到着……イヤ、何処よ?
作者は高校の修学旅行の自由行動で、自分達が泊まるホテルに戻る際に迷いまくった経験が有ります。
「やっと着いたぜ……」
眼前に広がる街並みを眺め、彼女はしみじみ呟いた。
空から見れば広大な長方形な形をした、綺麗な碁盤目模様に区画された都城。
都の北端中央に、天皇の私的空間たる禁裏を内包した大内裏を設け、中央に走る朱雀大路を基本に大小の路が縦横に走りそれぞれの路の一つ一つにはシッカリ名前まで付けられている。
しかも路によってそれぞれに分けられた区画は、一定区画毎に条・坊・町と呼ばれ細かく分けられている。、
更に小さい路でも幅は約十メートルは有り、大きいのでは幅約20メートル。中央に走る朱雀大路に至っては幅が80メートルを超える。
――半端無い広大かつ整った都――『平安京』。
その入口とも言える門と言うにはバカでかすぎる門――羅城門から都の中を眺めつつ彼女は……
「……で? 目的の屋敷は何処だよ?」
……一番肝心な事を今更ながらに呟いた。
目的地を指し示す物は有る。庄左衛門から受け取った紙には場所が書いてある。書いてあるのだが……
「……三条坊門小路と万里小路の交差する所…………って、わかるかっ!」
手の中の紙をグシャッ、と握り潰して彼女は腰の『那由多の袋』に乱暴に仕舞う。名の付いた路が八十以上存在するこの都で、これだけを頼りに探すのは心許無い。
「絶対、迷う自信がオレには有る……」
頭をガシガシ掻きながら、あ〜〜、と唸る彼女。路の一つ一つを確かめながら歩いたとしても、どれだけの時間が掛かるのかは想像に容易い。運に頼るのも、自分のリアルラック値の低さから彼女は即座に却下した。
「しょうがないか……取り敢えずは――観光でもするか」
そう言って彼女は、自分が今居る羅城門をしげしげと見始めた。
「ゲーム内じゃオレは此処に近付かなかったし、現代じゃこの門はとっくの昔に焼失してるしな。この門が何時れは羅生門に落ちぶれちまうのか……勿体ねー」
その見事なまでの造りと朱塗りの大柱を見ながら、彼女は呟く。
……そんな彼女を訝しげな眼で見る周囲の人間達を、自然にスルーしながら。
――――Now・Sightseeing――――
「お〜〜、流石は『京』。人の往来が今までの街と比べるまでも無いな」
羅城門から真っ直ぐに伸びる朱雀大路を気楽にブラブラ周囲を見ながら彼女は歩いている。
この辺りは貴族の住まう箇所ではない為、行き交う人々も平民達が殆どである。そんな人混みを縫う様に歩いていると、今更ながらに自分が異世界……それも時代が過去の日本に居る事を改めて思う。
「J○nや戦国○衛隊も、こんな気持ちを持ったのかな〜……ん?」
ふと、何個目か数えるのも馬鹿らしい道の交差する所で、彼女は人の流れが妙に一方向に集中している事に気がつく。
何かあるのか? と彼女は手近な人間を捕まえて尋ねる。
「なあ? この先で何かやってんのか?」
「ん? 市が立ってるぞ」
「アリガトよ。市か……寄ってみるか。なんか掘り出し物でも有りゃいいけど」
* * *
『京』に二つある市の一つである東市。全国から運ばれた物資の終着点であり、『京』に住まう人々の生活の支えでもあるこの市は、それに見合った大規模なものであった。
食料や日用品を求める平民だけでなく、貴族の使いの者が主の命に従い頼まれた物を探しに来る為、市が始まり終わる迄の間、決して賑わいが途絶える事は無いこの場所では……今現在賑わいが無い。代わりに有るのは――
「なんだコレはっ! 舐めてんのか!!」
「そ、そんな訳無いでしょう……」
―ー一人の怒号と一人の弱々しい声であった。
何の事はない。やや着古した服に身を包んだ大柄な男が、ある商品を売っている男にいちゃもんをつけているだけである。周囲の皆の視線が忌々しいものであると同時に諦めが混じっている所を見ると、この男がこうするのはこれが初めてではないのであろう。男の態度も、どこか手馴れた感じが見える。
騒ぎが起きているのに兵士の一人も来ないのは職務怠慢か、この男がそんなタイミングを狙っているのか。一つ言えるのは、今この男を止める者は誰一人この場に居ないという事。
