夜……イヤ、何用?
最近どうにも仕事が忙しく、執筆時間が減っていく。
でもなんとか頑張っていきますので、お付き合い下さい。
草木も眠る丑三つ時。月も雲に隠れた暗い夜の『京』を、一人の女が疾走していた。かなりの速さで走っているが、地を蹴る音は殆どしないサイレントラン。女はなるべく影になる所を狙って走り続け、周囲への警戒も怠らない。
そうして女は目的の場所に着いたのか、とある小路の中程で立ち止まり更に入念に辺りの様子を伺う。
「…………」
何の気配も物音も感じない事を確認すると、女はある屋敷の塀をよじ登り始める。跳んで両手を淵に引っ掛け身体を持ち上げて、そのまま塀を乗り越え――
「――トラップカード発動。顔面スタンプ」
「――ぶぎゃっ?!」
――様とした所で、顔に走る痛みと衝撃。掴んでいた両手も離れ、受身も取れずに地面に背中から落ちた。
派手に背中を打ち付けた痛みに地面で悶絶する中、事の元凶が塀の上から声を掛ける。巫女装束に身を包んだダルそうな雰囲気の彼女が。
「こんな夜更けに何してんだよオマエ? 夜は寝る時間だぞ? こちとら昼間にガキの面倒見て、ただでさえ精神的疲労が溜まってるのによ」
欠伸を噛み殺しながら、塀の上で仁王立ちの彼女が言う。言われた女の方は、漸く痛みが治まったのかヨロヨロと立ち上がる。
そして顔を上げた女と塀の上から見下ろす彼女の視線が交差……したのかどうか、わからない。彼女の方はともかく、女は伸びた前髪の所為で目元が完全に隠れてしまっているからである。痩せぎすな身体も相まった所為か、何か不気味な雰囲気に見える女を見て、彼女は少し考えた後に腰の『那由多の袋』から一枚の紙を取り出して女と紙を見比べて一言。
「――やっぱオマエ、例の呪い掛けた呪術師じゃねーか。手配書が出回ってんのに、まだ『京』に居たのか?」
「?!!」
彼女の言葉に眼に見えて動揺する呪術師。すぐに背を向けて逃げ出そうと――
「『急々如律令』――【陽気・念糸】」
「へぶっ?!」
――する前に、彼女の手のひらから伸びた青白い糸が呪術師の足首に絡み付いた。出だしを潰され勢い良く地面とキスする呪術師。今度は鼻を押さえて地面で悶絶する。
「よっと」
「ぐっ?!」
そんな呪術師を他所に塀から飛び降りる彼女。そのまま近付くと呪術師の髪を鷲掴み、強引に顔を引き上げこちらを向かせる。
「で? 何しに来たんだっつーの。まさか、また呪いをかけに来たとか言わねーよな?」
「あ、え……その、あ……」
「……ハッキリしろよ」
彼女の問いに口篭る呪術師。伸びた前髪の所為でわかりづらいが、その下では瞳が忙しなく動いているのは想像に容易い。髪を鷲掴まれているとは言え、夜中に忍び込もうとした度胸は影も形もない。
(何だかな〜……こんな夜中に貴族の屋敷に忍び込むから少しは期待してたのに、ハズレか? ホント、オレのリアルラック値は……)
物思いに耽ってしまった彼女は、呪術師の事を完全に意識の外に追いやってしまう。故に、呪術師の行動に対処が遅れた。懐から出した短刀での刺突に。
「――おおっ?!」
顔へと迫る銀の閃きを首の動きだけで避ける彼女。この世界に来た時に身に付いていた、強化された動体視力はここでも役に立ってくれた。
しかし、避ける事に集中した為に手の力が緩み、呪術師はその隙に強引に彼女の手から逃れる。髪の毛が数本抜けるのも構わずに。
「ふ〜〜ん……ヤルじゃねーか」
今ので何本か持ってかれた髪の辺りに手をやりながら彼女が淡々と呟く。ただし、聴く者が聴けばわかっただろう。その声に、先程よりも歓喜が込められている事に……しかし、それもすぐに霧散した。対する相手の様子、彼女に突き付けている短刀……その手の震えを見て。
「ど、ど、退けっ!」
「……威嚇するなら、もう少し演技しろよ」
明らかに虚勢を張っているのがバレバレな呪術師の態度と、オドオドした言葉遣いに彼女が呆れた声で言う。構え方も素人な上に腰も引けているその姿に、弱い者いじめしている気がしてきた彼女であった。
「退けって、言ってる、だろっ!」
「そう言われてもな〜……」
