見回り……イヤ、オマエ等……
最近、仕事で予想外な事が多すぎる……厄年では無いのに……
「――で? 何でオレまでこんな事に駆り出されてるんだよ?」
既に日が落ち、見上げれば満点の星空……もとい曇天の夜空が広がる『京』の路を彼女は歩きながら、隣の男にボヤいていた。
隣に居るのは『陰陽寮』に属している陰陽師。ただし年若く、良いとこ中学生ぐらいにしか見えない、少年とも言えそうな程幼さが残る顔である。
昨日、『陰陽寮』に呼ばれて協力を要請され承諾したかと思えば、翌日である今日にいきなり夜の市中の見回りを手伝って欲しいと宣う始末。本当に本当〜に不承不承であるが彼女は首を縦に振った。ぶっちゃけ夜は寝るしかないので暇ではあるが、それでも突然の事に愚痴を言う権利は有るだろうと、彼女は隣の男に話し掛けている。
「その事に関しては本当に申し訳ないと思っています」
対する男の方はと言えば、素直に紳士的な謝罪を見せる。やや予想外な態度に彼女が片眉を上げて疑問を投げかける。
「……オマエはオレを嫌ってないのか? 他の陰陽師どもは明らかに嫌ってたけどよ」
「ああ……そもそも、そんな資格が無いですから……」
力無く笑いながら男は話を続ける。
「あ、その前にまだ名乗ってませんでしたね。私は一彦と言います」
「ふ〜〜ん」
「……貴女の名前は教えてくれないんですか?……」
「名前なら名乗っただろ? 寿限無寿限無五劫の擦り切れ「もう良いです……」――そうか」
深々と溜め息を吐く男――一彦。
彼女の方はと言えば、あの日見た花の名前どころかこの『京』に来てから誰一人名前を知ってない事に何も感じていないし、一彦の方は彼女の態度から名乗るつもりが毛先ほども無い事を察し、無駄な労力と割り切ってそれ以上の追求を止める。
「で? 資格が無い、ってのはどう言う意味だ?」
「その言葉の通りです。私は所詮、下っ端ですから……実戦経験皆無どころか修行も途中ですし……」
「…………」
「まあ、それは今居る他の人達も同様なんですが……」
「あ?」
聞き逃せない言葉に彼女の表情が変わる。続きを促す彼女の視線を受けて、一彦が再度溜め息を吐きながら話しを続ける。
「一月程前の事です。西の方で何か大きな事があったらしく、実践経験豊富な人達が大勢そちらへ向かわざるを得なかったです。当然、『京』を守る必要最低限な人員は残していったんですが……暫くして、今度は別の場所でも一騒動起こってしまったのでそちらにも人員を派遣して……結果、今『京』に居るのは私の様な下っ端か、占術などの戦闘は専門外な人達ばかりなのです」
「…………」
何と言うかお粗末な状況に、彼女が呆れを通り越して一周してやはり呆れる。目の前の男に言っても仕方無い事はわかっているが、それでも彼女は心の赴くままに言う。
「……バカか? お前ら、本末転倒してるぞ」
「……言われなくてもわかってます。心から……しかし仕方の無い事なんですよ。私達『陰陽寮』は、妖怪退治に関しては必ず成し遂げねばならないのですから……」
(…………)
その言葉に少し思案する彼女。
何となく言いたい事はわかる。『陰陽寮』では占いなどの多岐な業務がある……しかしそれらよりも眼に付いてわかり易い功績をもたらすのが妖怪退治であろう。『陰陽寮』がどれだけ役に立っているのかを万人に示すのにこれ程適しているものは無いだろう。
他のものでは地味であるし、占いでは不幸な運命を回避したとしても実感は湧きにくい。だからこそ、その絶好の場を生かせないのは『陰陽寮』に取っては痛手であるのだろう。
(悪人を捕まえられない警察なんて廃業一直線だしな……そういう意味じゃしょうがないのか。けど、それで現状に陥ってるんじゃ……偶々オレが『京』に居たから手助け出来るけど…………ん?)