それを知ってか、男の態度は益々上がっていく。
「こんな物でこんな金を取るのかっ?! ぼったくりだろっ!」
「い、いえ。それはちゃんとした値でして……」
「はあっ?! ちゃんとした値だぁ?! 巫山戯るなよっ!!」
「おっちゃん。これ、くれ」
「こんな物、これだけで十分だろっ!!」
「そ、そんな。それは、いくらなんでも……」
「なんだ?! 文句有んのか!!」
「あっ、そっちのやつ見せてくれ」
「……ほらよっ! 金は払ったぞ!」
「あっ、待って下さい! だから……」
「うるせえなっ!! 金は払ったんだからコレはもう俺の物だろうがっ!!」
「これ、もうちょい良いのないか?」
「……わかったら、黙ってろっ!! それとも痛い目を見なきゃ「おっ?! コレは良いな! 貰うぜ」―ーだ〜〜っ! さっきっから、うるせえぞっ!!」
自分の大声を棚に上げ男が見やれば、そこには周囲の事など全く気にも止めずに市を物色する一人の巫女さんの姿が。
そんな彼女は男の怒声に……やっぱり気にせずに物色を続ける。周囲の皆の色々なものが混じった視線を無視してマイペースに動く彼女に、男の怒りが最頂点に達する。
「オイ、テメエ! 何して「喧し」――がっ?!」
言葉の途中で男の首がグリンと横に九十度捻れる。首が元に戻れば目の前には何時の間にやら巫女さんの姿。そしてドシャリと崩れ落ちる自分の身体。立とうにも、何故か脚に力が入らず立てない。
「な、なんだ? 何故立てねぇ……」
「無理無理。顎に良いのを貰うと脳が揺さぶられて、暫くは立てねぇぜ」
手をヒラヒラさせながら律儀に解説する彼女。相手に気づかれる事無く【縮地】で接近してからの顎を抉る右フック。惚れ惚れする程鮮やかな一撃に、周囲の皆が心の中で拍手する。
「だから、次のをどうにかするのも無理」
彼女のその言葉に、何が? と男が思ったのも束の間、周囲を取り囲まれる。見れば今までに自分が好き勝手やって被害を被った者達が、手の骨をバキボキ鳴らしながら実にイイ笑みを浮かべている……眼は笑っていないが。
「ちょっ?! 待て! 離せ!―ーアーーーーッ!!!!」
これまでの鬱憤を晴らす絶好の機会を、彼らが見逃す筈がない。皆に引き摺られって言った男は――断末魔を残しどこかへ消えていった。
「……恨みって怖いよな〜」
完全な棒読みでそんな事を言った彼女は、アッサリ男の事を忘れ市の物色に戻る。しかしそんな彼女に声を掛ける者が居た。
「あのう……」
「あん? 何だ?」
振り返ればニ十代前半程の男性が居た。着ている服は、この『京』の平民が一般的に着ている物であるから、ただの平民であろう。
しかし、そんな平民が態々自分に声を掛けるのは何故か? と、やや困惑気味な彼女に、相手も恐る恐ると言った感じで言葉を続ける。
「もしかして……庄左衛門殿の所に居た巫女様ではないでしょうか?」
「? オレを知ってる……って事は、もしかしてアンタ……」
「あ、はい。私がお仕えしている貴族様が、貴女をお呼びになった方です」
「やっぱりか……丁度良い。屋敷まで案内してくんないか? ハッキリ言って場所がわからねーし」
「ええ。丁度お屋敷に戻る所でしたので、ついて来て下さい」
言って歩き出す男性の後ろをついて行く彼女は、ふと気づいた事を聞いてみた。
「しかし、良くわかったな。その呼んだ相手がオレだってことに」
「ああ。庄左衛門殿からの手紙には『およそ巫女らしからぬ巫女が行く』……と」
「……反論出来ねーな」
率直な内容に、苦笑いで答える彼女。流石に自覚が有るので、認めざるを得ない。
そのまま後をついて行きながら、幾つもの路を横切った彼女は男性に尋ねる。
「しかし、良く迷わずに進めるな」
「慣れです。『京』に長く住んでいれば嫌でも慣れますので……」
「納得」
「ああ、そう言ってる間に見えてきましたよ。あのお屋敷です」
男性の指差す方へ視線を向ければ、かなりの大きさの屋敷が見える。高い塀に囲まれているので全容を見る事が出来無いが、この『京』でも大きい方の部類に入るであろう。
