巨大……イヤ、待ってたぜ
この話しを書いている間、ずっと某狩猟ゲーのとあるモンスターが頭から離れなかった。
雲一つ無く、夜空を照らす輝きも無い新月の夜。『京』より離れて二時間といった、寂寥とした風が吹く広い荒野に、数多くの篝火が焚かれている。
篝火の炎に照らされるは多くの陰陽師達。その顔には一人の例外も無く覚悟が見られ準備は万全。各々得意とする得物を持ち、緊張と恐怖、そしてそれ等を呑み込む勇気を胸に秘めて、ただ待ち続ける。
まだか? 何時なのか? と一秒一秒が途方も無く永く感じる緊迫した空気の中――
「――んぐ、んぐ」
「「「「「…………」」」」」
……その空気を台無しにする者が居た。
周囲の事など知らんとばかりに団子を食う、この一団において唯一の例外と言える巫女装束の女性。周囲の者達からの、空気を読めと言った非難めいた視線も、良くこんな状況で食えるなと言った呆れの篭った視線も、我関せずと食べ続ける。
「…………」
しかしそんな彼女も良い加減、周囲からの圧力に気づいたのか団子を食べるのを止める。そして右見て左見て周囲を見渡してポツリと一言。
「……オマエ等も食うか?」
「「「「「食うかっ!!」」」」」
……完全マイペースな一言に、先程までの緊迫な雰囲気が一瞬で吹き飛んだ。
「貴様っ!! 真面目にやれ真面目に!」
「安心しろ。オレは真面目にやる時は真面目にやるから」
「今やれっ! 今っ!」
一人の陰陽師の説教を軽くあしらう彼女。暖簾に腕押し・糠に釘・柳に風と言った具合である。
しかし彼女は、ふと眼の前で言い募る男が先日の『朧車』の時に見た事のある男である事に気づき、同時にその男の腰に有った物が無くなっている事に気づき尋ねる。
「あれっ? そう言やオマエ、この間持ってた『童子切』はどこやったんだ?」
「――っ?!!」
「「「「「――?!!」」」」」
その一言にピシッと周囲の空気に亀裂が走る。男は彫像の様に固まり、他の皆はアチャ〜とばかりに顔を手で覆う。そんな周囲の反応を見て彼女は何となく察した。
「ああ、やっぱパチもんだったのか。幾ら払ったんだ? アレに」
「〜〜〜〜っ!!」
何気ない彼女の一言に、男の顔が瞬時に真っ赤に染まる。本人としては悪気も皮肉も無い純粋な疑問であったのだが、聞かれた方からしてみれば古傷をえぐるに等しい言葉。瞬時に怒りが臨界点を天元突破して、勢い良く踏み込み握り締めた拳を彼女目掛けて一直線に突き出し――
「やかまし「ノロい」――ぶむぅっ?!!」
――アッサリ返り討ちにあった。右ストレートに綺麗に合わせられた左フックによるクロスカウンター。お手本として教科書に載りそうな程に見事な一撃を右頬に喰らい、男は膝から崩れ落ちた。
「これから一仕事だってのに、味方同士で争ってどうすんだよ……」
打ち抜いた左手をブラブラさせながら呆れた様に言う彼女。最も周囲の陰陽師達は手加減無しで殴った彼女に畏怖の眼と、お前が言うなと言いたげな視線を向けているが、彼女は気にしない。
「……申し訳ありません」
皆を代表してか、それとも彼女の怒りを受ける生贄役にでも選ばれたのか、この陰陽師達の中では一番彼女と馴染みが深い一彦が頭を下げる。
それに対して彼女は、別に何かを言おうとはしない。一彦の態度が、本当に申し訳ないとわかるものだから、それ以上何かを言う気は起こらない。
「ん……ん……ぷは〜」
「「「「「…………」」」」」
今度は竹筒に入った水を飲み干して一息吐く彼女。そして完全にスルーする他の面々。空になった竹筒を適当に放り、遠く離れた場所で音を立てた瞬間――
「――?!」
「「「「「――っ?!!」」」」」
――辺りの空気が一変した。先のやり取りで弛緩していた緊張感が一瞬で戻るどころか、遥かに上回り身体が自然に引き締まる。
夜風と共に吹き込んでくるのは強烈な妖気。【妖気感知】を持っていなくともわからされてしまう程に濃密な妖気に、その場に居る者達全てが肌の上を虫が這いずり回るかの様な不快感に包まれる。
