告白……イヤ、無理
ごめんなさい。
予約投稿の日付を間違えてたので、慌てて直しました。一日遅れて投稿です。
「あ〜〜……だりぃ」
陰陽寮を出た彼女は『京』の路をブラブラ歩いていた。一応、居候の屋敷へと戻ろうとはしているのだが、外に出るのも久々の為、わざと遠回りで戻っていた。
平民や、どっかの家の使用人達とすれ違いつつ彼女はブラブラ歩く。空は見事な快晴なのだが、彼女にしてみれば何の感慨も沸かない。むしろ、太陽が眩しくてウザい、とすら思っている。
「……戻ったら間違い無く子守、だろうな……市でも行って「待ってくれ」――?」
屋敷で自分を待ち構えているであろう菊王丸の姿を頭に思い浮かべた彼女は、時間潰しに市の方へと足を向けた時、背後から声を掛けられた。
聞いた事の無い声に振り返ってみれば、そこに居たのは一人の陰陽師。記憶に無いし見た覚えも無い事から、恐らくは先日帰って来た遠征組の一人であろうと当たりをつける。ただ……何か知らないが妙に動揺と言うか、緊張している
「……何の用だよ。陰陽寮はまだ何か話しが有んのか?」
「いや、違う。アンタに個人的に話しがある」
「個人的に?」
突然の話しに彼女が訝しげな顔になる。正直、何の要件か見当が付かないので、首を捻らざるを得ない。
そんな彼女を他所に、陰陽師は少し悩んだ様な素振りを見せると、意を決した様に顔を上げ口を開く。
「アンタ! ネカマなの――ぐおっ?!!」
「……いい加減、出会い頭にそう言われるとイラッと来るな……」
言葉の途中で、腰の『那由他の袋』から適当な物を取り出して【投擲】する彼女。見事なまでの俊敏な動作で、相手は反応する事も出来ずモロに額に受ける。
そして、地面に落ちて音を立てるお椀と、額を抑えて蹲る陰陽師。何事かと見物する平民達。それら全てを尻目に、彼女は立ち去っていく。
「――って! ちょっと待ったぁっ!!」
「……んだよ?」
数歩、歩いたところで再び背後から掛かる声。心底鬱陶しげに振り返る彼女の顔には、不快感が有り有りと出ている。
一瞬その鋭い眼に気圧されるが、その程度では挫けないと陰陽師はすぐに頭を下げてから彼女に話し掛ける。
「いきなり悪かった。ただ、アンタも俺と同じなのか?」
「『九十九妖異譚』プレイヤーって事か?」
「?! やっぱりかっ! ああ、やっと真面そうなのに出会えた! 色々話したい事があるけど良いか?!」
「……ま、時間潰しには良いか。歩きながらなら構わねーぞ。後、オレは正真正銘、女だ。ネカマじゃ無ーぞ」
「……本当に?「じゃーな」――わー! 悪かった! スマン! 謝るから! 失言でした! むしろ俺的にはラッキー!!」
踵を返す彼女を謝罪しつつ慌てて引き止める陰陽師。そんな陰陽師に彼女は視線と動作で促し、陰陽師はさり気無く彼女の隣に並び、二人歩き出す。
「…………」
「で? 話したい事は?」
「…………」
「? オイ」
「……はっ? ああ、スマン! そう、話したい事。話したい事だ」
「……?」
何か知らないが彼女をジッと見つめていた陰陽師が、彼女の声にハッとした後に妙に狼狽えてから、気を取り直す様に一つ咳をしてから言う。
「まず名乗っておく。俺の名前は孝明だ」
「…………」
「イヤ! 名乗ったんだから名乗れよ!」
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利「もういい、わかった」――そっか」
陰陽師――孝明がガックリと肩を落とす。どこか疲れた様に、そして落胆した様に見えるが、彼女は何処吹く風。全く気にしていない。
「確認したい。この世界に来た経緯は覚えてるか?」
「イヤ、気がついたらこの姿でこの世界に居た。そっちは?」
「同じだ。二ヶ月程前に」
「二ヶ月? オレは一ヶ月程だ」
「……やっぱ、ズレてるのか」
彼女の言葉に真剣そうな表情で考え込む孝明。一方、彼女は何も変わらずにブラブラ歩いているだけ。そのまま二人、暫く会話無しに歩き続ける。
「……アンタ、今まで何人のプレイヤーと遭った?」
「三人。一人はボコって逃げられ逃走中。一人はヘマやって自業自得で死亡。一人は先日捕まって後は知らね」
「……俺は十人以上だ。殆どがネカマかつ話の通じない奴ばかりだった。それでも話しを聞いてわかった事は、皆こっちに来た経緯はわからず、来た時期も完全にバラバラだった」
「…………」
「なあ、俺達がこの世界に来た理由は何なんだ? 誰が俺達をこの世界に送ったんだ? しかも御丁寧にゲーム内のアバターの姿で、持ってるスキルとそれに付随する知識と、それを生かせる身体能力まで付けて……何で何もわからないまま連れて来られたんだ? 説明の一つも無いのは何故なんだ?」
「……憶測で良いなら、幾つか挙げられるぞ――一つ目、その何処かの誰かさんの、単に説明のし忘れ」
孝明の問いかけに、指を一本ずつピンッと立てながら彼女が自分なりの考えを告げていく。聞き手の孝明はそれを真剣に聞いていく。
「――二つ目、誰かさんにとって、この世界に連れて来る事自体で目的は達成されている」
「? どういう理由でだ?」
「そこまで知らねーよ。オレは単に自分の考えを言ってるだけだからな。そんで三つ目――」
そこまで言って、彼女がニヤリと笑う。とても楽しそうに、心の底から嬉しそうに笑い、告げる。
「――放っといても、その内わかる。否応無く、な」
「…………それはつまり、この世界の何処に居てもわかると言う事か?」
「かもな。ま、案外、一つ目や二つ目の方の可能性が高いかもな」
「…………」
気楽に彼女が言うが、孝明の方は笑えない。一つ目はともかく、二つ目の場合この世界に永住しなければならないし、三つ目に至っては考えたくもない。
(なのに、何でそんな風に笑えるんだ?)
