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子守……イヤ、何で?

時折降る雨の所為で風邪を引きそうになる。

皆さんも体調管理に気をつけましょう。

「……うぁ〜……眠ぃ〜」


 とある貴族の屋敷。その離れから聞こえる情けない声。

 中を覗けば畳の上で大の字になっている一人の巫女。つい先日『朧車』を見事に退治した彼女は……見事にダレていた。あの後『陰陽寮』の方では事後処理(主に周辺貴族からの苦情)に大変だったのだが、彼女はそんなの関係無いとばかりに完全無視して、こうしてダレていた。

……その事に文句を言いに来た陰陽師も居たが、物理的に彼女に黙らされていた。


「……ん? また来たのか……ハァ〜」


 近づいて来る気配を感知した彼女は深い溜め息を吐く。正直逃げたい所だが、それは出来無い。そうした方が、後々厄介な事になるのは既に実践済みだからであった。

 そうこう考えている間にも気配は近づいて来て――


「――巫女さま!」


――障子を開けて部屋の中に飛び込んで来た。

 入って来たのは平安貴族的な服を着た一人の男の子。おでこの所で整えられた前髪に、ぷっくり桃色に染まる頬。クリクリと輝く瞳と、成長すれば中々に好青年となるであろう子供が、実に子供らしい無邪気な笑顔をして、彼女に駆け寄って来る。


「……また来たのかよ、オマエ……」

「はい! 後、オマエじゃなくて、菊王丸(きくおうまる)です!」


 物凄〜く疲れた表情で言う彼女に、満面の笑みで返す子供――菊王丸。めっさ対照的な両者が、部屋で膝を突き合わす。

 この子は、例の呪術によって()せていたこの屋敷の子供であるが……どうしてこうも懐かれたかと言えば彼女自身、首を捻らざるを得ない。

 事の発端は、呪術も解けて無事回復に向かっていた事に喜んでいた両親からの一言――曰く、呪術は解けたが我が子の容態はまだ予断を許さないので、何か良い薬などは持っていないか? と。そこで思い出したのが、以前バトった元プレイヤーだった薬師。アイツの屋敷に住んでいた時に家探しして見つけた色々な薬の内で、回復系の薬を幾つか渡したのであった。

 効果は上々。子供の容態は屋敷の皆が眼を見張る程の早さで良くなっていったのであった……が。その後、自分を助けてくれた彼女の元へとやって来た子供は、何故か彼女に懐いたのであった。

……これには子供の両親以下、屋敷の者全員が首を捻った……彼女も含めて。優しい言葉をかけた訳でも、優しく接した訳でもない。何時も通りのダルそう()つ、ぶっきらぼうな態度であったのに、こうして毎日の様に会いに来る。来てしまう。


(……誰か教えてくれ……オレはどうすりゃ良い?…………あの人なら、お手の物なんだろうけど……オレには無理だ)


 今尚(いまなお)、キラキラした純真な眼でこちらを見る菊王丸を前に、項垂れる彼女。

 追い払おうとしても言う事を聞かないのは既に身に染みている……と言うか、涙目での訴えの前に白旗を上げざるを得ない彼女は、もうとっくの昔に説得は諦めている。


「巫女さま! 今日はお願いが有ります!」

「……今日()、じゃなくて今日()、だろ?」


 疲れた様に呟いた彼女の声は、当然の如く菊王丸の耳には入らなかった。




――――……Now・(移動)Moving(中だぜ……)――――


「……おい」

「……はい」


 感情の篭っていない平坦な声で、彼女は自分に並んで立つ男に言う。男は彼女が居候している屋敷に仕える家人(けにん)で、『京』に着いた時に屋敷への案内をしてくれた男である。


「……良いのかよ?」

「……良いんでしょうか?」


 質問に質問で返す家人(けにん)と、それに対して何も言わない……そんな事気にしている余裕が無い彼女。今、二人が居るのは、かつて二人が出会った『京』に二つ存在する市の一つ、東市である。