背筋に走る悪寒・口の中に滲む嫌な味の唾・勝手に震える全身・知らず流れる冷や汗。陰陽師全員が例外無くどれかの症状に陥る。その場から今すぐに逃げ出さないのは陰陽師としての誇りが僅かでも残っているからか、それとも足が竦んでいるだけか……あるいは、単にそんな事すら考える余裕が無い、か。
「…………」
「「「「「……………………」」」」」
言葉に出さずとも皆がわかっている。【気配感知】・【妖気感知】で感じる必要なんて無い。何故なら相手は既に見えている。まだかなりの距離が有り、篝火が照らす範囲の遥か外だと言うのに、その巨体と深い紅の輝きが。
足裏に伝わる振動が規則的に徐々に強くなっていく中、唯一動いた彼女が篝火から適当に一本燃える薪を引き抜き思いっきり放り投げる。放物線を描き地に落ちた薪は、宙にある内に確かに役割を果たした。相手の姿を晒すと言う役割を。
「……『がしゃどくろ』」
誰かが思わず呟いた言葉が皆の耳に浸透する。
――こちらへゆっくりと迫るのは巨大な人骨。両足の骨が無く腰骨までの為、両手で這いずる様に移動しているが、それでも頭の位置が高さ五メートル程の所にある巨体。がらんどうである筈の頭蓋骨の眼窩からは、瞳の如き深い紅の輝きが覗いている。
「「「「「……………………」」」」」
陰陽師達は誰も動かない。動けない。確かに彼等はここに大物の『妖怪』が現れると占術で出たので、可能な限りの準備をして待ち構えていたが……想定の範囲外過ぎる相手に、下っ端と門外漢の急造部隊が相手をするのは悪すぎる。
ただ『がしゃどくろ』が近づいて来るのを黙って見ている事しか出来無い陰陽師達。そんな彼等に――
「――よお」
――声を掛ける者有り。
弾かれた様に皆が眼を向ければ、そこには手甲を装着してただ一人だけ戦う気満々な巫女が居た。
「感謝するぜ」
「「「「「……はあっ?」」」」」
続けられた言葉に全員が意味不明と声を上げる。感謝と言う、この状況で場違い過ぎる言葉に皆の理解が追いつかない。
しかし彼女はそんな周囲を気にする事無く、言葉を続ける。
「まさか、これ程の大物とヤり合える機会を与えてくれるとはな……ホント、感謝するぜ」
「「「「「…………」」」」」
周囲の陰陽師達は言葉が出ない。冗談でも洒落でも無く、彼女が本気で言っているとわかってしまったからである。身に纏った雰囲気もそうだが、何よりもその渇望するかの様な表情を見てしまった為に。
「……勝てると思ってるのですか?」
唖然としたままの一彦が彼女に問う。対する彼女の答えはアッサリしたもの。
「そこは、オレに取っちゃ重要じゃ無ーんだよ」
「? それはどういう意味ですか?」
「グダグダ言ってねーで、戦う気が有るなら構えろ。そうじゃなきゃ、さっさと逃げろ」
言うが早いか彼女が駆け出す。目算にして約二百メートルの『がしゃどくろ』との距離を自分から詰めに行く。
(コイツとはゲーム内じゃヤった事無ーしな。初体験ってか――コッチの取って置きは一つだけだし。さあ、どうすっかな〜)
圧倒的な相手に立ち向かうと言うのに彼女の疾走には何の乱れもない。一直線に向かう彼女の顔には笑みが浮かび、高らかに叫ぶ。
「さあ! 期待に応えてくれよ!――Shall We Dance Grandly!」
先手は『がしゃどくろ』。その巨大な骨だけの右手を、虫を潰すかの様に接近してきた彼女目掛けて叩きつける。
「――おっと!」
対する彼女は【縮地】によるサイドステップで、打ち下ろされた手のひらからアッサリ逃れる――しかし『がしゃどくろ』の攻撃は止まらない。叩きつけた右手を、そのまま強引に横になぎ払う。
砂埃を上げ地面を削りながら迫る右手に対して、彼女は再度【縮地】でバックステップして大きく距離を取る。
「……足無ーのに、思ってたよりも動きが良いなコイツ。図体デカいだけじゃねーのか?」