「ネカマ。風情が、ぼ……私の邪魔を、するなっ!!」
「……あん?」
聞き逃せない単語に彼女の動きが止まる。視線で問えば、変わらずにビクビクした態度ながらも、どこかしてやったりな笑みを浮かべる呪術師。
「や、やっぱりか! この変人が!」
「……イヤ、オレは女だけどよ?」
「う、嘘を、吐くな! その、口調! 男、だろっ!」
「……口調と性別は、必ずしも一致しねーと思うけどな……と言うか、ネカマはオマエの方なんじゃね? 変人はどっちだっつーの」
「ち、違う! ぼ……私は「まあ、どっちだって関係無ーけどな」……え?」
何だかな〜、と軽く首を振ってから彼女は呪術師を鋭く睨む。その視線に呪術師が気圧されて、思わず一歩下がる。そして下がった分」、距離を詰めていく彼女。
「オマエも元プレイヤーか。ちょっと話し、聞かせて貰うぜ?」
「ひっ! く、来るなっ!」
「――おっと」
近づいて来る彼女に持っていた短刀を投げつける呪術師。フォームも滅茶苦茶な完全素人スロー。しかし素人過ぎて、逆に彼女にも何処に投げようとしていたのか読めなくて大袈裟に回避してしまう。
その隙に呪術師が再び懐から何かを取り出す。藁で出来た人形――『藁人形』を。
そして何時の間にか手に入れていた彼女の髪の毛を『藁人形』に入れて、その『藁人形』に――
「――ぐあっ?!」
――手を掛ける前に走る激痛。その痛みで『藁人形』を取り落とす。見れば手の甲に突き刺さった竹串。手を押さえながら視線を向ければ、【投擲】した姿の彼女が居た。
「甘ーな。間合いと射程は微妙に違ーんだぜ。【呪術】使う奴を相手にするなら『藁人形』を警戒するのは当然だろ?」
「――うわあああぁーーーーっ!!」
「おおっ?!」
突如、奇声を上げる呪術師。そして三度、懐から取り出した物を今度はそこら中にばら撒いた。ばら撒かれたソレ等は、地面に当たると盛大に白煙を撒き散らした。
「げほっ?! また、『煙玉』かよ?! ごほっ! つーか、使い過ぎだろっ?! けほっ!」
辺り一面を覆った白煙に咳き込みながら悪態を吐く彼女。そんな彼女を尻目に呪術師はその場を逃げ……ずに居た。
自分のスキル【隠形】で気配を消すと、少しだけ場所を移動してしゃがみ込みアレコレ作業をし始める。
(ゆ、ゆ、許さない。ぼ……私の、邪魔をする奴は、皆、皆!)
【呪術】をより強力に発動させる為に、道具を並べ地面に何やらか描く。普通にやればバレバレで即フルボッコな事も、今は何時もより多めにばら撒いた『煙玉』による大量の煙に包まれているし、自分も【隠形】で気配を消しているから気づかれない。現に彼女は見当違いな所を探しているらしく、足音があっちこっちウロウロしている。
その事にほくそ笑みながら順調に作業を続ける呪術師。後少しで終えようといった所で――
「――おい」
「……は?――ぶむうっ?!!」
――突然、自分のすぐ間近で聞こえた声に反射的に顔を上げれば、眼に映ったのはどアップの拳。体重の乗ったチョッピングライトをモロに喰らい、顔を地面に叩き付けられる。
「〜〜〜〜っ!!」
「……オマエさ〜――」
地面でのたうち回る呪術師を見下ろしながら彼女は呆れた様に一言。
「――最初に屋敷に忍び込もうとした時に、オレに気づかれた事の意味、わかってねーのか? 【隠形】持ってても相手の【気配感知】より熟練度が高くなけりゃ意味無ーのに。そんな当たり前の事も知らねーのか?…………もしかしてオマエ、初心者プレイヤーか?」
良く良く見れば、呪術師が地面に並べた道具もゲーム内では課金で手に入れられる物が多く見られ、それ以外の手段で手に入れられる物が無い。そこから察した彼女だが……肝心の呪術師は未だに地面をのたうち回っている。
(……話し聞こうと思ったが、意味無ー気がしてきたな。これまでの元プレイヤー達も、結局何も知らなかったし……)
夜風に吹かれ、辺りの煙もかなり薄くなってきた小路の中、彼女は既に呪術師から興味を失っていた。これまで出会った元プレイヤー達に比べると、眼の前の女はどうにも考え無しとしか見えない。呪いをかけた理由も、指名手配されて数日経つのに未だに『京』に居る理由も、そして屋敷に忍び込もうとした理由も、全くもって理由がわからない。