ふと思いついた事に彼女が首を捻る。
(……まさか、オレが解決したあの一件。オレを『京』に来させる為にワザと解決させなかったんじゃないか?……そう考えるのは、考え過ぎか?)
あの時は単純に『陰陽寮』が不甲斐ないと思った。理由を知って納得もした……しかし、考えてみれば少しおかしい気もする。
彼女がそんなことを考えている間にも一彦の話しは続く。
「それで他の人達が貴女を嫌うのは、部外者と言う事もあるのですが……それ以上に手柄を横取りされたくないからです」
「あ?」
「上位の人達が居ない今、手柄を挙げる絶好の機会と皆は思っているのです」
「納得」
敵愾心の理由に彼女が頷いた時――夜の『京』に甲高い音が鳴り響く。
「?! あれはっ!」
「何だ?」
「仲間の呼び笛です! 何かあったのでしょう!」
言うが早いか駆け出す一彦。そして後に取り残される彼女。遠ざかって行く背中と提灯の明かりを見つめながら、彼女は踵を返そうとして……やっぱり追い掛ける事にした。
「何があったのか確認してからでも良いか……」
頭の奥に何か引っかかるモノを感じながら、彼女は駆け出した。
――――Now・Chasing――――
(何だ……何も起きてねーじゃんか)
追い掛ける事数分。複数の提灯の明かりを目印にとある大きめな路に彼女が辿り着いてみれば、そこには一彦達、二十数名の陰陽師……の下っ端が集まっていた。何やら話し合っている様だが、パッと見な〜んも異変は起きていない。
無駄足だったかと、やや不機嫌そうに近づくと陰陽師の一人が彼女に気づき声を上げる。
「おい! 何故こいつが居る!」
「……私が呼びました」
「何だとっ! 貴様何を考えている!」
一彦の言葉を皮切りに、他の陰陽師達がギャーギャー騒ぎ始める。そんな騒ぎをどこ吹く風と傍観している彼女は、呑気に団子を摘んでいた。
「こんな部外者の手を借りずとも――」
「いえ! 仮にとは言え彼女も『陰陽寮』に所属して――」
「だからと言って――」
(……どうでも良いけど、オマエ等がここに集まってたのは何なんだよ?)
団子の串を楊枝代わりにシッシッとやりながら、彼女は疑問に思った事を聞こうとするが……やっぱり止める。話題が自分の事な上に否定的な意見が大多数なので、下手に声を掛けて巻き込まれたくない。
もう放っといて帰ろうかと半ば本気で考え始めた彼女だが、ふと【妖気感知】引っ掛かるモノを感じた。
「おい」
「何だ?! 今は「何か来るぞ」――何だと?」
彼女の言葉に、言い争っていた陰陽師達が静かになる。そして一人が、あっ、と声を上げる。
「こんな事をしている場合では無い! 占術でこの場所に『妖怪』が現れると出たのだ! 皆準備にかかれ!」
「「「「「応! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・纏】!」」」」」
号令に合わせて陰陽師達が印を結び、身体が青白い薄い光りの防護膜で覆われる。そして各々で『呪符』やら何やらを手に持って準備する。
「――まだ居たのか? 貴様は必要無いから消えろ」
(……その上から目線が一々ムカつくな……まあ確かに下っ端とは言えこれだけの大人数じゃ、オレの出る幕は無ーか……………………ん?)