感心した様に言いながらも彼女は動きを止めない。今度は『がしゃどくろ』を中心に円を描くように走り、後ろへ回り込もうとする。
しかし、『がしゃどくろ』も匠に身体の向きを変えて、常に彼女が正面に来るようにする。足が無く両手でしか身体を支えられないのに、実に器用な動き。
「――ふっ!」
周囲を回る軌道から一転、彼女は『がしゃどくろ』に向けた軌道に変える。突然の進路変更に『がしゃどくろ』の動きがたたらを踏む様に乱れる。
その隙に彼女は腰の『那由多の袋』から以前ブン捕った『妖刀』を取り出すと、己の巨体を支えている『がしゃどくろ』の左手の横を通り抜け様に斬る。左手首を狙った横一文字の斬撃は、重い手応えと嫌な音を齎すだけに終わった。
「――硬ぇな〜……表面、削っただけかよ。どんだけカルシウム摂ってんだか」
『妖刀』の刃が刃毀れしたのと、斬った箇所が少し欠けただけなのを確認した彼女は思わずボヤく。
そのままの勢いで『がしゃどくろ』の真下をくぐり抜けながら、空いている左手の指で速やかに縦横に空を切る事九回――『早九字護身法』をもって告げる。
「【金気・鋭】」
刀身が淡い光に包まれるのを確認すると、再びの進路変更。今度こそはと『がしゃどくろ』の左手目掛けて走り出す。
しかし『がしゃどくろ』も黙って見てはいず、再び右手を叩きつける。先程と違うのは、右腕の肘まで地面に接する幅広い一撃。ギロチンの如く落とされた右腕は地面にめり込み、周囲に振動を響かせる。
「――貰い!!」
最小限の動きでギリギリの所を回避していた彼女が、無防備な右腕に斬りつける。避けた時の勢いを利用して身体を一回転させ、その勢いを乗せて袈裟斬りに前椀骨に一閃。
「――あれっ?」
……しかし、放たれた斬撃は途中で止まった。骨の半ばまで達した所で止まり、それ以上は進まなかった。
「うおっと?!!――あっ?! 返せコラッ!! 人の物盗ったら泥棒だろうがっ!!」
『がしゃどくろ』が右腕を持ち上げた為、食い込んだままの『妖刀』も彼女の手を離れて一緒に持っていかれる。
……自分もその『妖刀』を他人からブン盗った事を棚に上げて彼女が抗議するが、『がしゃどくろ』は文字通り聞く耳持たずで器用に前歯で食い込んでいる『妖刀』を抜き取り噛み砕く。
口を開くと、バラバラになった刀身と柄が地に落ちて甲高い音を立てる。それと同時に――
「――ウラァッ!!」
――バキッ、と言う小気味良い音も辺りに響いた。
何時の間にか取り出していた大木槌。それを『がしゃどくろ』の身体を支えている左手、その小指の中手骨に彼女が振り下ろしていて、見事に真ん中からポッキリ折っていた。
思わず『がしゃどくろ』の顔が仰け反る様に上がる。次いで、右手を彼女目掛けて振り下ろす。
「へっ! 何だ? 骨だけの癖に痛み感じるのかよ?!」
素早く大木槌を『那由多の袋』に仕舞い、右手から逃れる彼女。
だが先の一撃で『がしゃどくろ』を怒らせたのか、続いて振り上げられた左手が襲い、その次にはまた右手と交互に手が迫る。地面を相手に張り手の練習でもしてるのか、と言わんばかりの連撃に、流石に彼女も逃げに徹するしかない。
「うおおおっ?!! 危ねっ!! ぬあっ?!!」
【縮地】を交えた疾走で回避しまくる彼女。図体がデカい故に一撃毎にインターバルが有るが、馬鹿デカい白骨の手が迫る威圧感と、それが生み出す風切り音が精神に悪い。張り手の副産物である振動と暴風も、身体のバランスを崩しがちにするので気を抜く暇がない。
どうにかしようと考えている暇も無く、このままでは直に息が上がる――そう思った彼女に迫る二つのパー。
「――ってぇ?!」
猫だましの様に、彼女を挟み込むべく地面を削りながら迫る両手。攻撃は片手だけと思い込んでいた所為で、驚きで彼女の動きが一瞬止まる……それが逃げるのに致命的な遅れになる。
(まさか、この場所に誘導されてたのか?! 上しかねぇ!!)