隣りを歩く彼女に、理解し難いモノを感じた孝明の背筋に冷たいものが走る――が、そんなものが何だ、と強引に振り払い話しを続ける。
「アンタ、これからどうするんだ?」
「別に変わんね。強い『妖怪』が居たらそこに行く。それだけだ」
「……それだけか?」
「それだけだ」
彼女の言葉に今度は放心状態になる孝明。彼女を理解するつもりが、却って頭を悩ます結果になってしまっている。
だが、彼はめげない。こんな程度でめげたりはしない。
(ま、まだだ。まだ終わらんよ)
「そういやアンタ、今何処に住んでるんだ」
「とある屋敷に居候中だ……って、見えてきたな。あそこだ」
気がつけば、結構な距離を歩いていた様で、厄介になっている屋敷が視線の先に見える。
このまま歩けば、ニ〜三分でたどり着いてしまう事に気づいた孝明は表面上は普通であるが内心かなり焦っていたので、脳内で可及的速やかに算段を練って検討せずに実行していた。
「……アンタの推測だと、俺達はこの世界に永住する可能性もあるんだろ? だったら何時までも居候なんて出来無いのでは?」
「ん? 確かにそうかもな。ま、そん時はそん時になってから考えるさ」
「……丁度いい物件が有るんだけど」
「んん? 丁度いい物件?」
「ああ。アンタが良ければ、だが……」
「何処だよ?」
単純な興味本位程度で聞いただけの彼女に対して、孝明は何故か超緊張。何度も手をグーパーして、深呼吸を行い口内に溜まった唾を飲み下す。額から流れ出す汗と自然と赤くなる顔を止める事も出来ず、心の中でカウントをしてゼロになると自分を叱咤激励してから告げる。
「…………俺の屋敷だ」
「……は?」
彼女の思わず孝明の方を向く。予想外過ぎる言葉に両目をひん剥いて見れば、そこにはこれ以上無い位に真剣かつ真っ赤な顔の孝明。
ここまで言ったら後には引けん。男は度胸と、茫然としている彼女の手を強引に取り決定的な一言を宣言する。
「遺伝子レベルで一目惚れです。結婚して下さい!」
「五千%、無理だ」
……人生最大の告白を一言で斬って捨てる彼女。余りにもアッサリと振られたショックで、崩れ落ちて灰になった孝明を、これまたアッサリとスルーして立ち去り屋敷に入る。
「お帰りなさい! 巫女さま!」
「おっと?」
門から入るなり飛び付き気味に抱きついてくる菊王丸。余りにもタイミングの良い行動に、何時から待っていたのかと疑問に思ってしまう彼女。犬であったら尻尾をこれでもかと振っていそうな菊王丸の態度に苦笑いしか出てこない。
「――巫女さま。あれ、何ですか?」
菊王丸が指差すのは、未だ蘇生出来ずに倒れ伏す死体……もとい孝明。誰では無く何と聞いている辺りに、今の孝明の姿に如何に生気が感じられないかが伺える。
「あ〜〜、気にすんな。ちょっと求婚されたんで振っただけだ」
「…………求婚?」
「ああ――ん? お〜い?」
彼女の言葉を聞いた瞬間、菊王丸の顔から感情が消える。そして突然彼女から身を離して孝明を目掛けて走り出す。
突然の奇行に彼女が声を掛けるも、一足早く菊王丸はジャンプして――
「――ていっ!!」
「――ぐえっ?!」
――倒れ伏す孝明の腹を思いっきり踏んだ。子供と言えど全体重を乗せた一撃に孝明の身体が、くの字に折れ曲がる。
ショックで意識が戻った孝明が何事かと見れば、視線の先には再び彼女に抱きついている菊王丸……その顔は何故かドヤ顔である。
「さっ! 入りましょう、巫女さま!」
「……わかったけど、いきなり人を蹴っ飛ばしたらダメだろうが。気をつけろ」
「はい! ごめんなさい!」
明らかに自分の過去の行いを棚に上げた説教をかます彼女に、菊王丸が何の悪びれる事も無く謝罪する。そうして二人、連れ立って屋敷の中に入っていく。
……後に残されたのは孝明一人。
「……………………上等だ。あの糞餓鬼」
屋敷に入る時。その一瞬、確かに自分に向けた菊王丸の視線に、孝明は気づいていた――上から見下す、優越感に浸った勝者の視線に。
そこに年齢など関係無い、一人の漢の意識を感じた孝明は恐ろしく獰猛な笑みを浮かべ立ち上がる。
「まだ始まったばかりだ。逆転満塁ホームランを見せてやるぜ」
――ここに、一人の女を巡った二人の漢の争いが幕を開けた。
「――な〜んか、寝足りねーからもう一眠りすっか」
……最も、当の本人がそれに関して完全に意識の外であったが……
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