「ふ〜〜ん」
……最も、彼女にとってはそんな事、どうでも良い事であった。
* * *
「――と言う訳で、お連れしました」
「…………」
その屋敷の主たる貴族の男は、自分の屋敷の家人が連れてきた彼女を見て……正直、言葉に詰まった。
屋敷の広間で自分と妻、及びこの屋敷に仕える者達の胡乱げな視線に晒される中、ドッカリと女性らしからぬ胡座をかいて座る巫女。この時代の女性しては大きい身長。本来ならば鋭い目つきはダルそうに、ポリポリと掻いている頭から肩甲骨ぐらいまで伸びた髪はややボサボサかつ寝癖有り。態度は不遜……と言うよりも、どうでも良いと言うのが丸わかり。
「……………………」
……未だかつて、これ程までに信用出来無い者を見た事があっただろうか? と自問するのを男は止められない。正直、庄左衛門からの手紙が無ければ即効で追い出していただろう。
しかし、こうして無駄に時間を潰すのは頂けない。自分の隣に居る妻や、広間の隅に控えている家人達からの視線に押される様な形で、男は口を開く。
「……先ずは、こちらの要請に答えてくれた事に、感謝「余計な事は要らねえよ」……何?」
言葉の途中で告げられたぶっきらぼうな言葉に、男が思わず固まってしまう。男の妻や、控えている家人達もまた同様に。
そんな彼等に、手をシッシッと払う様に振りながら彼女は淡々と告げる。
「余計な事は言うだけ無駄だっつーの。つまらない前置きも、アンタ等の名前とかも必要ねーから。要件だけ言ってくれ。オレはその為に呼ばれたんだし、アンタ等もその為に呼んだんだろ?」
「「「「「…………」」」」」
彼女の言葉に、広間の空気が変わる。貴族を前にしてのこの傍若無人ぶりに、彼女以外全員の顔が不快に歪む。そして、その周囲の変化に対しても、やはり何も感じない彼女。
「……齢、九つになる私の息子が病に臥せている。どんな薬を与えても、どんな祓い・祈祷を行っても完治に至らない」
「ふ〜〜ん」
「……息子を完治させる。もしくは病の原因を突き止める。それが今回の要件だ」
「成る程な〜」
低〜い声で要件だけを告げる男。声からも表情からも、彼女に対するイラつきと不信感が良くわかる。
彼女の方はと言えば、胡座かいてる自分の膝の上に肘を乗せ、頬杖ついて何処かあらぬ所を見ている。
「…………」
「「「「「…………」」」」」
……そのまま数分。何か考えている様でいて、何も考えていない様な彼女の様子に、皆のイラつきが順調に右肩上がりしていく中――
「―ー庭、借りるぞ」
「「「「「…………はっ?」」」」」
――突如立ち上がり広間を出て行く彼女。皆が呆気に取られる中、彼女は構わずに廊下からそのまま、『那由多の袋』から出した草履を履いて良く手入れの行き届いた庭園に出る。
皆が慌てて追いついた頃には、彼女は庭園の中程に立ち、『那由多の袋』から一枚の白無地の衣装――『千早』を取り出すと白衣の上から着て、右手に緋色の扇、左手に『神楽鈴』を持つと、目を閉じる。
「――――」
「「「「「――――?!!」」」」」
そして呼吸を整えた彼女は静かに舞い始める。周囲の雑音・気配など不要と言わんばかりに眼を閉じたまま舞う。
一定のリズムで大地を踏むステップ。力強さを持ちつつもしなやかに翻る四肢。虚空に軌跡を残しながら宙を舞う緋色の扇と、単調でありながらも耳に残る音を響かせる神楽鈴。それら全てが融合し、ここに【神楽】を魅せていた。
「「「「「――――!!」」」」」
誰も言葉を発せ無いどころか、身動きすら出来無くなる。【神楽】の美しさと、先程までの彼女とのギャップに心が追いついていかない。
ただ静かに、荘厳に、何者にも止める事は出来ぬと言わんばかりに彼女は舞い続ける。
「――えっ? きゃあ?!」
「「「「「――何?!」」」」」
彼女の【神楽】に見惚れる中、突然の悲鳴に皆が視線を向ければ、男の妻の身体から黒い霧の様なものが出て来て――瞬時に掻き消える。
「――――ふぅ」
「「「「「…………」」」」」
そして彼女の【神楽】も終わりを告げるが、今の黒い霧と【神楽】の素晴らしさの二重の衝撃で、皆揃って何を言えば良いのかわからずに馬鹿みたいに呆けてしまっている。