 日が変わっても変わらない市の盛況さと人の賑わい。行き交う人の多さと、飛び交う売り手側と買い手側の声。そんな雰囲気の中、二人が呆然とつっ立っている理由は――


「わぁ〜♪ 凄いです♪ ねえねえ巫女さま! あれ何ですか?! 何ですか?!」


――二人の視線の先ではしゃぐ菊王丸の所為であった。

 何でこんな事になったかと言えば、菊王丸のお願いがこの市に来たいというものだったからである……が、だからと言って、彼女がすぐに首を縦に振る訳がなかった。何せ自分はただの居候。厄介になっている屋敷の主の大事な跡取り、しかもつい先日まで床に臥せっていた子のそんな願いを聞き届けられる訳なかった。

 それに対して菊王丸はダダを捏ねた。捏ねまくった。「もう少し身体の回復を待て」の言葉に「嫌です!」と、「他の奴と行け」の言葉に「巫女さまが良いです!」と、彼女の言葉に頷くことは無かった。

 そうして遂に彼女が根負けした様に「親の許可が有れば良い」と妥協案を出せば、菊王丸はすぐに親の元へと飛んで行き……親が許可を出す筈がないと安堵の息を吐いていた彼女の元に、キッカリ五分後「許可を貰いました!」と笑顔と共に戻って来た。

……当然、その直後に彼女が親の元へ突撃したのは言うまでもない。文字通りに(ふすま)を蹴破り乱入し、問い詰めた彼女に対して親はと言えば、我が子の涙目に勝てなかったと頭を下げられた。

 曰く、長く病床生活を送っていたのだから元気になったとは言え、その心情には色々と溜まっているモノが有るかもしれない。今の元気な姿も、ソレを発散するかの様な所が見て取られる。それ故に、今は少しでも我が子の願いを叶えてやりたい。だから、何故か懐いている彼女に面倒を見て貰いたい。そちらにしてみればそんな義理は無いのであろうが、是非ともお願いしたい、と。

 揃って頭を下げる親を前に彼女が言葉を探している途中で、追いついた菊王丸が強引に彼女の手を取って引っ張って行き、笑顔で見送る親に罵声を投げつつ偶々(たまたま)近くに居た家人(けにん)を道連れにした結果が、今の状況である。


「……取り敢えず、アイツを追うぞ。ウロチョロして危ない事この上()ぇ」

「……はい。糸の切れた凧みたいですね」


 軽く嘆息して彼女は家人(けにん)と共に菊王丸の後を追う。すぐに追いついた彼女は、今度は菊王丸からの質問攻めに遭う。


「巫女さま巫女さま! あれは何ですか?!」

「ああ、あれは――」

「じゃあ、あれは何ですか?!」

「ありゃ――」


 次から次へと矢継ぎ早に質問してくる菊王丸と、それに淀み無く答える彼女。正直、菊王丸が聞いてくる物はどれもありふれた物であるのだが、普段屋敷から出ない貴族の子供には見た事の無い物であるのだろう。興味津々に聞いてくる。


「〜〜♪」

(…………)


 楽しそうに市を回る菊王丸。そんな菊王丸を見つめる彼女の瞳は、何時の間にか変わっていた。普段のダルそうなものでなければ、妖怪との戦闘時の鋭いものでもない。その瞳は何か懐かしいモノを視ている様でいて、何処か違う所を視ている様でもあった。


(……あの頃は、幸せだった……少なくとも、オレはそう想う。笑えていたのだから……そう考えりゃ、やっぱりあの人は凄かったんだな。オレには到底マネ出来無いよ……)


 騒がしい市の喧騒の中に在りながら、彼女の耳には既に入らない。周囲全てのモノが意識の外に追いやられ、自分一人の世界の中、彼女はどこを見ているのかわからぬ虚ろな瞳で呟いた。


