廃村……イヤ、キレる時はキレる
今年も残すところ後少し。
こう言っては何ですけど……小説書いてると一年が早く感じる。
「――ったく、次から次へと……」
既に日が落ちて空には見事な三日月が浮かぶ夜、稲の一つも植えられていない幾つもの田んぼの間にあるあぜ道を駆けながら、彼女は今更ながらに愚痴っていた。
「――っと? 『急々如律令』――【火気・業】!」
前方進路上にまた現れた上半身だけの泥人間――『泥田坊』を、躊躇無く火柱に包ませる。
「はっ!」
火柱が消えた後、体中の水分を失いカサカサの砂人間状態になった『泥田坊』に飛び蹴りを食らわせる彼女。『泥田坊』はアッサリ弾け飛び、砂の粉末が周囲の田んぼに飛び散り水音を立てる。しかし彼女はそんな事気にも留めず、宙にあるうちに『妖核』を回収しつつ足も止めずに駆ける。何故ならば、未だそこら中の田んぼから『泥田坊』が現れ、ゆっくりとだが着実にこちらを捕まえようと這いずって来ているからである。
「……鬼さんこちらってか。つーか、傍から見たらどこのホラーゲーだ? これ……」
『泥田坊』に半ば包囲されている状況にも拘わらず、彼女は何の焦りも無く……むしろ、つまらなそうな表情で呟いた。
彼女が何でこんな状況にあるかと言えば……『京』へと向かう途中で日が暮れ始めた頃、偶々見つけた廃村に立ち寄って一夜を過ごそうとした。ボロボロではあるが一夜を過ごすには十分な家屋を見つけて横になったのも束の間、【妖気感知】に引っかかった存在が居たのでやって来てみれば……出るわ出るわの『泥田坊』フィーバー。
「この村が廃村になったのって、コイツ等の所為か?」
周囲を見回しながら、どうでも良さ気に呟く彼女。そうしている間も『泥田坊』達は近づいて来ているが、如何せん根本的にノロいので猶予がある。
「……どうすっかな〜」
周囲の『泥田坊』達を見回しながら彼女は少しばかり思案する。『泥田坊』自体はそう強い妖怪とは言えないが……何しろ泥なので殴れない。と言うか物理攻撃があまり有効では無い。しかも今居るのが田んぼなので、あぜ道と言う限られた場所以外では泥に足を取っれてしまう。行動場所が限られている以上、必然的に囲まれ易くなってしまう。
「つー訳で、オレ的には不本意だけど……今回は術メインでいかせて貰うぜ――臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【火気・燎原】!」
素早く印を組み発動した術が、彼女の周辺を火の海にする。近くまで接近していた多くの『泥田坊』が火に包まれ視界から消える。
十数秒後、火が消えた後にはやはり体中の水分を失いカサカサの砂人間状態になった『泥田坊』幾つも現れ……自重を保てずドサリと崩れ落ちる。それを確認した後に周りを見やれば、まだまだ結構な数の『泥田坊』達がこちらへと這いずって来ている――が。
「オマエ等の根本的な弱点は、移動スピードが遅いってとこだろうな。『急々如律令』――【陽気・弾】!」
慌てず落ち着いて彼女は次の術を行使する。一体の『泥田坊』に向けた右手の手のひらから野球ボール大の光球が放たれる。光球は狙い過たず『泥田坊』の胸元に命中すると、『泥田坊』の身体全体が光に包まれ――光が消えると『泥田坊』がただの泥になり、ドチャッと音を立てる。
「さ〜て、次々いくぜ! 『急々如律令』!――『急々如律令』!――『急々如律令』!」
矢継ぎ早に光球を放ち続ける彼女と、避けられずに次々当たる『泥田坊』。最早、一方的な狩りとなった状況で、五分もしない内に全ての『泥田坊』が消えた。
流石に霊力の使い過ぎで、身体に軽くないダルさを感じる彼女は辺りを見回した後、その場を立ち去ろうとして――留まった。
「……まだ居るのか?」
【妖気感知】に一つ、新しい妖気を感じた彼女はそちらを振り向く。周囲の田んぼの中でも一番大きい田んぼ、その中心部が少しずつ盛り上がっていく。それは徐々に大きくなり――
「――これは正直、予想外だな……」
――彼女の想像以上の大きさにまで盛り上がった。