「―ー要件、達成したぜ」
「「「「「…………ハッ!」」」」」
『千早』や扇・『神楽鈴』を仕舞った彼女は事も無げに言う。それを聞いた皆は漸く頭が回るようになり、言われた内容を理解するにつれ疑問が浮かぶ。
「……達成とは、先の黒い霧の事か?」
「ああ」
「……あれは一体何だと言うのだ」
「呪い――【呪術】だよ。どうやらアンタ等の息子が臥せってるのは、息子自身が原因じゃ無かった様だな。呪われてたのはそっちの奥さんの方だ」
「?! では……?」
告げられた言葉に皆の、特に男と妻の表情が驚愕に変わる。知らない内に妻が、自分が呪われていたと言う事実に思わず身体に震えが走る。
そんな皆に、彼女は淡々と言葉を続ける。
「大方、触れた相手を衰弱させる様な呪いなんだろうな(ゲーム内にそんなの有ったし)。大人なら、触れても少しの疲労を感じる程度だったんだろうけど、心身未成熟な子供じゃ実際に衰弱までいってしまったんだろうな……心配になって触れれば触れる程悪化するし、面会謝絶で触れられなければ回復する。そして回復した事に喜んで触れれば、また悪化の悪循環……えげつねーな」
「「「「「…………」」」」」
彼女の言葉に皆の表情が苦々しいものになる。その中でも男の妻の表情は特に蒼白になっている。
……無理も無いと言えよう。知らなかったとは言え、自分が原因で息子を死に追いやっていた事実は無くならない。その衝撃たるや、罪悪感で死ねそうな程であろう。
そして、術者自身では無く他者――実の母親に息子を殺させる卑劣な行為を実感するに至り、皆の表情が憤怒に変わっていく。その視線で人を呪い殺せそうな程に。、
「……何故、わかったのだ? 妻が呪われていたと?」
「あ? 別に奥さんが呪われてるとわかってたんじゃねーよ。ただ、誰かか何かが呪われてるとは思ってたけどな」
男の問いに、彼女がイマイチわからない内容で答える。皆が理解し難いのがわかってるのか、彼女がもう少し詳しく話し出す。
「この屋敷からは妖気が感じられねーから、『妖怪』が関わってない事はすぐにわかったんで、【呪術】にたどり着くのは簡単だったんだよ。実際アイツ等もそこまではわかったんだろうな〜。ただ、臥せってる息子の事だけに注意が向いてたんで、他の事にまでは気か向かなかったんだろ」
「…………」
「後は単純。誰・どれを一々調べるのはメンドくせーから、【神楽】で纏めて祓ってやれば良い――以上。何か質問有るか?」
「……では息子は?」
「後は普通に看病してやりゃ、その内に回復するだろ」
「「「「「―ーおおっ!!」」」」」
その言葉を聞いた瞬間、皆の顔に笑顔が浮かぶ。妻に至っては静々かつ速やかにその場を離れ我が子の元へ向かう。
喜び溢れる良いムードの中、若干蚊帳の外な彼女は最大の問題点を告げる。
「所でよ……」
「ん? 何だ?」
「【呪術】って……呪う本人と接触するか、髪の毛とか身体の一部が必要だって知ってるか?」
「?!!」
その言葉に男が眼を見開き、その顔が先程以上に歪む。彼女の言葉の意味を正確に理解したのであろう。
(この時代の女性は箱入りだからな〜……近づける人間なんて、かなり限られてるよな)
「――済まないが、これで失礼する。この礼は必ず」
言って男はすぐに身を翻して去って行く。他の者達も一緒について行き、後に残ったのは彼女とこの屋敷まで案内してくれた男性のみ。
「……で? 帰っていいのか?」
「……出来れば、お礼のこと等もありますので、この屋敷に留まって頂きたいのですが……」
「勝手に決めて良いのかよ?」
「むしろ、ここで帰してしまったら後でお叱りを受けます。間違い無く」
「ふ〜〜ん。じゃ、どうすりゃ良い?」
「離れの方にご案内しますので、そこでご寛ぎ下さい」
「OK」
「桶がなんですって?」
「いいから案内してくれ」
「……はあ」
そう言って男性を促し、彼女は軽く欠伸をしながら今後の事を思案していた。
(この後、アイツ等がどう出るかな……)
ご愛読有難うございました。
本日の解説はお休みです。