素早く身を屈めてからの【縮地】ジャンプ。一泊遅れで合わさる『がしゃどくろ』の両手。
盛大な衝突音を下に聞いた彼女が顔を上げれば――そこには巨大な頭蓋骨。
「っ?!! 『急々如律令』――【陽気・纏】! ぐはっ?!!」
咄嗟に術を行使して自分に防護膜を張る。タッチの差で間に合った彼女を襲うのは『がしゃどくろ』の頭突き。宙にあった身体が勢い良く地面に叩きつけられ、一・二回バウンドした後にゴロゴロと転がっていく。
「〜〜っ?! がはっ! げほっ!」
頭突きの方は、自分の両腕を眼前でクロスして防御姿勢を取ったのと、防護膜のお陰で何とかなった。しかし地面に叩きつけられた衝撃は殺せず、肺の中の空気が吐き出される。転がる途中で受身を取って自分の身体を止められはしたが、呼吸が上手くいかず咳き込む。
それでも何とか身体を起こして立ち上がるが、膝の震えは抜けず痙攣する横隔膜はおさまらない。ダメージが有り有りとした彼女に向けて、『がしゃどくろ』は悠々とも見える様子で這いずってくる。
(チッ! 知能高ぇじゃねーか。脳みそ無いくせに……)
こんな状況でありながらも冷静に相手を見据える彼女。逃げはしない、来るなら来いや! と、未だ戦いの意欲を持つ彼女が一歩踏み出す――
「――放てっ!!」
「「「「「応っ!!」」」」」
(……ああっ)
――その先で、『がしゃどくろ』に向けて放たれる多くの飛来物。見れば結局逃げ出していなかったのか、何時の間にやら陰陽師達が勢揃いで『がしゃどくろ』の左側面に陣取っていた。
「良いぞ! 引け〜〜っ!!」
「「「「「応! そ〜りゃっ! そ〜りゃっ!」」」」」
掛け声と共に引かれる縄と、引っ張られる『がしゃどくろ』。先程、陰陽師達が放った鈎付きロープが『がしゃどくろ』の上腕骨・肋骨・背骨などに引っ掛かっており、それを綱引きの如く陰陽師達が総出で引っ張っている。
『がしゃどくろ』は予期していなかった不意打ちに倒れまいと左手を支えに踏ん張っており、陰陽師達は出だしは良かったが『がしゃどくろ』の巨体と踏ん張りにそれ以上引けず、両者共に拮抗状態に陥った。
「アイツ等……余計なマネを! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・快癒】!」
忌々し気に呟くと、彼女は印を結び自身を治癒する。そして駆け出すと同時、再び印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・弾】!」
疾る彼女の右手からバスケットボール大の光球が放たれる。光球は狙い過たず『がしゃどくろ』の眼窩、その中に光る紅い輝きに命中する。
それを受けて『がしゃどくろ』がよろめくのも気にせずに彼女は疾る。そして再び大木槌を取り出すと、勢いを殺さぬまま『がしゃどくろ』の左手首の辺りをブッ叩く。
「――寝てろっ!!」
だるま落としの様に真横からブッ叩かれた衝撃で『がしゃどくろ』の左手が横にズルッと滑った。
今まで踏ん張っていた要の左手が踏ん張れなくなった事により、『がしゃどくろ』の肘が地に着き、肩が地に着き、今日一番の轟音・地響き・砂埃を上げて横倒しにブッ倒れた。
「今だっ! しっかり固定しろっ! 起き上がらせるな!!」
「「「「「応っ!!」」」」」
引っ張っていたロープを、地面に打ち込んだ杭に巻きつけしっかり固定する陰陽師達。ガ○バーと小人な有り様に目も呉れず、彼女は『がしゃどくろ』の肋骨をよじ登ると、そのまま横になっている頭蓋骨の耳の辺りにたどり着き――
「――カルシウムの貯蔵は十分か?!!」
――大木槌でブッ叩いた。
振り上げては落とす。振り上げては落とす。手が汗で濡れて滑りそうになるのを、それを上回る握力で押さえ込み叩き続ける。
『がしゃどくろ』からの反撃は無い。既に身体中至る所を鈎付きロープで地面に固定されて、僅かに身体を身動ぎするのが精一杯な『がしゃどくろ』に対して、陰陽師達も皆思い思いの方法で攻撃している。
「チッ! 硬いな、このヤロウ――――ん?」
もう数えるのも馬鹿らしい程、ブッ叩き続けてた彼女がふと違和感に気づく。『がしゃどくろ』が動きを止めている――いや、それだけではない。感じる妖気も高まってきている。