現れたのは『泥田坊』である。であるが……先程までのと比べて段違いな大きさである。上半身だけの姿だが、全高六〜七メートルはあろう大きさの『泥田坊』が彼女を見下ろしている。
「ゲーム内じゃこんなの居なかったぞ?…………ん? 複数の妖気?……まさか集合体か?」
目の前の巨大な『泥田坊』から【妖気感知】で感じる妖気が一つではない事がわかった彼女が、半ば関心した様な声で呟く。ゲーム内とは違う、『泥田坊』の創意工夫と言える行動にウンウンと頷き――
「考えとしては良いんだけどな――臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前――【陽気・弾】!!」
――印を組み、突き出した両手からバスケットボール大の光球が放たれ――
「――雑魚は幾ら集まっても雑魚だろ? 集合じゃなくて融合してりゃまだマシだっただろうに……」
――巨大な『泥田坊』が、巨大な泥の塊に成り下がる。【縮地】で距離を取った彼女の後を追う様に、泥が辺りに散らばる。
そして静寂。周囲から妖気が完全に無くなり元の夜の静けさが戻ってくる。
「……寝よ。でもその前にもう一仕事か……メンドくさ」
一際大きな欠伸をした彼女は、そこら中の泥に埋もれた『妖核』を回収しつつ先の家屋へと戻ろうとして――
「……まだ居んのかよ? 出るなら纏めて出て来いよ……」
――再び【妖気感知】に一つ、新しい妖気を感じた。但しかなり遠い。感知出来るギリギリの距離である。
眠さに霊力の消費による気怠さがプラスされいい加減休みたいので、彼女の愚痴にかなりの感情が篭っている。と言うか身体全身で不機嫌さ満載である。据わった眼で睨む彼女だが……先程とは明らかに違う事に疑問が浮かぶ。
(……速い。『鎌鼬』程じゃ無ーけど。『泥田坊』以外にも居たのか?)
徐々に近づいて来る妖気を見据える彼女の視線の先で、星と月しか輝く物の無い夜中だと言うのに、真っ赤に燃えるモノが現れる。ソレは盛大に泥を跳ねながら田んぼの中を突っ切り、そのままの勢いで彼女目掛けて突っ込んでくる。。
「――とっ?!」
軽くサイドステップでソレの突進を避ける彼女。緋袴に付いた泥に少し顔を顰めるも、視線はソレから外さない――炎を纏った等身大の木の車輪から。
「『輪入道』か……」
大きく弧を描くように『輪入道』が再びこちらへと戻って来るのを、その場を動かずに黙って見ているだけの彼女。『輪入道』はそのまま彼女の所まで戻って来ると急停車。グリンッと90°回転して車輪の中央――そこに在るヒゲアンドハゲなオヤジ顔を向けて怒鳴る。
「オウオウオウオウ! 儂のかわいい舎弟達を殺ったのはお前かっ?!!」
「…………」
「誰に断って儂のシマで好き勝手殺ってくれとんじゃ!! ああ?!!」
「…………」
「キッチリ! オトシマエをつけて貰わんとな!!」
「…………」
「聞いとんのか?! 何か言ったらどうじゃ?!」
「…………あ〜〜」
チンピラと言うかヤクザ風な言葉に、さしもの彼女も予想外過ぎて困惑……を超えてフリーズ。目の前でデカい顔が怒鳴っているその迫力よりも、ギャップにしてやられている。
暫しの後に再起動を果たした彼女は、取り敢えず一番気になっている事を目の前の『輪入道』に教える。
「んじゃ、言わせて貰うけどよ」
「何じゃい?!――ぶめぎゃっ?!!」
「そこ……オレの間合いの中だぜ?」
踏み込んで一発。完全無防備な『輪入道』の鼻に彼女の右ストレートが突き刺さる。
盛大な泥飛沫を上げて田んぼの中に倒れた『輪入道』だが、すぐに起き上がり再び怒鳴り散らす……鼻血を流しながら。
「おんどりゃぁーーーーっ!! 舐めたマネしくさってっ!!」
「つーか、戦闘中に無駄話しする方がマヌケなだけだろ? いいからさっさと来い、ハゲ」
「良う言うたっ!! 後悔すんなや!!」
言って『輪入道』の車輪が猛回転し、彼女の目の前から『輪入道』の姿が消える。そのままの勢いで、田んぼだろうとあぜ道だろうとお構い無しに泥を跳ねながら縦横無尽に走り回る。
この世界に来て上がった動体視力でも眼が追いつかない程の残像を残すスピードに、彼女は……呑気に頭をポリポリ掻いていた。