帰ろうかと思った彼女の動きがふと止まる。さっきまで頭の奥に引っかかっていたモノが鮮明になってくる。
(仮にも『陰陽寮』に所属……『京』の夜……大人数…………あっ)
思い出したのは現状に合致する『九十九妖異譚』のゲーム内知識。それを思い出した直後、自分達が居る場所の前方に妖気が現れた瞬間、彼女は叫んだ。
「全員! 端に寄れ!」
「「「「「――はっ?」」」」」
路の端、塀にへばりつく様に身を寄せた彼女の行動に陰陽師達が怪訝な顔をする。数瞬遅れで一彦や何人かも思わず塀にへばりつく。
そしてそれ以外の者達は――
「何をして――るぶぅわっ?!!」
――一陣の風が吹くと同時、数人程が吹っ飛ばされた。
塀に激突する者・塀を超えて吹っ飛ばされた者・綺麗なアーチを描いて路に戻って来る者。様々な被害者が一度に現れるが、幸い先の術による防護膜のおかげで死者は出ていない様である。
「……やっぱかよ」
吹っ飛ばされた連中の事など欠片も気にも止めない彼女が呟く。あっと言う間に通り過ぎたが、アレの姿は確認出来た。あの特徴的過ぎるシルエットは間違いない。
「な、何ですか?! アレはっ!!」
一彦の言葉に皆が視線で問い合う。しかし全員わからなかったのか、最後に皆の視線が彼女に集中する。内心で勉強不足だと嘆息した彼女は、良く通る声で言う。
「『朧車』だ――って?! また来るぞ!!」
「「「「「――?!」」」」」
彼女の言葉に吹っ飛ばされた陰陽師を助けていた者達が慌てて端に寄る。間一髪の差で路を奔り抜けていったモノの姿を、今度は皆がシッカリと捉える事に成功する。
――黒い霧を纏った牛無き牛車の姿を。
「……こりゃ、ちょっとばかし分が悪いな……まさかコッチの世界でもイベントが適用されてるなんてな」
ちゃっかり一人だけ塀の上に避難している彼女がしみじみ呟く。
――ゲーム『九十九妖異譚』において『朧車』は、『『陰陽寮』に所属しているプレイヤー』が『大人数』で『夜の『京』』を移動中に出てくる『妖怪』。
……問題は『大人数』と言う点。この『妖怪』は最初から、大勢で戦う事を基本としているので強いのである。中途半端なパーティーではアッサリ返り討ちに遭う程に。
「しかもコイツは――お?」
塀の上に居る彼女の眼下で、陰陽師達が思い思いの攻撃を開始する。
「はっ!」
――ある者は『呪符』を投げつけ、投げられた『呪符』は火弾となり『朧車』に向かい――
「『急々如律令』――【土気・壁】!」
――ある者は『朧車』の動きを止めようと土壁を造り――
「とうっ!」
――ある者は引き絞った弓より矢を放ち――
「うおおおおおっ」
――ある者は真っ向から迎え撃たんと、刀を振りかざし駆けて行って――
「「「「――ぐわあぁぁぁぁぁっ!!!!」」」」
――見事に揃って吹っ飛ばされた。
矢は弾かれ、火弾は物ともされず、土壁は一瞬で粉々に砕け、迎え撃とうとした者は刀を振るう間も無く吹っ飛ばされた。突撃! 粉砕! のフレーズが見事に合ったシチュエーションである。、
「そいつの攻撃方法、突進しかねーけど、シンプルなだけに強ーぞ?」
完全他人事な感じで呟く彼女。人ってあんなにも飛ぶんだな〜、などと至極どうでも良い事を思いながら飛んでいった人を眺めていると――
「――っしゃあ!!」
「ん?――って? はあっ?!」
――何やら歓声が聞こえてきたのでそちらを向けば、地面を滑る者が居た。
思わず声を上げた彼女の視線の先には、どうやって引っ掛けたのか、『朧車』から伸びる鈎付きロープに掴まり水上スキーの如く滑る陰陽師が居た。
「後はこのまま! 手繰り寄せていってやる!」
「ちょい待て! それ「ぶめっしゅ?!」……遅かったか……」
急にロープに引っ掛かりが無くなって、後ろに引っ繰り返る男。後頭部を強打したのか、頭を抑えて悶え苦しんでいる。
そんな有様を見て彼女は溜め息一つ。
「……努力は買うけどよ。根本的に下策だ、それ……そいつ、攻撃中とか以外の時は姿を消せるんだよ。朧の文字は伊達じゃないって事だぜ? 実体化を解かれりゃそうな「ここは私に任せろ」……今度は何だよ?」
な〜んも期待していない彼女の冷たい眼差しの先には、大振りの太刀を構えた一人の陰陽師……確か、一番最初に吹っ飛ばされて塀の向こうに消えていった筈だったが、どうやら無事だった様である。
「この『童子切』が有ればあの程度の『妖怪』! 恐るるに足らん!」
「「「「「……はああぁっ?!!」」」」」
突如、飛び出した予想外過ぎる名前に驚く彼女……と他の陰陽師達。何故か皆揃って驚いている。
(何でそんな超レア物持ってるんだよ?! は○メタレベル物だぜっ?!!)