「っ?!! 全員、離れろっ!!」
「「「「「?!! 〜〜っ!!」」」」」
言うが速く『がしゃどくろ』の頭蓋骨から飛び降りる。彼女が地面に着地するよりも、皆が彼女の言葉に従って離れるよりも、それの方が速かった。
――『がしゃどくろ』が弾ける方が。
「――がっ?!!」
「「「「「――ぐはぁっ?!!」」」」」
『がしゃどくろ』の全身の骨、その一本一本に至る全ての骨の極々表面だけが弾け飛んだ。
宙にいた彼女も逃げようとした陰陽師達も等しく襲う骨片。近距離で散弾銃でもブッ放されたかの様な弾幕に、皆の悲鳴と苦悶の声が響き渡る。
「――っ?! くそ……またかよっ……」
再び地面に倒れた彼女が忌々し気に言う。
顔面だけは腕で庇えたが、それ以外の箇所のダメージが大きい。細かな骨片が全身くまなく命中した事によって 手足が痛みで痺れロクに動かせないし、内蔵もやられたか喉にこみ上げてくるものがある。
何とか顔だけを上げて見れば、同じ様に地に伏している陰陽師達と、先の爆散でボロボロになったロープを強引に引き千切り自由になった『がしゃどくろ』。
先程よりも眼窩に光る紅い輝きが増している様に見える『がしゃどくろ』は、両手を地面につけ肘を腕立て伏せの様にグッと曲げると――その反動で地面を思いっきり突き放し、跳ね飛んだ。
「……おいおい。それ、オーバーキル過ぎだろ……」
巨大な人骨が空を飛ぶ非常識な光景に、もはや苦笑いしか出ない彼女。
狙いは自分だとわかりきっている。超巨体によるボディープレスの威力もわかりきっている……そして、今の自分では逃げる事も出来無いとわかりきっている。
自由落下を始めた巨体を地面に寝転んだまま見上げながら、彼女は慌てる事も取り乱す事も無く、只々静かに見ていた。
「……これで、終わりか……」
自身に迫る死を前にして、どこか満足気な笑みを浮かべる彼女。悔いはない、とばかりに。
そして穏やかに目を瞑り――
『 て!』
――『がしゃどくろ』の巨体が地面に地響きを立てて落ちてきた。
舞い上がる砂埃も、響き渡る轟音も、脚に伝わる振動も今までの比ではない。余りに容赦無い一撃に、それを見ているしかなかった陰陽師達が自分の傷と痛みを忘れて茫然とする。あれでは間違い無く助からないだろう事は良くわかる。次は自分達の番だと言う事もわかっているが、衝撃的過ぎる光景が眼前で起きた所為か、誰も動く事が出来ず黙って見ているしか出来無い。
両手をついて身体を起こす『がしゃどくろ』と――その背に突然現れた人影を。
「「「「「……ええっ?!!」」」」」
思わず全員が己の眼を疑う。瞬こうが眼を擦ろうが映るモノは変わらない。巫女装束に身を包んだ彼女の姿は。
どこから現れた? どうやって現れた? 下敷きになった筈では? 皆の頭の中を疑問がグルグル回る中、彼女は『がしゃどくろ』の背骨を走る。
――彼女が何をしたのかは聞けば単純な事。『がしゃどくろ』は巨大であるが人骨。肋骨の隙間を抜けて背中に出て来ただけ……口にするのは容易いが、実行するのは難しい。落ちてくる巨大な人骨の隙間を見極めねばならないから。
「――――」
「「「「「は、疾い?!!」」」」」
見つめる陰陽師達から思わず驚愕の声が漏れる。先程までの状態が嘘の様な彼女の動き。未だ全身に痛みが残っている筈なのに、微塵も感じさせない疾走。背骨を伝い、無表情なまま頭蓋骨にたどり着くと取り出した鉄杭を思い切り突き刺す。
そんなチンケな物、『がしゃどくろ』相手には無用の長物に過ぎない……が、彼女の狙いは縫合線。人間の頭蓋骨には縫合線が存在する。巨大とは言え人骨な『がしゃどくろ』にも、それは例外無い。
「――――っ!」
鉄杭の先端部分が僅かに突き刺さるが、そこまでで精一杯。しかし彼女はそれで構わぬとアッサリ手を離して、再び頼りの大木槌を手に取り振り下ろす。
ズンッ、と言う音と共に更に突き刺さる鉄杭。その鉄杭を起点に広がる亀裂。それを尻目に更に大木槌を打ち下ろし、鉄杭が食い込むに従って亀裂も徐々に広がっていく。
「――――っ?!」
