あらあら?」

「……ハァ」


 気づいた孝明の必死の叫びに、『針女』も彼女の存在に漸く気づく。それに対して彼女は深い溜め息を一つ、疲れた様に吐く。


「誰かしら?……まさか、恋び「単なる知り合いだ」……あら、そう」


 言葉の途中でいきなり膨れ上がる殺気。しかし彼女の答えであっさり沈静化。その感情の振り幅で、どれだけ危ういのかがわかる。

 故に、彼女は即断即決する。


「じゃ、邪魔者は立ち去るんで、後は二人で好きにやってくれ。確かに、良い男はしっかり捕まえておかなきゃって所は同感。遠くへ逝っちまわない様にな」

「そう! そうよね! 貴女わかってるわね!」

「ああ、と言う訳で「だから待ったぁっ!!」……何なんだよ? ここまで一途に想われるのは、男からしてみれば嬉しい事じゃね?」

「想われ過ぎて重いわっ! 執着だとか狂愛だとか、そんなチャチなもんじゃ断じて無い! もっと恐ろしいヤンデレの片鱗を味わってるんだぞっ!!」

「……じゃあ、そのデレの部分を上手く引き出す様にすれば良いじゃんか」

「ンな事上手く出来れば苦労しねぇ!! 刺される未来しか思いつかんわっ!!」

「……それは、まあ。来世で幸せに?」

「今生で幸せになりたいーーーーっ!!」


 と、二人漫才の様な掛け合いをする中で――


「――楽しそうね……」

「?!!」


――めっさ低い声がポツリと呟かれる。次いで溢れ出す妖気アンド殺気。序でに狂気。

 見れば、眼から光が完全に消え失せた『針女』が、ジッと彼女の方を見つめている。大きさは段違いなのに、『がしゃどくろ』と対峙した時の様な感覚に襲われる彼女であった。


「この私を前に、他の女と楽しそうにしているなんて……なんて、なんてなんてなんてぇぇぇぇぇーーーー――羨ましいっ!!」

「……ソッチかよ」

「何なのよ?! 何なのよ何なのよ何なのよ貴女はっ!! 単なる知り合いにしては親し過ぎるでしょっ!! そんな目つきの悪い平凡以下な女なんて、相手にする意味無いわよっ!!」

「イヤ、だから「何だとっ?! 彼女は俺の好きな人だっ!!」「ぬぁんですってぇぇぇっ!!」……ヘイト値を天元突破させる発言、サンクス」


 突如、場を弁えない宣言をかます孝明と、その宣言に怒髪天になる『針女』。そして、もうどうにでもしてくれと片手を頭にやって深く項垂れる彼女。

 取り敢えず孝明は後でシメる事を未来日記に記した彼女は、もうどうにもならないレベルにまでイってる『針女』に対して構えた。


「そう……貴女が居るからなのね……貴女が居るから彼は振り向いてくれない……なら、貴女さえ居なくなれば……居なくなれば、居なくなれば居なくなれば居なくなれば良いのよーーーーっ!!!!」

「……これ、タグを永久にロックされてるよな」


 異世界なれど一瞬本気でログアウトボタンを探した彼女。相手の強さとか能力とかよりも、生理的に戦いたくないと思う事を止められない。


「取り敢えずは「死ねぇぇぇぇっ!!」――逃げるか?」


 大きくバックステップで下がる彼女。一泊遅れで打ち下ろされる髪の鞭。

 そのまま林の中を疾走する彼女と、親の敵を狙うかの如く執拗に襲う『針女』の攻防が始まる……孝明を蚊帳の外に。


「それって枝毛か? オレが言うのも何だけど、髪の手入れはしっかりとした方が良いぞ?」

(やかま)しいわぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」

(……しっかし)


 振り回される鞭を時にステップで、時に木を盾代わりにして回避しつつ、彼女は現状を確認する。


(ゲーム内とは、かなり違うな……イヤ、()()()になったと言うべきなのか?)


 『針女』の攻撃を避けながら、彼女はそんな事を考える余裕が有る――と言うのも、先程から『針女』の攻撃を()()()躱せてしまうのだから。

 『針女』の武器は、その針金の様な髪なのだが……どうにも()()()()な感じがしてしまっている。鉄の硬さを得た代わりに、髪本来の(しな)やかさが失われてしまっている所為で、触手の様な自在な動きが出来ず振り回すしかなくなってしまっている。

 しかも硬さと同時に重さも得てしまったので、本来の鞭の様な小さい動作での素早い攻撃が出来ず、予備動作も振り回す際の溜めも大きくなってしまっているのでわかりやすい。

 極めつけは、髪を振り回す時に『針女』()()が振り回されない様、踏ん張る為に固定砲台の様に動けなくなってしまっている。


(…………)


 もう少し靭やかさが有れば、辺りの木々を物ともせずに出来る。もう少し強靭で有れば、辺りの木々を薙ぎ倒す事も出来る。

――しかし現実にはそのどちらも出来ずに、ただいたずらに時間と体力を浪費するだけ。


(ゲーム内じゃ髪を触手の様に自在に操ってたのに、こっちの世界じゃこの有様かよ……)

「死ね死ね死ね死ねシネシネシネェェェェ!!」


 何時まで経っても当たらない事に怒ったのか、今まで以上に髪を狂った様に振り回してくる『針女』。地面に当たれば跡を作り、木に当たれば樹皮を削るが、肝心の彼女には一向に当たらない。