「どやっ! 『輪入道』秘技! 分身の術ーーーーっ!!」
「……マジウゼェ……」
その一言は、彼女の全てが篭められた重い一言であった。
前述した様にここが田んぼである為、下手に動けば足を取られて動けなくなる。ならば、相手の動きに合わせてカウンターを食らわせれば良いのであろうが……
「車輪相手に殴るのはな〜……かと言って、あのスピードの奴を綺麗に一刀両断出来る程、オレ【剣術】スキル高く無ーし」
彼女は楽観はしない。何処ぞの漫画・アニメの様に成功するのは、あくまで二次元だけだと過去に思い知らされている。
どうしたもんかと悩む彼女に、『輪入道』はガハハハ笑いながら言葉を続ける。
「どや?! 手も足も出えへんやろっ?!!」
「……手も足も出したく無いってのが正直な感想なんだけどな〜……」
「マヌケな巫女はここで何も出来ずにくたばるんやーーっ!!」
「……あ〜〜……」
「ガッハッハッハッ! こんなマヌケな奴を育てた奴も、さぞかしマヌケやっ「『急々如律令』――【土気・剛壁】」――うおっ?!」
罵倒の最中に聞こえた物凄い低い声によって、幅も高さも厚さも十分な石壁が突然地中からせり上がってくる。
進路を完全に塞ぐ形で現れた石壁に対して『輪入道』は――
「舐めるなやっ!!」
――そのまま勢いを落とさずに石壁を垂直に駆け上がった。
「どやっ!! ガッハッハッハッ――」
宙に飛び綺麗なアーチを描きながら高笑いを上げる『輪入道』だが――
「――ハッ?」
――彼女と眼が合った。
宙に居ると言うのに、さっき右ストレートをもらったのと同じ至近距離で見つめ合う両者。一方は困惑した瞳。もう一方は――酷く冷たい瞳
一瞬で悪寒が走った『輪入道』を他所に、【縮地】で跳んだ彼女は『那由多の袋』から取り出した大木槌を振りかぶり――
「ちょっ! 待――へぶうっ!!」
――渾身の一撃で『輪入道』を叩き落とした。
幸が悪かったのか狙ったのか、田んぼではなくあぜ道に墜落した『輪入道』に一歩遅れて彼女も着地する……田んぼのド真中に。
「う……うぁ……」
大木槌と墜落の二重のダメージで身動き取れない『輪入道』の視界の端で、彼女がゆっくりとこちらに歩いて来るのが見える。
白衣も緋袴も顔も身体も泥まみれだが一向に気にせずに、大木槌を片手に引きずりながら一歩一歩踏みしめて歩いて来る、さながら幽鬼の様な姿に『輪入道』が恐怖で逃げたしたくなるが……身体は動かない。
「……オマエ、今なんて言った?」
「はっ?――ごぶっ!」
「なんて言った? なあ? なんて言った? なんて言ったの? あの人がなんだって? なあ? ねえ? ねえぇぇぇぇぇ?!!!!」
「ぶっ!――がっ!――むぐっ!――んがっ!――ばむっ!…………」
狂った様に大木槌を振り上げては『輪入道』に叩き込む彼女の瞳に光りは無い。
何か別のモノを見ているかの様な彼女の行動は決して止まらず、その後『輪入道』の存在が消え『妖核』になっても暫く止まる事はなかった。
ご愛読有難うございました。
本日の解説。
――――『泥田坊』――――
低級『妖怪』。
まんま泥人形。『塗り壁』と似ているが『妖核』の位置は胸で固定されてるし身体の硬度を変える事も出来無い。
物理的攻撃には強いが術攻撃には弱いので、相性さえ合えば倒しやすいのだが、基本的に沼地などの泥の多い場所に現れるので地形的に向こうが有利の場合が多い。
ゲーム内では無かった合体機能付き。侮れない。
――――【陽気・弾】――――
【陰陽術】の一つ。【陽気】系の中級術。
霊力によって、周辺では無く個体を浄化する術。
ステータスとスキルの習熟度で威力は変わり、通じれば一瞬で『妖怪』を消しされるが、連射に向かず複数の相手には使用し辛い。
――――『輪入道』――――
中級『妖怪』。直径ニメートル弱ほどの車輪『妖怪』。
突進はスピードは速いが小回りはきかないので、一回躱せば余裕が出来る。
但し基本的に動き続けるので、どうにか動きを止めないと攻撃のチャンスが訪れない。
ゲーム内では喋らなかったのに、この世界ではガラが悪い……何故?