「ま、オレには関係無ーか」
もう放っとこうかと彼女が考えている中、地面をのたうち回っていた呪術師が転がり回るに変わり彼女がら距離を取り、地面に落ちていた何かを拾う。そして起き上がった呪術師の手には『藁人形』。
「こ、こ、これで! ぼ……私の勝ちだ!」
「あっ、それ――」
「し、死ねーーーーっ!!」
彼女の言葉など聞く耳持たず、呪術師は何時の間にか握っていた太い五寸釘を『藁人形』の胸に、力の限り突き刺す。
「――があああああぁーーーーっ!!!!」
一拍の後に上がる絶叫と胸から吹き出す鮮血。次いで地に崩れ落ちる身体と派手に咳き込む音。胸元を手で押さえるが何の意味もなさず、流れ出る血は着々と血溜りを広げていく。
激痛と喉を逆流してくる血を堪えながら、自分の身に何が起きたのかまるでわからないと茫然自失になる――呪術師が。
「……人の話しは最後まで聞くもんだぜ?」
ヤレヤレと言った表情の彼女は、自分の持っている物を呪術師に見せる。もう一つの『藁人形』を。
「それ――オレのだよ。さっきオマエが落としたのはコッチ」
「……い、何時の、間に……」
「『煙玉』ってな〜、自分の姿を隠せるけど相手の姿も見えなくなるんだぜ? つまり、その間なにやってもわからないって事だよな。こうやって擦り替えてもな」
「?!!」
眼を見開く呪術師を他所に、彼女は手に持った『藁人形』と呪術師が先程地面に並べた道具類を全て『那由多の袋』に回収すると背を向けた。
「一死大罪を謝す……ってか。自分の命で罪を償うってのは、中々に潔いじゃねーか」
「?! ま……待って……」
その背に向けての懇願も、弱々しく伸ばされた手も彼女には届かない。彼女は【縮地】ジャンプで軽々と塀の上に跳び乗る。
「た……助けて……下さい…………お長い、します……お願い……」
「…………」
それでも必死に懇願を続ける呪術師。その声が届いたのか、彼女が塀の上で止まる。そして暫しの後に振り向いて術を行使する。
「『急々如律令』――【陽気・癒】」
術の効果で呪術師の胸の傷が塞がる。ただ、あくまで塞いだだけと言った具合で、無理に動けばまだ傷が開いてしまうだろう。
感謝の言葉を言おうと地に伏した身体を起き上がらせる前に、呪術師の顔に張り付く一枚の紙。何かと剥がしてみれば、先程彼女が持っていた自分の手配書。何なんだと呪術師が彼女を見れば、そこには実にイイ笑顔を浮かべた彼女が。
背筋に走る悪寒を呪術師が感じた時には、彼女は既に大きく息を吸って思いっきり叫んでいた。
「手配中の呪術師が、ここに居るぞ〜〜〜〜っ!!!!」
「っ?!!」
夜中の『京』に響く叫び声。その声を聞いたのか、数秒後には多くの足音と松明の明かりが近づいて来る。それを確認すると彼女は塀の向こうに消える。
「あっ?……えっと? に、逃げなきゃ――」
「――どこだ! どこだ!」
「居たぞ! こっちだ!」
「人相に間違いない! こいつだっ!」
「ふん縛れっ!」
「?! は、離せ! 離せっ!!」
近づく足音から逃げようとするも、時すでに遅く駆けつけた憲兵達に囲まれる。抵抗する間も無く、しても無駄な行為で、縄で縛られ連行されていく。
塀の向こう側から聞こえる声に満足しながら、彼女は自分の今の寝床たる離れへと向かう。
(これで三人目。少ないのか? それとも多いのか?)
離れへ戻る道すがら彼女は考える。自分と同じ元プレイヤーの事を。
確かに出会った人数は三人と少ない。しかし、VRMMOゲーム『九十九妖異譚』の舞台となったのは日本全国。その広さと出会った人数の確率を考えると――
(――もしかして、この世界に来てる元プレイヤーの数。半端無く多いんじゃねーか? あのゲームをやってた全員が来てるとか?……もし、そうだとしたら、理由は何なんだ? そんな大勢を必要とするって事か?…………わかんね)
答えの出ない問いを、彼女は離れに戻るまで考え続けた。
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