皆の驚きを他所に男は駆け出して行く。低い体勢からの滑る様な疾走。少なくとも先程吹っ飛ばされた者よりは遥かにマシな挙動で男は駆けていき――
「――あっ」
「「「「「――あっ」」」」」
――躓いた。見事に。完膚無きまでに。
勢いがついていた分、前方へと投げ出される身体。宙で必死に両腕をばたつかせる様は、皆の眼にスローモーションで映り――
「――ぶうぉりあっ?!!!!」
――カウンター気味に『朧車』に再び吹っ飛ばされ、本日の打ち上げ距離の最高新記録を更新した。
どこかの屋敷の塀を超えて飛ばされて行く男。数秒遅れで水音がしたので、池にでも落ちたのだろう。
……そして、事の元凶たる『すねこすり』が、どこへともなくコロコロ転がって消える。
「……ホント、良い仕事するよな、オマエ……」
パチパチと乾いた拍手を彼女がするが、誰も同意しない。
「何つーかさ、この有様見たら一般人の中の陰陽師に対する幻想がどんどん壊れていくんじゃね?」
呆れを通り越して頭痛すらしそうな彼女が呟いていると、下から声が掛かる。
「何を高みに見物しているんですかっ?! 貴女も手伝って下さい!」
「……なあ、巫女って労災が降りるのか?」
「何、訳のわからない事言ってるんですかっ!」
「現代じゃ重要な事だぞ……」
下からの声を軽くあしらいながら彼女は考える。『朧車』は車とだけあって車輪が弱点である。しかし姿を消せるので、上級『結界』術で捕縛して、パワーヒッターが一撃を加えるのが。通常の退治の仕方である。
(……っても、オレの『結界』術は中級レベルだし、ここにはパワーヒッターも居ねーし、どうすっか)
「――く、来るな! 来る――はべしっ?!!」
思考している間にまた一人、宙にアーチを描く者が現れる。逃げようとした所を背中から吹っ飛ばされた様である。
「(…………そろそろ盾の数もヤバくなってきた事だし)――Shall We Dance?」
軽く蹴って身を宙に踊らせた彼女が軽やかに降り立つ。そして『那由多の袋』から取り出したるは大木槌。明らかに女性の腕力では持てない代物を、【気功】のおかげで苦も無く持つ彼女は両手で肩に抱えるように振りかぶる。
「…………」
「「「「「…………」」」」」
皆が固唾を呑んで見守る中、姿を現した『朧車』が彼女目掛けて突っ込んでくる。
対する彼女は大木槌を構えたまま踵を上げ爪先立ちになる。膝を曲げ上体を前へ軽く倒し、前傾姿勢を取り――上げていた踵を思い切り地面に打ち付ける反動で後ろに跳んだ。
「――良しっ!!」
突っ込んでくる『朧車』と【縮地】で後ろに跳んだ彼女。その相対速度の差は『朧車』の方が僅かに速い。
自分に向かってゆっくりと近づいて来る『朧車』に、彼女は宙に浮いた不安定な体勢から腕や背中・その他諸々の筋肉を総動員して大木槌を振り下ろす。
「〜〜っ!!」
ドンッ、と小気味良い音が鳴り響き、見ていた陰陽師達からやったか? と言った声が上がり――
「――やっぱ、無理だったか〜〜っ!!」
……大木槌ごと彼女が吹っ飛ばされた。
こうなる事を予測していたのか、吹っ飛ばされる時に自分から『朧車』を蹴って跳んだ彼女は宙で何とか体勢を立て直し無事に路に降り立った。一泊遅れで落ちてきた大木槌を回収すると、ちょっと痺れの残る両手をブラブラさせる。
「マトモに相手すんのは重量差で無理か……なら」