「本当に、――いよ。――に――ん」


 誰の耳にも入らない程に小さく呟く彼女。世界から切り取られたかの様に動きを止めた彼女に――


「――さま? 巫女さま?」

「…………ん? ああ、何だ?」


――菊王丸が声を掛ける。それに反応して、意識がこちらに戻って来る彼女。自分を見上げる菊王丸に、彼女は夢から覚めた時の様にハッとしてから視線を向ける。


「大丈夫ですか? 何かボンヤリしていましたが?」


 心配だと言葉だけでなく全身でアピールする菊王丸。(つぶ)らな瞳に見つめられた彼女は居心地悪そうに視線を逸らし、頭をガシガシ掻きながら強引に話題を変える。


「あ〜〜……それより何だ? オレを呼んでたのは?」

「そうでした! 巫女さま、あそこ! あそこに人がいっぱい集まってるんです!」

「あ?」


 菊王丸が指差す方を見れば、確かにこの市の中でも一際多く人が集まっている所がある。距離と集まっている人の多さで中心に何があるのか見えないが、かなりの人集りである。


「何か面白い物がありそうです! 巫女さま、速く行きましょう!」

「あっ、オイ! 走るな! 転ぶぞ!」

「大丈夫ですっ!」

「だから!……ったく、しょうがねーな」


 静止の声を聞かず走って行く菊王丸の後を、舌打ちして小走りで追う彼女。しかし菊王丸は、小柄な身体を上手く使い人集りの中にスルリと入って行ってしまう。


「?! ああもう、邪魔だ!」

「へっ?――のわあっ?!」

「うおっ?!」

「お、おい?! 押すな! 押すなってぇぇぇっ!!」

「はぶしっ!」


 人集りの人間を、片っ端から押し退けたり首根っこを引っ掴んで横に退かしたり強引に突き進む彼女……押し退けられた方は(たま)ったものじゃ無いのだが、彼女は一向に気にしない。

 十人程、被害者を出した所で彼女が最前列まで出る。そこには掛け軸や絵巻・刀剣類に、木彫りの様々な工芸品やらと色々な価値有りそうな品々が所狭しと並べられていた。そして、それ等を見て眼を輝かせている菊王丸も居た。

 円になって置かれた品々の中心であれやこれや品々の説明をする商人の言葉を聞いていた菊王丸が、手近な物に手を伸ばそうとして――


「――ちょい待て」

「えっ?」


――彼女に手首を捕まれ止められる。その力はかなり強く、菊王丸の力では決して振り解けそうにない。

 そのやり取りを見ていた商人が、二人に声を掛ける。


「おいおい。別に、手に取っても構いませんよ?」


 親切そうに言うが、彼女は菊王丸の手を離す事無く言葉を返す。


「なあアンタ。これ等は何処で手に入れたんだ?」

「いやいや。商人がそんな事聞かれて簡単に答える訳ないでしょう?」


 商人の言葉に人集りの人間達が、そりゃそうだと頷く。皆が弛緩した雰囲気な中、手を掴まれたままの菊王丸だけが気づく。彼女の目つきが何時ものダルそうなものから、鋭いものに変わっている事に。


「巫女さま? 何か問題でも有るんですか?」

「大有りだ。ここにある品物全て――()()()物ばかりだぞ?」

「「「「「……はい?」」」」」


 彼女が落とした爆弾発言に皆の動きが止まる。そして集まっていた人達全員の視線が、彼女と商人を行ったり来たりする。


「な、何を言うかっ?! この私が日本中を駆け巡って集めた貴重品達を前にしてっ!!」

「……つってもよー……」


 彼女の言葉に激昂する商人と、いい加減菊王丸の手を離して先程までの鋭い目つきを一転、ダルそうな雰囲気に戻った彼女。そんな彼女に、商人は並べてある品物の一つを手に取って突き付けながら言う。


「これを見ろっ! この見事な造りの仏像! この繊細な造りに、職人の腕が伺える「それ、呪われてるぞ? 家に置いたら間違い無く不幸が起きるだろうな」……」

「「「「「…………」」」」」


 意気揚々と語る途中で指摘された彼女の言葉に商人が固まる。周りの皆も一緒に固まる。

 しかし商人はめげずに別の物を手に取って言う。


「これを見ろっ! この見事な(こしら)えの刀剣! さぞかし名の有る刀工が打ったに違い無い「それ、『穢れ』が溜まりまくってるぞ? もうちょっとで『妖刀』の仲間入りだな」……」