(……もう、終わらせてやるか)


 打ち下ろされた髪の鞭を一歩横にずれて躱した彼女は、地面にめり込んだその髪をしゃがんで掴み――


「う――らぁっ!!」

「へ?――きゃあぁぁぁぁっ?!!」


――背負投げの要領で思いっきり引っ張った。

 【気功】によって上乗せされた膂力に、『針女』の身体がカツオの一本釣りの様に宙に浮き、視界が凄まじい勢いで流れ天地逆さになったと思ったのも束の間――


「――がっ?!」


――後頭部に続いて、背中から思いっきり地面に叩きつけられた。受身も全く取れずに、地面にめり込む勢いで叩き付けられた『針女』を見て、彼女は今更ながらにやり過ぎたかと頭を掻く。


「色々変わってたけど、そこだけは変わってなかったみたいだな――髪の鞭は驚異だけど、『針女』()()は何の驚異も無いってところは……」


 確認するまでもなく虫の息な『針女』に対して、彼女は木の陰に隠れていた孝明に言う。


「オイ」

「っ?! 何だ?」

「止めはオマエが刺してやれ」

「はあっ?!」


 突然の言葉に孝明が驚愕の声を上げる。しかし彼女の方はと言えば、何時ものダルそうな眼でなく、妙に真剣な眼で孝明を見ていた。


「それぐらいは、やってやれ。せめて、な」

「…………わかった」


 彼女の言葉に含まれた断り難い何かと、眼の奥にある深い何かが相まって、孝明が気圧された様に承諾する。


「…………」


 腰に差していた愛用の刀を抜いて、未だピクリとも動かずにいる『針女』の元に近付く。

 そして刀を大上段に構える。後はただ、振り下ろすだけの所で――孝明の眼が『針女』の眼と合う。


「――っ?1」


 『針女』の眼には怒りも悲しみも無い。有るのは、ただ穏やかな光り。自分を(めっ)しようとしている相手に対して、その行為を()()()()()()()


「〜〜〜〜っ?!!」


 刀を持つ手が震える。歯が無意識に噛み締められ、(きし)る音が響く。心が葛藤する。

 この世界に来て以来、多くの『妖怪』を退治して、中には人型のモノも居た。多くの人や元プレイヤーにも出会い、場合によっては正当防衛で返り討ちにしたことも有った。

――しかし、それを相手に受け入れられた事など有りはしない。


「〜〜〜〜あああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 雄叫びと共に振り下ろされる刀。胴体と別れる首。そして笑みを残して消える『針女』。後には『針女』の髪の毛が幾つかと、テニスボール大の『妖核』が残った。


「はあ、はあ、はあ……」


 荒くなった息を整え、込み上げてくる吐き気を何とか堪え、グルグル回り続ける思考を何とか落ち着かせる。

 自分でも、今どうやって刀を振り下ろ()たのかが、全くわからない。一つだけわかるのは、()()が間違い無く斬ったと言う現実。仕方無いとか、そうするしかなかったと言った()()()は通じない現実。

 混乱の渦から未だ抜けきらない孝明が、何かに縋る様に彼女の方を見れば――遠く霞む背中が見える。


「――って?! ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!!!!」


 シリアスな雰囲気とか何か色んなモノが全て吹っ飛び、感情の赴くままに叫んでから後を追う孝明。『妖核』の回収は忘れずに。


「何、立ち去ってんだよっ?!」

「イヤ、だから今回はオレ完全にアウェーだし」


 追いついた孝明の言葉に、足を止めないまま彼女は事も無げに告げる。そんな彼女に、孝明は不満気な顔で更に言う。


「何で俺にやらせたんだよ?」

「女心がわかってねーな。愛した男が手に入らないなら、せめて愛した男に殺されたい……つー訳だよ」

「……何か意外だな……アンタ、そんな他の奴の事を気にする様じゃないだろ? 何で今回は?」

「あっ?…………一人の男を心の底から想う……ってとこには、共感出来るからな」

「そうか…………………………………………ん?」


 思わずスルーしそうになった彼女に似つかわしくない言葉に、遅ればせながら気がついた孝明が眼を見開いて彼女の方を向く。


「……()()?」


 疑問の声を上げるが、彼女はその言葉に答えずにスタスタと歩いて行く。


「なっ、なあ! それってどういう意味「あっ、そうだ」――?」


 問い詰めようとした孝明であったが、彼女が急に振り向いた所為でタイミングを失ってしまう。

 そして彼女は孝明の前まで歩いて来て――


「――ぶほぉぁっ!!」

「未来日記、完了」


――躊躇も容赦も慈悲も無い右フックを、孝明の頬にぶち込んだ。

 顎関節がズレる程の衝撃で気絶する孝明と、完全に放っといて立ち去る彼女……一時間後に眼を覚ました孝明は、置いて行かれたショックとズレた顎の矯正に涙を流しながら『京』へと帰っていった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『針女』――――


中級『妖怪』。

針の様な長い髪を、鞭の様に振り回す。髪自体は硬さとしなやかさが相まって斬るのがとても難しいが、『針女』自身は驚くほど打たれ弱い。

気に入った男を連れ去り、自分のモノにする性癖がある……この設定は元のゲーム内にも有ったのだが、プレイヤーの殆どがネカマであった為、誰にも気づかれずにいたりする。

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