身を翻して『朧車』に背を向けて駆け出す彼女。周囲の陰陽師達から逃げるのか? と言う声が聞こえるのを無視して一人走る。
(……追って来たな)
背後から近づいて来る妖気を感じつつ、彼女は走りながら印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【土気・剛壁】!」
【縮地】で手近な塀の上に跳び移りながら術を行使した彼女は。地中からせり上がってくる大きな石壁を見やる。幅や高さは四、五メートル程な上に、なによりも厚さが30センチは有る頑強な石壁。
進路上に突然現れた石壁に回避が間に合わず、派手な轟音を立てて『朧車』が正面衝突する。
「っし! 今の内!」
塀の上から『朧車』の屋根目掛けて跳び移る彼女。その手には何時の間にか大木槌が再び握られている。
(動きを止めてる今がチャンス! 姿を消すまでのタイムラグに、一発ぶち込んでやる!!)
今度こそはと大きく振りかぶりながら跳ぶ彼女。その先には石壁に衝突したまま動かない『朧車』が――
「――はっ?」
――動いた。
ボンッ、と言う空気を叩く音の後に、衝突していた石壁を強引に押し倒して『朧車』が奔り去る。
「何だ、その力業っ?!!」
驚きと共に獲物の消えた路に降り立つ彼女。気分は某狩猟ゲーで乗りを狙って失敗した時な感じである。
大木槌を仕舞った彼女は、倒れた石壁を見ながらボヤく。
「確かにこの石壁は根元の固定が弱いけどよ……だからって、この規模の石壁を強引に倒すか? ったく、『輪入道』だってもうちょい予想出来る動きを………………………………あ」
ボヤいていた彼女の動きが止まる。そして何かを思い付いたかの様に思わず手をポンと打つ。
――そんな彼女を狙って『朧車』が再び突進してくる。もはや逃がさんとばかりに一段と速く突っ込んでくる『朧車』を前にして、彼女は少し横にズレるとそこにしゃがみ込んだ。
その程度の移動など何の意味もなさないと、『朧車』が軌道修正して彼女に突っ込んでいく。対する彼女は無造作に――
「――ほい」
――一枚の『呪符』を地面に貼った。
そして地面からせり上がってくるのは再び石壁。しかも先程よりも小さい規模の物。当然、そんな物では『朧車』の突進は防げないが、先程と違うのはその石壁がさっき倒された石壁の下からせり上がってきた事であろう。それによって石壁が斜めに持ち上がった。
突然眼の前に出来上がったジャンプ台に、『朧車』は避けられずに乗ってその勢いのままに飛んでしまう。
――『朧車』には翼なんて無いので飛んだ事は無い。
――『朧車』は飛んだ事など無いのでどうする事も出来無い。
――そして、『朧車』にはサスペンションなんて気の利いた物など無いので……着地の衝撃を殺せない。
「…………」
見つめる彼女の視線の先で、着地の衝撃で車軸が折れ轟音と共に横転した『朧車』が地滑りしていき、数秒後に完全に止まる。
カラカラと無事な方の車輪が空回りする音だけが響く路で、彼女は軽く前髪をかき揚げながら言う。
「悪……オマエを簡単に倒す方法、思いついちまったんだわ。こっちとしても不本意だぜ……」
そんな事を言ってる内に、足音が徐々に近づいて来る。そして程なくして陰陽師達がやって来て、横転している『朧車』を見てギョッとする。
「これ……貴女がやったんですか?」