「「「「「…………」」」」」


 自信満々に語る途中で指摘された彼女の言葉に商人が再び固まる。周りの皆の視線が冷たくなる。

 しかしそれでも商人はめげずに別の物を手に取って言う。


「これを見ろっ! この見事な絵柄の掛け軸! 描かれた人物が、まるで生きているかの様な素晴らしい絵で「それ、『画霊』って言う『妖怪』だぞ? 夜になったら絵から抜け出てくるぞ」……」

「「「「「…………」」」」」


 掛け軸を、おっ広げながら語る途中で指摘された彼女の言葉に商人が三度(みたび)固まる。周りの皆が一歩ズザッと後退り、菊王丸が彼女の足にしがみつく。

 しかしそれでも商人はへこたれずに別の物を手に取って言う。


「これを見ろっ! この豪快な造りの面を! 魔除けとしての効果も持ったこれは「それは、『面霊気』って言うやっぱり『妖怪』だぞ? 夜になったら宙に浮いたりするぞ」……」

「「「「「…………」」」」」


 面を高々と掲げながら語る途中で指摘された彼女の言葉に、商人が完全に固まる。周りの皆が更に一歩ズザッと後退り、菊王丸が更に強く彼女の足にしがみつく。

 指摘しているのが巫女と言う専門職の人物(ゆえ)に、説得力が半端無い。商人は何とか再起動を果たすと、彼女に恐る恐る話し掛ける。


「……嘘?」

「ホントだ」

「…………どうしたら?」

「取り敢えずは……臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・浄】!」


 印を組み術を行使した瞬間――彼女を中心に地面に放射状に光が広がる。清浄な光が地面を走り抜け、並べられた品々を照らし――『画霊』の掛け軸が砂の様に消え去り、『面霊気』の面が砕け散る。

 それを見届けると彼女は商人に告げる。


「後の物は、『陰陽寮』に持ってってどうにかしてもらえ。そうすりゃ普通に売れる様になるだろ」

「おお! 有難う!」

「別に構わねぇよ(但し、その費用をボッタくられなきゃ良いけどな)」


 涙を流さんとばかりに感激して礼を言う商人に対し、心の内でほんのちょっぴりだけ同情して返す彼女。

 そして彼女は下に視線を向けて言う。


「……何時まで、しがみついてんだ?」

「あっ、ごめんなさい」


 言われて彼女の足から離れる菊王丸。若干、名残惜しそうだが素直に離れる。

 そして彼女が菊王丸の襟首を掴んで持ち上げる。借りてきた猫の様に。菊王丸の方は突然の事に、彼女に疑問を投げかける。


「えっ? えっ? 巫女さま、何するんですか?」

「時間切れだ。屋敷に帰るぞ」

「え〜〜?! もう少しだけ見て回りたいです!」

「却下だ」

「お願いです! 巫女さま!」

「ダメだ」

「巫〜女〜さ〜ま〜!!」

「喧しい。また今度連れて来てやる」

「?! 本当ですかっ! 約束ですからね! しましたからね!」

「しつこいな」

「巫女さまなら、寝ていて約束を忘れそうです!」

「…………そんな事、無いな」

「眼を見て言って下さい!」


 片手にぶら下げられたままの菊王丸と首根っこ引っ掴んだままの彼女が、周囲の注目など気にせずに言い合いながら市の外へと歩いて行く。


「……何だかんだ言って、結構面倒見が良いですね、彼女……」


 今まで完全空気となっていた家人(けにん)が、去り行く二人を見ながらそう呟いたのは、彼女の耳には届かなかった。

ご愛読有難うございました。


本日の解説。


――――『面霊気』――――


低級『妖怪』。

お面の『妖怪』。日が出ている間はただの面だが、夜になると宙に浮いたり喋ったりする。

……それだけである。


――――『画霊』――――


低級『妖怪』。

人物画の『妖怪』。普段はただの絵だが、夜になると絵から抜け出て驚かしたり、物を隠したりする。

……やっぱり、それだけである。

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