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交渉……イヤ、良いけど

花粉がキツい……

「…………」


 沈黙と静寂。それだけに支配された離れの一室。そんな部屋の中央に敷かれた布団に横たわる一人の女性。

 何時もの巫女装束では無く夜着を身に纏った彼女は、ただその身を横たえていた。その姿からは生気・覇気どころか何時もの気怠さ()()感じられない。唯一感じられるモノを言葉にするとしたら、空虚が一番ふさわしいであろう。

 『がしゃどくろ』との戦いから三日経つが、その間彼女はずっとこんな様子であった。時折、思い出したかの様に何か適当に口に入れ、(かわや)に行きそしてまた寝る。自堕落とも取れる有様だが、実際に見れば機械的とも取れる有様。


「――巫女さま?」


 部屋の外から控えめに掛かる声。数秒待っても答えが返ってこないので、恐る恐る障子が開かれ菊王丸が入って来る。

 しかし彼女は何の反応も見せず、ただそこに在るだけ。声を掛ける・視線を向ける事どころか、ピクリとも反応しない。そして菊王丸も、彼女のそんな態度にどうしていいかわからずとも、近寄って彼女の肩を揺さぶる。


「…………」


 されど彼女からは、やはり何の反応もない。寝ている訳でも無視している訳でもない。()()反応しないだけ。

 そんな彼女を心配そうに見つめながら肩を揺さぶる事を止めない菊王丸。彼としても、彼女が何故こうなったのか見当もつかない。先日の妖怪退治から帰ってきてから、話し掛けても答えてくれないので途方に暮れている。


「巫女さま……巫女さまに用がある人、来てますよ」

「…………」

「陰陽寮の人、巫女さま呼んでますよ」

「…………」

「……………………ハァ〜」


 相も変わらずの無反応に、菊王丸が根負けした様に溜め息吐いて揺さぶりを止める。そして部屋を出ていこうと、振り返った時――


「…………〜〜」

「――?」


――背後に聞こえる微かな音。ほんの僅かな音でも、今のこの部屋では確かな異音。菊王丸が慌てて振り返れば布団から身を起こした彼女の姿。

 片手で頭をガシガシ掻きながら気怠そうな溜め息を吐いた後、すっかり固まってしまった身体中の筋を凝り解す。先程までの空虚な雰囲気は完全に消え、彼女本来のダルそうな雰囲気が戻っていた。


「――巫女さまっ!!」

「ん――って?!」


 漸く元通りになった彼女に、嬉しくて思わず菊王丸が抱きつく。抱きつかれた彼女の方は、寝起きに突然の衝撃で息が詰まる。


「離れろ! オイッ!」

「嫌です!」

「は・な・れ・ろ〜〜〜〜っ!!」

「い・や・で・す〜〜〜〜っ!!」


 強引に引っぺがそうとする彼女と、意地でも離れないとしがみつく菊王丸。【気功】スキル持ちの彼女ならば容易く引き剥がせるのだが、流石に子供相手にそれはやり過ぎと考えたのか、やや手加減している。その結果、見事に拮抗状態が続いている。


「……あの〜〜、陰陽寮の人がお待ちしているんですが……」

「喧しい! 引っ込んでろ!!」

「五月蝿いです! 引っ込んでて下さい!」

「……はい、すいません」


……一向に戻って来ない菊王丸を不審に思い、様子を見に来た家人(けにん)の言葉は両者の耳には入らなかった。意を決して声を掛けた事は賞賛に値するが、即座に斬り捨てられ敢え無く撃沈。肩を落としてすごすごと去っていった。

 そしてそのまま彼女と菊王丸の攻防が続く事、数分後――


「――いい加減にしろっ! 貴様、どれだけ「喧しいと言ってるだろうがっ!!」――がぶっ?!」


――痺れを切らして離れに乗り込んできた陰陽師が、ノールックで放たれた(すずり)をモロに顔面に受けて引っ繰り返った。

 そして更にそこから十数分後、満足したのか漸く菊王丸が彼女から離れる。


「えへへへ♪」

「何なんだよ……」

「だって巫女さま、やっと巫女さまらしさが戻りました」

「ん? あ〜〜……」


 菊王丸の言葉に首をコキコキ鳴らしていた彼女が、今更ながらに自分を省みる。そして菊王丸に()()な事を尋ねる。


「何日経ってるんだ? あれから」

「? 三日ですけど」

「三日か……()()は長い方か……」

「??」

「何でもない」


 言って立ち上がり背を伸ばす彼女。菊王丸の方は、まだ心配そうな眼で彼女を見ている。


「本当に大丈夫なんですか、巫女さま?」

「ああ――十分、()()()からな。取り敢えずは大丈夫だ」


 心配そうな菊王丸に軽く返す彼女。普通ならばあれだが、むしろこの方が彼女らしいので菊王丸としてはホッとする。


「……で」

「何ですか?」

「そこで倒れてるのは誰だ?」

「あっ」


……今の今まで忘れられていた二人に漸く気づいてもらえた陰陽師が目覚めるのは、それから更に数分を要したのであった。




   *   *   *


 そしてその後。場所は変わって陰陽寮の建物の中。かつて招かれた、やや縦長の何十畳と言う広さの大広間。

 そしてかつてと同じ様に大勢の男達が、彼女を遠巻きに囲むように鎮座している。ただし、かつてと違うのはその人数と身に纏う雰囲気。明らかにヒヨっ子供とは違う、多く深い経験を持った者が醸し出す雰囲気。