しかし『がしゃどくろ』も黙ってはいない。大きく頭を左右に振って彼女を振り落とそうとする。
振り落とされそうになった彼女が、咄嗟に突き刺さった鉄杭に捕まるが、振りが激しく身体が右に左に振られる。このままでは握力が持たない事を察した彼女は、術を行使する。
「『急々如律令』――【陽気・念糸】」
手のひらから伸びた青白い糸を、鉄杭と自分の手にしっかりと巻きつけて固定する。そして自ら鉄杭を掴んでいた方の手を離す。
結ばれた念糸によって彼女の身体がターザンの様に宙を舞う。『がしゃどくろ』の頭の振りに合わせて彼女の身体も振り回されるが、握った念糸は離さずにある物を取り出すと狙いを定めて【投擲】する――標的は『がしゃどくろ』の眼窩、そこに光る紅い輝き。
「『急々如律令』――【火気・焼】」
次いで術を行使し、自分が【投擲】した物に火が点いたのを確認すると、すぐに彼女は念糸を解除。自由落下を始める。
そして彼女が無事着地すると同時――凄まじい轟音と爆炎が『がしゃどくろ』の眼窩・口内など頭蓋骨内部から吹き出てきた。
「――――」
「「「「「…………」」」」」
彼女はただ静かに、そして陰陽師達は眼を白黒させて『がしゃどくろ』を見つめる。
その場の誰もが声を発する事無い、夜風の音しかしない沈黙と静寂の中、皆が見つめる『がしゃどくろ』の眼窩に光る紅い輝きが消える。そしてゆっくりと、その巨体が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
「「「「「……………………」」」」」
地響きと轟音の後、崩れ落ちた時の衝撃と自重で『がしゃどくろ』が粉々に崩れる。後に残ったのは、粉々とは言っても元々がデカかった為に結構な大きさの骨片と、バスケットボール大の『妖核』。
「「「「「……うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」
それを見て漸く頭に現状が染み込んだのか、陰陽師達が勝鬨の声を上げる。
「凄い! あのデカブツが一発だぞ! 凄いぞっ!」
「何なんだ、今のは!」
「アレ、確か『不動玉』だ! 『焙烙玉』に不動明王の炎の加護を付与した代物だ!」
「あんな物まで持ってたのか?! イヤ、造れたのか?!」
皆が手に手を取って勝利を喜び、中には小躍りする者や泣き出す者まで現れる始末……しかし、そんな周囲の事など一瞥もくれず、地面に突き刺さった大木槌と『妖核』を回収すると、そのまま立ち去ろうとする。
「あ、いや。待って下――っ?!!」
他の陰陽師達が勝利に沸く中、唯一彼女の事を気にかけていた一彦が彼女に声を掛けようとして――途中で固まった。
「…………」
「おい? どうした?」
ダメージが残っている為、傷ついた身体をひきずる様に去りゆく彼女の背中を見つめていた一彦に別の陰陽師が声をかける。
「何で?」
「あん?」
「何で、彼女……勝利したのに、あんなに不機嫌なんだ?」
呟いた一彦の疑問に答えられる者はその場には一人も居らず、虚しく夜風に吹き消され消えていった。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『がしゃどくろ』――――
最上級『妖怪』。腰までしかない巨大な人骨。
動き自体はそこまで速くないが、巨体故に攻撃の威力は半端無い上に、とにかくタフ。骨なので【火気】系の術や斬撃系の攻撃は効きが悪い。
一定ダメージを受けると、全身の骨が薄く弾け飛んでいわゆる『バーサーカーモード』になって、防御力が落ちる代わりに動きが機敏になる。
……実は開発スタッフが、造った後になって「これ、デカ過ぎね?」と、冷や汗垂らしたりしている。
――――『不動玉』――――
『焙烙玉』に不動明王の炎の加護を付与した道具。
爆発で吹っ飛ばすよりも爆炎で焼き尽くす事に重きを置いた、どちらかと言えばナパーム弾よりの爆弾。
素材自体はそれなりに手に入り易いが、造るには作成系スキルとそっち系ステータスがかなり必要。
ゲーム内では作成に失敗すると一定時間黒焦げになっていた。異世界でもそれは変わっていない様である。