「他に誰が居る?」
「……愚問でした。申し訳ありません」
一彦の問いにアッサリ返す彼女。一彦の方も素直に謝る。そして皆が横転している『朧車』を、どうしたものかと遠巻きに囲んでいると――ずぶ濡れの陰陽師がどこからともなく現れて、『朧車』に斬りかかる。、
「この下衆『妖怪』がっ!! よくも! よくも!」
それを皮切りに他の陰陽師……特に吹っ飛ばされた連中が『朧車』に攻撃し始める。
「…………」
そして静かにフェードアウトする彼女。手近な横道へと入り一息吐く。
「あの、何でこんな隠れる様な真似を?」
何となく後をついて来た一彦と、攻撃に参加しなかった陰陽師達が尋ねる。彼女は手招きで皆をこちらに呼び寄せると、めんどくさそうに話し始める。
「あの『朧車』ってな。車の中に妖気を溜め込んでて、ソレを外に噴出する事で推進力にしてるんだけどな」
「はい」
「普通の状況なら問題無いんだけどよ……傷ついて弱ると、その溜め込んだ妖気の制御が出来なくなってきてな」
「はい?」
「だからトドメを刺す時近くに居ると「「「「「どぅわぁ〜〜〜〜っ!!!!」」」」」……ああなるんだよ」
角の向こうから響いた爆音と悲鳴。次いで聞こえるのは辺りに散乱する木片の音と、人が空を飛ぶ音……そして墜落音。
打ち上げには見事に成功した様だが、着地には見事に失敗したらしい。
「……オマエ等、よっぽどな星の下に生まれてんだな。ここまでコミカルに演じさせてもらってるんだから」
死屍累々という言葉がピッタリな惨状を見て、彼女がウンウンと頷きながら呟く。そしてハンドボール大の『妖核』を回収すると、一彦達に声を掛ける。
「じゃ、後は頼んだぞ」
「はい。怪我人達の事はこっちで処理します」
「違う。そっちじゃ無い」
「? では何の事ですか?」
「周辺住民の苦情だ。夜中にあれだけの騒音を響かせたんだから、安眠妨害で苦情の一つも来るだろ?」
「「「「「……あっ」」」」」
彼女の言葉に全員が固まる中、隙を突いて彼女が【縮地】連続ダッシュでその場から立ち去る。静止する暇も、声を掛ける時間も与えない速やかな逃走に、皆が唖然とする。
「……取り敢えず、怪我人を連れて行きましょう」
「「「「「ああ」」」」」
一彦の言葉に動き出す陰陽師達……翌日、彼等は色々な所で頭を下げる事になるが……とある巫女は、そんな事無関係だと惰眠を貪っていた。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『朧車』――――
上級『妖怪』。黒い霧に覆われた牛車だけの『妖怪』。
溜め込んだ妖気によるブーストダッシュな突進攻撃しか出来無いが、威力は折り紙付き。
覆っている黒い霧は妖気によって造られた防護膜であり、自己の防御と突進の威力を上げる役割を果たしている。
車輪が弱点ではあるが、攻撃時など以外の時は姿を消せる為、倒すにはそれなりの算段が必要な上に、倒す時の自爆に巻き込まれない様に注意が必要。
『人間ロケット製造機』や『男のロマン』と言った多くの別名を持つ。
――――『童子切』――――
『最上大業物』に位置する超レア武器。
『酒呑童子』を斬ったと言う逸話から、『鬼』に対しての有効補正が付いているが、これ自体がとても強いので大抵の雑魚妖怪なら一撃で倒せる……本物ならば。