(遠征組が帰って来たのか。確かに腕の立つ奴等が多いな……だからどうしたって感じだけどな、オレに取っては)


 前回同様、胡座をかいてドッカリ座っている彼女はザッと周囲を見回してそんな感想を上げる。そして前回同様、居並ぶ面々から視線を向けられているが、見下した様な視線は皆無と言って良い事に、多少は脳内評価を上方修正する。


(――やっと来やがった)


 いい加減欠伸の一つでも出てきそうな時間の後。広間の一段上がった場所に、数人の年配かつ貫禄ある男性達が現れる。

 男性達が腰を降ろすと同時、他の男達が揃って頭を下げ平伏するが……やっぱり彼女は動じず、胡座をかいたままドッカリ座っている……が、周囲からは何の避難の声も視線もない。

 その周囲の様子に、彼女が心の中で感心している。


(良く、躾けられてるな。下っ端供とは違って)


 周囲の男達が頭を上げると、一段上がった場所に腰を降ろしている年配の男性が彼女に対して口を開く。


「余計な事を言う積りは無いので単刀直入に言う。お主、陰陽寮に入れ――痛っ」

「……単刀直入は良いが、せめて理由は言え」


 予想外な率直かつちょっと以外な言葉に彼女が少々面食らい、その隣に座っていた男性が、すかさずに彼の頭を叩く。

 そんなやり取りに、やや呆気に取られながらも彼女は率直な疑問を返す。頭を叩かれた男性は、一つ咳をして気を取り直してから言う。


「単刀直入に言えば、お主の手柄を陰陽寮のものにしたいのだ――いだっ!」

「単刀直入過ぎだろ……」


 言ってから先程よりも容赦無い一撃を頭に貰う男性と、呆れを通り越して疲れが見える彼女。

 そして頭を叩いた男性が、任せておけんとばかりに言葉を引き継ぐ。


「すまない。先の『朧車』や『がしゃどくろ』の件なのだが、陰陽寮に所属している者が行った事にしたいのだ。上位な者達が『京』を離れていたとは言え、それ以外の者が、しかも()()で退治したとなると……我々の威信が、な」

「納得」

「承諾して貰えないだろうか? 勿論、受けてくれれば相応の事はする」

「…………」


 男性の要望に彼女が思案する。言いたい事は良くわかる。事情はどうあれ、部外者に活躍されたとあれば陰陽寮の面目は丸潰れだし、存在意義が揺らぐ。だから彼女を陰陽寮に所属()()()()事にして、何とか誤魔化したいのであろう。

 力尽くではなく、交渉できている点には好感が持てる――最も、その裏にどんな思惑が有るかまでは知らないが。


「――先に聞きたいけど。相応って具体的には?」

「……陰陽寮の設備の使用許可・『呪符』などの道具類の提供・下位陰陽師達への命令権・行ったことに対する給金などだ」

(…………随分と高待遇な気がするな。何でそこまで?…………手元に置いときたい理由でも有んのか?――)


 挙げられた待遇が予想よりも上な事に疑惑の念を持つ彼女。暫し考えるも――


(――まあ、別にどうでもいいさ。オレの望みを叶えるのに利用させてくれれば、な)


――アッサリ考えを放棄。一瞬で意識の外へ捨て去り、ピッと指を立てて告げる。


「オレからの要求は一つ……イヤ、二つか」

「……何だ?」

「アンタ等の情報網、それで得た強大な『妖怪』の情報をオレにも渡せ。そしてその『妖怪』の討伐はオレにヤらせろ。それ以外は要らない」

「…………それで良いのか?」

「ああ」


 彼女の要望に、今度は居並ぶ陰陽師の面々から困惑な表情が伺える。要約すれば、何処かに現れた『妖怪』を退治しに行くから認めろ、と言う事になる。

 陰陽寮側からして見れば、その要望を受けた時点で彼女は陰陽寮所属になって功績も陰陽寮のものになる。彼女に対する利点が無く、どう見ても陰陽寮に利点を(もたら)す不平等な要望。

 どういった意図での事なのか皆が思案する中、彼女は立ち上がり大広間を出て行こうとする。


「取引成立って事で良いな」

「ま、待て!」

「あん?」

「こんな要望を出して、お主の目的は何だ? 何を望む?」


 問われて一旦立ち止まる彼女。そして――


「――聞きたいのか?」

「「「「「――っ?!!」」」」」

「――?!! いやっ!! いい!!」

「そっか、んじゃ〜な〜」


――ヒラヒラと手を振って大広間を後にする。止める者は誰も居ない。堂々と廊下を渡って立ち去った。


「「「「「…………」」」」」


 後に残された者達は皆、言葉が出ない。呼吸する事すら忘れていた者もチラホラ。彼女が去って暫くしてから漸く再起動。


「……何だ? あの笑みは……?」


 思わずポツリとこぼれた誰かの呟きに、皆がが無言で頷く。その場に居た戦闘経験も人生経験も豊富な者ですら、背に流れる冷や汗を感じる。

 それほどまでに衝撃であった。彼女が見せた笑みの中に潜む――その黒い感情が。

ご愛読有難うございました。


本日の解説はお休みです。

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